火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける のすべてのチャプター: チャプター 1001 - チャプター 1010

1206 チャプター

第1001話

電話の向こうから安浩の低い笑い声が聞こえた。「心配ないよ、影響はないから。僕は今好きな人もいないし、結婚するつもりもないから、家族からの結婚の催促をかわすのにもちょうどいいんだ。君にとっても僕にとってもいい話だよ」安浩は少し間を置いて付け加えた。「君のトラブルを解決する方が、お見合いの方の相手をするよりずっと楽だよ」真衣はそれを聞いて、宙に浮いていた心がようやく落ち着いた気がした。彼女は携帯を握りしめ、感謝に満ちた声で言った。「ありがとう、先輩。じゃあ、詳細については、先輩が江川城市に着いてから話してもいい?」「いいよ」安浩は快く承諾した。「明日の午前中の便で向かうから、11時頃江川城市に着くよ。着いたら君のところに向かうから、迎えは必要ない」「でも、迎えに行かせて」真衣は慌てて言った。「江川城市駅は場所も分かりづらいし、私は土地勘があるから」その後、二人は少し会話を交わし、待ち合わせの時間と場所を確認してから電話を切った。携帯を置くと、真衣は窓の外で次第に暗くなる空を見上げた。心の焦りは幾分和らぎ、落ち着きを取り戻していた。真衣は安浩がこれほどあっさり承諾するとは思っていなかった。ましてや彼がそこまで気を利かせてくれるとは予想もしていなかった。安浩はもともと細かく、洞察力のある人だ。翌日の午前中。真衣は30分早く家を出て、千咲を連れて江川城市駅に向かった。駅は人でごった返していた。真衣は千咲の手を握り、改札口の目立つ場所に立ち、時々電子掲示板に表示される列車の運航情報を見上げた。「ママ、常陸おじさんを迎えに来たの?」千咲は小さな顔を上げ、目を輝かせていた。昨日の午後積み木で遊んだことが、千咲に強い印象を残していた。真衣は笑って頷き、千咲の頭を撫でた。「そうよ、常陸おじさんが今日うちに遊びに来るの。千咲は嬉しい?」「嬉しい!」千咲は力強く頷き、小さな手で真衣の指をしっかり握りしめ、安浩の姿を見逃すまいと改札口をじっと見つめた。間もなく、掲示板に安浩が乗った列車が駅に到着したと表示された。真衣は千咲の手を引いて前へ進み、混雑した人混みの中を注意深く見渡した。間もなく、真衣は見慣れた姿を見つけた――安浩は薄い灰色のトレンチコートを着て、小さなスーツケースを手に持ち、優しい
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第1002話

真衣は千咲が安浩をこんなに気に入るとは思っていなかった。もしかしたら、沙夜の提案は本当に正しかったのかもしれない――-車が団地に入り、真衣が車を停めると、安浩は千咲を抱いて先に降りた。千咲は彼の首にしがみついて離れようとせず、抱っこのまま階段を上がりたがった。安浩は困りながらも笑顔で、千咲の言う通り、抱いたまま階段を上がった。家のドアを開けると、真衣は安浩のスーツケースを玄関に置きながら笑って言った。「すぐに食事の支度をするから、先輩は少し休んでて」「僕も手伝うよ」安浩が千咲を下ろし、キッチンに向かおうとすると、千咲に服の裾を引っ張られた。「常陸おじさん、積み木で一緒に遊んで!ご飯ならママがすぐに作ってくれるよ!」千咲は期待に満ちた目をして安浩の手を引っ張り、リビングの積み木の所へ向かった。安浩は彼女の可愛らしい様子を見て、苦笑いしながら真衣に言った。「じゃあ支度を頼むよ。僕は千咲ちゃんと遊んでおくから」真衣は頷き、キッチンに入った。リビングから聞こえる笑い声に、真衣の心に残っていた僅かな不安は消え去っていった。-昼食後。千咲は安浩に手を振り、ノートを抱えて寝室に駆け込んだ。「常陸おじさん、宿題が終わったらまた遊ぼうね!」リビングには真衣と安浩だけが残され、千咲がいなくなると空気が急に静かになった。安浩はテーブルの上の湯呑みを取り、縁を指で撫でながら真衣を見た。「正直に話して。君は礼央さんとどうするつもりなんだ?このまま曖昧に引きずるのか、それとも本当に終わりにしたいのか?」真衣は湯呑みを握った手を止め、底の茶葉を見つめた。「終わりにしたいわ」もう疲れたの。しかし、真衣の脳裏にはいつも礼央の疲れた目が浮かんだ。彼が時折見せる脆さも。彼は重いうつ病を患っていて、そのためについ何度も理解してあげたいと思ってしまう。「また心が揺らいだ?」安浩は真衣の言葉を聞いて、悟ったように続けた。「君は彼を気遣いすぎるんだ。病気の彼を不憫に思って、でもその気遣いのために君自身を泥沼に引きずり込んでいることに気づいていない」真衣は黙って頷いた。「だから今度こそ、ちゃんと断ち切りたいの。噂も、彼との繋がりも、全部一緒に」安浩はそれを聞くと、少し可笑しそうに首を振り、湯呑を置いて彼女を
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第1003話

