All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 1301 - Chapter 1310

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第1301話

夜。常陸家別邸の書斎の窓付近。フロアランプの温かな光により、広い空間が明るい所と暗い所にはっきりと分かれ、机の上には林グループとバンガードテクノロジーの財務報告書や各種契約書、取引明細が山積みになり、びっしりと並んだ文字は目を眩ませる。沙夜は疲れた目をこすり、タブレット上の赤い注記を指でなぞっていた――それは彼女が3時間かけてようやく見つけ出した財務上の不正だった。林家が昨年海外で行った投資の会計記録は一見完璧に見えるが、実はお金の流れに怪しい部分が隠れており、調べると、最終的にお金の流れは宗一郎の個人口座に行き着いていた。「見つけたわ」沙夜の声は徹夜のせいで嗄れていたが、興奮の色が滲んでいた。彼女はそばにいる安浩を軽く突き、タブレットを差し出した。「ほら、林家とバンガードテクノロジーの間には確かにお金のやり取りがあるわ。この金額なら金融庁も注目するはずよ」安浩はバンガードテクノロジーの特許に関する文書を読んでいたが、沙夜の言葉を聞き、彼は血走った目をしながら顔を上げた。彼はタブレットを受け取り、指で画面をスクロールさせながらデータを素早く確認すると、次第に眉の皺が緩んだ。「これは良い突破口だ。証拠を固めるために、法務部に確認をさせよう」彼は腕時計を見ると、針は既に午前3時を指していた。窓の外は濃密な闇に包まれ、書斎にはペンが紙の上を擦る音と、時折交わされる二人の囁き声だけが響いていた。「少し休んだら?」安浩は沙夜の青白い顔を見つめ、さりげなく気遣いを込めて言った。「この資料は僕一人でも見られるから」沙夜は手を振り、机の上のペンを取って紙に書き込みながら言った。「だめよ、一緒に戦い抜くって約束したでしょ。それに、常陸夫人の面目を潰してまであなたに置いて行かれたくないわ」彼女の冗談めいた口調に、安浩は思わず笑みをこぼした。その時、机の上の携帯が振動した。頼んでいた出前が届いた知らせだ。彼は立ち上がった。「受け取ってくるから、ちょっと待って」間もなく安浩は袋を二つ提げて戻ってきた。中からは湯気が立つコーヒーとホットサンドが出てきた。彼はコーヒーを沙夜の手元に置き、それからホットサンドを差し出した。「少し食べて、お腹も空いたでしょ」コーヒーの芳醇な香りと食べ物の香りが広がり、徹夜の疲れを幾分か
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第1302話

この言葉は、安浩の痛いところを突いた。彼は確かに恋愛経験がなく、学業と家族の仕事に一心不乱に打ち込んでいた。しかし、沙夜にこんなにストレートに指摘されると、さすがに彼もたじろいでしまう。「その言い方はにはちょっと納得できないなあ」安浩は真剣な表情で沙夜の方を振り返った。「この結婚は双方の意思によるもので、共通の目標を達成するためのものだ。だから不満など存在しない」沙夜は眉をつり上げ、からかうのをやめ、コーヒーを一口飲んでぼそっと答えた。「はいはい、あなたの言う通りね」書斎には再び静寂が戻り、紙をめくる音とコーヒーの香りだけが漂っていた。しばらく経つと。夜が明け、朝になった。朝日がカーテンの隙間から差し込み、山積みされた資料の上に落ちた。沙夜のまぶたは徐々に重くなっていき、眠気が波のように彼女に押し寄せた。彼女はスクリーンに映っているデータを必死に見ようとしたが、疲れに抗えず机に伏せたまま深い眠りに落ちた。彼女はぐっすり眠っており、そばの安浩がいつ手を止めたのか全く気づかなかった。彼は彼女の安らかな寝顔を見つめた。長いまつげが瞼に影を落とし、口元はわずかにつり上がっていた。安浩はそっと足音を忍ばせ、椅子の背もたれにかけてあった自分の上着をそっと彼女に掛けた。上着にはまだ彼の体温が残っており、沙夜を暖かく包み込んだ。その後、安浩はなるべく物音を立てないように自分の作業を続けた。彼はさらに2時間ほど作業し、朝日が書斎全体を照らす頃になってから、ようやく手元のペンを置き、外に出て温かい朝食を買いに行った。沙夜は微かなおにぎりの香りで目を覚ました。彼女はぼんやりと目を開け、頭はまだ重く、掛けられていた上着は半分ほど滑り落ちていた。彼女は身を起こして目をこすり、テーブルの隅におにぎりと味噌汁が置かれているのに気づいた。そして安浩は向かいの椅子に座り、相変わらず資料をめくっていたが、顔色は昨夜よりさらに憔悴しており、顎にはひげが生え、どこか渋みのある男らしさを醸し出していた。沙夜の心は僅かに揺れ動いた。彼女はテーブルの上にあるおにぎりを手に取り、ラップを開けると、ほんのりとしたいい香りが漂ってきた。「もしかして一晩中寝てないの?」沙夜の声は寝起きのためしゃがれており、彼女は安浩の無精ひげを見て
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第1303話

