All Chapters of 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~: Chapter 121 - Chapter 130

139 Chapters

第121話:忘れられた森と、陽だまりの誓い

風の国を後にして、数日。リオニエ号は西の大陸に向かって進んでいた。空気が変わった。潮の香りが薄れ、代わりに草と土の匂いが混ざってくる。「ふぅー……この香り、懐かしいなぁ」私は甲板に寝転びながら空を見上げる。「まさか地上の匂いを恋しく思う日が来るなんて」「人間は土の上で生きるものだからな」カイラムが隣で腕を組む。「空は良いが、やっぱり地に足がつかないと落ち着かん」「そうそう!やっぱり大地にドンッと立って“今ここにいます!”って感じがいいよね!」「それ、叫ばなくても伝わる」リビアが翼をばさりと動かして笑った。「地上の空気も悪くない。羽を休める木もあるしな」「あなた、いつも甲板のマストで寝てるじゃない」「風が柔らかいからな。下界の木の枝より寝心地がいい」「鳥基準!?」ユスティアが地図を持って近づいてくる。「皆さん、あと一日ほどで“翠の大地(ミルティア)”に到着します」「翠の大地?」「ええ、かつて“生命の祠”があったと言われる地域です。 自然そのものが強い魔力を持ち、古代では“森が祈る”とまで呼ばれていました」「森が祈る……いい響きね」「けれど、今は“忘れられた森”と呼ばれている。 あまりにも長く、人が踏み入らなかったために、 魔力と生態系が独自の進化を遂げているらしい」カイラムが眉をひそめた。「つまり、魔獣だらけってことだな」「ええ、ですが目的はあくまで“祠の調査”です。 あの風の国での共鳴波が、どうやらこの森に届いていたようなのです」「じゃあ……この森にも、“音”があるんだね」「はい。生命の旋律。あるいは――“大地の呼吸”と
last updateLast Updated : 2025-10-27
Read more

第122話:沈む塔と、眠らぬ鐘

森の再生から三日後。リオニエ号はゆっくりと北東の方角へ進んでいた。進路の先には、海ではなく、濃い霧に包まれた荒野が広がっている。「うわぁ……なんか、雰囲気が一気にホラーっぽくなってない?」私が身を乗り出すと、リビアが冷静に応じた。「ここは“灰の海”と呼ばれている。海ではないが、 かつて大地が沈み、塔だけが残ったと言われる場所だ」「沈んだ塔?」「ええ。かつて“時間の祠”があった場所です」ユスティアが地図を広げながら説明する。「生命・風に続いて、今度は“時”の祈り。 記録上、ここでは“永遠の鐘”と呼ばれる儀式が行われていたそうです」「永遠の鐘……。鳴り止まない鐘、ってこと?」「その通り。時を留める音。 けれど、今は誰も鳴らせない。 鐘が止まった瞬間、この地は沈んだ――そう記されています」「……それ、縁起でもないねぇ」「鐘の音が止まったら沈む……まるで国の命みたいだな」カイラムが呟いた。「お前の言葉、わりと不吉だからやめて」船が霧の層に入ると、空気がひんやりと変わった。風も音も吸い込まれていくようで、まるで“世界が息をしていない”みたいだった。「……おい、聞こえるか?」カイラムが眉をひそめた。「何が?」「鐘の音、だ」耳を澄ますと、確かに――かすかに“コォォン”と響くような音がした。遠く、霧の向こう。それは、空気よりも重く、胸の奥を揺らす低音だった。「まさか、まだ鳴ってるの?」「いや、違う」リビアが鋭く言った。「これは“残響”だ。止まった鐘の記憶が、今も鳴っている」「記憶の音……」「この場所が時間の祠なら、ありえるな」レオニスが静かに頷く。「時間の祈りは“記録を残す”ためにある。 つまりこの音は、“止まった時間の記録”だ」船が霧を抜けた瞬間――視界の先に、巨大な塔が現れた。それは地の底から突き出すように聳えており、上部は半ば崩れ、灰色の蔦が絡みついている。けれど、塔の周囲だけは風も波もなく、完全な静止。「……あれが、“時の塔”……」ユスティアが息を呑んだ。「まるで、時が止まってるみたいだ」「止まってるんじゃなく、動いてないのかも」私は呟いた。「風も、音も、命も全部――置いてけぼりのまま」「……それってつまり、“まだ終わってない”ってことか」カイラムが剣の柄に手をかける。「行くぞ。
last updateLast Updated : 2025-10-28
Read more

