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All Chapters of 本当にあった怖い話。: Chapter 51 - Chapter 60

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【50】紫野の薬の完成

 ――紫野の薬が完成した。その知らせを聞き、俺は紫野の家へと直行した。予定よりは完成が少し遅れた。しかし文句を言う気にはならない。ただ激しい動悸がしていただけだ。鎮まるのだろうか――そうしたら、俺の体はどうなるのだろう? 現在では、時島には触られるだけで、それだけで体が蕩ける。その上、一日でもいないと相変わらず辛い。なのに今日で、不在は三日目だ。もう体の抑えが効かず、昼間だというのに歩くのが辛かった。 しかし紫野にそんな事を悟られるのは嫌だったので、すぐに扉を開けて家に入れてもらってから、俺は早速切り出した。「それで、薬は?」「これ――とりあえず、一ヶ月分は作れた」 すると小さな和紙にくるまれた粉薬を手渡された。同様の物がいくつも入った袋を紫野は持っていた。「すぐに飲むか?」「うん、頼む」 俺の声に、紫野がコップに水を入れて持ってきてくれた。安堵しながら受け取ろうとした時――紫野の手に俺の指先が触れた。その瞬間に快楽が俺の背筋を駆け抜けたから、俺はコップを取り落とした。 フローリングの床の上で、コップが割れる音が響く。 後退りながら、這い上がった快楽に怖くなった時には、俺の体は最早蕩けだし、力が抜けて倒れかけた。慌てたように紫野が、腕で俺を抱き留める。 ――その温もりが、辛すぎた。「ヒっ、うああっ」 俺の口からは、これまで堪えに堪えていた嬌声が漏れた。「……左鳥?」 呆然としたように呟いた紫野を見て、俺は泣き出しそうになった。紫野にはこんな姿を見られたくなかった。俺の陰茎は勃ちあがっていて、下衣の中で反応しているのが紫野に伝わってしまっている。紫野の視線がそちらを向いているからだ。「あ、あ、紫野ッ……俺に触らないで……俺……」「薬が効くまでに、一時間はかかる」「ッ、うン、わ、分かった……はァ」「――それまで我慢できるか?」
last updateLast Updated : 2025-08-12
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【51】打ち合わせ

 そうして――夏本番が始まろうとしていた頃。 俺は久方ぶりに、ライター業の打ち合わせの為に、新宿へと出た。 くだんの怖い話の仕事についてで、待ち合わせ相手は高階さんだった。 静かな喫茶店へと入り、暫く二人で、過去の恐怖話はどうだろうかと話し合っていた。過去というのは、江戸時代やその前の時代だ。大正時代も考えたが、その時代の話は既存の本にも多いのではないかという結論に達した。何故なのか明治は話題に挙がらなかった。打ち合わせが一通り終わった時、不意に高階さんが言った。「……変な事、聞いてええ?」「なんですか?」「霧生君て、ゲイだったりする?」「え……な、なんでですか、いきなり」「すごく色っぽい。こっちを見る目が。なんて俺、なに言ってんやろな」「仮に……そうだとしたら、なんですか? 気持ち悪いとかそう言う?」 確かに現在の俺は、もうゲイネタを気楽に話す事など出来ないし、ゲイなのかも知れない。恋をしているわけではないが。少なくとも俺の体は男に夢中だ……。「いや、そうならホテル誘おうかと思って」「え?」「俺バイやから、て、こっちが気持ち悪いか」 高階さんが明るい声で笑った。本気なのか冗談なのか俺は困惑していた。 今日も体は変わらず熱い。 その上、本日は、時島も紫野もいないのだ。我慢しようと思っていた日だった。「いいえ。そんな事は無いです、その俺……」「じゃあ行こうか」 気づくと俺は頷いていた。その言葉だけで、俺の体はこれから訪れるだろう快楽を想像し、歓喜に震えていたのだ。最悪だ。「……俺結構ハードな事するよ。基本男には、つっこまんけど」「そうなんですか」 しかもより最悪な事に、俺はそのハードな事という言葉に、多分期待すらしていたのだった。 繁華街のホテルへと連れて行かれた
last updateLast Updated : 2025-08-13
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【52】占い

