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All Chapters of 本当にあった怖い話。: Chapter 31 - Chapter 40

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【30】蠱毒が起源

 さて、その数日後――ふと俺は思い出した。前に紫野が、時島に『実家の話をしたのか』と言っていた事を。何故思い出したのかは分からない――わけでもない。多分だが、電話がかかってきたからだ。『もしもし、左鳥?』 電話の主は弟の右京で、俺は布団に横になりながら電話に出た。時島は今日も図書館に出かけている。だが時島は、滅多に本を借りては来ない。重いからだろうか?「どうした?」『いやさぁ、久しぶりに漫画集めちゃって。村の話だったから、椚原の事を思い出してさ。左鳥と話したくなったんだ。タイトルは――』「あー、その作品知ってる。俺は小説の方で最後までもう読んだ。面白いよな」 今年受験のくせに余裕そうだなと苦笑しつつ、暫しの間俺は弟とホラー小説の話に興じた。母までハマってしまったそうで、父にも勧める計画だと聞いた。 このように、自分の実家について思い出したから、時島の実家の事もまた、頭に浮かんできたのだろう。『今度東京に行ったら、またお昼ご飯おごって』「ああ。じゃあ、また」 一応俺には、ライター業のバイト代があるので、弟には基本的におごる。 俺の弟はすごく甘え上手で可愛い。弟のカノジョもすごく可愛い。正直羨ましい。俺にもカノジョが出来ないかなと思っていたら……何故なのか時島や紫野の顔が過ぎった。だから、慌てて打ち消す。別に俺は同性愛者ではない。紫野も多分元々は違う。では、時島はどうなのだろう? そんな事を考えていた時、本人が帰ってきた。俺は自分の考えに気まずくなって、思わず俺は別の事を聞いた。最初に考えていた、実家について、だ。「なぁ、時島の実家ってどんな所?」 すると時島が動きを止めた。 そしてじっと俺を見据える。力強い瞳だった。僅かに目が細くなった気がする。「時島?」 俺が声をかけると、時島が息を呑んだ。そこで彼は、我に返ったようだった。それから持っていた買い物袋を、コタツの上に置く。それはいつも通りだった。だが俺は、己が『実家』と口にした時に、時島が気まずい沈黙を挟んだ事が気になって仕方が無い
last updateLast Updated : 2025-07-25
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【31】危篤の知らせ

 さて、その年の夏――。 時島が、険しい顔をしながら、珍しく携帯電話を手にしていた。俺は蕎麦を食べながら、これまでに時島が、電話をしている所を見た事があっただろうかと考えていた。紫野とはよくメールをしているらしいから、携帯電話を使っていないという事は無いだろうが、その場面もほとんど見た事が無い。 電話を切った時島は、俺の真横に座った。 時島の方が背が高い。じっと時島は、俺を見据えた。「――父が危篤になった」「え」 響いた声に、俺は驚いて声を上げた。以前少し実家の話を聞いてから、家族の話はこれまで一切出なかった。それがいきなり……――危篤だ。大変ではないか。「俺は、どうすれば良いと思う?」「どうって……すぐに帰れよ!! 死に目に会えなかったら、その……」「俺は怖い」「そりゃそうだろうけどな、今、出来る事を精一杯――」「お前についてきて欲しいんだ、左鳥。そんな自分に吐き気がする」 時島はそう言うと、ギュッと俺を抱きしめた。家族が亡くなろうとしているのだから、誰だって不安になると思う。時島がついてきて欲しいと願う事もさほど不思議には感じなかった。何せ、今そばにいるのは、俺だけだ。「俺で良ければ、すぐに行くよ!」「……何も聞かないで、ついてきてくれるか?」 確かに詳しい病状などは、俺が聞くべき事では無いだろうし、聞いても理解出来ないと思う。だから大きく頷いた。  時島の実家には、まずは新幹線に乗り、それから鈍行で四時間ほど移動し――さらに駅からは、時島家の人が迎えに来てくれた車で向かう事になった。黒塗りの車だった。ありがちな感想だが……相当裕福なのだろうなと、その車に乗っただけで俺は感じた。普段の割り勘による貧乏生活からは、想像もつかなかった。「お帰りなさいませ、昴様」 到着した邸宅は、昔ながらの日本家屋で、大豪邸だった。ポカンと見上げて
last updateLast Updated : 2025-07-25
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【32】夢

