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第2話:匂いの残響

last update Last Updated: 2025-07-10 07:30:24

3時間目の授業中、香織はノートに視線を固定していた。教室の空気は生徒達の吐息と紙の擦れる音で満たされ、普段なら彼女にとって心地よい静けさだ。

が、今日は違った。例の“小太り”が教室の後ろから前へと移動してきたのだ。風が彼の汗ばんだ制服を揺らし、その匂いが再び香織を襲う。汗と土、そして微かに感じる体温の混ざった臭気。彼女は一瞬息を止め、平静を装った。

(またこの匂い……最悪……!)

内心で毒づきながら、咳払いをして姿勢を正す。だが鼻腔に侵入したその匂いは、昨夜の記憶を呼び覚ます引き金となった。シーツの上で指を動かし、“小太り”の匂いを思い出しながら快感に震えた自分。頬が熱くなり、膝が微かに震える。

冷静を装い、ペンを握り直してノートに意味のない線を引いた。と、“小太り”が近くを通り過ぎて席に戻る。その一瞬の間に香織の心は再び乱れ、シャープペンシルの芯が折れた。

昼休み、香織は一人で庭園のベンチに座った。薔薇の香りに癒されようと目を閉じるが、“小太り”の匂いが頭から離れない。苛立ちを隠せず、爪を掌に食い込ませる

(どうしてこんなものが私を支配するの?)

自問するが、答えはない。鼻の奥に残るあの臭気が、まるで生き物のように蠢いている気がした。再び香水を首筋に擦り込んで上書きしようとしたが、“小太り”の匂いがそれを凌駕し、執拗に彼女の鼻腔に居座り続けた。

午後の授業が始まると、香織の意識はさらに“小太り”へと引き寄せられた。彼が教室の隅で教科書を開く姿、汗で額に張り付いた髪、そして風が運んでくるかすかな匂い。彼女はそれを避けようと窓の方を向いたが、風向きが悪いのだろうか、逆に彼の存在が強調されたような気さえした。香織の指がペンを握り潰すほど強く締まり、ノートに乱れた線が走る。

(耐えられない……でも、逃げられない)

彼女は自分でも気づかぬうちに、彼の匂いを追うように深く息を吸っていた。

放課後、香織は図書室に逃げ込んだ。静かな空間で、古書の匂いに包まれれば落ち着くだろうと思ったのだ。彼女は棚の間を歩き、革表紙の本を手に取る。紙とインクの落ち着いた香りが鼻をくすぐり、ようやく心が平穏を取り戻しかけた。

が、その安堵はすぐに打ち砕かれた。“小太り”が図書室に入ってきたのだ。

(こんなところでまで……!)

彼はサッカー部の片付けを終えたばかりの様子で、汗ばんだ体操服のままだった。狭い空間に彼の匂いが広がり、香織は本を落としそうになる。汗と土、そして何か獣じみた熱気が、彼女の嗅覚を容赦なく刺激した。

逃げ出そうとしたが、足が動かない。“小太り”は彼女に気づかず、本棚の反対側で何かを探している。その無防備な姿に、香織の視線が釘付けになった。彼の首筋に滴る汗、“柳井”と名札のついた体操服の隙間から覗く肌。そして、その匂い。彼女は嫌悪感で顔を歪めながらも、なぜか目を離せなかった。

「無いな……また明日探そう」

誰かに語りかけるように“小太り”は言い、図書室を出ていった。

(今のってもしかして……独り言?)

あんな大きな声で独り言を言う人間も、香織にとっては新鮮だった。もちろん悪い意味でだ。心の声も留めておけないなんて、まったく何も洗練されていない。幼い子供のようだと感じてしまった。

迎えに来た父の車の中、香織は混乱した気持ちを抱えていた。窓の外を流れる街並みを眺めながら、彼女は今日の出来事を反芻する。あんな下等なものに囚われるなんて……と自己嫌悪に苛まれるが、同時にその感覚が忘れられない。彼女は助手席で決意した。

(もう、彼には近づかない……)

だが心の奥では、“小太り”の匂いを求める衝動が静かに育ちつつあった。

「香織、今日は少し元気がないな。何かあったのか?」

運転席から父が何気なく声をかけてきた。香織は一瞬言葉に詰まり、微笑みを浮かべて誤魔化した。

「ただ少し疲れただけよ、お父様。心配しないで」

父は軽く笑い、

「そうか、ならいいが」

とだけ返した。車内の革と父のコロンの匂いが漂う中、香織の頭は“小太り”の臭気で満たされていた。

夜、香織は自室のベッドに横たわっていた。カーテンを閉め、部屋は薄暗い静寂に包まれている。だが目を閉じると、“小太り”の匂いが、昼間の教室や図書室での記憶とともに蘇った。

汗と土の臭気、そして彼の体温が混ざった何か。それは不快で耐え難いはずだったのに、彼女の体は再び熱を持ち始めていた。

(嫌なのに……どうして……)

香織は呟きながら、右手をナイトドレスの裾に滑らせた。太ももの内側はすでに熱くなり、湿り気を帯びている。目を閉じたまま、“小太り”の匂いを思い浮かべる。教室で感じたあの臭気、図書室で押し寄せた濃密な熱気。指が秘部に触れ、彼女の息が乱れた。

(んっ……何……これ……)

小さな喘ぎが漏れ、唇を噛んでそれを抑えようとするが、クリトリスを擦る指の動きが止まらない。“小太り”の汗ばんだ首筋を想像し、その匂いを吸い込むかのように鼻を動かす。嫌悪感と快感が混ざり合い、熱に浮かされたように体が震えた。

(気持ち悪い……のに、気持ちいい……)

矛盾した感情が頭を支配し、香織は指をさらに深く滑らせた。汗と土の匂いが脳裏で膨張し、彼女を飲み込む。シーツが擦れる音が部屋に響き、吐息が荒くなる。

ピチャ……ピチャッ。

蜜壺からも、どんどん愛液が溢れてくる。確かに音が聞こえてくるほどに。

「あ……アァっ」

やがて全身が硬直し、短い喘ぎとともに、頂点に達してしまった。

ハァ、ハァ、ハァ……。

口から漏れる吐息が熱い。風邪でも引いたのではないかと疑うほど、体が火照ってしまっている。

「私、また……イッちゃった……」

思わず、心の声が口から漏れた。

(今のって……独り言?)

これでは、学校の図書館で出くわしたときの“小太り”と同じだ。香織もまた何も洗練されていない人間であったことを自覚し、羞恥心でますます顔が火照ってしまった。

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