数日間の静養を経て、彼の胸の銃傷にはかさぶたができ、まだ鈍い痛みはあるものの、もう歩けるようになっていた。彼の顔色は相変わらず青白く、額には細かい冷汗がにじんでいた。この数日、彼は一見大人しく療養しているようで、実は密かに観察を続けていた。看守の交代パターンを把握し、看護師たちの雑談に耳を傾け、断片的な情報を辿りながら、どうにか真衣が監禁されている場所を突き止めた――この建物の三階に真衣はいる。だが、同じように厳重に警備された病室だ。交代の隙をついて、礼央は監視カメラの死角を避け、ついに真衣の病室の前までたどり着いた。彼は軽くドアをノックすると、中からかすかな物音がして、やがてドアが少し開いた。ドアの前に現れた真衣の顔が見えた。薄い患者衣を着た彼女は顔色が悪く、目には深い疲労の色がにじんでいた。しかし、ドアの外に立っているのが礼央だと気づいた瞬間、彼女の瞳は急に収縮し、それまでの我慢や強がりが一瞬にして崩れ落ちた。彼女は何も言わず、猛然と礼央のもとに駆け寄り、彼を強く抱きしめた。彼女は自分の腕を彼の腰に力強く締め付け、顔を彼の胸元に埋めた。長く抑えていた嗚咽がついに喉から溢れ出てきた。礼央の体は一瞬硬直したが、彼はすぐに優しく彼女の背中を手で撫でた。彼は真衣の体の震えをはっきりと感じ取ることができた。彼の声は低くて優しく、人を安堵させる力に満ちていた。「大丈夫だ、真衣。もう大丈夫だ」彼女がここまで自分のことを気にかけてくれていたこと。自分はこの上なくありがたいと思った。自分は罪深い人間だが、彼女が許しと救いの手を差し伸べてくれることが、何よりありがたかった。「あなた、銃で撃たれたのに……」真衣は鼻声のため、声が幾分かこもっている。彼女は顔を上げて彼の胸にはっきりとついている包帯を見つめると、目尻が真っ赤になっていた。礼央は彼女の赤くなった目を見て、胸が苦しくなった。彼は手を伸ばして彼女の涙を拭い、指先が少し冷たくなった。「約束しただろう、お前を必ず守るって」真衣は彼の青白い顔を見つめて言った。「体もまだ完全に回復していないのに、どうして来たの?」礼央は彼女を支えながら、窓際の椅子に座らせた。彼は警戒した視線で入り口を一瞥すると、声を抑えて言った。「ここの看守の交代パターンはもう把
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第1304話

