不意にかけられた優しい声は、まるで春先の陽光の中を舞う柳絮のように、柔らかくて軽やかだった。その声を聞いた瞬間、美夜は呆然とし、幻聴ではないかと疑いかけた。それほどまでに、聞き慣れない声だった。一瞬ためらった後、彼女はようやく後ろを振り返った。そこには、痩せた若い男性がきちんと立っていた。整った顔立ちで色白、輪郭は柔らかく、眉は細く整い、瞳は透き通った茶色をしている。まるで森に棲む白鹿のように、その眼差しは穏やかで、口元にはかすかな笑みさえ浮かべていた。近寄りがたさはまるでなく、非常に親しみやすそうな雰囲気を漂わせていた。淡い青色のシャツの上から白衣を着ていたが、胸元には名札がついていなかった。彼はこの病院の医師なのだろうか?だが、彼女は今までにこの病院で彼を見かけた覚えがない。いくら思い返しても、まったく記憶になかった。今まで接点があった覚えもないのに、彼はなぜ自分の名前を知っていたのだろう?「あなたは……?」困惑したまま男性をしばし見つめた後、彼女は申し訳なさそうに言った。「すみません、最近ちょっと物忘れがひどくて、思い出せません」だが、若い男性は落胆した様子を見せることなく、むしろさらに穏やかに微笑んだ。「やはり思い出せないんですね。僕は……」ちょうどその時、後方から嬉しそうな声が飛び込んできて、彼の言葉が遮られた。「森先生、こんなところにいらしたんですね!」声と同時に、廊下の奥から一団の白衣を着た医師たちが姿を現した。その中には金髪の外国人の姿も混ざっている。先頭に立っていたのは、腹が出て前髪の薄い中年男性で、黒いズボンに白いシャツを着ていた。医師の装いではなかったが、美夜は彼を知っていた。病院の副院長であり、海外の脳神経外科の権威との連絡を取り持ってくれた人物でもあった。「森先生、院長室は上の階ですよ。こっちの方向じゃありません。もうすぐ会議が始まりますので、急ぎましょう」副院長は森医師の腕をとり、腕時計を指さして時間を促した。後ろに続く医師たちも少し離れた場所で足を止め、好奇の視線を美夜と森医師に向けていた。「そうですね、今日は大事な会議ですから」森医師と呼ばれたその男性は頷いたあと、美夜の方に顔を向け、申し訳なさそうに微笑んだ。「すみません、少し席を外します
Read more