Home / BL / 本当にあった怖い話。 / Chapter 61 - Chapter 70

All Chapters of 本当にあった怖い話。: Chapter 61 - Chapter 70

72 Chapters

【60】霊障?

 書く事が何も無い。俺は多分……つかれているんだろう。 疲労の方だ。 別に俺が書かなくとも、誰も困らないのだが、何というか……なぁ。「どうしたんだ? 左鳥」「へ?」「ぼんやりして――霊障ってわけでも無さそうだけどな」 時島の声に、ふと考える。『霊障』……? そもそも、様々な事が巻き起こっているが、端緒に戻れば、俺は怖い話を集めていたわけで……時島とも、もっとそう言う話をすれば良いではないか。何も恋愛的な意味で緊張して黙ったりする必要はない。霊障について聞いてみよう。って待て、俺は、緊張していたのか? いや、敢えて、今はそれを忘れよう。 今は夏だ。 怖い話にも最適ではないか。「なぁ、時島――っ……!」 聞こうとした瞬間、俺は唇を奪われた。「ン、ふ……」 漸く口が離れると、透明な唾液が、俺達の間に線を引いていた。「な、何するんだよ!」「悪い。左鳥が、俺を見て赤くなったから、つい」「え」 俺は赤くなっていたのか……。 まずいまずい。このままじゃ思考が恋愛に傾いてしまう。「あ、あのさ、時島」「何だ? 明日から一緒に海に行くんだから、今日は失恋したくないぞ」「ッ――あっと、そう言う話じゃなくて、『霊障』って、どんなの?」「ああ――……思い出したくないかもしれないが、蛇に絞められた時、痕が体に出ただろう? ああいうものだ」 ……そうか。気づいてみれば、もう俺は立派に、インタビューする側ではなく、される側……経験者になっているのか。そう思い、なんだか空笑いしてしまった。 ――ちなみに、数年後、俺は霊障に悩まされるのだが、それはいつか記そう。
last updateLast Updated : 2025-08-21
Read more

【61】夏の見聞

 さて、海の思い出を書く前に、この夏までに見聞あるいは体験した話を少し書こう。色々なことがあった、まずは――……あれ、おかしいな。何も書く事が出てこない。 ――午前四時半になった。夏の空は白い。 久しぶりに何もせず、ただ時島に抱きしめられて眠っていた。考えてみれば、男同士が、ただ抱き合って眠るというのもいかがなものか。 それでも不思議と、その腕の中から出たいとは思わないのだ。 時島の胸板に額を押しつける。 その時、時島の瞼が動いたので、反射的に目を伏せた。 時島は両腕に力を込めると、俺を抱きしめ直した。額にキスされた時には、恥ずかしくなってしまい、もう目を開けられない。俺は眠っているフリをする。 それから時島は欠伸をし、片手を伸ばした。卓上からペットボトルを引き寄せるような気配がした。目を閉じているから定かではないが、そこには、未開封のアイスコーヒーがあったはずだ。 何かを飲み込む度に時島の喉が動いていた。その音に、ドキリとした。――起きていると気づかれているだろうか? ただ何も言わず、俺を腕枕し直した時島は、器用に何かを飲みながら、静かに横になっていた。 その後も、朝の六時まで、俺は時島の腕の中にいた。 目こそ閉じてはいたが、完全に起きていた。 起きていたからこそ、六時になったら目を開けようと思っていたのだ。 そして――時計が六時を告げる。「おはよう、時島」「起こしたか?」「ううん。起きた。喉、乾いた」 そう口にして、卓上を見て、俺は息を呑んだ。 珈琲のペットボトルは、開封されていない。 周囲を見渡してみるが、他にペットボトルらしきものは無かった。「冷蔵庫から水を持ってくる」「待って時島。時島、さっき何か飲んでなかった?」 すると虚を突かれたような顔をしてから、じっと時島が俺を見た。 視線を返すと、顔を逸らされる。「……別に」「…&
last updateLast Updated : 2025-08-21
Read more