安浩は真衣の表情が和らぐのを見て、穏やかな声で話した。「容易に忘れられないのはわかる。君たちは付き合いも長いし、千咲ちゃんもいるからね。でも、人は前に進むことを学ばなきゃ。過去の記憶に囚われ続けてちゃいけないよ」安浩は少し間を置き、真剣な眼差しで真衣を見た。「覚えておいてほしいんだ。君は一人じゃないってことを。僕と沙夜はいつも君の味方だ。どんなことがあっても、君が助けを求めれば、必ず力になる」安浩の落ち着いた目を見つめると、真衣の胸に温かいものがこみ上げてきた。知り合ってからずっと、安浩はこんな人だった――普段は目立たない存在だが、自分が困っていると、必ず真っ先に現れ、いちばん確実な方法で慰め支えてくれる。以前、プロジェクト資金の問題で自分が頭を抱えていた時も、安浩がこっそり信頼できる投資家を紹介してくれた。自分が噂に巻き込まれた今も、ためらいなく駆けつけ芝居に付き合ってくれようとしている。こんな穏やかで頼もしい友人は、ここ数日の混乱した日々の中で最も確かな支えだった。真衣は目頭が熱くなり、微かに震える声で言った。「先輩、ありがとう。あなたと沙夜がいなかったら、私はどうしていいかわからなかったわ」「僕に遠慮する必要なんてないだろ?」安浩は笑いながら首を振り、テーブルの上のリンゴを一切れ取って真衣に手渡した。「友達なんだから助け合うのは当然のことだ。それに、林さんのように陰でこそこそやる人間は許せない。君の代わりに一泡吹かせられるなら、僕も嬉しいよ」真衣はリンゴを受け取ってかじると、爽やかな甘みが舌の上に広がり、張り詰めていた神経が少しほぐれた気がした。真衣はふと気になっていたことを思い出して尋ねた。「先輩、今回のことがあなたの将来に影響するかもしれないけど、本当に良いの?もし恋人がいるって誤解されて、先輩が彼女を見つけられなくなったら、私申し訳なくて」安浩はそれを聞くと、呆れた顔で笑い出した。「君って、どこまでお人好しなんだよ。言っただろ。家族からの結婚の催促にウンザリしてたんだ。今『彼女がいる』と公表すれば、少しは静かになるだろう」安浩は少し間を置き、真剣な表情で続けた。「それに、今は仕事に専念したいんだ。九空テクノロジーもじきに上場するだろうし、毎日忙しくて結婚なんて考える暇もないん
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第1004話

