All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 1591 - Chapter 1600

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第1591話

まるで時間が止まったようだった。真衣は、目の前にいる礼央を見た。彼は今、緊張した表情をして膝をついている。彼の持つ誇り、強さ、切り札を真衣の前にすべてさらけ出していた。彼はただ一言尋ねた――俺と結婚してくれないか?真衣はもう限界だった。彼女は涙を流しながら、勢いよく立ち上がった。真衣は身をかがめ、礼央を抱きしめた。両腕で彼の首をしっかりと抱きしめ、顔を彼の胸に埋めた。「もう一度、あなたと結婚します」礼央の身体が硬直した。次の瞬間、礼央は真衣をしっかりと抱きしめた。長い間、抱えていた不安が、ようやくすっきりと消え去っていった。緊張や不安が、彼女の言った「あなたと結婚します」という言葉の中に溶けていった。礼央は安堵し、真衣の肩に顔を埋めながら、震える声で言った。「ありがとう、真衣」「ありがとう、俺と結婚すると言ってくれて」「これからは、決して泣かせたりしない」「もう二度と」真衣は、彼を抱きしめながら、これまで抑えてきた感情を解き放つように激しく泣いた。二人は共に、今まで逃したものを思い泣いた。かつての苦難を思い出して泣いた。彼らはようやく、ここにたどり着いた。何度も回り道をして、ようやく彼女に求婚することができた。どれぐらい時間が経っただろう。真衣の感情は次第に落ち着いたが、目は依然としてウサギのように赤く腫れていた。礼央はそっと腕を緩めると、手を伸ばして優しく彼女の涙を拭ってやった。礼央は指輪を取り出し、真衣の左手の薬指にそっとはめた。指輪は、真衣の薬指にぴったりとはまった。礼央は事前にサイズを調べていたのだ。彼はもう、待てなかった。「これでお前は、俺のものだ」礼央は真衣を見つめて言った。「決して、後悔させない」真衣は指輪を見て言った。「後悔しないわ」「一生後悔しない」礼央は、真衣の額にそっとキスをした。優しく、愛おしげに。「あとのことは、俺に任せて」礼央は言った。「山口社長は、俺が捕まえる。俺が麗蘭を守ってみせる。すべての暗闇を、俺が一掃してやる」「お前は安心していればいい」「安心して、俺の帰りを待っていてくれ」-麗蘭が退院した日。空は久しぶりに晴れていた。窓から差し込む光が、彼女の痩せた頬に降り
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第1592話

礼央はそっと真衣の手に触れ、落ち着くように促した。彼は傍で沈黙している時正を見て冷静に言った。「お前もわかっているだろう。今の麗蘭に刺激は禁物なんだ」時正はベッドの傍に立ち、優しい眼差しで、慎重に麗蘭の袖口を整えていた。礼央と真衣のやり取りを聞いて、時正は二人を見て言った。「断言できます」「この街全体を見渡しても、私の別荘より安全な場所はありません」真衣はすぐに反論した。「安全?その別荘で彼女は毒殺されそうになったのに、安全だと言えるの?」「時正さん、あなたが以前彼女に何をしたのか、忘れたわけじゃないでしょう?」その言葉は、時正の痛い所を突いた。時正は顔色を変え、小さな声で言った。「以前、私が間違っていたことは、認めます」「でも、もう二度と同じ過ちを犯したりはしません」「私はもう彼女を監禁したり、彼女の自由を奪うことはしません」「ただしばらくの間、見守りたいんです」時正は少し間を置き、視線を麗蘭に向けて言った。「彼女は今、何も覚えていないし、一番危険な時期はまだ過ぎていない」「山口社長はまだ闇に潜んでいるし、琴美のことも徹底的に監視を続けています」「この局面において、たとえ私を信用できなくても、このことだけは認めていただきたい――」時正は目を上げて言った。「私は、命懸けで彼女を守りたいと思っているんです」「私なら、あらゆる力を動員し、彼女を守ることができます」「あなたたちは彼女に付き添うことができても、同時に山口社長にも対処しなければならず、二十四時間付き添うことはできない」「でも私はできる」「私は彼女を守るために、すべてを放棄できます」礼央は黙っていた。彼は時正の言うことが事実であると、認めざるを得なかった。宗一郎の標的は明らかに麗蘭だ。彼は暗闇から虎視眈々と彼女を狙っている。一般的なマンションやホテル、真衣の家では、時正の別荘のような警備はできない。さらに礼央は、宗一郎を追わなければならず、常に麗蘭の傍にいることはできない。真衣も、片時も離れずに麗蘭の傍にいることはできない。時正しかない。彼は麗蘭を自分の命より大切に思っている。すべてを犠牲にしてでも、彼女の安全を守ろうとする。今のように危険な状況で、麗蘭を守ることができるのは、やはり時正しかい
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第1593話