【62】リゾートバイト

 ――本日は、雨が降っている。憂鬱な目覚めだ。時刻は二十時を過ぎている。俺は体育座りをした。ああ、お腹が痛い。 人生に嫌気が差す事は誰にだってあると思う。 勿論俺にもある。 きっとそれはありがちで、世に溢れた感情だ。 けれど己の中では紛れもなく重要な位置に陣取るその感情のやり場に、俺は窮した。 ――なんでこんな時間に起きてしまったのだろう。 ああ……。「左鳥?」 明日から俺達は海に行く。 想像しただけで、体力的に辛い。 寝不足で浴びる日光ほど忌々しいものはない。声をかけてきた時島をぼんやりと見上げた。起こしてくれれば良かったのに。分かっている、これはただの八つ当たりだ。今起きたのでは、徹夜以外で出発できる気がしない……。 それから二人で食事をした。今日は鳥の唐揚げだった。 ――この時からもう既に、嫌な予感に襲われていたのかもしれない。 何かが俺にきっと囁いていたのだ。 行くべきではない、と。  翌日向かった海は、実に綺麗な青色だった。 空も快晴で、これと言って目立つ雲もない。一つだけ入道雲があるから、本来の意味合いの快晴とは違うのかもしれないが、俺の中では綺麗な青空だった。 綺麗な青の協奏曲。 そんな事を考えながら、紫野のバイト先に向かった。 旅館とは名ばかりで、そこは古びれたホテルに見えた。 くすんだピンクとも茶ともつかない外観。 海に面した高台にあって、すぐそばには、旧旅館も残っていた。そちらは木製の民宿じみていたが、現在では立ち入りが出来無いらしい。倉庫になっているそうだ。「紫野」 時島が紫野に声をかけた。すると紫野が笑った。「ああ、来たのか。なんか思ったよりも暇なのに、休みが無い」「中々、濃い旅館だな」「だろ、時島。怖い話にはうってつけ――なんて笑ってる場合じゃなかったんだけどな」
last updateLast Updated : 2025-08-22
Read more

【63】夢と現

「ぁ……泰雅、泰雅っ……ンあ」 夢と現が分からない。分からないままで、俺はただ無我夢中で泰雅の背に手を回していた。 粘着質な水音が響く。 ――ああ、俺は今何をしているんだろう。 この前の記憶が、夏だ。 俺は、寂れた神社の境内で、泰雅に抱きしめられてはいなかったか? その腕の感触が、酷く嬉しくて優しくて、泣いてはいなかったか? そんな記憶とは裏腹に、俺の脳裏には、この『半年間』の記憶が過る。「ひ、ぅあ……」「辛いか?」「平気だから……動い、て……うああっ!!」「煽るな馬鹿」 ああ、泰雅は時島とは違う。そんな事を不意に思った自分に、吐き気がした。 泰雅は優しい。 ゆるゆると内部で陰茎を揺すられ、俺は静かに泣いた。「ぁ、あ……う……ああっ、あ、ああ」「出そうだ、悪ぃ」「いいから、あ」 我ながら虚ろな瞳をしていると思う。涙で霞んで、世界が滲む。 瞬きすれば、その暗闇に、蛇の瞳が映った気がした。けれどそれはきっと気のせいだ。 時島は、ここにはいないのだから。 事後――俺は、ぐったりと体を布団の上に預けていた。 すると泰雅が、横に寝転がった。それを見ながら俺は嘆息する。「俺、何やってんだろ」「左鳥は悪くない。『新しい一年』が来る事は、俺が保証してやるよ」「泰雅……」「お前を奪わせたりはしない――『鐘』なんかに」 嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、あゝ、あ、ア……。 その言葉に、俺の脳裏をある光景が過ぎった。鐘の音に煽られるように、規則正しく並んで進んでくる、尺八を吹いた修道僧達の姿だ。浮かんでは消えていく。瞬きをする度に彼らは進む。終着地
last updateLast Updated : 2025-08-23
Read more

