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第4話:嫌味と後悔

last update Last Updated: 2025-07-12 20:00:22

サッカー部エースの瀬野健斗と初めて会話を交わしたのは、去年のことだった。

「俺、小学生の頃からサッカーに関しては“神童”って言われてきたんだぜ。そんな俺を迎え入れてくれたこの学園も偉いもんだよ。俺がこの学園のサッカーを全国レベルに押し上げてやる」

確かそんな、自信満々なセリフを当初から口にしていた。サッカーそのものにも興味は無かったが、香織は彼のように自信に満ちてギラギラした男子というものをあまり好まなかった。

「藤堂、お前もそんな俺に見染められたことを誇るべきだ。俺と恋仲になれる女なんて、そうそういないぜ?」

恋の告白の台詞としては、あまりにも斬新で笑ってしまうところだったが、香織はこう言ってフッたのだ。

「ふうん、サッカーの才能はあるの。でも、自己PRの才能はもっと磨いた方が良いわよ。相手の興味あることをもっとリサーチしなきゃ。今の告白、私にはまったく響かなかったわ。じゃあね」

その時の、ポカンとした彼の表情はなかなか笑えた。生まれて初めて経験した敗北をどう受け入れて良いのかわからない、といった顔だ。

香織は幼い頃から、父にこう教えられて育ってきた。

「いいか、香織。生まれたときから才能に恵まれた連中は、意外に多いんだ。しかしそういう人間は大概、努力を怠る。そして才能の無い人間のことを見下す。本当に尊敬すべきは、才能が無くても努力で乗り越えようとする人間だ」

瀬野は残念ながら、前者の方だったらしい。結局彼は、一度フラれた後も、何度も香織に言い寄ってきた。サッカー、楽しいぜ? なんでサッカーに興味持ってくれないんだよ? サッカー知らないなんて、今どき遅れてるぜ? などなど。諦めが悪い、と言うより“敗北を受け入れる気がない”といった感じだ。

先ほど試合に誘ってきたのも、せめて一度は試合を見て欲しいという思いだったのかもしれない。しかしタバコやシンナーの香りを嗅いでしまっては、もう呆れるしかなかった。そこまでくだらない人間だったとは、正直ガッカリだ。元々、期待もしていなかったが。

その一方で、香織にとってどうしても気になる男子が出来てしまった。そう表現するのは香織にとって不本意だが。

午後の体育の授業中、女子生徒達が軽いストレッチをしている間、男子はグラウンドでランニングをしていた。拓海が息を切らせて走る姿が香織の視界に入り、彼の汗が地面に滴る。風がその匂いを運び、香織の鼻腔を刺激した。汗と土、そして何か生々しい熱気。彼女は一瞬息を止め、顔を背けた。だが、その匂いは逃げ場なく彼女を包む。

(気持ち悪い……はずなのに……)

彼の背中には汗で濡れた体操服が肌に貼り付き、発育途中の筋肉の動きが透けて見える。彼の匂いが濃密に漂うたび、香織の体が微かに反応する。また子宮が「じゅんっ」と疼くような――その感覚に、嫌悪感と並行して膨らむ好奇心。この匂いには何かあると、初めて意識的に探り始めた。

放課後、香織は拓海に近づく口実を模索していた。直接話しかけるのはプライドが許さない。だが、彼の匂いをもう一度近くで感じたいという衝動が抑えられない。

昨日、図書室で彼を見かけたことを思い出した。あの時、彼は汗ばんだ体操服のまま本棚の前で何かを探していた。香織はその目的を知りたい好奇心と、さらなる観察の言い訳を兼ねて、再び図書室へ足を向けた。

図書室に入ると、すでに拓海がいた。本棚の奥、昨日と同じ場所で、彼は古臭いファイルを手に持っている。香織は静かに近づき、本棚の影から彼を観察した。汗に濡れた指先で中の資料をめくり、真剣な表情で読み込む拓海。その姿に、彼女の視線が吸い寄せられる。

(あれが、昨日探していたもの?)