真衣は目を閉じ、軽くため息をついた。一時間後、車はゆっくりと細貝家の別荘に入った。車が穏やかに止まると、時正は先に降り、助手席側に回ると、慎重に麗蘭を支えながら降ろした。「焦らないで。ゆっくりでいいですから」時正は麗蘭を見つめ、小さな声で念を押した。麗蘭は軽く頷き、目の前の大きな別荘を見上げた。美しい装飾に、広々とした中庭、空気も新鮮で、申し分のない環境だった。しかしなぜか、彼女の心の奥底に潜んでいた、不安が静かに顔を覗かせた。まるで、本能が彼女に警告しているようだった。しかし、麗蘭は何も思い出せなかった。入り口に琴美が立っていた。彼女は柔らかな印象をロングドレスに身を包み、賢明で淑徳な女主人らしく、顔に穏やかな笑みを浮かべていた。時正が慎重に麗蘭を支える姿を見ると、琴美の目に一瞬暗雲が立ち込めたが、彼女はすぐにそれを振り払った。琴美の心は混乱していた。なぜ?麗蘭は記憶を失ったというのに、なぜ時正は彼女を家に連れ帰ったりするのだろう?記憶を失い、何の役にも立たない麗蘭が、なぜ時正の視線を釘付けにしているのだろう?なぜ正式な婚約者である自分が部外者のように、未来の夫が他の女を気遣う姿を目の当たりにしなければならない?琴美は歯がゆい気持ちで、爪を手に食い込ませたが、決して感情を表に出すことはなかった。彼女はわかっていた。琴美が優しく、思いやりを見せるほど、時正の警戒心は薄れていく。しかし、もし自分が少しでも不満や嫉妬心を見せれば、時正は自分を嫌悪し、この家から追い出す可能性すらある。彼女は耐えなければならない。宗一郎が事態を収めるまで耐え、時正の麗蘭の気持ちが薄れ、麗蘭があの日のことを永遠に思い出せなくなるまで耐えなければならない。その時、ようやくこの家は、彼女のものとなる。琴美は深く息を吸い、心の中に渦巻く不満や恨みを抑え、優しい笑みを浮かべて言った。「時正、麗蘭さん、お帰りなさい」「二回の部屋を片付けておいたわ。日差しの当たる部屋だから、休養にはぴったりよ」「新品のシーツや布団に、日用品もすべて揃えておいたから」そう言いながら、琴美は手を伸ばして麗蘭を支えようとした。しかしその瞬間、彼女の手は時正によって遮られた。時正は冷ややかな表情で、琴美の手を振り
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第1594話