 ――さてこの日、俺は久しぶりに大学へと向かった。ライターのバイトのネタ探しとして、民俗学の本を読む事にしたのである。図書館へ向かおうと階段を下りていると、不意に腕の袖を引かれた。振り返ると、そこには遠藤梓が立っていた。「ちょっと占わせてくれないかな」「う、うん? 今?」「そう、この場でいいから」 事故は大丈夫だったのか、いつ退院したのかと聞こうとして、俺は止めた。 あまり立ち入った事を聞いては悪いだろうと判断したのだ。「――何か黒い影、いや白いのかな、丸い物に体を包み込まれているように見える。苦しいとか最近無い? なんだろう、息苦しいとかかな。とにかく苦しんでいるはずだね」 体の事だとすれば……体の熱が辛い事だとすれば、遠藤の占いは当たっている。包み込まれているのかは、ちょっと分からないが。「その苦しみから解放されたいような、解放されたくないような、答えは一つのはずなのに、何故なのか迷っていない?」 勿論体の熱からは解放されたい。答えは一つだ。 だがもうすっかり俺の体はおかしかったから、今更快楽を忘れられるのかという不安は確かにある。今は痛みよりも快感が恐ろしい。けれどこちらは、気が狂うほどの悦楽をもたらしてくれるのだ。甘くて、思い出すだけでも体が熱くなる。「だけど結果的に無事に解放されるよ。近い内に、庵を結んでいる賢者と会うのが視える。その人が鍵になってくれる。なんだか事故に遭ってから、霊感占いも出来るようになっちゃって、近い未来の場面がたまに視えるんだよね。じゃあ、また」 遠藤はそう言うと歩き出した。俺は何も言わないままでそれを聞き、彼の後ろ姿を見た時になってやっと、「また」と返した。  その日の午後、弟が東京に出てきた。高校が休みだったらしい。俺と弟は違う高校なので、何故平日なのに休みなのかは知らない。 泊めて欲しいとの事だったので、時島の了解を得た。薬作りが落ち着き、再び時島の家に頻繁に訪れるようになっていた紫野も、会うのが楽しみだと言っていた。結果、駅前のファミレスで合流した
last updateLast Updated : 2025-08-14
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【53】庵の賢者

 翌朝、速い電車に乗り座っていると、隣の席で弟が言った。「このまま、まっすぐ、椚原に行こう。今日も休みだから着いて行けるし」「え、良いけど……どうして? 元々行く予定だったんだろ? 今日じゃない日に」「なんだかすぐに行きたくなってさ。よく分かんないんだけど」 結局そのまま俺達は、椚原村へと直行した。 出迎えてくれたのは祖父だったのだが――俺の顔を見た瞬間、目を見開き硬直した。 急速に顔色が悪くなっていき、手が震えている。俺の視線に対し、その震えを押し殺すように祖父が拳をきつく握った。「――山んながに、草嗣あんにゃがいる。そごさ行くぞ」 あんにゃとは、兄者――年上の男性の事を言う。親しい先輩のような意味合いだ。 祖父はそう言うと、すぐに車の用意をした。 弟はそのまま屋内へと促されたのだが、俺は問答無用で外に残され、お茶を出して貰う暇すらなかった。乱暴に、車に乗るように言われた。すぐに車が走り出す。通常はゆっくりと運転をする祖父が、珍しいことにスピードを出していた。しばらく走ってから、俺は見た事の無い峠への入り口で、祖父は右折した。ここは冬には通行止めになるほどの坂が連なっていると、後で聞いた。 連絡などした様子も無かったのに、祖父の車が到着した時、門の前には一人の青年が立っていた。『あんにゃ』と聞いていたから老人がいるのを想像していたので、首を捻る。若い。「草嗣あんにゃ、孫を見てくれ!!」 そこにいたのは、青年だった。高階さんよりも少し下、俺よりも少し年上くらいに思えるので、二十代半ばだろうか。甚兵衛姿で、頭には白いタオルを巻いている。線のような細い目をしていた。口元には、柔和な笑顔が浮かんでいる。「分かりました。四日後に、また」「お願いします」 祖父はそう言って何度も頭を下げると、俺を残して車に乗った。突然の出来事に呆然としていると、車が走り出した。さすがにこの峠の一番上からでは、歩いて帰るなど俺には無理だ。「え、ちょっと……」「
last updateLast Updated : 2025-08-15
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【54】隣組と青年団