香織は心の中で呟きながら、さらに近づいた。拓海の汗が首筋を伝い、狭い空間に彼の匂いが漂う。汗と土、そして何か懐かしいようなニュアンス。まるで、母が世話をしていた庭の土のような……心がざわめき、指先が震える。

「ねえ、それ何?」

香織は我慢できず声をかけた。拓海が驚いたように振り返り、彼女を見つめる。

「え……藤堂さん?」

香織にはそれが、まるで隠れてお菓子を食べていたのが母親に見つかってしまった子供のような反応に見えた。スクールカースト底辺の男子生徒に、なぜそんな可愛らしいイメージを重ねてしまったのか。

ワンテンポ遅れ、彼は再び口を開いて香織の質問に答える。

「あ……これ、昔のサッカー部の記録なんだ。当時の練習方法とか戦術とかが記録されてて、練習や試合で使えそうだからさ」

彼の声は素朴で、汗に濡れた顔が意外に無垢だった。香織は一瞬言葉に詰まり、

「ふうん、そうなんだ」

と呟くように言った。拓海は少し照れくさそうに笑い、

「実は僕、サッカー部で補欠でさ。試合に出たくて、先輩達の記録を見て勉強してたんだ」

その言葉に、香織の心が微かに揺れた。もちろん、“えっ、こいつもサッカー部?”と嫌な感情も抱かなかったわけではない。瀬野のせいだ。

それより、汗臭くて下品だと思っていた彼が、こんな真剣な一面を持っているなんて。彼女は彼の汗ばんだ手がファイルを持つ姿を見た。そこには不器用ながらも努力する少年の姿があった。拓海の匂いが再び彼女を包み、嫌悪感が薄れて何か温かいものが心に忍び込む。

「うーん……でもこれ、だいぶ古い記録っぽいなぁ……10年も前のやつだし。最近のは載ってないのかな」

ボサボサの頭を搔きむしりながらそう言う拓海。

「最近の記録なら、確かここに並んでる筈よ。番号管理してあるから……」

香織は本棚から、別のファイルを手に取る。拓海のためと言うより、ただ自然な流れとして体が動いただけだ。だが拓海は喜び、

「おっ、ここにあったんだ! ありがとう!」

と快活な感謝の言葉を口にし、ファイルを受け取った。

「意外ね、あなたって……」

香織は小さく呟き、彼の無邪気な笑顔に一瞬見とれた。だが次の瞬間、我に返る。

(私がこんな下等な男に惹かれるなんて……ありえない!)

心の中で叫びつつも、言葉は冷静に続けた。

「いえ…………あなたなんかと話してる場合じゃなかったわ。私、もう帰らなくちゃ。読みたい本も溜まってるし。汗臭いあなたになんか興味ないけど、せいぜい励むといいわ」

嫌味を込めた声で言い放ち、香織は彼を睨んだ。拓海の顔が一瞬曇り、

「何だよ、それ。僕のことバカにしてるの? お嬢様だからって偉そうに!」

そう憤慨した声で返すと、香織の胸が締め付けられた。“偉そうに”なんて、昼休みに瀬野らに言われたのと同じ言葉だ。彼女は言い返す言葉を見つけられず、

「ふんっ」

とだけ吐き捨て、逃げるように図書室を飛び出した。拓海の怒った声が背中に響き、彼女の心は乱れていた。

帰りの車の中、香織は窓の外を眺めていた。父親の運転する車が静かに走る中、彼女の頭には拓海の言葉と表情が繰り返し浮かんでいた。

どうしてあんなことを言ってしまったんだろうと後悔が押し寄せる。彼女は彼の努力する姿に心を動かされながら、それを認めたくない自分に苛立っていた。

(“偉そうに”、か……)

助手席の父親は娘の様子に気づき、心配そうにちらりと見た。

「香織……?」

声をかけたものの、年頃の娘に何を言えばいいのか分からず、彼は眉を寄せて考え込んだ。何があったのか尋ねるべきか迷いながら、結局、

「……疲れているなら、ゆっくり休めよ」

とだけ呟いた。香織は小さく頷き、窓の外に目を戻した。

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