二階の部屋。部屋は琴美の言った通り、広々としていて明るく、必要な物はすべて揃っていた。床から天井まで届く窓からは、心地よいそよ風が吹き込んでいた。麗蘭は窓際まで歩き、ぼんやりと中庭を見つめた。麗蘭の華奢な背中を見つめると、時正の胸がズキズキと痛んだ。ここは、かつて時正が麗蘭を監禁した部屋で、彼女が水も食事も口にせず、ただ死を願うほどに絶望していた場所だ。時正はもう二度とこの部屋に麗蘭を連れ帰ることはないと思っていた。しかし今、彼女の安全を守るために、時正には他に選択の余地がなかった。「気に入らなければ、部屋を変えることもできます」時正は小声で続けた。「もし、ここにいたくないなら、他の場所を探してもいい」麗蘭は振り返って首を振った。「いいえ、ここで大丈夫よ」彼女はただ漠然と、ここにあるすべてが、自分の心を空虚にしている気がしていた。時正は麗蘭の無垢な瞳を見て我慢できず、一歩足を進めたが、やはり近づく勇気が出ず、足を止めて言った。「麗蘭さん、実は……」彼は少し間を置き、言葉を選びながら言った。「実は以前、私はあなたに、とても辛い思いをさせてしまったんです」「でも、もうしません。あなたが何をしようと、どこへ行こうと私は止めないし、あなたが私の顔を見たくないなら、私はあなたの前から姿を消します。私はただ、あなたの無事を願い、あなたに身体を養ってほしいのです」麗蘭は黙って時正を見つめ、軽く頷いた。彼女は彼を理解できずにいた。時正はいつも、何かを隠すような、痛々しいような眼差しで彼女を見つめている。しかし、彼女は何も思い出せなかった。-夕暮れ時。礼央と真衣が訪れた。二人はたくさんの果物や生活雑貨を手土産に持ってきた。真衣は麗蘭を見つめ、彼女の容体が安定していることを確認すると、安堵の息をついた。「麗蘭さん、気分はどう?具合の悪いところはない?」真衣は早足で麗蘭の手を握って、心配そうに尋ねた。「大丈夫、とても元気よ」麗蘭は軽く頷いた。真衣は部屋の隅にいる時正を見ると、心の奥底に潜む不安が再び押し寄せてきた。真衣は麗蘭をそっと引き寄せ、時正に言った。「時正さん、もう一度言うわ。麗蘭さんはまだ身体が弱っていて、記憶も混乱している。絶対に彼女を追い詰めたり、自由を制限したりしない
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第1595話

「彼は琴美を買収し、麗蘭さんに毒を盛った。もっと恐ろしいこともやりかねない」「今の重大な局面において、あなたたちが私を疑おうと、嫌おうと、私は構わない」「でも、知っておいて下さい――」「麗蘭さんを守るために、私ほど力を尽くせる人間はいない」「琴美は?彼女は麗蘭さんに一日も早く死んでほしいと思っている。では、外にいるボディガードやお手伝いさんは?彼らはただ金をもらって仕事をしているだけだ。山口社長のライバルは?彼らにはそれぞれ目的があり、麗蘭さんの命を第一に考えることはない」「私だけです」「私、細貝時正だけが、誠心誠意、たとえ自分を犠牲にしようと、麗蘭さんの無事を心から願っているんです」「彼女を傍に置いたのは、彼女を監禁するためでも、私自身の私心を満たすためでもない」「私だけが、彼女の安全を守れるという自負があるからです」「よければ、この別荘のセキュリティに関する権限をすべてお渡しします。いつでも人を派遣して監視し、検査を行って頂いて構いません」「ただ、一つだけお願いがあります――」「山口社長が逮捕されるまでは、私が守れる場所に彼女を置いておきたいんです」「すべての危険が去った後、麗蘭さんが去りたいと望むなら、私は彼女を止めない。彼女が私の顔を見たくないと言うなら、私は彼女の前から永遠に姿を消します」彼の率直な言葉には、重みがあった。部屋は、一瞬にして静まり返った。真衣は反論しようとしたが、何も言えなかった。時正が言ったことは、すべて事実だった。今のように極めて危険な状況下では、個人的な感情や恨み、信頼関係は何の意味も持たない。重要なのは、麗蘭の安全だけなのだ。そして麗蘭に最大の安心感を与えられるのは、間違いなく時正しかいない。礼央は時正を見つめ、ゆっくりと頷いた。「わかった、君を信じよう」「ただし、今言ったことを忘れないでくれ。麗蘭に何かあったら、俺は君を許さない」時正は礼央の視線に怯むことなく言った。「ええ、決して忘れません」階下のリビングでは。琴美はスープを手に上がってきた時に、ちょうど彼らの会話の最後の言葉を耳にした。彼女は階段口で、その言葉を一言一句漏らさず耳にした。表向きの優しい笑顔とは裏腹に、彼女は心の中で冷笑した。全力を尽くして彼
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第1596話

