All Chapters of 禁愛願望~イケメンエリート医師の義兄に拒まれています~: Chapter 111 - Chapter 120

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【22】⑥

「漣は自慢の息子だ。親バカかもしれないが……ただ優秀なだけではなく、人の気持ちがわかる素晴らしい医師になってくれたと思っている。もちろん、年齢的に経験不足な面はあるが、それはそのうち釣り合いが取れてくるだろう」  父は漣くんの目をしっかりと見据えてそう語り、今度は私に視線を移した。 「瑞希も、自慢の娘だよ。優しくて真面目で、努力家で、心の温かい素敵な女性に育ってくれた。本当にありがとう。父さんたちは愛莉というかけがえのない宝物を失ったけれど、瑞希に出会えて本当によかったと思っている。もしかしたら……亡くなった愛莉が、泣き暮らしていた父さんたちと瑞希を引き合わせてくれたのかもしれない、なんて考えることもあるよ」 「お父さん……」  胸がいっぱいで、言葉にならない。感謝を伝えるのはこちらのはずなのに。 親を亡くした私を引き取り、朝比奈家の一員として大切に育ててくれたのは両親だ。恩を返さなければならないのは私のほうなのに。 そんな思いが募り、目の奥がツンと痛んだ。 泣いてしまわないよう、私は軽く天井を仰ぎ、必死にこらえる。 父はそんな私を優しい目で見守りながら、さらに言葉を重ねた。 「里親制度では、里子が成人すればかかわりが途絶えることもあると聞く。法律上の親子ではないから、そこで関係が終わってしまうということなのだろう。それを知ってから、瑞希がわが家から巣立っていくのは、親としてうれしい反面……正直、すごく寂しいんだ」  父がそんな風に感情を吐露したのは初めてだった。 これまで引っ越しの時期や費用の相談に乗ってくれたり、「独り立ち後も実家だと思って帰ってきてほしい」と温かい言葉をかけてもらったことはある。  けれど、私が家を出ることをどう感じているのか、はっきり口にしたことはなかった。だからこそ『寂しい』というストレートな言葉が胸に響く。   私自身も、私に無償の愛を教え
last updateLast Updated : 2025-09-15
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【22】⑦

「そうすれば、瑞希はまた父さんたちの娘になってくれるわけだろう。しかも今度は、戸籍上もつながりが持てる。……そういう、自分本位な願望ではあるんだが」 父は大きな手を膝の上で組み直し、深いしわを見つめながら、申し訳なさそうに眉尻を下げた。 その姿に胸の奥が熱くなり、感情がせり上がってくる。「……そんなことない。自分本位なんて思わないよ。……私にとっては、すごくうれしい」 声が震えそうになるのを隠すように、私は早口で言った。父の願いを「自分本位」なんて言葉で片づけたくなかった。 どれほど彼が私を娘として想ってくれているのか、そのひと言ににじんでいたから。  この家に来てから、私はずっと父に守られてきた。失ったものを埋めるように寄り添ってくれたその優しさがあったから、今日まで歩んでこられたのだ。「ただ、ふたりを見る周囲の目が厳しく冷ややかなものになるかもしれないことは覚悟しなさい。わかっていると思うが、漣と瑞希が求める幸せは、周りの理解を得づらい。本当にそれでもいいと思うのなら……父さんは、頭ごなしに否定するつもりはない」 声音は穏やかでも、眼差しは真剣そのものだった。愛情と心配が入り混じり、現実を直視させようとする強さが宿っている。「しかし、これは前置きしたように個人の意見だ。……母さんはどう思う?」  視線を向けられた母は、ぎゅっと両手を握り合わせ、俯いた。 なかなか口を開かないのは、言葉を慎重に選んでいるからだろう。その迷いは痛いほど伝わってきた。「私は……」 絞り出すような声。 沈黙のあと、母は顔を上げ、涙をこらえるように唇を震わせながら言った。「……ごめんなさい、あなたたちふたりのことはとても愛しているの。でも
last updateLast Updated : 2025-09-16
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【23】①