第123話:火の祠と、赤き約束

灰の海を越えた先に、赤い地平が広がっていた。空は夕焼けのように染まり、地面はところどころ黒く焦げている。風に乗って、焦げた金属のような匂いが鼻をついた。「……熱いな」カイラムが腕をまくりながら呟く。「そりゃそうでしょ、火の祠だもん」「いや、気温の問題じゃない。空気が“燃えてる”」「燃える空気ってなにそれ怖い!?」リビアが羽ばたいて上空を旋回する。「地熱と魔力が混ざり合っている。 このあたりは“火の大陸”と呼ばれ、 かつて魔王領の中心地だった場所だ」「魔王領……」私は思わず足を止めた。「つまり、カイラムの“生まれた場所”?」「ああ。正確には、この地の南側に“ゼファルの砦”があった」「うわー、なんか因縁の場所きちゃった感じだね……」「因縁で済めばいいけどな」カイラムの声がいつもより低い。その横顔を見て、私は少しだけ息をのんだ。いつもは軽口ばかり叩いてる彼の瞳に、今は懐かしさと痛みが混ざっているように見えた。 丘を越えた先、赤く光る石柱が見えてきた。その中央に立つのは、巨大な扉。炎の文様が刻まれ、周囲の空気さえ揺らめいている。「ここが“火の祠”……」ユスティアが地図を確認しながら言う。「他の祠とは違う。守護者が“生きている”可能性が高い」「生きてるって、どういうこと?」「つまり、未だ祈りが続いているということだ」「……生きた祈り、か」レオニスが呟く。「王家の文献でも、“火の祠”だけは最後まで記録が続いていた。 この地に宿る炎は、“永遠の命”を象徴していたからだ」 リビアが扉の紋様を読み取る。「『炎は命を燃やし、命は炎を継ぐ』…… 祠の封印文だな。 だが、この封印は“外から”閉じられている」「外から?」「つまり、誰かが中の何かを“閉じ込めた”」「えぇ……そんなホラー展開ある!?」「たぶん、祈りの守護者を……」ユスティアが低く呟く。「暴走を防ぐために、封印したのかもしれません」「暴走……?」私はごくりと喉を鳴らす。「炎は、力と破壊を兼ね備える。 どちらに傾くかは、祈る者の心次第だ」カイラムが言った。「つまり、誰かの祈りが暴走したってこと?」「かもしれん」 そのとき――扉の奥から、かすかな声が聞こえた。『……誰か……いるの……?』私たちは一斉に振り向いた。声は女性のもの。
last updateLast Updated : 2025-10-29
Read more

