姿月の、どこか意地を張った眼差しを見ていると、郁夫の心は揺らいだ。さっきの僕は、少し厳しく彼女を断じすぎたのかもしれない……雨の中、貯金箱を届けに来てくれたあの少女が、こんなに利己的な大人になるはずがない。「姿月」郁夫は声を落とした。「僕の手元に、君に任せられるプロジェクトがある。生物学部と政府機関が共同で進めている国家生態系安全保障システム……コードネームは『グリーンウォール計画』。S級の国家プロジェクトだ」これよ!と姿月は心の中で叫んだ。彼女は、以前郁夫と会っていた時に、こっそりと彼のスマートフォンを盗み見たことがあった。政府中枢が主導し、国家レベルの組織が後ろ盾となっている巨大プロジェクトを、彼がいくつか抱えていることを知っていたのだ。S+は最高機密だが、S級もそれに次ぐ特別案件。西都製薬との契約に、なんら引けを取らない大仕事だ。姿月は、わざと遠慮してみせた。「先輩、私のせいで、誰かに頭を下げてほしくないです……」「いや、そんなことはない。君の実力はわかっているし、雲天グループはそれに足るだけの会社だ」そう言うと、郁夫はすぐさま電話をかけ、『グリーンウォール計画』の責任者である車田教授に、姿月と雲天グループを推薦した。手短に話を手配すると、郁夫は姿月に向き直る。「後で車田教授の連絡先を送る。それと研究拠点の住所も。明日の午前中に直接行ってみてくれ」「……先輩、私に、本当に務まるでしょうか」「ああ」郁夫は彼女を励ますように頷く。「核心技術の部分を除けば、そこまで複雑なプロジェクトじゃない。君ならやれる」彼は腕時計に目を落とすと、立ち上がった。「僕はまだ用事があるから、これで」「さようなら、先輩」郁夫の背中を見送ると、姿月は無表情に涙の跡を拭った。テーブルの上のスマートフォンを手に取ると、深雲からの不在着信が二件。彼女はすぐにはかけ直さず、ゆっくりと席を立つと、彼のオフィスへと直接向かった。一方、深雲はいくら待っても来ない姿月に痺れを切らし、自ら開発二部へと足を運んでいた。そこに姿月の姿はなかったが、彼女のPCは起動したままだ。深雲が受信トレイを開くと、そこには──西都製薬の社長室から送られてきた、一通の『お断り』メール。頭を殴られたような衝撃が走る。姿月は、西都製薬との契約を取れ
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