景凪は、これ以上見ていたら我慢できず、あのクズ男女にビンタを食らわせに突入してしまいそうで、サングラスを直し、そっとその場を離れた。個室の隅では、研時が顔を赤くした姿月をチラリと見て、なんとも言えない気持ちで手元のグラスを一気に飲み干す。空になったグラスを置いた時、研時はふとした視線の端で、ドアの外を一瞬横切る人影を捉えた。どこか見覚えのある後ろ姿に、彼は小さく息を呑む。「清音、もうやめなさい」深雲は自分の手を姿月の手の上からそっと引き離し、軽く肩をすくめて娘を抱き下ろした。「中でお兄ちゃんと遊んでおいで」清音は少し不満げだ。姿月はしゃがんで優しく宥める。「清音、姿月マ…」深雲を一瞥し、すぐに言い直した。「姿月おばさんが一緒に行ってあげようか?」清音は、いつも姿月の言うことを素直に聞く。コクンと頷いて、従順に手を取った。研時は、姿月が清音を連れて奥の部屋へと入っていくのを目で追いながら、静かに席を立ち、深雲の隣へと腰掛けた。「深雲、景凪の様子はどうだ?まだ目を覚ましてないのか?」研時は遠慮なく切り出した。深雲のスマホを弄っていた指がピタリと止まる。少しの間を置いて、ぽつりと答えた。「昨日、目を覚ましたよ」研時は意外そうに目を見開く。またドアの外を見やる。じゃあさっき見た、あの景凪によく似た女性は、もしかして……「それで、彼女は……」研時がさらに尋ねようとしたが、深雲が冷静に口を挟んだ。「彼女は目が見えなくなった。いつ治るかわからない。あいつは昔から強がりだから、完全に治るまで、目覚めたことは公表したくないんだ」目が見えない?そんな状態の女性が、自分たちの個室のドア前で覗き見なんてできるはずがない。やっぱり、さっき見たのは人違いだったか。研時は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。深雲は、スマホ画面に目を落とす。そこには二時間前、田中からの連絡が表示されていた。【ご主人様、奥様が車で連れて行かれました!】車のナンバーの写真付き。一目で、それが千代の車だと分かった。まるで驚きはしない。景凪の世界は、驚くほど狭い。自分以外に親しい友人といえば、唯一、千代だけだ。あの千代ときたら、いつも大げさで短気、家も没落してしまったから、深雲はずっと千代のことを見下していた。だが景凪
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