 弟の元――東京から家に戻ると、両親が慌てていた。「どうかしたの?」 車庫に車を入れてから尋ねると、父が隣家を一瞥した。「土己弘あんにゃが亡くなったんだよ」 隣家のご主人の名前に、俺は目を瞠った。  実家の界隈は死に溢れかえっているから、毎日のようにどこかで葬儀がある。  ただまだ、五十代だったから、若いなと思う。 この土地には、隣組という制度が残っているから、お葬式の手伝いは俺の家族もする事になる。ちょっとしたお手伝いという程度ではない。かなり大規模に一部を担当する。「ちょっと家を空けるから、ゆっくりと休むんだよ」 父はそう言うと、そのまま隣家へと向かい、母は俺と共に家の中へと入ってきた。「右京は元気だった?」 「ああ。すっごい社会人って感じだったよ」 俺が笑って答えると、母が不意に一枚の紙を差し出した。「なにこれ」 「サト君が戻ってきたって聞いて、青年団に入らないかってお誘いがきたの」 青年団というのは、この地区では未婚の男女が入る組織だ。 何歳になろうとも未婚ならば青年団に入る。父のように既婚だと、男なら宥和(ゆうわ)会(かい)、女性なら婦人会に入る。その後はどちらも老人クラブだ。 青年団の加入条件は三つだけだ。  二十歳以上で、この土地に住んでいて、そして――この土地で生まれ育った事。  引っ越してきた人々等は入る事が出来ない。 最近は人手不足だと言いつつ、不思議な物である。『内の事は内で』という、民俗学的な差別要素が残っているのかもしれないなと、以前、泰雅が言っていた。「断っておいて」 「そう言う気がしていたけど……あんまり引きこもってばかりでも良くないんじゃない?」 「母さんに迷惑はかけないよ」 「迷惑だとかそう言う話じゃないの。家族なんだから」 「有難う」 俺は笑顔を取り繕ってひらひらと手を振ってから、自室へと戻った。  両親は俺に良くしてくれる。  少しは俺も、何
last updateLast Updated : 2025-08-16
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【55】紫野との旅行

「なぁ、旅行いかないか?」 紫野に誘われたのは、夏の事だ。「時島と二人旅って言うのも飽きただろ? たまには俺と。費用は出すから」「いいって別に。自分で払う。それより、何処に行く?」「壁に掛かってる絵画の模様が変化すると評判の宿」「すごく行きたくないけど、見たいな、それ」「だろ?」 俺の言葉にクスクスと紫野が笑った。宿の名前はKホテル――T県K市の駅前にあった。それほど大きな街ではなく、はっきり言ってしまえば廃れていた。 二人で特急電車に乗り、珍しく駅弁を買ってみた。 電車に乗っている最中、高階さんからメールが着た。 ――『今夜空いてる?』 オカルト話に思考が傾いていた俺は、それとなく紫野を一瞥する。 紫野の方はどういうつもりなのだろう。二人で同じ部屋だったら、その、ヤるのだろうか。 きっとそういう行為は、雰囲気なのだろうとは思うが、今更ながらに意識した。 もう俺達は、気楽に旅行に、二人きりで行くなんて言う関係では、無くなってしまったのだろうか? それともこんな事を思案する俺の方が、考え過ぎなのか。『今夜は友達と旅行で、K温泉に行ってます。お土産を買ってきます』 そんな返事をして、俺は何とはなしに電源を切った。 昔から、人前で携帯電話を弄るのはあまり好きではない。だが、多分それだけが理由では無かった。現実をありありと彷彿とさせられる事が、俺はあまり好きではないのだと思う。旅行の間くらいは、誰とも繋がらず嫌な事を忘れたいと願っていた。「相手、誰?」「紫野、お前は俺のカノジョか」「左鳥相手なら、カレシにはなりたいけどな。なんか……怖い顔してたぞ」「え?」「俺の勘違いじゃない気がする。違うか?」「そんな事無いって」「じゃあ見せろって。別に良いだろ」「何、急に」「――俺じゃない左鳥の相手が、気になる」「は?」 俺は大きく首を捻りながらも、背筋が冷
last updateLast Updated : 2025-08-16
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【56】リサイクルショップ