  ――その日の夜、俺は夢を見た。 夢の中では――桜色の着物姿の、髪をまとめた美女が、幼子の手を繋いでいた。 その女性が亡くなっていると、俺は直感した。 俺はそこにいた子供に……時島の面影を見て、「ああ。この女の人は、時島のお母さんだ」と、夢の中で理解していた。 時島は池の方へと走っていく。 池には、錦鯉が泳いでいる。 幼い時島は、池のそばにしゃがむと、鯉を楽しそうに眺めた。 母親は穏やかな顔でそれを見ていた。だが、少ししてから、不意に俺の方へと顔を向けた。俺は完全なる第三者として、その場面とは乖離した感覚で夢を見ている――と、思っていたのに、しっかりと視線が合った。すると……優しく微笑された。そして手を差し伸べられた。「昴と仲良くしてあげてね」「はい」 俺はおずおずと頷きながら、手を握り返そうとした。しかし指先が触れあう直前で、その人は桜の花びらになって消えてしまったのだった。 不思議な夢だなと思いながら目を覚まし、俺は息を飲んだ。 仮面姿の着物の女性が、真横に正座していたからだ。心臓が止まるかと思った。「お目覚めですか?」「は、はい」「お着替えをお持ち致しました」「え、あ、有難うございます……」 見れば使用人の女性の脇には、金縁の黒長い箱があって、そこには和服が入っていた。 着る方法が、俺には分からない。温泉の浴衣とは違って、きちんとした和服だったのだ。 どうしよう。 そう考えていると、仮面の女の人が立ち上がった。「お手伝いさせて頂きます」 そのまま俺は下着以外を脱ぐように言われ、和服を着付けられた。若干照れたが有難かった。だが正直……時島の私服でも貸してもらえた方が良かったし、俺も一応、予備のTシャツ程度は持ってきていたのだが……言い出せる雰囲気では無かった。
last updateLast Updated : 2025-07-26
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【33】大蛇

 やっと時島に会えたのは、夕食の時である。 俺は和服を着たまま、箸を手に取った。 漆塗りの椀で、お膳の上には、本日も精進料理のようなものが並んでいる。もうとっくに季節を過ぎ去っているだろうが、コゴミやゼンマイなどの山菜もあった。どうでも良いが俺は、山菜にマヨネーズと醤油をかけて食べるのが好きだ。よく、「普通醤油だけだよ」と、弟に嫌な顔をされたものである。「それで、時島。お父さんは、本当に大丈夫なのか?」 会って早々聞くのも何だったが、やはり肝要なのは容態である。 何せ、今日は一日中、時島がいなかったのだ。何か変かがあったのかもしれない。 時島は驚くほどの無表情で、茶碗を置いた。仏頂面はよく見るが、無表情というのはあまり見た事が無かった――と、この時初めて気がついた。「ああ、もう大丈夫だ。先が長くない事は、ずっと前から分かっていたしな」「お母さんも亡くなってるんだろ? それじゃあお姉さんと二人きりになるのか?」 使用人さん達がいたとしても、それでは寂しかろうと思う。不安にもなるだろう。「――何故知っているんだ? 母の事を、誰に聞いた?」「え?」 はたとそこで、俺は、ただの夢だったと思い出した。 気まずい思いで俺は、豆腐に箸を伸ばす。「夢を見たんだよ。小さい頃のお前の」「……母は離縁して実家に帰った事になっている」「は?」 まず、『なっている』という言葉に引っかかった。離縁なんて古めかしい言葉に引っかかっている場合では無かった。しかしそれ以上は……時島が何も言いたくなさそうだったので、俺は聞かずに、話を変える事にした。どうしても聞いてみたい事が、他にあったのだ。「時島さ、そう言えば、お見合いをするのか?」「……俺がするわけじゃない」「でもみんな、『昴様・昴様・昴様』って言ってたぞ。しかも何であの場に、俺が行かなきゃならないんだよ。不自然すぎて気まずかった。まぁお前の話で盛り上がって、楽しかったけど。綺麗
last updateLast Updated : 2025-07-27
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【34】何方様