「対面では、必要な場合を除いてわざわざ会う必要はない。余計な噂を立てられないように」二人が言葉を交わしながら話し合う内に、リビングの空気は和らいでいった。安浩が真剣に計画を立てる様子を見て、真衣の心の不安や焦りは少しずつ消えていった。真衣はわかっていた。安浩のような信頼できる友人が手伝ってくれるなら、きっとこの騒動はすぐに収まるだろうと。ちょうどその時、寝室のドアが静かに開き、千咲がノートを持って走り出てきて、叫んだ。「ママ、常陸おじさん、宿題終わったよ!積み木で遊んでもいい?」安浩はすぐに優しい笑顔を浮かべて千咲に手を振った。「もちろん、今までで一番大きなお城を作ろう!」千咲は嬉しそうに駆け寄り、安浩の手を引いてリビングの積み木の山へ向かった。二人のやり取りを見て、真衣の心は温かくなった。真衣は思った。これからどんな困難に直面しても、安浩や沙夜のような友人がそばにいてくれれば、どんなことにも立ち向かえると。-翌日の夕方、真衣はKJC宇宙航空研究開発機構に資料を取りに行った。用を済ませて出ると、空は真っ暗で、今にも雨が降りそうだった。案の定、雨粒がパラパラと落ちてきて、あっという間に地面に水流ができた。真衣はデスクを片付け、傘を持ってKJC宇宙航空研究開発機構の入口へ向かった。冷たい雨混じりの風に、思わず首をすくめた。少し離れたところに、礼央の黒い車が路肩に停まっていて、留美が助手席から窓越しに手を振っていた。真衣は避けようとしたが、車はゆっくりと近づき、留美が窓越しに言った。「寺原さん、こんな大雨なのに車じゃないんですか?礼央に送ってもらった方がいいですよ。風邪を引くといけないですから」真衣は傘の柄を強く握りしめ、礼儀正しく首を振った。「大丈夫です。彼氏が迎えに来てくれますので」留美の笑顔は一瞬で凍りつき、目に驚きの色が浮かんだが、すぐに怪訝な表情に変わった。「寺原さん、私たちの車に乗りたくないのはわかります。嫌いなら、そう言ってもいいですわ。でも、彼氏がいるなんて作り話をする必要はないでしょう?同じ職場の仲間なんだから、こんなことする必要はありませんよ」留美が言い終わらない内に、運転席の礼央は眉をひそめて真衣を見つめた。「どうして車で出勤しなかったんだ?こんな大雨の日に、タクシーは不便だろ。
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第1005話

留美は、真衣の彼氏が安浩だとは思ってもいなかった。礼央のハンドルを握る手に力が入り、指の関節が白くなった。安浩が自然に真衣の肩を抱く仕草や、真衣の顔に浮かぶ笑顔を見て、礼央の胸は何かに刺されたように痛んだ。まさか本当に、真衣に新しい恋人がいたなんて。今までなら、相手が誰であれ、自分は偽物の恋人だと自信を持って思えた。しかし安浩は、本当に真衣の恋人である可能性がある――「常陸社長?」留美は驚きを抑え、探るような口調で言った。「どうしてここにいらっしゃるんですか?」安浩は冷ややかな目で車内の二人を見やり、よそよそしい口調で答えた。「彼女を迎えにきましたが、何か問題でも?」安浩の言葉には留美の顔を平手打ちするような鋭さがあった。留美は何か言おうとしたが、礼央の視線が彼女を制止した。礼央は真衣を見つめ、唇を動かしたが、結局「気をつけて」と言うだけだった。言い終わると、礼央はエンジンをかけ、ゆっくりと車を走らせた。留美は助手席に座り、振り返って安浩が傘を差し、真衣を守るようにして近くの黒い車へと歩いて行くのを見た。「礼央、見た?寺原さんが常陸社長と付き合ってるなんて」礼央は前を向いたまま、硬い表情で黙り込んだ。礼央の心は混乱していた。真衣と安浩が並んで立つ光景が頭から離れず、その光景が彼の冷静さを奪うほどに眩しく思えた。一方、安浩は真衣を車に乗せ、タオルを取り出して彼女の顔についた雨粒を拭った。「またこういう状況になったら、すぐに電話して」真衣はタオルを受け取り、笑顔で言った。「ありがとう、先輩。先輩が来てくれて本当に助かったわ。どう対応すればいいかわからなかったから」「大したことじゃない」安浩はエンジンをかけ、軽い口調で言った。「でも、林さんの反応はなかなか面白かったな。どうやら彼氏という肩書きは、思った以上に効果的があるようだね」-その週末。安浩はノートパソコンを真衣の前に置いた。見ると、画面には整理された広報資料が表示され、噂の経緯が明確にまとめられていた。夫や子を棄てたという噂の発信源や、翔太が実子ではないとするDNA鑑定書のスキャン画像まで、一つひとつの証拠が明記されている。「確認してみて。この資料はすでに弁護士のチェックを受けていて、問題はない」安浩は画面を
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第1006話