【64】冬

「――左鳥?」 時島の声で俺は目を覚ました。 俺は時島の腕の中で、びっしょりと汗を掻き、ただ瞬きを繰り返す。 息苦しさに体が震えた。俺は今、何を視ていたのだっけ?「寒いのか?」「……馬鹿。こんな真夏に」「左鳥?」「え?」「今は冬だぞ」 その言葉に怖気が走り、俺は勢いよく起き上がろうとして――抱き寄せられた。 それでも窓の外には、確かにその日珍しく東京で降った霙を目にしたのだったと思う。 リゾートバイトに出かけてから、三ヶ月が経とうとしていた。 ――いつか、あの時の話も書こう。 しかし何故時島が隣にいるのか――それはとても自然な事であるはずだったのに、一時俺には分からなくなった。ただその腕の温もりだけは、真実だった。これは――俺が、思い出しつつ記述して、時系列が混乱したからではない。紛れもなくこの時、『今』、俺はそう思ったのだ。「なぁ時島……海、行ったんだよな」「ああ。たった数ヶ月しか経ってないのに、懐かしいな」「リゾートバイト……どうなったんだっけ?」「左鳥」「はは、記憶力が……」「――左鳥は、ついてたんだ」「え?」 帰ってきたのは、いつもの『つかれていた』では無かった。ついていた? 運気か? 良い事など、何かあっただろうか? 時島の腕に抱かれた以外にあった覚えがない。では――憑いていた? 俺が? 俺が生霊にでもなったのか?「左鳥、大丈夫だから。左鳥のそばには、俺がずっといるから」 俺はこの時、この『ずっと』なんていう曖昧な言葉を信じた。 大切な『約束』だと感じていたのだ。 ただ時島がそばにいてくれるだけで、救われる気がしていた。 俺は、恐らくとっくに、時島の事を特別視していて――時島の事が好きだった。好きになっていたのだ。 それに気がついた瞬間だった。何でもない、
last updateLast Updated : 2025-08-23
Read more

【65】今に至るまで――終わりの始まり

 春になり、俺達は大学を卒業した。卒業と同時に俺は引っ越して、今度こそ完全に時島の――『名前だけの』恋人になった。時島は実家に戻った。東京に出てくるのは月に二度――それもすぐに一度に変わる。俺が時島の実家に会いに行く事は無かった。 だから紫野といる時間の方が増えた。 紫野は誰よりも早く内定を貰っていたくせに、影でこそこそ就職活動を続けていたのか、最後の最後に、大手の製薬会社の営業職の内定を取り付けた。知らなかった寂寞とやりやがったなという賞賛と、色々な思いが浮かんだ。そんな紫野とは不定期だったけれど、二ヶ月の間に五・六回は会っている。高階さんとはもっと不定期だったが、やはり会っていた。 俺は、時島がいなくなってからというもの、物理的に距離が離れてからというもの、誰かを求めずにはいられなかった。我ながら、最低だと思う。それでも、会いたいのは時島だった。 その日俺は、卒業後丁度一年を迎える前の週、時島を東京駅で待っていた。 新幹線に乗る時島を、そこで待つのは、もういつもの事となりつつあった。 そんな小さな『いつも』の積み重ねが、俺にはかけがえの無いものだった。 ――その想いは、一年半続いた。 時折、時島が来ない時はあった。 連絡が無い時もあった。 けれどその日は、いつもと違った。時島が来ず、連絡も無いだけではなく……音がした。 俺は東京駅のホームで待ちながら、はっきりと音を聞いたのだ。 ――鐘の音だった。 俺は気づけば、自分のマンションへと引き返し、ただ一人で震えていた。 夜になっても時島は来なかったし連絡もやはり無かったけれど、多分俺はどこかで、時島の助けを欲していた。だが実際には、一人きりで震えていた。もうその時には、時島の強い腕の感触を、俺は思い出せなくなっていたから、ただ静かに掛け布団を抱きしめていた。 だが、もう逃れられない事は分かっていた。 俺は、この日はっきりと、呪われた過去の事を思い出したのだ。 どこかで夢だと考えようとしていた嫌な記憶だ。 けれど時島の不在の日々が
last updateLast Updated : 2025-08-24
Read more