「千咲はまだ国内にいる。急いで彼女を移動させ、安全を確保しなければいけない。留美はもう完全に狂っている。彼女に付け入る隙を与えてはならない」ここ数日、礼央はただ休んでいたわけではない。彼は看護師たちとのやり取りを通じて、留美と宗一郎が結託した証拠を数多く集めていた。資金の横領や不正取引に関わる文書を、彼は目立たない場所に隠していた。ここを脱出さえできれば、これらの証拠は彼らを倒すための強力な武器となる。真衣は彼の目に宿った光を見て、彼が既に決意を固めたことを悟った。彼女はそれ以上説得せず、ただ強くうなずき、メモをさらに強く握りしめた。「わかった。あなたに従うわ」-極地の夜は早く訪れる。真衣と礼央が約束した時間が静かに迫り、真衣は手の中にあるルートマップを強く握りしめた。紙に引かれた赤い線は、看守が交替する際に生まれる空白の時間と脱出経路を示している。これらの情報は、真衣と礼央がこの数日間で得たものだった。彼女はベッドサイドテーブルにある秘密の引き出しを見た。そこには手のひらサイズのチップサンプルが隠されていた――これは彼女が看守の監視の隙をついて、実験室に残された廃棄物の山から探し出したものだ。このチップには、宗一郎が07プロジェクトのデータを横領し、国外の組織と結託した決定的な証拠が保存されており、これを世の中に公開すれば、宗一郎と留美に大打撃を与えられる。真衣は慎重にチップを防寒服の内ポケットにしまい、テープでしっかり固定し、脱出する時に落ちないようにした。すべてを終えると、彼女は深く息を吸い、部屋のドアを開けて、広大な夜の氷原に溶け込んだ。約束の待ち合わせ場所は廃墟となった倉庫の裏で、そこは監視カメラにとっての死角だった。真衣が角を曲がると、すぐに見慣れた人の姿が見えた。礼央はそこに立っており、盗んできた迷彩柄の防寒服を着ていた。顔色はまだ少し青白かったが、彼はまるで立派な木のように背筋をピンと伸ばしていた。真衣が近づくのを見ると、彼はすぐに駆け寄り、声を抑えて言った。「すべての準備はできているか?」真衣はうなずき、手の中のルートマップを掲げた。「経路は間違いないし、チップも手に入れた。証拠もバックアップしてある」礼央は手を伸ばして真衣の肩に積もった雪を払い落とし、氷原の奥を見
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第1305話

真衣は礼央を支えながら、一歩一歩苦労して進んでいった。礼央の言葉を聞きながらも、真衣は足を止めることはなかった。彼女の足元の雪はくるぶしまで埋まり、一歩進むのも大変な力が必要だった。礼央の顔は相変わらず青白く、額には冷や汗が浮かび、胸の傷は激しい動作で引き裂かれるような痛みを感じていた。彼は歯を食いしばり、真衣の手首が白くなるほど強く握りしめていた。「心配しないで」真衣は彼の体の震えを感じ、振り向いて優しくも力強い声で言った。「彼らにすぐに見つかることはないわ。ここは人里離れた場所で、近くにスノーモービルもない。私たちがいないことに気づいたとしても、私たちと同じように5キロを歩かなければならないからね」礼央は真衣を見上げた。吹雪の中、真衣の頬は赤く凍えていたが、その目は驚くほど強く輝いていた。二人はさらに進み、真衣は鋭い感覚で後方に何の動きもないことを確認し、ようやく安堵の息をついた。彼は周囲を見回し、少し離れた雪のくぼみのそばに目を留めた。そこには大きな氷の塊が積み重なり、天然の隠れ家が形成されていた。「ここにしよう」真衣は礼央を支えてその場所へ向かい、慎重に座らせた。そして近くの雪を掻き集め、氷の隙間に詰めて冷たい風を遮った。「ここに隠れてて。絶対に物音を立てないでね。20分後に迎えに来るから。どんな物音がしても、絶対に出てこないでね」礼央は彼女を見つめて言った。「わかった。お前も気をつけろよ」「大丈夫」真衣は言った。「私がいかに早く開錠できるか、あなたはまだ信じていないの?」そう言うと、彼女は躊躇わず、補給ステーションの方へ全力で走り出した。彼女は一瞬たりとも足を止めず、心にはただ一つの思いがあった――早く、もっと早く。一刻も早く車を手に入れなければ。5キロの道のりを、真衣はほとんど全力で走り切った。肺は焼けるように痛み、足は鉛のように重かった。そしてついに。補給ステーションのぼんやりとした輪郭が視界に入ってきた。真衣は足取りを緩め、身をかがめて慎重に近づいた。補給ステーションの扉は半開きで、中は真っ暗で、光ひとつなかった。彼女は息を殺し、壁に張り付くようにして駐車場まで少しずつ移動した。オフロード車が数台停まっており、そのうちの一台が宗一郎の部下が物資調達に使
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第1306話