 さて、数日後。 リサイクルショップに、時島と共に俺が出かけたのは、オーブントースターが寿命を迎えたからだ。意外と俺達は、朝にパンを食べる事が多かったから、新しい物を折半して買おうという話になったのだ。ネットも見ているが、より価格が安い物を俺達は探していた。 店は大学のすぐ近く、坂を下りた所にあった。 外には本棚や机などの学用品が並んでいて、軒先には洗濯機がある。 ぼんやりと周囲を一瞥していると、赤ちゃんの泣き声が聞こえた気がして、俺は店内へと顔を向けようとした。しかしその瞬間、時島に後ろから首へと手を回され、引き留められた。「左鳥、帰ろう」「え? まだ見てないのに」「新品を俺が買うから」「けど、時島……」 それでは悪いではないかと俺が言おうとした時、周囲に、更に大きく、赤ちゃんの泣き声が響き渡った。 反射的に再び視線を向けようとすると、今度は頬を手で挟まれた。だから時島を見上げる。「あれは、生きていない」「……え?」「どこから聞こえるか、よく聞いてみろ」 その言葉に、俺は全神経を集中させた。そして、一つの事実に気がついた。店の正面に置いてある洗濯機が、電源も入っていないというのに振動しているのだ。泣き声はどうやらそこから聞こえてくるようだった。「どういう事だ?」「――昔、洗濯機に子供が落ちた事に気づかず、電源を入れて死なせてしまった母親がいたようだな」「っ、いやけど、そんな事があったら、洗濯機を廃棄処分にするんじゃ?」「されているみたいだな。問題は場所だ。その洗濯機が嘗てあった場所――事件があったアパートが存在した場所が、このリサイクルショップの位置らしい」 時島には、どうしてそのような事が分かるのか、俺はもう今では聞かない。 別段俺は、完全に信じているわけではない。だが少なくとも、疑っているわけでもない。「問題は――購入者に憑いていく事だな」「場所が問題なんじゃないのか?」「母親の方は、
last updateLast Updated : 2025-08-17
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【57】ナースコール

 ――翌日。 結局この日も微熱があった俺の所に、紫野が見舞いに訪れた。「静かにしていろよ」 麦茶を差し出しながら、時島があからさまに目を細めた。「時島こそ、左鳥に体力を使わせるなよ」 それに正面から向き合って、唇の片端を持ち上げて笑ってから、紫野が俺のすぐ隣に座った。「気分はどうだ?」「大分楽だよ」 俺が答えると、紫野が安堵するように吐息した。 時島もまた俺の側に座ると、額に触る。「嘘だな。どう思う? 紫野は」「左鳥の顔、見ただけで分かる。嘘に決まってる」 二人のやりとりに、俺は、曖昧に笑う事しか出来ない。体感的には本当に平気だからだ。 そうしていると、紫野がお見舞いなのだろうか、ゼリーをコタツの上に置いてから、改めて俺を見た。「暇にしてるだろうと思って、ネタ仕入れてきたから」「ネタ?」 聞いた俺は、自分の思いの外掠れた声に動揺した。結構具合が悪いのかも知れない。「この前病院に行った時に、実習してる看護学生がいて、その子から聞いたんだよ」「何を?」 俺が横になったまま首を傾げると、時島がそれとなく食塩の瓶を握ったのが見て取れた。 ああ、オカルト話だなと分かる。 正直それを期待している自分もいた。「なんかな、毎日毎日ナースコール押してくるお爺さんがいたんだって」 紫野が静かに話し始めた。「それで?」「それで、嫌々ながらも相手しに行ってたんだってさ」 ナースコールなんて、俺だったらよほどの事態じゃなければ、申し訳なくて押せない。 毎日と言う事は、気軽に押せる人だったのかもしれない。あるいは相当、具合が悪い人だったのか。「でさ、実習最後の日に行ったら、また鳴ったんだって」「へぇ」「だから病室に行ってみたら……ベッドの片づけ中だったんだとさ」「え?」「前日の夜に亡くなってたんだ
last updateLast Updated : 2025-08-18
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【58】オルゴール

