彼女は、まだ若い。母親の急死以外に、死というものを直に経験したことはなかった。だから一か月前、離婚して三日目に受け取った健康診断の結果に「腫瘍の疑い」と記されていたとき、彼女はただただ恐怖に包まれた。まだ二十三歳にも満たない年齢だった。報告書を破り捨て、泉家の自分専用の部屋に逃げ込み、布団にくるまって泣きじゃくった。その時、長兄は彼女が蓮との離婚に耐えきれず泣いているのだと思っていた。彼女を思って、長兄は蓮に二度も密かに会いに行った。どんな話を交わしたのかは知らない。だが、二度目の面会の帰り道、山間の道路で長兄は事故に遭った。そのことは、長兄の昏睡中に秘書の鉄也が教えてくれた。鉄也は、事故の瞬間、長兄と電話をしていたと言っていた。その時長兄はこう言ったという。「鉄也、会社から警備員を数人うちに回してくれ。美夜が勝手に外部の人間と接触しないように見張ってほしい。特に警戒すべきは……」そこまで話したところで、事故は起きたのだという。幸い、長兄の命は失われなかった。だが、死神の手は、今、彼女自身を狙っていた。このところ、彼女は平静を装っていたが、本当は怖くてたまらなかった。腫瘍が悪化するかもしれないという恐れ、死の痛みに対する恐れ……でも今となっては、もし今夜、これほど非人道的な仕打ちを受けねばならないのなら、いっそ死んでしまった方がましだと思えるようになっていた。今この瞬間、彼女は、いっそ正浦の手によって命を絶たれる方が、今夜を終わらせるにはふさわしいと感じていた。母の影響もあって、彼女は無神論者ではない。むしろ、パラレルワールド、或いはあの世が存在すると信じていた。きっと母は今、その世界にいて、自分もすぐに会える――そんなことを思った。首にかけられた手の力は、じわじわと強まり、喉から空気が奪われていく。人は首を絞められると、水に溺れるよりも早く死ぬと聞いたことがある。そう苦しくはないはずだ。頸動脈が締めつけられ、血流が脳に届かず、わずか数秒で頭がぼんやりしはじめ、肺が破裂しそうなほど苦しくなる。極度の酸欠で体が震え、腹部の痛みはもう感じなくなっていた。美夜はもがかないよう、自らを必死で制し、動かないようにしていた。もう少し、もう少しの辛抱だ、と思った。頭の痛みが増し
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