「あそこにいる!早く追え!」眩しいライトが吹雪を貫き、真っ直ぐに車のリアウィンドウを照らした。銃声が何発か鳴り響き、「ガラッ」という鋭い音と共に、後部座席の窓ガラスが粉々に砕け、雪の粒とガラスの破片が一気に車内に吹き込んできた。礼央は反射的に真衣を運転席の内側に引き寄せ、低く重い声で言った。「しっかりつかまれ!」真衣は歯を食いしばり、両手でハンドルを強く握りしめ、目元に一瞬鋭い光が走った。雪道は滑りやすく、車輪が積雪を軋ませるたびにスリップし、車体は激しく揺れ、何度も路肩に突き出た氷の塊に衝突しそうになった。しかし、彼女のハンドルを握る手は恐ろしいほどに安定しており、スリップするたびに素早い反応で車をコントロールした。「アシストグリップにつかまって!」真衣の声は風に乗って聞こえた。後ろの追手は執拗に追いかけてくる。銃弾が次々と車体に当たり、「ドンドン」という鈍い音を立て、車体はすぐに弾痕だらけになった。「左にハンドルを切れ。300メートル先にクレバスがある。そこに入れば一時的に追手を振り切れる」礼央が突然口を開いた。彼は目を細めて窓の外を見つめ、吹雪で視界がぼやけていても、正確に方角を見極めていた。この数日間、彼は病室に閉じ込められているように見えたが、実はこの一帯の地形を完全に把握していた。クレバスの位置や、隠れた雪洞、利用可能な地形の利点などをすべて頭に入れていた。まるで歩く地図のようだ。真衣は躊躇なくハンドルを切った。谷間は狭く、両側は切り立った氷の壁が聳え立っており、追手のライトは氷壁に遮られ、彼らは一時的に2人を見失った。「クレバスに沿ってまっすぐ進め。突き当たりに分岐点がある。右の小道を通れば、補給ステーションの裏手に回り込める」礼央の声は恐ろしいほど冷静で、胸の傷が車の激しい揺れで疼いているにもかかわらず、眉一つ動かさなかった。真衣は言われた通りに進んだ。彼女は時折助手席の礼央をちらりと見やり、青白い顔と引き締まった唇を見て、胸が締め付けられるのを感じた。彼は、絶体絶命の状況にあっても、冷静な判断力を保ち、彼女に進むべき道を示し続けていた。「後ろの連中がかなり接近している。奴らもこの辺りの地理に詳しいようだ」真衣は唇を噛んだ。礼央が続けた。「奴らが知ってるのは表向き
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第1307話

「山口社長!これがあなたが言っていた計画なのですか?」留美は突然彼を指差し、声を鋭くして言った。「絶対に逃げられないと言ってましたよね?翼があっても逃げられないと言ってましたよね?でも今はどうですか?全員逃げられたじゃないですか!しかも証拠も全部持って!」宗一郎は彼女を見て言った。「あなたに私を責める資格があるのか?高瀬社長と婚約することに執着し、彼を自分の側に縛り付け、息をつく隙を与えなかったら、逃げられるわけがないだろう」「私が執着、ですか?」留美はとんでもない冗談を聞いたかのように、「全部はこの計画のためにやったんですよ!」と言い返した。「礼央が持つ機密を確実に手に入れるには、彼を私の側に縛り付けるしかなかったんです!あなたこそ、計画は穴だらけだし、看守の交代時間も計算ミスを犯して、彼らに隙を与えたじゃないですか!」「いい加減にしろ!」宗一郎は痛い所を突かれ、一歩前に出て彼女の目を睨みつけた。「あなたが何を企んでるか、私が知らないとでも思ってるのか?私を利用し、山口家の力を利用して、林家が失ったものを取り戻そうとしてる。それに高瀬社長を自分の手元に置きたいなんて、あまりにも野望が大きすぎないか?」彼の声は急に低くなった。「それに忘れるな。あなたが嫁ぎたいと思ってる男の恩師は、あなたの父親に殺されたんだ。そんな関係で、彼が君を娶ると思うか?」彼女は全身が震え、顔色が一瞬で青ざめた。宗一郎の冷たい視線を見て、彼女はようやく気づいた。この期間中における協力関係は、ただ互いを利用した騙し合いに過ぎなかったと。「あなたが全てを支配できるとでも思ってたのか?あなたはただの私の駒に過ぎないんだ。駒が制御不能になった今、このゲームも新しいルールを決める必要がありそうだな」作戦センターの空気は一気に冷え込んだ。一方、真衣は車を運転し、ようやく細道を抜け出した。前方の氷原に、いくつか見覚えのある人影と、点滅する車のライトがかすかに見えた。真衣の目に一瞬希望の光が灯った。「彼らは時正さんの仲間よ!」彼女は興奮して叫んだ。礼央は彼女の視線を追うと、固くひき結んだ唇にかすかな笑みが浮かんだ。-国内。常陸家別邸の書斎にて。安浩は窓の前に立ち、届いたばかりの良い知らせが書かれた報告書を手に持
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第1308話