 次に俺が目を覚ましたのは、時島が入ってきた時の事だった。 全身が気怠かったが、無理に肩を抱かれて起こされたのだ。瞬きをする度に蛇の姿が映った気がする。気分は、とても爽快とは言えなかった。「蛇の夢を見たのか?」「え、ああ……」 俺が頷くと、時島が舌打ちした。そんな時島を見るのは初めてだった。時島が、乱暴に俺の着物の胸元に手を添え、バッと押し開く。俺は何とはなしに下を見て、そして漸く覚醒した。まるで蛇に締め付けられたような、鱗の跡がそこにあったからだ。 奥歯を噛んでいる様子の時島は、それから部屋の四方の蝋燭に、無言で火を点け直した。 俺はそれをぼんやりと見守る。「良いか左鳥。火は、昨夜一度も消えなかった。蛇の夢など見なかった――そうだな?」 言動が一致していない時島を眺めつつも、昨晩言われた事を思いだし、俺は小さく頷いた。嘘をつくのがあまり俺は得意ではないが、頑張ろう。「ああ、何も見ていないよ。俺は何も見てない」 頷いた俺を見て、時島が急に抱きしめてきた。何事だろうかと思いつつも、やはりその温もりは優しい。おずおずとその背に手を回した時、障子が音も無く開いた。 見られてしまった。 いくら友人でも、男同士で抱きしめ合っている所なんて見られるのは恥ずかしい。そう考えていると、時島が息を呑んだ。硬直したのが、腕越しに伝わってきた気がする。やはり時島も見られて気まずいのだろう。「昴。火を点け直したのね」「――いいや」「お父様の部屋の蝋燭が全て消えたわ。他の者には、『お渡り』が無かったんだもの。隠しても無駄よ」「風で消えたんだろう」「そんな事があるはずがないでしょう? では霧生君の体を改めても構わないよね」「その必要は無い。俺が確認した」「――霧生君、正直に話して?」 姉弟喧嘩には、何故なのか見えなかった。だが、時島の声が、厳しいものだと言う事はよく分かる。 しかし、『体を改められる』なんて美人のお姉さんに言われるのは、なんだか羞恥が
last updateLast Updated : 2025-07-28
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【35】ケガレ

 そうして再び、夜が来た。 その日は、夕食前に入浴を促された。しかも、中まで使用人さんがついてきた。これは恥ずかしい、正直恥ずかしい。仮面を付けているのは相変わらず不気味だが、確実に女の人だと分かる。今までの夜に、こんな事は無かった。 ――他にも一つ嫌な事がある。俺の体には現在、蛇に締め上げられたような痣があるのだ。不審に思われるだろう。そもそも、これは消えるのだろうか。いや、痣よりも女の人が問題だ。「あの……外に出てもらっても良いですか?」「いえ、御流しさせて頂きます。それに、今宵の為に、ケガレも取らなければなりませんので」「いやあの、本当に流すなんてそんな……」 そう言いつつ、『ケガレ』という言葉が気になった。なんだろうかと思案していると、使用人さんが袖をまくってから、なんと、なんと浣腸を取り出した……! !? 俺には悲しい事に見慣れた代物ではあるが、思わず咽せた。どういう事だ。「これで中を綺麗になさって下さい」「ちょ、え?」「そちらの木の扉に厠がございます。その後は、お湯で綺麗に」 確かに檜風呂と洗い場の中間には、木製の古びた扉があった。しかしながら、イチジク浣腸を見せられて、俺は呆然とするしかない。その上、もう一方の手には、明らかに栓をするものを、その女の人は持っていた。勿論、後ろの穴への栓だ。冗談ではない。「お一人でなさるのは辛いでしょう?」「いえ! 俺は慣れてるんで! 一人で平気です! 完璧に出来ます!」「え」 動揺して笑みさえ交えながら声を上げた俺に対し、女の人が、焦ったように息を呑んだ。そりゃあ引くだろうな……俺は一体何を宣言しているのだ。絶対に変に思われたと思う。「そうですか……」 そう言うと、そそくさと女の人は出て行った。仮面越しだったが気まずそうな表情が伝わってきたように思う。 しかし、しかしだ。何故いきなり浣腸が出てきたのだろうか?
last updateLast Updated : 2025-07-29
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【36】サナブリ