「彼らの目的は私を不快にさせることだけじゃない気がする」安浩はテーブルのカップを真衣に手渡しながら言った。「君の言う通りだ。相手は確かに世論を利用して君の名声を傷つけようとしている。この手の内密な情報が意図的に暴露されたということは、相手が君の過去をよく知っていて、どうすれば君を確実に攻撃できるかを把握しているということだ――KJC宇宙航空研究開発機構のエンジニアという立場は個人の評価が非常に重視される。一度でも道徳的な汚名を着せられれば、今後の君の仕事に影響するだろう」彼は少し間を置いて続けた。「考えたことはある?もしかすると、相手は林さんひとりじゃないかもしれないって。君はKJC宇宙航空研究開発機構で重要なポジションにいて、まだ若い。それにメインとなるドローンプロジェクトを担当していて、まさにキャリアの絶頂期にいるんだ。そんな君を疎ましく思っている人がいるのかもしれない。もしそうなら標的にされるのも納得できる」真衣の心にひんやりとした冷たさが広がり、カップを握る手を僅かに止めた。彼女は安浩の言葉にハッとした――真衣は今まで留美と礼央だけに注意を向け、職場のライバルの存在を見落としていたのだ。優秀な人材が揃うKJC宇宙航空研究開発機構で、僅か数年でプロジェクトの責任者になった真衣を妬ましく思う者は当然いるはずだ。今回の騒動の裏には、もしかするとさらに複雑な職場の駆け引きがあるのかもしれない。「どうしても辛いなら、九空テクノロジーに戻っておいでよ」安浩は真衣を見て優しく言った。「九空テクノロジーは今、宇宙部品の研究開発業務を拡大していて、君のような経験豊富な人材を必要としているんだ。君ほど能力があれば、来てすぐに新プロジェクトを任せられる。待遇もキャリアアップの機会もKJC宇宙航空研究開発機構に劣らないよ。KJC宇宙航空研究開発機構でも九空テクノロジーでも、国のために奉仕することに変わりはないんだし」真衣は驚いて安浩を見た。彼女は九空テクノロジーがここ数年で急速に発展し、宇宙分野での影響力を増していることを知っていた。安浩のオファーは間違いなく絶好の機会だった。「君がKJC宇宙航空研究開発機構に愛着を持っているのはわかってる。でも職場で理不尽な思いに苦しむべきじゃない」安浩は続けた。「元々、航空
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第1007話

広報文書が公開された朝、真衣は沙夜からの電話で目を覚ました。電話の向こうから沙夜の興奮した声が聞こえてきた。「早くネットニュースを見て!安浩さんは本当にすごいわ。一晩でデマを全て抑え込んだのよ!」真衣は眠い目をこすりながら、携帯を開いた。SNSのトレンドランキングにて。#航空宇宙エンジニアの寺原真衣の噂はデマ##高瀬翔太は彼女の実子ではなかった#このようなトピックが並び、安浩が発表した資料が各メディアで拡散されていた。資料にはDNA鑑定書や礼央が当時発表した声明、さらに弁護士からの通知書のスキャン画像が添付されており、反論の余地がないほど完璧な証拠が揃っていた。コメント欄では、以前誹謗中傷していたネットユーザーたちが次々と謝罪し、風向きは完全に逆転。中には留美の過去の行動を掘り起こし、彼女こそがデマの発信者だと疑う者も現れた。真衣は安浩から届いたメッセージを開いた。【主要メディアに事実関係を明らかにするよう依頼してある。マーケティングの担当者にも連絡しておいたから、これ以上デマが広まることはない。安心して千咲ちゃんの傍にいてあげて】真衣が安浩に返信しようとした時、インターホンが鳴った。ドアを開けると、KJC宇宙航空研究開発機構の労働組合長と代表補佐が立っていた。二人は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。「寺原さん、この度はご迷惑をおかけしました」「我々は最初からあなたを信じていました。ただ社会的影響を考慮し、一時的に休暇を取っていただきました。どうかお許し下さい」労働組合長は誠意を込めて言った。「我々は会議を開き、あなたに関する虚偽の噂を解明するため、内部声明を発表することを決定しました。また、これまでのプロジェクトへの貢献についても表彰させていただきます」「今後もこの件で嫌がらせを受けるようなことがあれば、我々が全面的にサポートします」真衣の心のわだかまりは少しずつ消えていった。真衣はKJC宇宙航空研究開発機構の事情も理解していたし、彼らの信頼がいかに貴重であるかもわかっていた。「お心遣いに感謝します。少しの間、子供とゆっくり過ごせたので、良い休暇になりました」二人を見送った後、千咲が寝室から出てきて、眠そうな声で言った。「ママ、誰が来たの?」真衣は腰をかがめて千咲を抱き上げ、頬にキス
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第1008話

