そもそも、俺と瑞希の関係を知っている人間なんて限られている。 しかもその秘密を、暴露という形で刃に変えて突きつけてくるような人物など――「……綾乃……」 ぽつりと、かつての恋人の名をつぶやく。 疑いたくはない。 だが、可能性を挙げるとすれば、やはり彼女しか思い当たらない。 というのも、別れ際やそれ以降のやり取りを振り返れば、いくつかの不穏な場面が蘇ってくるからだ。◆◇◆ 綾乃とは、約束どおり瑞希の実習が終わる七月末まで、形式的に交際を続けた。 けれど、恋人らしい特別なできごとはほとんどなかった。 俺は実習生を抱えて忙殺され、彼女も臨床実習担当窓口として業務が山積み。会う機会すら乏しかった。 それでも時折、帰りがけに「漣のマンションに行きたい」とメッセージが届くことがあったけれど、研修会や資料準備を理由に断った。 瑞希以外の女性を自分のテリトリーへ招き入れることには、どうしても抵抗があったからだ。 結局、恋人らしい時間といえば、何度か二時間程度の食事をともにしただけ。そのうちの一回が、交際の期限である最後の日、だった。 勤務を終えた俺は、彼女の誘いに応じ、都心の繁華街で待ち合わせた。フレンチを好む綾乃のために、落ち着いた雰囲気のレストランを予約して。 整った空間で料理を楽しみながら、互いの仕事や実習の話をした。 人目があるため深い話こそできなかったが、それでも同じ現場に立つ者同士、尽きることのない話題があった。気づけば、デザートと食後のコーヒーが運ばれる時間になっていた。「漣、もう少し一緒にいたいの。だめ?」 店を出ようとしたとき、綾乃が名残惜しそうに言った。「今日までは、私の恋人でいてくれる約束でしょ?」 その目はひどく寂しげで、拒絶を恐れているように見えた。 俺は断ろうとしたが、負い目を抱えていたせい
Last Updated : 2025-09-11 Read more