 ――それから、どのくらいの時間が経ったかは分からない。 障子が開く気配で、俺は目を覚ました。軽く首だけを持ち上げて、音のした正面を見る。そうして息を飲んだ。そこには、昨夜夢で見た大蛇がいたからだ。逃げようと体を起こしたのだが、動かない。少し後退するのが精一杯で、上半身すら満足には起こせなかった。嫌な汗が伝ってくる。「うあ」 それから蛇に、巻き付かれた。ああ――きっとこれは夢なのだろう。恐怖と困惑に飲み込まれそうになりながら、俺は必死で藻掻こうとした。しかし体が動かない。蛇が俺を締め上げているからだ。その内に、昨日夢を見ていた時と同じように、少しだけ思考が朦朧とし始めた。鈍い痛みはあるのだが、全てが夢なのだと、そんな気がしてきたのだ。実際に夢なのかもしれない。分からなくなっていく。 その時、蛇が長い舌を出して、俺の首筋を舐めあげた。「ひッ」 ヌメるその感触に、皮膚が粟立つ。何度も何度もその舌は俺の首筋を舐め上げては、それから俺の鎖骨の辺を蠢く。赤い舌がチロチロと動く。舌の大きさは、蛇の体の大きさに比例しているようだ。そのまま俺は、全身を蛇の舌に舐められた。蛇の胴体が俺に巻き付いていて、蛇の頭は、昨晩とは違い縦横無尽に動いている。その度に舌が、俺の体をベタベタにしていく。そんな現実なのか夢なのか分からない狭間の中で俺がクラクラとしていると、不意にわらわらと、今度は小さな蛇が大量にわき出してきた。「ッ!!」 それらは俺のそれぞれの乳首を噛んだ。痛みは無かったが、そこに走った感覚に、俺の背筋は震えた。別の蛇は、俺の陰茎に巻きつき――それから性器全体を絡め取った。「嫌だ、待ッ、止め――ッ」 ゆるゆると蛇達が動き始めた。俺の楔は、蛇の腹で握られるように扱かれ、乳首は吸い上げられる。その内に大蛇が俺の陰茎を見つけたように視線を向け、大きな口を開いた。「あ、あ、ああああ」 俺は恐怖に慄いた。俺の陰茎が飲み込まれたのだ。牙がたまに側部に掠る度に、噛み切られる事を恐れた。怖かった、純粋に怖かった、なのに俺の陰茎は反応していた。 そして――。 先端
last updateLast Updated : 2025-07-30
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【37】ウミコ

 翌日の朝、俺はしっかりと白い着物を着て、布団に横たわっていた。 体は酷く気怠かった。 おずおずと起きあがると、隣には時島が座っていた。錆浅黄色の和服を着ている。 昨日の事が夢だったのか現実だったのか、俺は聞くのが怖かったと言うよりも、なんだかどうでも良かった。それほどまでに体が怠かったのだ。「大丈夫か?」「……うん」「サナブリは終わった。後は……後、一晩だけ我慢してくれ。蛇は俺に降りた」「サナブリって、あれ、何だったんだ?」 聞いた俺の声は掠れていた。少なくとも、昨夜泣き叫んだのは夢ではないだろうと思う。「田植え、苗付け――……時島の家では、種付けの事を言う」 ああ、田植えという意味で合ってたんだ、なんて言う感想を抱いてから、俺は再び眠ってしまったのだった。 その日の夕方頃、俺は改めて目を覚ました。俺は一日中寝室にいたようだった。もう時島の姿は無くて、代わりに、見計らったかのように使用人さんが入ってきた。そして俺は絶食を命じられた。だが、そもそも食欲なんて無い。ぼんやりと体を起こして、開けっ放しの襖から、夕日を俺は眺めていた。赤い花も橙色に染まっていた。そうして夜はすぐに訪れた。今日は蝋燭が灯っていない。 俺が月を眺めていると、時島が一人でやって来た。「左鳥」「ああ……何?」「本当に悪い」「……ああ、いいや、その……大丈夫だよ」 何を言えば良いのか俺は分からなかった。すると、奥にまわった時島に、後ろから抱きしめられた。頬に時島の髪が触れる。本当は全然大丈夫なんかじゃない。訳が分からなくて泣きそうだった。「これで最後だから」「最後……」 まだ何かあるのか……と、俺は気が遠くなりそうになった。俯く。 すると時島が腕に力を込め直した。 俺はその腕
last updateLast Updated : 2025-07-31
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【38】時島の父親