【66】SIDE:時島

 ――左鳥は、綺麗だ。 時島は、待ち合わせをしている東京駅のホームに降りた時、改めて思った。 物憂げな表情を俯きがちにしていた左鳥は、それから我に返ったように視線を彷徨わせている。それが、己の到着を待っていたから、自分の姿を探していたからのものである事を実感し、時島は喜ばずにはいられなかった。 大学時代は、左鳥の顔を見ると、ホッとしている自身が確かにいたのに。 距離が遠くなると、安堵とは異なる――会う度に胸が高鳴る現実を、時島は自覚させられていった。 視線が合うと、左鳥が微笑した。その笑みに心が疼いたけれど、それを押し殺すように時島もまた小さく笑った。 実家に戻り、数ヶ月が過ぎようとしていた。ここの所は、あまり東京に足を運んでいない。 理由が無いわけでは無かった。いくらでも作り出せる。けれど、不思議と左鳥に言い訳をする気持ちは起きなかった。ただ、足が自然と遠のいただけだったからだ。理由は分からない。ただ、左鳥に嫌われる事が怖かった。左鳥に会って、二度と手放せなくなる自分も怖かったのかもしれない。「左鳥」 名を呼ぶだけで生まれる透明感。氷のような左鳥の気配が、硝子のように変わるひと時。 それだけで、時島の胸には満足感が満ちる。ああ、左鳥は自分の声で、表情を明るく変えてくれる――今は、まだ。左鳥の事を考えると、自分が自分ではなくなりそうで、時島は怖かった。「時島、元気にしてたか?」「左鳥、すぐにホテルに行きたいんだ」「あ、ああ」 そして、『抱きしめたいんだ』と続けようとして……それが出来無かった。 ただ左鳥は時島の言葉に、微笑しただけだった。けれどその表情が、どうしようもなく寂しそうで、悲しそうで。時島にはそう見えた。「ン、ぁあっ、あ……や、あ」「左鳥」「時島っ、時島、ああ、もう、俺」 左鳥の中を暴きながら、ホテルの一室で時島は痛む胸を押さえた。瞬きをする度に、蛇の瞳が映っている気がする。けれど蛇にすら、神にすら、
last updateLast Updated : 2025-08-25
Read more

【67】現在と過去の交差

 ――泰雅の家のお風呂は、温泉だ。といってもごくごく小さなものだから、せいぜい二人、基本的には一人で入る代物だ。 俺は今、そこに紫野と入っている。 時島は泰雅と先に飲んでいると言っていた。「それにしても紫野、久しぶりだなぁ」「それ俺が言っても良いか? みずくさいってやつだろ、いきなり帰るなんて」「悪い。なんだか、ちょっとな――それより、どうして二人はここに?」「来ちゃダメだったか?」「そういうわけじゃないし、そういう意味じゃなくて――なんで泰雅の家に?」 純粋に疑問に思って俺が問うと、紫野が微笑した。「お前、寺生まれのTさんって知ってる?」「は?」「や。緋堂さんもイニシャルTだよな」「何の話だ?」「怖い話」「ああ、右京が好きな、寺生まれの話か」「右京君に聞いたんだよ。ここにいるって」「右京に?」「そ。それで左鳥の顔でも見に行くかっていう話になったんだ」 そういうものなのかと俺は考えた。その時、まじまじと紫野が俺を見た。正確には俺の体だ。「痩せたな」「そう?」「ああ。あー、キスマーク」「嘘だろ?」「うん、嘘」 自覚が無かったから、俺は自分の胸の下に触れ、そして驚いた。 肋骨が浮いていた。 元々そう太っていたわけでは無かったが、ここまで痩せていた記憶も無い。「そろそろ出るぞ、左鳥」「え、もう?」「のぼせたら困る。お前、最後に一人で入った時も、のぼせて倒れたんだろ?」「は?」「目が離せないって緋堂さんが嘆いてたぞ」「嘘だよな?」 果たしてそうだっただろうか。確かに記憶を掘り返してみると、最近は泰雅と一緒に風呂に入った記憶しか無かった。その記憶も、昨日や一昨日の事であるはずなのに、何故なのか霞がかかっている。言われてみれば、頬が火照っているような気もした。こんな時には、風呂上がりの麦酒が飲みたい。 上がろうとした時、俺は立ちくら
last updateLast Updated : 2025-08-26
Read more