第124話:輪廻の木と、灰の記録

旅の終わりが見え始めていた。炎の祠を出てから三日。夜空には、これまで見たどの星よりも大きな光が瞬いていた。まるで私たちを導くように――その真下に、“輪廻の木”の影が浮かび上がっている。「……あれが、輪廻の木の根元か」カイラムの声が低く響いた。風が止まり、空気が変わる。周囲の景色がどこか“現実”ではないように揺らめいて見えた。「空間がねじれてる」ユスティアが記録端末を見つめながら言った。「時間、音、魔力……あらゆる“流れ”がここで交わっている。 まるで世界そのものの心臓だ」「心臓……確かに、鼓動みたいな音がするね」私が耳を澄ますと、風の奥で、“とくん……とくん……”という低い拍動が響いていた。それは大地そのものの鼓動のようで――どこか、懐かしい音にも思えた。 リビアが静かに羽ばたき、空中で一回転する。「……この地の空気は“過去”を孕んでいる。 油断するな、記録が混線すれば、今という存在が薄れるぞ」「今が薄れる……?」「つまり、過去の記憶に“飲まれる”ということだ」「うわー……そんなこと言われたら絶対フラグじゃん」「お前、そうやっていつもフラグを回収するタイプだからな」「ちょっと!? 自覚してるなら止めてよ!」カイラムが苦笑し、前を向いた。「冗談はともかく、気を抜くな。 この先は、世界の“核”に触れる場所だ」 やがて視界が開けた。そこには、夜空を貫くほど巨大な木がそびえていた。幹の太さは城十個分。根は大地の下から海の彼方まで伸びている。枝先には星々が絡みつき、光の果実のように輝いていた。「これが……輪廻の木……」思わず息を呑む。それは、“命”という概念そのものを形にしたような光景だった。「でも、見て」ユスティアが指差した。「幹の中央――黒い線が入ってる」そこには、深く裂けた亀裂。その隙間から、ゆらゆらと黒い霧が漏れている。「……あれが、“虚無”だ」レオニスが低く言った。「フレアが言っていた、“終焉の災”の残滓。 時間を止め、命を焼いた“記録の歪み”だ」「虚無……」私は唇を噛みしめる。「つまり、この世界の“死”そのもの、ってことね」「そうだ。 そして――おそらく、お前たちが“灰の記録”と呼んでいるものも、 あの裂け目の奥にある」「灰の記録……」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥
last updateLast Updated : 2025-10-30
Read more

第125話:黎明の街と、新しいページ

夜が明ける。けれどその夜明けは、これまで見たどの朝よりも“柔らかかった”。空の色は淡く、金と白のあいだに揺れ、輪廻の木の枝先から流れ落ちる光が、まるで露のように街を包んでいる。「……きれい」思わず、息が漏れた。それは“始まりの朝”。そして、“再生した世界”の一日目。 グランフォードの街は、少しずつ目を覚ましはじめていた。家々の煙突からは白い煙が上がり、市場の屋台では早くもパンとスープの香りが漂っている。あの忌まわしかった“虚無の霧”はすでに消え、代わりに、生命の息吹のような風が町を流れていた。 「エリシア様ー!パン焼き上がりましたー!」「おおっ、今日も焼けたかー!?」私は勢いよく窓を開ける。目の前には、湯気を立てるふかふかの丸パン。それを両手で掲げながら、パン職人の娘ミリアが笑顔を見せた。「ほらっ!勇者の祝福パンですよ!」「えっ、そんな名前になってるの!?」「みんながそう呼び始めました! 一晩で300個売れました!」「いや、そんな人気!? ていうか勇者って名前、ちょっと恥ずかしいな……」「いいじゃないか」カイラムが笑う。「どうせ誰も“お前が食いしん坊だった勇者”とは思ってねぇ」「それ絶対褒めてない!」 リビアが翼をすぼめて降りてきた。「報告。輪廻の木から溢れた再生の魔力、 すでにこの大陸全土に拡散。 枯れた土地にも緑が戻りつつある」「つまり、もう安心してパンが育つってことね!」「いや、パンは“育つ”ものではない」ユスティアが即座に訂正する。「パンは作るものです」「細かいなぁもう!」 そんなやり取りの向こうで、レオニスが王宮からの手紙を手にして歩いてきた。「王都より正式な通達が届いた。 “グランフォード王国、独立を正式に承認する”」「……本当に?」「ああ。戦はもう、終わった。 君たちが“世界を救った”という報せは、 王家にも届いている」「……なんだ、やっと認められたか」カイラムが微笑んだ。「最初は反逆者扱いだったのにな」「まぁ、反逆してたけどね」「やめろ!」 広場には、次第に人が集まってきた。人間も魔族も関係なく、笑い合い、手を取り合い、再び“日常”を取り戻していく。鍛冶屋は新しい橋を作り、学者は子どもたちに読み書きを教え、そして――市場では今日もパンが山
last updateLast Updated : 2025-10-31
Read more

第126話:パンと恋と、再出発会議!