 帰宅途中で俺は、バイト終わりの紫野と合流した。 紫野に、飲みに行こうと誘われたからだ。 高階さんの言葉を振り払いながら、待ち合わせ場所の居酒屋に入ると、すでに紫野は来ていた。 俺が酒を頼んだ時、紫野が先に頼んでいたと思しきつまみが運ばれてきた。 お通しの枝豆に手を伸ばしながら、俺は紫野をじっくりと見る。 まだ紫野は、俺の事が好きなのだろうか? そもそも、その言葉は本気なのだろうか? 考えてみるが、よく分からない。 そんな事を悩んでいた時、紫野がジョッキを置いた。「あのさ……」「ん?」「――や、その、ああ、そうだ。怖い話を聞いたんだよ」 紫野は何か他の事を言いたそうだったが、そう口にすると頬杖をついた。「ある会社の資料室に、古い共用のパソコンがあったんだって」「へぇ」「それでさ、フリーメール使おうとしたら、他のメールアドレスの履歴が出てきたんだってさ」「キャッシュを消して無かったんだな」「かもな。でさぁ、パスワードも保存されてたから、まずいとは思ったらしいんだけどな、興味本位で中身を見たらしいんだ」「それで?」「『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』って、メールに何十行も書いてあったらしい」「うわ、いやだなぁそれ」「しかも宛先が自分の名前だったんだって。見た人のメールアドレス宛の下書きだったんだってさ」「……俺なら、自分の名前をそういう風に見たら泣く」「そんな話を奥さんにした後、その人は心臓麻痺で亡くなったんだってさ」「え」「結局誰がそのメールを書いたのかは不明だけど、不気味だよな」 俺達は、そんな話をした。 ちなみにメールネタはその後も続いた。 帰りの電車の中、閑散とした車内で紫野が続けたのだ。「そういえば、『死ね死ねメール』って知ってるか?」「死ね死ねメール?」「自分のアドレスから、ある日メ
last updateLast Updated : 2025-08-19
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【59】過去の記憶

 俺は神社に出かけて、一人境内の階段に腰掛けていた。 泰雅と視線を交わしてから三日が経とうとしている。結局あの後も、一度も連絡を取ってはいない。俺は眠れぬ日々を過ごしている。 目の下を指でなぞったら、自分でも隈ができているのが分かった。 瞬きをする度に、尺八を持った僧侶が歩いていく姿が過ぎる。 鐘の音が高く響きながら、追いかけてくる。 ――いつか聞いた。蛇は執念深いのだと。 だが、ここまでは、いくら蛇だって追いかけては来ないだろう。 鐘の方が、ずっと執念深い。 時島が俺の実家について聞いてきた事など無い。それに今になって思えば、時島は俺に興味を持っていたわけでは無い気もする。蛇神の衝動に時島は突き動かされていただけなのではないのだろうか。それが少し寂しい。 そうだ、そう――少しだけ、呪いの話をしよう。 俺が呪われたお話だ。 あの日俺は、幼なじみの晶君をはじめ、高校の友人と五人で廃神社へと肝試しに出かけた。椚原の晶君と俺は、高校で同級生になったのだ。結果――生きて帰ってきたのは、俺だけだ。発見された時俺は、血塗れで立っていたらしい。意識が戻った時には既に、白い病院のベッドの上だった。 端的に言ってしまえば、俺はその時、誰かの――そう友人の、肉を食べ血を啜ったらしい。上手く思い出す事は出来無い。あるいはその事実は夢では無かったのかと何度も考えている。 思い出すのは、事情聴取に訪れた警察官の言葉だ。彼らは、扉の外で話していた。『まさか、食べたって事は無いだろうな』『ああ、左手の薬指?』『右目も、だろ』 ――あれらの声が幻聴では無いと言うのは、「気にしなくて良いよ」と右京が言ったから確実だ。 その時の仔細は、またいつか語ろう。自分の中で整理がついた、その時に。 とにかくそれ以降、俺は神社の鐘の音に追いかけられているのだ。何もかもを忘れるようにして東京に進学した頃は大分マシだったというのに――ああ、甦る。『十三年後、今度は喰ろうてやろう』――そんなナニカの声がする。
last updateLast Updated : 2025-08-20
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