【68】俺の友人

 「あがったのか。思ったより長かったな」「いつもよりは早い」 座敷に戻ると、日本酒の猪口を持った時島が振り返り、その正面では一升瓶を持った泰雅が笑っていた。「――いつも?」「いつも一緒だったからな。それが何か?」「緋堂さん、左鳥は――」「左鳥の事を、今一番よく知っているのは俺だ」 どこか喧嘩腰の時島と泰雅の姿に首を傾げながら、俺は二人の間に座った。 紫野はといえば、時島の隣、俺と時島の中間に座った。 長方形の机の上には、様々な来客用の料理が並んでいる。 食欲をそそる。思わず手を合わせてから箸を取ると、紫野に苦笑された。「食欲はあるのか」「何言ってんだよ紫野。まるで人をさっきから病人みたいに」  ――忘れていた鐘の音が響いてきたのは、その時の事だった。 「!」 直後に停電した。 ああ、やめてくれ、もうやめてくれ、東京の友人達には――時島と紫野には……頼むから……時島にだけは知られたくない。知られたくなかった。 俺は両手で耳を覆いながら、この場から逃げ出したくなった。その思いに素直に立ち上がり、部屋の襖に手をかける。 俺はここにいてはいけない。 時島を巻き込んではいけない。 勿論紫野なら良いわけでは無かった。そもそも本来であれば、泰雅の優しさに甘える事もいけなかった事なのだ。そう考える間も高い鐘の音が響き続ける。俺の頭を侵食し、何も考えられなくさせていく。だから無我夢中で戸を開け、外へと出ようとした。その時だった。「左鳥」 誰か――だなんて、分かりきっていた、俺はその温度を知っていた。時島が、俺を抱きしめた。なだめるように、あやすように、耳元で名を呼ばれた。その声は決して大きいものでは無かったが、俺にはそれ以外の音の何もかもが消えて無くなったように感じた。勿論錯覚だ。ああ、ああ、鐘の音がする。鐘の音だ。鐘だ。鐘が追いか
last updateLast Updated : 2025-08-26
Read more

【69】浄霊

「……あれ?」 次に気づいた時、俺は一人寺の蔵に立っていた。 まだ夜だった。 左手も右手もぬめる感触がしたから、持ち上げてみる。壁の明かりが灯っていた。 見れば、俺の手は鮮血に濡れていた。 瞬きをして、何度も確認して、そして臭気から血だと再認識する。 俺は右手に、鎌を持っていた。 何故こんな物を俺は持っているのだろう――? 嫌な予感がした。それは、被害者になる恐怖では無かった。俺はこの感覚を知っている。加害者になる恐怖だ。 強姦被害に遭った時、自分は被害者なのだからと、そう……過去にもずっと『被害者』だったではないかと、記憶に鍵をかけて忘れた感覚だ。違う、本当は違う、俺は加害者なのかもしれなかった。冬だというのに裸足の俺は、足の裏にも、土でも木でもなく血の感触を覚えていた。恐る恐る視線を下げれば、その血溜まりには、数珠の玉がいくつも転がり、白い紙人形が沢山落ちていた。そして、寺で飼育されていた鶏が死んでいた。何羽も、そう何羽も。冬の寒さとは異なる、恐怖から、俺の背筋は寒くなったのに、なのに体は熱に浮かされたように熱い。ああ、ああ、嗚呼嗚呼嗚呼、あああああああああああ。俺は、俺は何をした? 時島は? 紫野は? 泰雅は? すべてを殺してしまったイメージに襲われる。残虐な光景が、脳裏を過ぎっては消えていく。 その時、何かを踏む音がした。 しかし俺の体は、俺の自由にはならず、俺は鎌を握ったまま、振り返りざまに横に払った。 肉を裂く嫌な感触がした。「左鳥、ずっと会いたかったんだ。こんな事を今更言うのは、遅いかもしれないけどな。でもな、言いたいんだ。何度でも言う。俺はお前に会いたかった。ずっと会いたかったんだ。顔を見られて、それだけで良いなんてもう言えない」 俺は時島の肩を抉っていた。背中には鎌の刃が突き立てられている。誰でもなく、俺の手によって。 肉や骨の感触よりも、溢れ出てくる赤に、一歩乖離した理性が何かを叫んだ。 多分俺は、泣き叫んでいたのだと思う。 しかし耳に入
last updateLast Updated : 2025-08-27
Read more
PREV
1
...
345678
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status