「もしもし」彼の声はかすれ、抑えきれない怒りを帯びていた。副社長は泣き声が混ざった声で、国内の状況について報告した。「山口社長、大変です!私たちが運送していた貨物がすべて横取りされ、ビジネスルートも全て常陸家に奪われました!それに、法務局の人間が突然訪ねてきて、違法経営と国家機密の漏洩の疑いがあるとのことで、会社が差し押さえられました!」「何だって?」宗一郎の瞳が急に収縮し、手にした携帯が地面に落ちそうになった。彼は携帯を握りしめ、指の関節が白くなり、胸の怒りが一気に燃え上がって全身を震わせた。「常陸家だと?常陸社長か?」「はい。常陸社長と、彼と結婚したばかりの妻の松崎さんの仕業です。二人が手を組んで秘密裏でやっていたので、私たちは対応する間もありませんでした!」副社長が続けた。「今、会社はパニック状態に陥っていて、幹部たちは続々と辞職して、私たち数人しか残っていません」宗一郎の顔色が徐々に沈み、血の気が引くほど真っ青になった。彼は電話を切り、携帯を壁に叩きつけた。携帯は粉々に砕け、部品があたりに散らばった。留美はそばに立ち、顔面蒼白だった。まさか安浩がこのタイミングで、こんな致命的な一撃を喰らわすとは思ってもみなかった。林グループは、林家にとっての生命線だ。もし林家がこのまま倒れれば、彼女のすべての努力が水の泡となる。「どうするんですか?」留美の声は震え、かつての威勢は消えていた。「会社が差し押さえられた今、私たちが南極にいる意味はもうないですよ」宗一郎は深く息を吸い、自分を落ち着かせようとした。今は怒っている場合ではない。国内にある自分の基盤を守ることが最優先だ。すると、彼の頭に1人の名前が閃いた――高瀬公徳。公徳は副市長として経済政策を担当しており、山口家と長年の付き合いがあり、宗一郎にとっての切り札でもある。公徳が色々と調整してくれれば、まだ挽回の余地はある。宗一郎はすぐに衛星電話を取り、公徳に電話をかけた。長い間鳴り続けてから、ようやく誰かが電話取った。しかし、聞こえてきたのは公徳の慣れ親しんだ声ではなく、幾分か距離感と疲れを感じさせる女性の声だった。「もしもし、どちら様でしょうか?」宗一郎は眉をひそめた。「高瀬さんはいらっしゃいますでしょうか」「彼は不
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第1309話