真衣はそっと千咲をベッドに寝かせ、リビングへ戻ると、携帯に安浩からのLINEが表示されていた。【デマは完全に収束した。安心して休んで】真衣は【ありがとう】と返信し、携帯を置いてバルコニーへ向かった。彼女は深く息を吸い込んだ。心はかつてないほどに穏やかだった。-千咲が眠りについた後。真衣はリビングのソファに座り、KJC宇宙航空研究開発機構と九空テクノロジーの二つの資料を見つめていた。KJC宇宙航空研究開発機構にいた期間は短かったが、そこには真衣の懸命な努力や夢が詰まっていた。ドローンプロジェクトは間もなく重要な段階に入る。継続すれば将来必ず大きく発展するだろう。しかし、研究の最前線での仕事のペースを考えると――過酷な残業、頻繁な出張、いつ起こるかわからない技術的難題、それらを考えると真衣の心は沈んでいった。この前千咲が熱を出した時も、プロジェクトが差し迫っていたため、沙夜に病院へ連れて行ってもらうしかなかった。学校の保護者会も、何度か欠席していた。KJC宇宙航空研究開発機構に残れば、これから千咲と過ごす時間はさらに減り、家庭と仕事のバランスを保つことは、真衣にとってほぼ不可能な課題だった。真衣は携帯を開いて、千咲が今日描いた絵を見つめた――紙にはポニーテールの女性と小さな女の子が手をつないでいて、横には「ママと私」と書かれている。千咲の幼い筆跡を見て、真衣は目に涙を浮かべた。真衣は優秀な航空宇宙エンジニアになりたい。でも、それ以上に娘の成長を見守る母親でいたかった。その時、携帯の画面が光り、安浩からのLINEが届いた。【九空テクノロジーの航空宇宙部品開発研究所がほぼ完成した。君さえよければ、研究所長のポストを空けておく。千咲ちゃんとの時間を取れるように勤務時間も柔軟に調整できるようにするよ】LINEを見て、真衣の心の天秤は次第に傾いていった。九空テクノロジーの航空宇宙分野での実力は侮れない。何よりそこは、元々真衣が懸命に貢献してきた場所なのだ。さらに北城は真衣の故郷であり、そこには馴染みのある街並みがあり、親しい友人がいて、千咲を育てるのに適した環境がある。当時、真衣は礼央から逃れるために江川城市へ来たが、今は噂も消え、心のわだかまりも解けた。安心して仕事に励める場所へ帰る時が来た
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第1009話