 翌日、目を覚ますと、不思議な事に、体も意識もすっきりとしていた。 これまでの人生で、一番爽快な目覚めだった。 昨日の事も、まるで全てが夢だったような感覚でいると、見慣れた私服姿で時島が入ってきた。「帰ろう。出来たらその前に、父に会ってもらえないか?」「分かった」 すぐに俺は頷いた。時島は、来た時に着ていたの俺の私服を持っていた。どうやら洗濯してくれたらしい。受け取って着替えた。 ――時島のお父さんは、自宅で看取るのだという。 奥の座敷へと通されると、お父さんが横になっていて、傍らには和服姿の椿さんが座っていた。「昴の伴侶か……」 俺は、「いや、そう言うと語弊があります」と、言いかけて止めた。確かに俺は、蛇神様とやらの伴侶に選ばれたらしいが、その言い方では、俺と時島が配偶者みたいに聞こえる。日本には、同性の結婚制度は無い。「昴は昔から悪戯ばかりしておったな……だが、悪い子ではないよ」「父さん、一体いつの話を……」 時島が辟易したような顔をすると、布団の中でお父さんが微笑した。ただ目の下には厚い隈があり、顔にも黄疸が出ていた。一目見て、先は長くないのだろうなと俺にも分かるほどだった。それでも普通に話をする時島を見ているのが、何となく辛かったが、俺もまた笑みを浮かべた方が良いような、そんな気がした。俺が心配してどうにかなる話ではない。それよりも、元気な時島の話をしようと思った。「時島――……その、昴君は、いつも料理をしてくれたり、洗濯をしてくれたり、すごく良い奴です」「左鳥、お前も何を言ってるんだ……」「そりゃあもうお嫁さんに欲しいくらいです! きっと良い旦那様になりますよ!」 これは本心である。時島は、几帳面に家事をするし、料理も美味い。 時島は何せ家事が万能だ。勿論俺は家事能力ではなく、愛で配偶者は選びたいが。それこそ美人だったら文句なしだけれども。「仲の睦ま
last updateLast Updated : 2025-08-01
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【39】紫野の不服

「また二人で旅行したんだなぁ……」 都内に帰るとすぐに紫野が遊びにやってきた。そして深々と溜息をつくと、コタツの定位置に座り、乱暴に麦茶のグラスを置いた。「ごめんって。お土産買ってきたから」 A県で買ったご当地キーホルダーを俺が渡すと、紫野は大層微妙な顔つきになった。 時島はパスタを茹でている。俺の希望通りミートソースだ。「で、なんで紫野は浴衣を着てるの?」「ああ、バイトの帰り」「何のバイトだよ?」「今日のは――秘密。ま、いいだろ。それよりさ、聞いてくれ。遠藤が事故ったんだ」「え」 その言葉に、同じ学科の、遠藤梓の顔を思い出して、俺は息を呑んだ。占い師の遠藤だ。以前に紫野が珍しく苦手だと言っていた相手である。「で、さ。一応見舞いに行ったんだ」「大丈夫なのか?」「腕を折っただけみたいだけど、今、頭の具合を調べられてる」「打ったのか?」「違うんだよ……それがな、病室に俺が見舞いに行った時に、丁度意識を取り戻したんだけどな……」 紫野は途中で口ごもると、腕を組んでから、時島を一瞥した。 時島は塩を持っているが、それが鍋に入れる用なのか、紫野の話に備えて持っているのかは不明だった。何となく後者のような気がする。「そうしたら、悲鳴を上げてさ。医者が飛んできて、ICU症候群だって言ったんだ――最初は」「まぁ、いきなり病院で目を覚ましたら、誰だって混乱して騒ぐ事はあるだろうな。良かったな、目が覚めて」 俺が頷くと、紫野が首を傾げた。「言うんだよ。蛾が見えるって。病院だぞ、いるわけがない」「窓は?」「だからICUにいたんだよ。俺はたまたまその病院に用事あって、その場にいたから、連絡を受けてすぐに遠藤の所に行ったんだ」 病院に用事というのも、ICUにまで入れるというのも、不思議だなとは思ったが、俺は聞かない事にした。紫野が話を続ける。「その蛾の腹に、
last updateLast Updated : 2025-08-02
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