このサーキットに突進していくライダーたちの中に、美夜は一人の青年を見つけた。白黒のアルファベット柄のヘルメットを被ったその横顔――ほんの一瞬しか見えなかったが、間違いようがない。あの夜、彼女がピアノのバイトをしていた時にちょっかいをかけ、挙げ句に蓋で彼女の右手を傷つけた男だった。あの夜の騒動の後、対応したのは島崎絵理だった。絵理はすぐさま運転手を呼び、近くの病院に連れて行かせた。その男はと言えば、事件の後は身を隠し、一言の謝罪すらなかった。治療費の一百万円も、絵理の運転手を通して支払われただけだった。その日以来、美夜はその男の姿を一度も見ていなかった。まさか、今夜のバイクレースの会場で再び目にすることになるとは。そう思った瞬間、美夜はふとある考えが頭をよぎり、隣で気怠げに立ち、片手で煙草をくゆらせる浩司の方へ勢いよく顔を向けた。「あなたが言ってた、私のために仕返しするって、まさかこのこと?」彼女はもう察していた。浩司の言っていた「仕返し」とは、あの夜彼女にちょっかいを出した男に対する復讐なのだと。「そうだよ」浩司は口元の煙草を取り、横に首を傾けながら一息煙を吐いたあと、再び彼女に視線を戻し、口元に薄く笑みを浮かべた。「どう?嬉しいだろ?感動した?」嬉しい?そんなことはない。美夜は、あの夜侮辱されたことに対して怒りを感じていたのは事実だ。だが、本当の元凶は島崎絵理だ。それに美夜は、誰かに復讐したからといって、心が晴れるような人間ではなかった。ましてや、今回の仕返しを主導したのは自分ではなく、浩司だった。素直に喜べるはずがない。美夜は何も言わなかった。それを見た浩司は、不満げに舌打ちした。「最近さ、お前、俺と話すの嫌がってねぇ?」「そんなことない」怒りの兆しを見せた彼に慌てて否定し、美夜は顎を少し上げて彼の視線を真正面から受け止めた。「何を言えばいいのか分からないだけ。こんなこと、してほしいなんて思ってなかった」「でも、俺はしたかったんだよ。お前の手の傷、こんなに目立ってるじゃん。見てて痛々しいんだよ。誰のせいかはっきりしてるんだから、そいつにちょっとは償わせないと」そう言いながら、浩司は指を曲げて煙草を弾き飛ばした。橙色の光を帯びた煙草の火は、流れ星のように夜空
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