「千咲ちゃんの世話をする人手が必要な時は、家政婦を手配したり、沙夜をそちらに行かせることもできる」真衣は心が温かくなるのを感じ、首を振った。「大丈夫。千咲は聞き分けのいい子なので、私一人で世話できるわ。少し待ってもらうのが申し訳ないけど」「僕に遠慮する必要はないよ」安浩は笑った。「まずは退職の手続きを済ませて。何かあればいつでも連絡して」-二日後、真衣はKJC宇宙航空研究開発機構の小野寺のオフィスを訪れた。ドアを開けると、小野寺は技術報告書を読んでいたが、真衣が入ってくるのを見てすぐに書類を置き、笑顔を浮かべた。「寺原さん、おかえり。デマの問題が解決して何よりだ、本当に苦労をかけたね。どうぞ座って。秘書にコーヒーを淹れさせよう」真衣はソファに座り、幾分改まった口調で言った。「小野寺さん、先日はお心遣いいただきありがとうございました。今日は、退職願いをお渡ししに来たんです」小野寺は表情を一変させ、湯呑みを持った手を宙で止めた。「退職?寺原さん、冗談でしょう?KJC宇宙航空研究開発機構にはあなたが必要なんだ。ドローンプロジェクトは間もなく成果が出る。今離れるのは、あまりにも惜しいよ」小野寺はマグカップを置いて続けた。「私は半年かけてやっとあなたを北城から引き抜いたんだ。KJC宇宙航空研究開発機構があなたのプロジェクトのためにどれだけの資源を投入したか、あなたもよく知っているだろう。今はあなたのキャリアにとって重要な時期だ。どうして突然退職なんて言い出すんだい?もしかして、あのデマのせいか?我々はすでに謝罪したし、今後は表彰も行う予定だ。何か要求があるなら遠慮なく言ってくれ。衝動的になるのはよくない」小野寺の焦る様子を見て、真衣の胸に一抹の後悔がよぎった。「小野寺さんのお気持ちは重々承知しています。KJC宇宙航空研究開発機構にも心から感謝しているんです。でも、もう決めたんです。デマのせいではありません。北城に戻った方が、子供の世話をするのに都合が良いんです」「子供の世話?」小野寺は眉をひそめた。「勤務時間の調整や出張を減らしたり、近くに住居を手配することもできる。これらについてはすべて相談に乗れるよ。あなたのような優秀な人材は、どこに行っても引っ張りだこだ。だからKJC宇宙航空研究開発機構
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第1010話

「気にしないで下さい。前に言ったように、深い意味はなくて、ただあなたを助けたくて……」耀庭の焦る様子を見て、真衣の胸に温かいものがこみ上げた。耀庭は良い人だ。ただ、彼の想いにはきっと応えられない。真衣は首を振り、穏やかだがしっかりとした口調で言った。「島袋さん、違うの。私の退職はあなたとは関係ないわ。ただ北城に戻りたいの。千咲の世話をするにも都合がいいし、それ以外の理由はないから」少し間を置いて、真衣は続けた。「あなたはとても良い人ね。正直で、優しくて、真面目だわ。きっと私より良い人に出会えるはずよ」耀庭の報告書を持つ手に力が入り、指の関節が白くなった。彼は数秒沈黙してから、ゆっくりと口を開いた。「わかりました。でも、私が軽率でした。自分の考えを押し付けるべきではありませんでした。北城でのご活躍をお祈りします。千咲ちゃんの健康と幸せも」「ありがとう」真衣は微笑んだ。「プロジェクトの最終段階には、引き続きあなたの助けが必要なの。不明な点があれば随時連絡するわね」「はい」耀庭は頷くと、重い足取りで実験室へ向かった。耀庭の後ろ姿を見て、真衣の胸は少し痛んだ。しかし、真衣はわかっていた。人の善意を拒むには勇気が要る。でも、長期的な苦しみより一時的な痛みの方がよっぽどマシなのだ。期待を抱かせるより、早く断ち切った方が、傷は浅くて済む。その後、真衣はプロジェクトの仕上げ作業に没頭した。毎日残業してデータを整理し、詳細な引き継ぎ手順を作成し、各工程の注意事項を明確に記載した。耀庭は落胆しながらも、真衣の仕事に真摯に協力した。二人の連携は以前と変わらなかったが、雑談は減り、ぎこちない空気が流れた。-実験室で真衣はプロジェクト引き継ぎ書類に目を落とし、キーボードを素早く叩きながら、画面に表示された複雑な技術パラメータを整理していた。留美が温かいコーヒーをテーブルにそっと置き、書類に目をやりながら感慨深げに言った。「まさか、こんなに早く寺原さんが辞めてしまうなんて思いませんでした」真衣は顔を上げて留美に微笑みかけた。「またいつか一緒に仕事する機会があるかもしれませんよ」「そうですね」留美は真衣の隣の椅子に腰を下ろし、彼女の真剣な横顔を見つめながら、静かに言った。「このプロジェクトで寺原さんと一緒
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