玄関のドアが閉まった途端、別荘の中はがらんとした。麗蘭は指を握りしめ、リビングの中央に立っていた。記憶を失ってから、彼女はこの巨大な家に対してずっと本能的な疎外感を持っていた。豪華で快適なのに、精巧な檻のようで、言葉にできないほどの重苦しい空気が漂っている。時正は少し離れた場所から、静かに麗蘭を見つめていた。彼女が目を醒ましてから、彼はずっとそうしてきた。爪を引っ込めている獣のように、慎重に。「上の階にバスルームがあります」時正は小さな声で言った。「お湯の温度も調節済みなので、疲れていたら入って下さい」麗蘭は振り向いて時正を見た。目は澄んでいて、虚ろなままだった。ここ数日、確かに彼女は疲れやすく、身体には病院の消毒薬の匂いが残っているので、身体を洗いたいと思った。麗蘭は軽く頷いた。「ありがとう」二階へと階段を上がる彼女の華奢な後ろ姿を見て、時正の胸は締め付けられるように痛んだ。彼はこれまで、彼女の後ろ姿を何度も見てきた。まだ幼かった頃、彼女はいつも彼の後ろを飛び回り、その姿は誇らしげで活き活きしていた。しかし、彼に監禁され、その目は冷たく、恨みを帯びるようになった。その後毒を飲まされ昏睡状態になり、彼女は死の淵を彷徨った。しかし、従順で、一切の愛憎を失った彼女の姿は、却って時正をたまらなく不安にさせた。時正はリビングのソファに座り、無意識に指先で膝を叩いた。麗蘭が目を醒ました時に、彼を見た時の目が何度も頭をよぎった――まるで見知らぬ者を見るような目。-時間が刻一刻と過ぎていった。バスルームから聞こえる水の音は、最初ははっきりしていたが、次第にぼやけていった。十分。ニ十分。三十分。時正は、眉をひそめた。麗蘭の身体はまだ衰弱しているため、長時間の入浴でめまいを起こし、最悪の場合気を失うこともある。時正は、焦りを募らせた。「麗蘭さん?」彼は上の階に向かって叫んだ。返事がない。水の流れる音だけが、屋敷の中に静かに響いていた。時正は猛然と立ち上がった。理性が、彼に一線を越えてはならないと告げていた。時正は二階へ駆けあがり、バスルームのドアの外に立った。「麗蘭さん?聞こえますか?」相変わらず返事がない。時正の心臓が激しく鼓動した
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第1597話

誇り高く、頑固で、冷たく美しい。時正を憎み、罵った顔も、瀕死の姿も彼は見てきた。しかし――これほどに脆く、無垢で、曖昧な彼女の表情を彼は見たことがなかった。時正は麗蘭の濡れた肌、震える肩、動揺した目と、タオルの下からうっすらと覗く身体のラインをはっきりと見た。それは、彼が十数年間愛し、命を懸けてでも守りたい人だった。それは、真夜中にふと目を覚ました彼が、触れることすらできない想いだった。彼は、十数年の間、そのときめきと渇望を無理やり抑えてきた。しかし、身体は理性を超えて反応してしまう。心臓の鼓動が狂ったように速くなり、まるで全身が叫び声をあげているようだった。思わず、彼女の傍へ行って抱きしめ、濡れた頬にキスをし、自分が抱く愛情と罪悪感を打ち明けたくなった。しかし、次の瞬間。時正は、麗蘭の怯え、戸惑う表情を目にした。彼女は彼を覚えていない。二人の過去も、彼の愛も、彼への恨みも、何も覚えていなかった。彼女にとって、彼はただ、入浴中に突然押し入ってきた見知らぬ人に過ぎなかった。時正は、はっと我に返った。彼はすぐに、理性を取り戻した。彼は後ずさりし、素早く目を逸らした。時正はかすれた声で言った。「すみません」「入浴時間が長く、呼びかけても返事がなかったので、心配になってしまって」彼は拳を握りしめ、身体の中に渦巻く欲望と切なさを必死に堪えた。麗蘭はその場に立ち尽くしていた。彼女には、胸が高鳴る理由がわからなかった。麗蘭はタオルをぎゅっと握りしめて言った。「私のことを心配してくれたのね?」「心配させてごめんなさい、ただゆっくりお風呂に入りたくて」「私は大丈夫だから」次の瞬間。時正は早くバスルームから立ち去るべきだと気づいた。彼はこれ以上その場に留まることができなかった。自分を抑えきれなくなるのが怖かった。「すみません」時正は言った。「外にいるので、何かあったら呼んで下さい」そう言うと、彼はほとんど狼狽して振り向き、バスルームから出ていった。ドアを閉めると、時正は壁に背を向け、長く息を吐き出した。胸が激しく高鳴っている。全身が熱を帯び、先ほどの光景が頭に浮かび、神経が激しく震えているようだった。目を閉じると、麗蘭の赤らんだ頬、濡れたまつ毛や火
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第1598話