 両親に打ち明けた翌日、勤務が一段落ついた夕刻。 俺は「大事な話がある」と綾乃にメッセージを送り、病院の小会議室に呼び出した。 交際当時でも、仕事のあとに私的な用件で声をかけることはまずなかった。 だが、今回ばかりはそうも言っていられない。誰かに聞かれるわけにはいかない話だからこそ、場所は慎重に選んだ。 約束の時間ぴったりに現れた綾乃は、グレーのスクラブ姿に身を包み、落ち着いた様子で入ってきた。 先日の電話で見せた苛烈な態度がうそのように、優しげな笑みを浮かべている。 その笑みが仮面めいて見えて、胸がざわついた。「職場で呼び出しなんて、珍しいじゃない。なにかあったの?」「それだけ急を要する話だと理解してほしい」 俺は廊下に人がいないのを確かめてから扉を閉め、席を勧めることもなく本題を切り出した。「君も忙しいだろうし、率直に訊くよ。……実家に手紙を送ったのは、君なんだろう?」「手紙?」 綾乃はわざとらしく首を傾げ、無垢を装う。「瑞希との関係を暴くような内容の。……心当たりがあるはずだ」「さぁ、なんのこと? それに、私が出したって証拠でもあるの?」 軽く肩を竦め、余裕を見せる仕草。白々しい態度に苛立ちが込み上げる。 俺と瑞希の関係を知っていて、あんなものを書けるのはごく限られた人物しかいない。 思い出すのは、あの日電話越しに彼女が残した言葉――『大切なご両親に理解してもらえるといいね』。 その直後に届いた手紙を、偶然と考えるほうが不自然だ。「とぼけなくていい。君以外に考えられない。……もっとも、あんなひどいやり方をするとは思っていなかったけど」「ひどい?」「そうだ。両親があれを目にしたとき、どれほどの衝撃を受けるか、想像できなかったは
last updateLast Updated : 2025-09-16
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【23】②

「……違う」 俺は極力憤りを表に出さないようにしながら否定した。「違う? なら今度は、同じ方法で病院の人間に知らせてみる?」「いい加減にしてくれ」 自分のやり方は正しいと信じ切った顔。まるで正義の行動だと言わんばかりに言葉を重ねる綾乃に、つい強く咎めてしまう。 ――だめだ、感情的になっては。 ひとつ深呼吸をして、なるべく怒りをのせないように再び口を開いた。「……瑞希とのことは、いずれきちんと場を設けて話すつもりだった。なのに、あんな不安を煽るものを送りつけて、両親を動揺させたことは見過ごせない」 強めの口調に、綾乃の余裕がかすかに揺らぐ。「――新庄さんを傷つけたことは本当に申し訳ないと思ってる。でも、瑞希や俺の両親を巻き込むのは違うだろう? ……今の君は、冷静さを失っているよ」「私は冷静よ」「実習での君の行動が問題になっていること、知ってる?」 敢えて「新庄さん」と距離を置く呼び方をしたせいか、ムッとした綾乃が反論の言葉を探した。 直後、俺はここ数日で耳にした話を切り出す。「君の瑞希への態度が行き過ぎだって報告が、川原師長に入った。おそらく、近いうちに事情を聞かれることになるだろう」 言葉を飲み込むように、綾乃の顔色がわずかに変わる。 検査室に出入りする技師たちが、彼女の指導を「教育の範囲を逸脱している」と感じ、実習の責任者である川原師長に申し入れをしたらしい。その話が、医局にも届いていた。 指導の名を借りた叱責や圧力は教育現場では許されない。 複数の報告が上がれば、病院側も対応を迫られる。「今までは贖罪のつもりで、できる範囲で君を庇ってきたつもりだ。けれど……これ以上は難しい」 視線を逸らさず、ゆっくりと言葉を重ねる。「この状況で、もし職場にまであんな手紙を送りつけて、差出人が君だと判明したら――俺たちだけじゃなく、君自身の立場だって危うくなる。周囲に問題視されれば、孤立するのは君だ。だから、自分のためにも止しておいたほうがいい」 厳しい言葉を口にするのは、本意ではなかった。 だが、それでも伝えなければならないと思った。 彼女がこのまま暴走すれば、守れるものまで失ってしまう。「……ふーん。こんなことになってもまだ、私に忠告してくれるのね」 綾乃が口元に笑みを浮かべて言った。 その笑みはどこか歪んでいて、強がり
last updateLast Updated : 2025-09-17
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【23】③