「――というわけで、グランフォード再出発会議を始めます!」朝。会議室の中央にどっしり座るのは、もちろん私――エリシア・グランフォード。手元の議題書には大きくこう書かれていた。『新国家方針:恋と文化とパンで生きる国づくり』「……タイトルの破壊力がすごい」カイラムが額に手を当てた。「お前な、真面目な会議の冒頭で“恋とパン”って言葉が出てくる国、他にねぇぞ」「いいじゃない! 恋は心の糧、パンは身体の糧! つまりどっちも国家の基礎よ!」「……筋は通ってるのが余計腹立つな」リビアが書記役として宙に浮きながら、ため息をついた。「項目を整理する。 一、パン文化の維持・発展。 二、教育と恋愛倫理の推進。 三、経済と祭りの両立。 四、宰相の恋愛進捗報告――」「待てぃ!!」カイラムが机を叩いた。「なんで俺の進捗が国家議題なんだ!!」「だって大事な部分でしょ」私は真顔で言う。「うちの国は“恋とパン”の象徴だから、宰相が恋してないと国のバランス崩れるの!」「そんな国聞いたことねぇよ!!!」 「まぁまぁ」レオニスが紅茶を片手に笑った。「でも、愛のある国って悪くない。 争いを避ける最大の方法は、“誰かを大切に思う”ことだ」「……レオニス、詩的だな」ユスティアが頷く。「記録に残します」「やめて!」私は即座に止めた。「そういうの残すとあとで国民が“初代勇者の恋愛録”とか作りかねないの!」「もう作られてるぞ」リビアが冷静に言った。「はやっ!?!?!?」「タイトルは“愛とパンで築く王国~勇者エリシアの恋戦記~”だ」「誰だ編集したのそれぇ!!」 会議室がどっと笑いに包まれる。そう――これがグランフォードの日常だ。以前なら“王国の重臣会議”なんて言葉に身構えたけど、今ではこの空気が、私にとって一番安心できる“家族の食卓”みたいなものになっていた。「さて、本題に戻ろうか」ユスティアが紙束をめくる。「都市計画の改訂案です。 次期開発地域を“北東平野”から“南方海岸線”に変更する提案が――」「南方?」カイラムが眉をひそめる。「嵐のあとでまだ荒地だったはずだろ?」「ええ。でも、今は違います」ユスティアが地図を広げた。「再生の魔力が流れ込み、土地が柔らかくなった。 しかも“音を吸う砂”ができているんです」「音を……吸う
last updateLast Updated : 2025-11-01
Read more

第127話:模造の木と、創世を名乗る者

王都――アルバレスト。かつてこの大陸の中心として栄えた都は、今や静寂と影に覆われていた。「……誰もいない?」私は馬車の窓から身を乗り出して見回した。通りには人影がなく、店の看板は外れ、かつて賑わっていた市場には風が砂埃を運んでいるだけ。「完全に封鎖されてるな」カイラムが低く言う。「けど、空気が動いてる。 人の気配は……地下だ」「地下?」「うん」ユスティアが端末を見つめた。「魔力反応が微弱に連なってる。 まるで“心臓の鼓動”みたいに一定間隔で」リビアが羽を広げ、風の流れを読む。「このリズム……あれだ。“模造の木”。 本物の輪廻の木の波動を模して動いている」「つまり、王都の地下に“偽りの木”があるってことか」「正確には、“創られた心臓”だ」リビアの声が低く響く。「人間の手で、“神の模倣”を再現した」「まさか……本当にそんなことができるの?」「できちまったんだろうな」カイラムが剣を構える。「問題は、誰がそれを動かしてるかだ」 私たちは馬車を降り、王城跡へと向かった。城門は朽ち、衛兵の姿はない。ただ、風の奥で――“誰かの歌声”が響いていた。それは、懐かしい旋律。輪廻の木の調べに似ていたが、どこか違う。まるで、誰かが“無理やり”調和を取っているような、不安定な旋律だった。「これ……誰かが“木を歌わせてる”の?」「たぶん、制御者がいる」ユスティアが眉を寄せる。「でも……声が人間のものに聞こえない」 階段を下りる。地の底は、かすかな光で照らされていた。壁には古い魔法陣。そして中央には――巨大な樹の影。「……あった」「これが、“模造の木”」私たちの前に広がるのは、本物の輪廻の木を思わせる形の“灰色の樹”。枝は鉄のように硬く、幹には呪文の刻印がびっしりと彫られていた。それが、一定のリズムで脈打っている。「まるで、心臓……」「いや、これは“器”だ」カイラムが低く言う。「誰かが魂を入れようとしている」「魂を……?」「神を、だ」 その瞬間――空気が震えた。「気づかれた!」リビアが叫ぶ。灰色の木の根元から、黒い影が立ち上がる。「来たな……グランフォードの勇者」低く、冷たい声。その影がゆっくりと姿を取る。白い仮面をつけた人物――その背に、黒く染まった“輪廻の枝”が刺さっていた
last updateLast Updated : 2025-11-02
Read more