一方で。時正は礼央たちを迎えに行った。時正の視線が礼央の胸元に落ちると、彼の瞳孔は急に収縮し、表情も一瞬で険しくなった。かろうじて止血していた包帯が、今は真っ赤な血に浸り、肉眼で見える速さで広がりつつあった。傷口が裂けた跡もはっきりと見える。「傷口が開いている」時正が口を開いた。彼はすぐに車のトランクを開け、整然と並べられていた救急箱と二着の分厚い防弾チョッキを見た。「急いで、彼を降ろせ!」真衣は半ば礼央を抱きかかえ、彼が痛みで全身を震わせ、こめかみの冷や汗が雪解け水と混じって流れ、唇を噛んで白くなっているのに気づいた。しかし、彼は一声も呻き声を漏らさず、喉の奥から抑えたうめき声だけが聞こえた。彼女は激しく指先を震わせながら、握りしめていた包帯には温かい血が付着し、ねばついた感触が彼女の心臓を締め付けた。礼央の体は重く、真衣は全身の力を使い、駆けつけた時正と共に、氷原の比較的平坦な場所まで運んだ。時正はしゃがみ込み、手際よく救急箱を開け、消毒綿とペンチ、そして傷口を縫合するための糸を次々と正確に取り出した。「肩を押さておいてください」時正は顔も上げずに真衣に指示し、手に持ったペンチで消毒綿を挟み、礼央の傷口の縁に強く押し当てた。礼央は痛みで全身を震わせ、無意識に体をよじらせて眉を強くひそめた。顔色は相変わらず青白かった。真衣は慌てて手を伸ばし彼の肩を押さえた。火照った肌に触れた瞬間、彼女は胸が締め付けられた。彼女は時正の手際のいい動きを見つめ、ヨード液で白く染まる無残な傷口を見て、目に涙を浮かべながらも、どうにかこらえていた。「山口社長の手下が近くの補給ステーションを封鎖しました」時正は素早く手当をしながら、声を潜めて報告した。「GPSの追跡によると、彼らの車は10分後にこちらに到着します。我々に時間はもうありません」10分。あまりにも短すぎる。彼女は時正が麻酔薬を取り、礼央の傷口に注射しようとするのを見ていたが、突然、冷たい光を放つ鎮静剤を渡された。「これを彼に注射してください」時正は真っ直ぐに彼女を見つめ、「麻酔は効くまで時間がかかります。鎮静剤なら一時的に持ちこたえさせ、痛みを和らげれます」真衣はその注射器を見て、手の震えがさらに激しくなった。時正の言うことが正しい
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第1310話

二人は協力して礼央を横にある改造された車の後部座席に運び上げた。この車は、彼らが先ほど乗っていたのよりも目立たず、車体は氷原と同じ色にカモフラージュされており、特別な塗装処理が施されていることが一目でわかる。時正は運転席に座り、指でセンターコンソールを素早く叩くと、画面に複雑なコードが連続して表示され、赤い警告灯はすぐに緑に変わった。「逆探知システムを作動させることで、一時的に彼らの位置情報を遮断できるんです」彼は真衣の方を振り返り、後部座席に座っている二人を見て、「しっかりつかまっててください。ここを急いで離れる必要があります」と言った。車内の暖房がゆっくりと流れ出し、いくらか寒さが和らいだ。真衣は礼央の頭を自分の膝の上に乗せた。彼の意識はすでに朦朧としており、途切れながらも何かブツブツ呟いていた。彼女は身をかがめて耳を澄ませると、ようやく彼が繰り返し呟いている言葉を聞き取れた。「チップを……なくしてはならない……」彼は無意識に手を動かし、最終的に真衣の手首を強く握りしめた。真衣は突然、心が締め付けられる感覚を覚えた。彼女は礼央の青白い顔を見下ろして、「わかってるよ。チップは私が持ってるから、なくしたりしないよ」と言った。そのチップは彼女の防寒服の内ポケットにしまわれており、胸元に密着するように隠されている。チップは宗一郎の実験室から盗み出したものだった。そこには彼が国外の組織と結託し、国家プロジェクトの資金を横領したすべての証拠が入っていた。これは宗一郎を失脚させる重要な証拠でもあった。時正はバックミラーで2人の様子をちらりと見て、ハンドルを握る手に力を込めた。彼はしばらく沈黙した後、突然声を上げ、静寂を破った。「高瀬社長は6年前から山口社長の不正について調査していました」時正は前を見据えたまま、「当時彼は、別に寺原さんを信用していないわけではなかったのです。寺原さんが巻き込まれて命を落とすのを恐れていたのです」と言った。真衣はそれを聞くと、全身が震えた。彼女は急に顔を上げ、信じられないというような表情でバックミラーに映っている時正を見つめ、それから自分の肩にもたれかかっている礼央を見下ろした。真衣の心臓は何かに強くぶつけられたかのように痛んだ。彼女は手を伸ばし、そっと礼央の頬を撫で
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