「でも結構よ。私は間違ってない。それより漣は、自分の心配をしたほうがいいんじゃない?」 俺がどれだけ真剣に忠告しても、綾乃にはまったく響いていない。 心の奥で渦巻いている俺への執着だけが、彼女を突き動かしているのだと痛感する。  そのとき、不敵な笑みを浮かべた彼女が、なにか面白い計略を思いついたとばかりに「あ」と小さく叫んだ。「そうね――年明けまで猶予をあげる。それまでに、妹ちゃんとの関係を清算したら、手紙は送らない。もちろん、ふたりの事情も知らなかったことにしてあげる。……ってことにしたら、気が変わるんじゃない?」「っ……」 絶句した。両親に動揺を与えただけでは飽き足らず、今度は取引のように俺を脅してくるのか。 ……瑞希への態度を改める代わりに、俺と付き合うように迫ってきた、あのときと同じように。「それと、妹ちゃんの内定先って、うちの系列だったよね?」「そうだけど――まさか」 意味深に訊ねる綾乃の声音に、嫌な予感がした。 瑞希の就職先は、聖南大学病院の系列の、地域の総合診療クリニックだ。 学生時代から馴染みのある現場で、初期研修の一環として学びを深めるのに適した職場だった。 瑞希が目を輝かせながらその話をしてくれた日のことを思い出し、俺はハッと息を呑んだ。 綾乃がにやりと口元を歪める。「勘がいいのね。……もし、あなたたちが道ならぬ関係を続けるっていうなら、もちろん、そちらの方々にもお知らせしておかなきゃね?」「新庄さん」 思わず、非難の意を込めて彼女の名を呼んだ。 この期に及んで、病院内だけでなく瑞希の就職先にまで手を伸ばそうとするとは。そこまで瑞希を追い詰めて、いったい何を得ようというのか。「他人行儀な呼び方はやめてって言ってるで
last updateLast Updated : 2025-09-17
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【24】①

 十一月半ば。ランチの時間が近づいたころ、私はある強い意志を持って大学の図書館を訪れていた。  三階建ての二階には自習スペースがあり、翠からは「亮介はだいたいそこで勉強してる」と聞いていた。  一人ずつに仕切られた机の並ぶ空間をぐるりと見回し、それらしいシルエットを探す。  ……やっぱり、いた。 イヤホンをして周囲の音を遮断している彼に気付いてもらうため、そっと背後に回り、トントン、と肩を叩いた。 亮介が反射的に振り返る。「ごめん、ちょっといい?」 極力小さな声でそう告げると、彼は振り向いた姿勢のまま目を大きく瞠った。 まるで、私が訪ねてきたことが信じられないと言わんばかりに。 それも当然だ。後期が始まったタイミングに一度話して以降、亮介はずっと私を避けていた。 まともに顔を合わせるのは、あのとき以来になる。 ――私が、漣くんと結ばれたと打ち明けた、あの日以来。 拒絶されているのはわかっている。それでも。「少しだけ話せる?」 もちろん、断られることも覚悟していた。 翠を含めて三人で一緒にいるのが当たり前だったのに、亮介は「集中して勉強したい」のを理由にして、ひとりで行動するようになった。 もしかしたらもう、私の顔を見たくないのかもしれない。 それでも、このまま気まずさを放置したくはなかった。 祈るような思いで見つめると、亮介はなにかを決心したように、短くまつげを伏せた。それから――「……荷物まとめるから、待ってて」 真摯なまなざしを向けてそう言い、くるりと前に戻る。テキストやノートを片付けて移動の準備を始めた。「ごめんね。ありがとう」 思わず安堵の声が漏れる。話をしてくれる――その事実だけで安堵する。 私はお礼を告げ、彼と並んで階下のロビーへ向かった。 上階の静けさとは対照的に、ロビーはざわめきに包まれていた。 昼時ということもあって、学生たちが数人ずつ集まり、弁当を広げたり、楽しそうに談笑したりしている。 その一角にあるベンチのひとつに腰を下ろし、私はなるべく空気を重くしないよう、努めて明るく口を開いた。「だいたい図書館にいるっていうのは、翠から聞いてたんだ。……いきなり来て、びっくりした?」 隣に座った亮介は、視線を少し逸らしながら「……まあな」と答える。 その声音は硬いけれど、完全に拒絶しているわ
last updateLast Updated : 2025-09-18
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【24】②