第128話:帰還と、パンの匂いのする国

世界が色を取り戻した瞬間――光が弾け、眩しさに思わず目を閉じた。「……戻って、きた?」ゆっくりと瞼を開けると、見慣れた空がそこにあった。青い空。白い雲。そして――パンの焼ける香ばしい匂い。「おかえりなさいませ、お嬢様!」「お嬢様ーーー!!」街の門をくぐると、見渡す限りの笑顔があった。グランフォードの民たちが、一斉に駆け寄ってくる。みんなの手には、パンや果物や花束が握られていた。「わっ……ちょっと、ちょっと待って!? これ、どういう状況!?」「“勇者さま帰還祭”でございます!」「ついでに“パンフェスリベンジ”もやってます!」「今回はちゃんと燃えないパン窯です!」「リベンジってなに!? 前回燃えたの!?」「途中でパン粉が爆発しました!」「なんで爆発すんのパン粉!?」カイラムがため息をつく。「……留守の間に何やってんだこいつら」「いやぁ、平和の証拠だよ、たぶん!」私は笑った。リビアが羽を広げ、空を見上げる。「風も穏やかだ。世界の流れが安定している。 輪廻の木も、しばらくは静かだろう」「なら、ちょっとぐらい休んでいいよね!」「いや、どうせお前すぐ何かやらかすだろ」カイラムの目が鋭い。「ひどい! この私を何だと思ってるの!」「国家的災害の発生源」「反論できない!!!」 そんな私たちを囲むように、子供たちが輪になって歌を歌い始めた。小さな笛と太鼓の音が重なって、まるで風そのものが踊っているみたい。「これ……輪廻の木の旋律?」「子供たちが覚えたんです!」とパン屋の少年が笑顔で言う。「エリシア様の歌を聞いた人が、皆で少しずつ歌詞を作って―― “勇者の歌”として街に広まったんですよ!」「えっ……ちょ、ちょっと恥ずかしいんだけど!」「でもすごくいい歌なんですよ! “パンと笑顔と風の国~”って!」「タイトル軽いな!?」「市民が決めました!」「民主主義の暴力だぁ……!」ユスティアが微笑む。「でも、悪くないと思います。 “パン”はこの国の象徴ですから」「うん、まぁ、そうかもね……」私は街を見渡した。パンの香り、風の音、人の笑い声。どれもが懐かしくて、そして、かけがえのないものだった。“止まった世界”で見た灰色の景色を思い出すと、改めてこの色彩の中にいることが嬉しかった。 「なぁ、エリシ
last updateLast Updated : 2025-11-03
Read more

