テーブルの上には、仕事帰りに買った総菜がいくつか並んでいた。美咲はいつものように、料理を並べながら「ごめんね、今日は手抜き」と微笑んだ。けれど、その言葉に込めた軽さは、今夜はうまく機能しなかった。佐伯は「いいよ」とだけ答えて、箸を取った。声は低く、どこか固い。部屋にはテレビの音も音楽もなかった。二人の間を満たしているのは、食器の当たる小さな音と、空調の微かな風だけだった。「今日、寒かったね」美咲は味噌汁を口に運びながら、何気なく話しかける。普段ならもっと柔らかい言葉が続くはずだった。けれど、今日はなぜかそれ以上が続かない。「ああ」佐伯は短く答えたきり、また箸を動かした。表情は読み取れない。美咲はその横顔を見ながら、心の奥がざわついた。何か隠している。そんな予感が、最近ずっと消えない。佐伯の背広には、見覚えのない匂いがした。柔軟剤か、それとも誰かの香水か。わざと考えないようにしていたはずなのに、ふとした拍子に鼻腔に蘇る。「……会社、忙しいの」美咲は問いかけた。問いの意味は「どこに行っていたのか」だったが、それをそのまま口にすることはできなかった。「まあね」佐伯はご飯を口に入れたまま答えた。目は伏せられている。「……最近、疲れてるみたいだね」「うん」その一言で会話は終わった。食卓に広がる沈黙が、ゆっくりと二人の間の距離を広げていく。美咲は箸を置き、冷えた味噌汁の椀を見つめた。心のどこかで「問い詰めたい」と思っている。でも、それをしてしまったら、きっと何かが崩れてしまう。だから、何も言えなかった。口を開けば、佐山の名前を言いそうになる。佐伯が誰かとどこかで何をしていようと、自分はそれを責められない。そのことが、余計に胸を締めつけた。美咲は、佐伯の目が自分に向けられていないことに気づいていた。目の奥にあるのは苛立ちか、それと
Last Updated : 2025-10-16 Read more