「俺の方こそごめん。あからさまに避けるようなことして」 思いがけず、亮介のほうから謝罪の言葉が飛び出した。 意外すぎて、私は小さく瞬きを繰り返す。「翠にも叱られたよ。一方的に顔を見せなくなるなんて、告った子に対する態度じゃないって。……本当、ごめん。子どもっぽかったって反省してる」「そんなことないよ」 あまりに素直で誠実な謝罪に、私はあわてて首を振った。「亮介の気持ちはわかるし、正しいと思う。私が亮介の立場だったら、自分勝手な想いを貫こうとしてる相手を、やっぱり非難したと思う。……かかわりたくない、って感じてたかもしれない」 彼の視点からすれば、私は彼の告白を断った上に、わざわざ後ろ指を差されるような道を選んでいるように映っていたはずだ。 正したいと思うか、無理なら距離を置きたいと思うのは当然だろう。「でもね、私も中途半端な想いで決めたわけじゃないの。……だからちゃんと、両親にも話した」「っ……?」 亮介の瞳が大きく見開かれた。信じられない、という色が濃く宿る。「すごく動揺させてしまったけど、ちゃんと話を聞いてくれて……お父さんは、覚悟があるならって認めてくれた。お母さんは、まだ受け入れられないって感じだったけど……」「……すごいな。話したのか」 驚きのあまりか、声が低く漏れる。 けれどすぐに、亮介はハッとしたように表情を引き締めた。「――あ、いや、気に障る言い方だったらごめん。そういう意味じゃなくて……」「うん、わかってる」 悪意のない言葉だったことは十分伝わっていた。私は小さく微笑んで返す。「すごく勇気が必要だったよ。今までの関係が全部壊れるかもしれないって怖かった。けど、漣くんとの仲を認めてもらうには、包み隠さず
last updateLast Updated : 2025-09-18
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【24】③

「……ずっと、俺が目を覚まさせてやるんだって思ってた」 やがて、亮介がぽつりとつぶやいた。「今の瑞希は、兄貴への気持ちが暴走してるだけで……周りが見えてないって。気持ちが通じ合ったならなおさら……ちゃんと、俺が正してやらないとって」 自嘲するように笑いながらも、その声にはかすかな寂しさがこもっている。「でもそれは、俺の独りよがりだったんだって、今わかった。むしろ、周りのことも、自分自身の気持ちも全部、よく考えたからこそ――ちゃんと伝えるって決めたんだよな。そして実行した」 彼はふっと表情を和らげると、まっすぐに私を見つめてくる。「この間、瑞希に言った言葉……撤回するよ。『瑞希を好きな男としても、友達としても、自分の兄貴と恋愛しようとする瑞希を応援はできない』ってやつ」 あのときの、胸を突き刺すような言葉が思い出される。「今の話を聞いて、俺は……兄貴との仲、応援したくなった。だから……悔しいけど、瑞希のことは諦めるよ」 けれど――次に続いた亮介の言葉に、視界が一気に明るく開けた。「亮介……」「俺のほうからも言わせて。……これからも、いい友達でいよう」 その顔はどこか清々しくて、これが社交辞令ではなく、本心でそう告げていることが伝わってきた。「ありがとう……」 胸がいっぱいになり、目に熱いものが込み上げてくる。亮介の潔さと優しさが、どうしようもなく心に沁みる。「なに涙ぐんでるんだよ」 困ったように笑う亮介に、私が小さくかぶりを振る。「だって……もしかしたらもう、亮介とは話すこともなくなっちゃうのかもって思ってたから……」「俺と絶交するかもって想像して、悲しんでくれたってわけ?」
last updateLast Updated : 2025-09-19
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【24】④

