渡は小さくため息をつき、心の底から湧き上がっていた淡い期待を――まるで引き潮のように、出てきた場所へと押し戻した。あまりのことに、怒りを通り越して笑いがこみ上げてくる。距離が近すぎる。彼女のこめかみから零れ落ちた一筋の髪が彼の首筋を撫で、くすぐったい感覚と共に、彼女特有の甘い香りを肌に染み込ませていく。骨の髄まで狂わせるような、あの香りだ。渡の瞳の色が、一段と深く濃くなった。彼は手を伸ばして景凪の首筋を軽く掴むと、少しだけ身体を引き剥がした。とはいえ、まだ至近距離だ。彼女の美しい目元をじっくりと観察できるほどに。彼は舌先で奥歯を突き、片眉を挑発的に持ち上げた。肯定も否定もしない。「……」景凪は呆れた。大学時代もそうだった。この男は、いつだってこうやって厚顔無恥を貫くのだ。悪事がバレても、ただじっと見つめ返してくるだけ。その恐ろしく整った顔立ちには、『それがどうした、俺には関係ない』と言わんばかりの傲慢さが滲み出ている。そして何より悔しいのは、景凪には彼をどうすることもできないという事実だ。昔は避けて通るしかなかったし、今は……譲歩して退くしかない。「もういいわ」彼女は諦めたように溜息をつき、身体を起こして距離を取った。こんな下らないゲームでさえ、勝ちにこだわるなんて……「景凪」このタイミングを待っていたかのように、郁夫が口を挟んだ。渡から注がれる氷のような視線を無視し、あくまで親切を装って提案する。「僕が司会者に説明してこようか?君と黒瀬社長は、単なる『上司と部下の関係』だってね」『上司と部下の関係』という言葉を、彼はことさら強調して発音した。友人ですらない、と言いたげに。「ううん、大丈夫。もう帰るから」景凪はそう断り、バッグを持ち上げた。会計を済ませて辰希たちと合流し、解散するつもりだった。だが、彼女が席を立つより早く、司会者から名指しされてしまった。「おっと!穂坂様、すでに立ち上がっていらっしゃいます!どうやら、第二ラウンドへの参加が待ちきれないご様子です!」「?」素晴らしい。ポジティブすぎる解釈だ。「さあ、正答率50パーセント以上のカップルはステージへお上がりください!では、レディーの皆様は一旦バックステージへ。ジェントルマンの皆様はステージに残り、目隠しをお願いします。こ
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