All Chapters of 禁愛願望~イケメンエリート医師の義兄に拒まれています~: Chapter 121 - Chapter 130

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【25】②

「大丈夫、呑まないよ」   きっぱりと断言してくれたその声に安堵した。躊躇いがちに漣くんが続ける。 「……本音を言うと、瑞希にいやな思いをさせたくなくて、ほんの少しだけ考えた。でも、俺たちは罪を犯しているわけじゃないから」「そっか。……よかった」 思わず息を吐いて、握り締めていたマグをローテーブルに置いた。  けれど同時に、どうしてそんな大事なことを隠していたのか、わずかな引っかかりも残った。  表情に出てしまったのだろう、漣くんが苦笑する。 「ごめん。瑞希に黙ってたのは、心配させたくなかったからなんだ。綾乃を説得しようとしたけど、簡単にはいかなくて」  彼は何度かメッセージを送ったり、電話で話をしようと試みたけれど、拒否されてしまったらしい。   まるで「ふたりの別れ以外は認めない」と突きつけるみたいに。 「連絡が取れないなら、直接話す場を作れないかとも考えたけど……それも難しくて」 「……そうだよね」  ただでさえ命を預かる仕事で忙しくしているのに、無理はしてほしくない。 それに、強引に接触すれば逆効果になりかねない。新庄さんがさらに過激な手段に出たり、漣くんの立場が悪くなってしまったら……その方が怖い。「俺はどうにかして綾乃の気持ちを変えたい。俺たちのためだけじゃなく、綾乃のためにも」  まっすぐな声で漣くんが言う。「今さらだけど……瑞希に対する綾乃のハラスメントが院内で問題になってる。週明けには事情を聞かれるみたいだけど、本人は悪びれてなくて」  その報告に気持ちが重くなる。やはり彼女のなかで、私の対する敵意は消えていないのだ、と。 「綾乃のことだから、匿名の手紙が効かないことくらい承知のはずだ。だから、自分で裏付け
last updateLast Updated : 2025-09-20
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【26】①

 そろそろ冬物のコートが必要になってくる、十一月の下旬。 ナースステーションで患者の投薬について川原師長と確認を終えると、彼女はふうっと深いため息をついた。「どうかしました?」 俺がそう訊ねると、師長は少し言い淀み、周囲を気にするように視線を巡らせた。 近くの看護師たちが記録に集中しているのを確かめてから、声を落とす。「――朝比奈先生にも以前お伝えしましたよね? 新庄さんのこと」「ええ……はい」 綾乃の名前に胸がざわつく。 だが動揺を見せるわけにはいかず、なるべく平静を装ってうなずいた。 瑞希へのハラスメントが問題視されている件だろう。「事情聴取でも『私は勉強不足を指摘したまでです』の一点張りで……。せめて、事実を認めて反省する姿勢があれば厳重注意で済ませられるんだけど」「つまり、新庄さんは処分の対象になる可能性がある、と」「ええ。もう一度話を聞くけど、その答え次第では……」 師長は言葉を濁し、またひとつ深い吐息を漏らした。「彼女、ナースとしては優秀なのよ。私も信頼していたし、後輩からの評判も良かったのに。どうしてこんなことになっちゃったのかしら……」 その嘆きに、俺は返す言葉を失った。 確かに綾乃は仕事のできる看護師だ。患者対応も丁寧で、周囲から慕われていたはず。 だからこそ、今の姿は痛々しく映る。 綾乃に対する怒りはもちろん、ある。 けれど、彼女が自分で自分を追い詰めて孤立していく姿を見るのは――決して気分のいいものではなかった。「ごめんなさいね、先生に愚痴なんて」「いえ。お気になさらず」 形だけの笑みを浮かべてそう返すしかなかった。 もう一度彼女と話すべきだろうか……と頭をよぎる。 だが、いくら連絡を取ろうとしても拒絶されている現状では、打つ手がない。  ナースステーションを離れかけたとき、入れ違いに入ってきた若い看護師たちの内緒声が耳に入った。「ねぇ、知ってる? 新庄さんの話」「ハラスメントのことでしょ? 検査室の人から聞いた。学生をイビったって」「幻滅した~。あんなに綺麗で優しい人だと思ってたのに。……私たちも気を付けなきゃ」「ね。ターゲットにされたらたまらないもん。できるだけ、かかわらないようにしたいよね」 胸がヒヤリと冷たくなる。師長は「本人にもう一度」と言っていたが、現場のうわさはもう広
last updateLast Updated : 2025-09-21
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【26】②