 学食に到着すると、午前の授業が終わったばかりの学生たちで賑わい始めていた。 ざわめきの中、指定席のようにいつも使っている丸テーブルには、すでに翠の姿があった。 彼女にはあらかじめ、亮介のもとへ向かい、きちんと話をするつもりだと伝えていたからだ。「翠、お待たせ」「どうだった? 亮介のヤツ、なんて言ってた?」 丸テーブルの前で彼女に呼びかけると、翠が顔を上げる。翠は期待と不安が入り混じったような瞳で、私に問うた。「全部話したら、わかってくれたよ。……私と漣くんのこと、応援したくなったって。今日からお昼も一緒に食べるって」「そっか。よかった」 ほっと胸を撫でおろすように息をついた翠。その表情がぱっと明るくなり、声に弾みが宿る。「――亮介、後悔してたんだよね。瑞希のこと避ける態度取ったこと。ああいうのって一度やっちゃうと引っ込みつかなくなるからさ。だから、向こうもきっかけを探してたんだと思う」「本人もそう言ってた。『来てくれてありがとう』って。……本当はお礼を言わなきゃいけないのは私なのに」「お礼?」「『これからもいい友達でいてほしい』って言ったの……そしたら、OKしてくれた。でも、もし逆の立場だったら、きっとつらいことだと思うんだ」 告白を断ったうえで、なお友達でいようと願うのは、あまりに自分勝手かもしれない。 なのに、それを受け入れてくれた亮介に感謝と同時に申し訳なさが募る。「そっか。……そうかもね。でも、亮介がそうすると決めたなら、瑞希が『悪いな』って思う必要はないよ」「翠……ありがと」 翠はやわらかく微笑み、力強くうなずいてくれた。その優しさにじんとする。「それにさ」 意味深ににっこりと笑った翠が、いたずらっぽく続ける。「――亮介のことは私が励ますから。っていうか、私が励ましたいから
last updateLast Updated : 2025-09-19
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【25】①

 週に一度は漣くんの部屋を訪れて、ふたりで過ごすのが習慣になっていた。 外は冷たい風が吹くようになり、冬の気配が近づいてきている。 私はキッチンでコーヒーを淹れると、雑貨屋で一目ぼれして買ったペアのマグカップに注いだ。 漣くんと同じデザインのカップを手にするだけで、まるで普通の恋人同士みたい……と思い、胸が温かくなる。「瑞希、試験勉強は順調?」 ベッドをソファ代わりに腰かけ、マグを口に運びながら漣くんが訊ねてきた。「うん。ちゃんとやってるよ」「ならよかった。脅かすわけじゃないけど、内定先も決まってるのに落ちました、なんてことになったら悲惨だからな」「そ、それを言わないで……」 胸がきゅっと縮こまる。過去にそういう人がいたと聞いたことがあるから、心のどこかで恐れていたのだ。 私の反応を見て、漣くんがくすっと笑う。「大丈夫だよ、瑞希なら。自信を持って」「……ありがとう。絶対受かって、四月からは検査技師として働く。内定先のクリニックに迷惑かけたくないし」「そう……だな」 漣くんの声が少し沈んだのを感じ取って、私は顔を上げた。「どうしたの、漣くん?」「いや……なんでもない」 視線を逸らしたあと、少し間を置いてから、彼はマグをローテーブルに置き、真剣な表情になった。「――やっぱり話しておく。綾乃のことなんだけど」「新庄さん?」 胸がざわつく。彼女の名前を耳にするだけで、緊張で息が詰まりそうになる。「実家に届いた手紙、あれが綾乃の仕業だったのは伝えたよな」「うん……」 まさか彼女が――というおどろきはいまだに拭えない。 それでも漣くんが自分で確かめたと言うのなら、信じるしかないのだけど。
last updateLast Updated : 2025-09-20
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