琴美は歯を食いしばった。今夜、時正が彼女に触れれば、琴美は元の居場所を取り戻すことができる。麗蘭が記憶を失い、時正に守られていても、彼と関係を持った女には敵わない。琴美は深く息を吸い、高鳴る胸を抑え、妖艶な笑顔を浮かべながら、そっとドアを開けた。彼女はしなやかな足どりで、時正の主寝室に向かって歩いた。琴美は、麗蘭が主寝室のバスルームで入浴していることを知っていた。そして、時正はきっと外で見張っているに違いない。彼女は偶然主寝室に来たふりをして、麗蘭が出てこないうちに、時正を誘おうと考えた。しかし、主寝室まで来ると、ドアが少し開いており、中に人影はなかった。麗蘭は入浴しているようで、バスルームから水の音が聞こえてきた。時正は?琴美は一瞬戸惑ったが、すぐにほくそ笑んだ。ちょうどいい。それならゲストルームで彼を待てばいいのだ。琴美は振り向き、時正がよく使うゲストルームに向かった。ゲストルームには鍵がかかっていなかった。琴美は得意げな笑みを浮かべながら、部屋に入り、そっとドアを閉めた。部屋に明かりはついておらず、窓の外から微かに月明りが差し込んでいるだけだった。琴美は、少し開いたドアの隙間から、バスルームから出てくる時正の姿を見た。時正の髪はびしょ濡れで、彼は黒いバスタオルを一枚羽織っているだけだった。月明りが美しい筋肉をくっきりと浮かびあがらせ、官能的な雰囲気を漂わせていた。普段の彼は、スーツに身を包み、冷徹なオーラを放っている。このように無防備な姿は、めったに見られない。胸が高鳴り、琴美は息を呑んだ。彼女は、彼を手に入れたいと思った。何より、時正は本来、彼女のものなのだ。琴美は笑顔を浮かべて歩き、誘うような声で言った。「時正……」そっと彼の名前を呼び、身体を揺らしながら彼に近づいた。ナイトガウンの生地は薄く、月明りの下で肌が少し透けて見えた。琴美は時正をじっと見つめ、を伸ばして、彼の胸に触れようとした。「お風呂から出たら、あなたの姿が見えなくて、心配でここに来てみたの」「最近疲れてるんじゃない?私があなたを癒してあげる……」琴美の言葉は、曖昧でありながら率直で、その意図は明らかだった。時正が拒絶しなければ、今夜、すべてに決着がつく。しかし、時正
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第1599話