 転職先で漣の存在を知ったとき、これほど素敵な人がいるのかと心が震えた。 若き天才外科医と呼ばれるだけあって判断は的確で、オペの腕も高い。優秀なのに偉ぶらず、穏やかで気遣いのできる人。 ――こんな人が彼氏だったら、どんなに幸せだろう。 そう思った瞬間、私は恋に落ちていた。 昔から、欲しいものは絶対に手に入れる性質だった。 美容や恋愛、受験や就活に至るまで、すべて努力することで切り開いてきた。だから今回も、信じていた。努力は必ず実る、と。 顔と名前を覚えてもらうことから始め、強引なくらいのアプローチを重ねた。 そしてついに、彼の恋人の座を射止めることができたとき――『願えば叶う』という信念が証明された気がした。 漣と過ごす毎日は輝いていた。メッセージひとつでも胸が弾み、食事に出かけるだけで世界が色づく。 これが幸せというものなのだと、全身で感じていた。 なのに――別れは突然だった。『実はずっと好きな人がいて、その人への想いが断ち切れない』 寝耳に水だった。彼に片想いしている女性がいたなんて知らなかった。私はてっきり、同じ熱量で愛されていると思っていたのに。 ――別れたくない。こんなに好きなのに。 漣は容姿も、能力も、人柄もすべてを兼ね備えた特別な男性。彼以上の人と出会えるなんて到底思えなかった。 それでも、別れたいと訴える彼の気持ちは揺らがないと悟った。 優しいけれど、一度決めたら貫く人だ。ならば、せめて優先すべきは――彼の中での私の印象を悪くしないこと。 彼には想い人がいるらしい。だが、その人と結ばれるのが確定したわけじゃない。なら、逆転の可能性はまだある。 そのために私はひとつ条件を出した。『気のすむまで漣を想い続けることを許してほしい』と。  漣は最初こそ渋ったけれど、最後にはうなずいてくれた。別れを切り出した負い目があったからだろう。 恋人という肩書は消えても、私は決して諦めてはいなかった。
last updateLast Updated : 2025-09-21
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【26】③

 附属大の医療技術学部の実習生のなかに、漣の妹――朝比奈瑞希さんがいた。 ある日、院内で彼女に付き添っていたとき、偶然漣と顔を合わせた。  瞬間に見せた、あのうれしそうで柔らかな表情に、私はひそかに衝撃を受けていた。 ――そんな顔、私の前では一度も見せてくれなかったのに。 点と点が線でつながった気がした。漣の想い人は誰なのか。なぜ気持ちを伝えずにいるのか。その理由が一気に理解できた。 家族だからだ。漣が愛しているのは、自分の妹。  正確には、里子として引き取った義理の妹。血のつながりはなくとも、世間的には兄妹。それを口にできるはずがないのだ。 真面目な漣が、決して正しいとはいえない関係を容認できるはずがない。私が彼の立場でも、そう考えただろう。 でも、その事実を知った瞬間、抑えきれないほどの嫉妬が胸を支配した。 ――朝比奈瑞希は、妹であるというだけで漣からの愛情を一身に受けている。 私は違う。必死に努力を重ねてようやく彼を振り向かせた。  彼の好みを調べて会話を工夫し、積極的に想いを伝え、会えないときは美容や体型管理を怠らず、連絡ひとつ取るにもタイミングを考え抜いた。数え切れないほどの労力を費やしてきた。 それなのに――彼女はただ妹という立場にいるだけで、漣から特別扱いされている。努力の対価ではなく、境遇で手にしている愛情。それが羨ましくて、そして憎らしくて仕方がなかった。 気が付けば、私は彼女を個人的に攻撃するようになっていた。 指導の範疇を超えているのはわかっていたけれど、止められなかった。  朝比奈さんが実習でつらい思いをしても、結局は漣が全力で守るだろう――そう思うと、むしろもっと追い込んでもいいような錯覚に陥っていた。 そして、もし彼女が泣きつけば、漣は必ず私と向き合うことになる。  その予感は的中した。妹を守ろうとする彼の優しさを利用して、期間限定とはいえ再び恋人という肩書を手に入れることができた。 けれど――彼の心は少しも揺らがなかった。仕事の忙しさを言
last updateLast Updated : 2025-09-22
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【26】④

 午前中の業務を終え、ようやく昼休憩の時間になった。 休憩室の扉を開けて足を踏み入れた瞬間、複数の視線が一斉にこちらへ向けられる。 その場にいた数人の看護師たちは、弁当を広げたり雑誌をめくったりしていた。私はとっさに小さく会釈を返す。 普段なら、同じような会釈が返ってきそうなところなのに――彼女たちは気まずそうに目を逸らし、黙り込んでしまった。「…………」 ここ数日、同僚たちの態度がどこかよそよそしい。 必要最低限の業務連絡はきちんと交わされるけれど、それ以上の会話はほとんどない。  以前なら休憩時間に他愛ない世間話をしていたはずが、まるで「なるべくかかわりたくない」とでも言うように距離を取られている気がする。 心当たりは――ひとつしかない。朝比奈さんへのハラスメント、とされている件。 上から呼び出しを受けたことを、同僚たちが直接知るはずはない。 だが、人の口に戸は立てられない。誰かが漏らした噂が少しずつ形を変えて広まり、気づけば外科全体に伝わってしまったのだろう。 それでも私は、自分が完全に悪だとは思っていない。 たしかに私情が混じっていた部分は否定できない。けれど、瑞希さんに間違ったことを教えた覚えは一度もない。 まだ現場経験のない学生にとって厳しいと感じられたかもしれないが、現場に出てから即戦力を求められることを考えれば、むしろ親切だったとさえ思う。 ――それがどうして「ハラスメント」などと呼ばれなければならないのか。 事情聴取でも、私はそう答えた。「私は間違っていません。あれは指導でした」と。 けれど、上からの反応は鈍かった。 『時間を置いて、もう一度あなたの考えを聞きます』――暗に「認めろ」と突きつけてきたのだと私は感じた。納得できるわけがない。 私は間違っていない。私はただ、漣のために。そして、どうしても手に入れたい
last updateLast Updated : 2025-09-22
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【26】⑤