第129話 :眠らぬ夜と、ひとつの告白

パンフェスが終わった夜――街はまるで“夢のあと”みたいに静かだった。広場に残るランタンの光が、ゆらゆらと風に揺れる。焦げたパンの匂いと、甘いハチミツの香りが混ざっていて、その匂いがどうにも懐かしかった。私は手にしたトロフィーを眺めながら、ため息をつく。「優勝したのはいいけど、パン部門ってほんと競争激しいなぁ……」「当たり前だろ」カイラムがベンチに腰を下ろす。彼の髪が月明かりに反射して、銀色の風みたいに揺れていた。「だって、パンの出来で国の士気が変わるんだぞ。 焼き加減ひとつで革命が起きるって、うちの国くらいだ」「いや、言い方が物騒!!」「事実だ」「否定できないのが悲しい……」リビアが空を飛びながら降りてくる。「人間どもがここまでパンを神聖視するとは思わなかったな。 かつての王都では、“神への供物”ですらもっと控えめだった」「だってうちの国、神様よりパン様だから!」「胸を張って言うな……」カイラムが呆れ声を漏らす。「ふふっ、でもね」私は笑った。「この香りがある限り、グランフォードは平和だって気がするの」 しばらく沈黙が流れた。焚き火の火がぱちぱちと音を立てる。カイラムがふいに言った。「……なぁ、エリシア」「ん?」「お前、あの導師の言葉……気にしてるか?」私は少しだけ黙り込んでから、「うん」と頷いた。「“止まる世界”を理想だって言ってたけどさ。 あの人の気持ち、少しだけわかる気がするんだ。 疲れた時は、全部止まってほしいって思うもの」カイラムがこちらを見る。「それでも、お前は止まらなかった」「……だって、止まったら、焼きたてのパンが冷めちゃうでしょ?」「例えが軽すぎる」「でも、それくらいでいいの。 難しいことばっかり考えてたら、 この国、きっと笑えなくなっちゃう」「……そうだな」カイラムの声が低く、でも優しく響いた。「お前が笑ってる限り、俺も戦える。 国も、生きる気力を失わない」「え? 今、それって……告白?」「違う」「いや、今の絶対それっぽいでしょ!? ねぇ!?」「違うと言ってる」「もう、照れなくていいのに~」「照れてない!!」「はいはい、ツンデレ宰相殿~」「誰がツンデレだ!!!」リビアが空の上で吹き出した。「ははっ。まるで子供だな」 笑いながら、私は夜空
last updateLast Updated : 2025-11-04
Read more

第130話:潮風の朝と、焼きたての未来

朝。まだ太陽が顔を出しきる前、私はパンを焼いていた。「……朝日より早い勇者ってどう思う?」「バカだと思う」「早っ! カイラムの回答早すぎない!?」「昨日の夜まで騒いでたくせに、 夜明け前にパン窯叩き起こす方がどうかしてる」「でもね! 新作“潮風ブリオッシュ”を完成させたいの!」「それ、何が入ってるんだ?」「海塩とレモンの皮と、あと少しの……勇気」「勇気!? 食材の話をしてるんじゃないのか!?」「違うのよ、心の下味よ!」「お前ほんとに料理向いてんのか……」そんな会話をしながら、窯から立ち上がる白い煙が朝の空に溶けていく。潮風が吹いて、どこか遠くからカモメの声が聞こえた。「ん~、いい風だね!」「“海上学校”の方角からだ」ユスティアが地図を広げる。「先日の海上訓練でできた“交流拠点”が、 そろそろ本格的に稼働するはずです」「海上学校……! それってつまり!」「そう。王立の魔導航海士養成所と、 グランフォードの“風航局”の合同施設だ」「うちの国、いつの間にそんなオシャレ施設できたの!? パンフェスの裏で国家プロジェクト進行してたの!?」「お前が“勇者パンコンテスト”に夢中になってた時だ」カイラムが言う。「リビアが海上の風流を安定させるための術式を作った」「リビア、やる~!」「当然だ。我が主の国が沈んでは困る」「頼もしすぎる!」その時――。港の方向から鐘が鳴った。「来賓船の合図ですね」とユスティア。「どうやら、“潮風王国”から代表団が来るようです」「潮風王国?」「大陸の南方海域を治める国家だ。 以前から交易を望んでいたが、 “模造の木事件”の影響で延期されていた」「つまり、ついに国交再開ってこと!?」「そうだ」カイラムが立ち上がる。「今回は特に重要だ。 “輪廻の木”の再生がもたらした影響を、 各国が探りに来ている」「……緊張するね」「お前が緊張?」「するよ! 一国の主だよ!? しかも外交初回だよ!?」「パンこねる時より本気出せ」「そんな比喩やめて! 焼け焦げる!」港へ向かう道すがら、潮風が頬を撫でる。海の匂いはどこか懐かしくて、心がすこし浮き立った。「……あれが、“潮風王国の船”か」沖に見える巨大な帆船は、まるで城そのものだった。帆に描かれた紋章は、波と三日月。青と
last updateLast Updated : 2025-11-05
Read more
PREV
1
...
91011121314
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status