琴美は顔色を変え、目に涙をためて言った。「時正、なぜそんなこと言うの?私はあなたの婚約者よ。私たちはもうすぐ結婚する仲なのに……」時正は冷ややかに言った。「婚約は遅かれ早かれ解消する」「しばらくの間、大人しくしていることだ」「できるだけ俺の前に姿を現さず、余計なことは考えるな。特に――」「麗蘭さんに手を出すな」「彼女に何かしたら、絶対に許さない」その言葉は、ナイフのように琴美の心をえぐった。琴美は蒼白な顔で涙を流しながら、身体を震わせた。婚約を解消する?時正は一度も琴美を愛したことがなかったのか?彼女を妻にしたいと思ったことがなかったのだろうか?彼女は何のために待ち続け、人を毒殺することすら厭わなかったのだろうか?自分がそこまで尽くした男は、彼女を愛したことがなく、結婚を望んでいないというのか?ずっと一途に他の女を愛していたというのか?大きな屈辱、悔しさ、恨み、嫉妬が、一瞬にして彼女を飲み込んだ。琴美は目の前の冷酷無情な男を見つめた。麗蘭のために、これほどまでに冷酷な態度を取る彼を見て、猛烈な怒りが湧きあがった。なぜ?なぜ麗蘭は何もしなくても、記憶を失っても、彼に愛され、守られているのだろう。自分は心を尽くし、あらゆる手を使った挙句、彼から「婚約は遅かれ早かれ解消する」といわれた。不公平だ、あまりにも不公平すぎる。琴美は拳を握り、泣き崩れないように、歯を食いしばった。わかっている、今は騒ぎ立てる時ではない。腹を立てている時正にしつこく迫っても、ますます嫌われるだけだ。今は、耐えなければならない。琴美は胸の内の恨みを必死に抑え、涙交じりの声で言った。「……わかったわ」「出ていきます」そう言うと、琴美は振り返ってゲストルームを後にした。時正。彼は婚約を解消すると言った。麗蘭のために、私を捨てると?そう簡単にはいかない。彼女が手に入れられないものは、他の誰の手にも渡さない。「婚約者?」時正は冷笑し、その声は冷たく、断固とした決意に満ちていた。「君だってわかっているだろう、君はただの婚約者に過ぎない」「教えてやる」時正は琴美を見つめてはっきりといった。「私は君に特別な感情を抱いたことはない」「君と結婚したいと思ったことは一度もな
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第1600話

暗闇の中、真衣は手を伸ばして娘の額に触れると、胸が締め付けられるように痛んだ。熱い。千咲の額が驚くほど熱かった。「千咲?」真衣は飛び起き、震える声で千咲の名を呼んだ。千咲の顔は真っ赤に染まり、苦しそうに眉をひそめていた。唇はひび割れており、小さな身体はぐったりとし、高熱によって小刻みに震えていた。真衣は手を震わせ、指先で熱を帯びた千咲の頬に触れた。「千咲……千咲、ママを驚かせないで……」真衣は恐怖に震えながら、千咲をきつく抱きしめた。千咲の身体は燃えるように熱く、その熱はパジャマ越しに真衣の身体にまで伝わってきた。前世の光景が、何の前触れもなく、突然目の前に押し寄せてきた。あの時も、真夜中だった。それは、真衣が決して忘れることのできない悪夢だった。魂に刻み込まれた恐怖そのものだった。今世で、真衣はようやく千咲を取り戻し、傍で彼女を守り抜いた。彼女は悪夢はすべて過ぎ去ったと思っていた。しかし今、熱を帯びた千咲の身体が、瞬く間に彼女を絶望の記憶へと引き戻した。「千咲、ママをびっくりさせないで。お願いだから目を覚まして……」真衣は震える腕で千咲を抱き、涙が千咲の頬に落ちた。慌てふためく彼女の脳裏に、ある考えが浮かんだ――もう二度と、千咲を失うわけにはいかない。「礼央!礼央!」真衣は声を上げて叫んだ。傍にいた礼央はすぐに目を覚ました。たとえ眠っていても、礼央は真衣の声には真っ先に反応する。礼央は目を開け、青ざめた顔で身体を震わせながら千咲を抱く真衣を見て、血相を変えて尋ねた。「どうした?」礼央は手を伸ばし、千咲の額に触れると、眉をひそめた。「熱が高いな」礼央はすぐにベッドから降りて言った。「慌てなくていい。今すぐ病院へ行こう」「俺が千咲を抱く」礼央は手を伸ばし、慎重に真衣の腕から千咲を受け取った。千咲の身体は驚くほど熱く、彼女は礼央の腕の中で小さなうめき声をあげていた。苦しそうな千咲を見て、礼央の胸は締め付けられるように痛んだ。しかし真衣は動揺している。今は自分がしっかりしていなければならない。「上着と身分証明書を用意して。玄関まで車を回してくるから」礼央の言葉を聞いて、真衣は我に返った。「礼央……千咲、すごい熱なの……」真衣はその
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