 それから一週間。二回目の事情聴取を数日後に控えたある日、川原師長に小会議室へ呼び出された。「はっきりと言うわね。このままだと、あなたを処分しなければいけなくなる。……なんの話か、もちろんわかるわよね?」「朝比奈さんのハラスメントの件、ですよね」 師長が静かにうなずく。 今は時勢的にハラスメントにとても厳しい。院内でそういう事案が取り上げられた以上、病院としても精査して適切な対応を取らなければならないのだ。「証言も裏が取れているの。きちんと認めて、本人に謝罪すれば厳重注意で済ませられる。この病院で看護師として続けたいのなら……それしか道はないのよ」 説得の色を強める師長。私を救おうとしてくれているのは理解できた。でも――「師長が私のためにそう仰ってくださるのは理解しています。でも私は、ハラスメントだという認識はありません」「新庄さん」「何度お話をしても、答えは変わりませんので。申し訳ありませんが、失礼します」 頭を下げ、小会議室を出る。残された師長のため息が背中に突き刺さった。 ナースステーションに戻った瞬間、耳に入ってきたのは――同僚たちのひそひそ声。「ねぇ、新庄さん、また師長に呼び出されてたでしょ? けっこうヤバいって話じゃん」「そうそう。証言出てるのに、断固としてハラスメント認めないんだって。師長、頭抱えてたよ。面倒ごと背負って気の毒だよね」「正直、一緒に働く側からしても迷惑なんだよ。いっそ辞めてくれたら楽なのに」「でも本人は残れるつもりなのかな? 処分されたら、転職だって難しいでしょ」 その言葉に、思わず足が止まった。視線を上げると、同僚のひとりと目が合う。彼女がハッとしたように青ざめた。「あっ……と、そうだ、病室のシーツ替えに行かなきゃ」「私も、午後の点滴チェックがまだだったわ」
last updateLast Updated : 2025-09-23
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【26】⑥

 勤務後、スマホを見ると、漣からのメッセージが届いていた。『何度も申し訳ない。今夜、少し時間を取ってもらえないかな? 君と、きちんと話がしたい』 実家に手紙を送って以来、こんなふうに何度も連絡が来ている。 だけど、これまで一度も取り合わなかった。 どうせ彼が話したいことなんて決まっている。私がふたりの関係を暴露する手紙を、職場や朝比奈さんの就職先に送ること――それをやめさせたいだけだ。 脅しではなく、私は本気でやるつもりだった。ふたりが別れない限りは。「…………」 なのに、気付けば指が勝手に動いていた。『少しならいいよ。場所は?』 返事をしてしまった理由はわからない。きっと、心が弱っていたのだろう。 いま私は、職場で明らかに浮いている。 挨拶をしても視線を逸らされ、会話は必要最低限。昼休憩もひとりで過ごす。 気づけば孤独と不安に押し潰されそうになっていた。だから、漣に癒されたいと願ってしまったのだ。 その夜、待ち合わせたのはとなり駅のカフェ。夏に私が交際を迫った、因縁の場所だ。 店内は相変わらず落ち着いていて、ふたり掛けの席で向かい合う。「少し痩せた?」  漣が心配そうに眉を寄せる。「そう? ……仕事が忙しいからかもね」  適当に笑って返す。人間関係で傷ついているなんて、認めたくなかった。彼の前では、常に強く、ふさわしい自分でいたいから。 しかし、漣は静かにため息を吐き、私の虚勢を見抜いたように視線を落とした。「もうすぐ二回目の聴取だろう? 君自身のために、本当のことを話してくれ」「あなたも師長たちと同じことを言うのね。あれはハラスメントじゃない。ただ、思ったことを指摘しただけよ」「そんな理由が通らないことは、君だってわかってるはずだ。どう聞いても、やりすぎだっ
last updateLast Updated : 2025-09-23
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【26】⑦

「っ……」  ――目を覚まさなきゃいけないのは、私? 胸がざわつく。私の動揺を見透かすように、漣は続けた。「……今の君は、どう見たって冷静じゃない。俺は、君がもっと明るくて聡明な人だと知っている。俺が君を振り回してしまったせいで、こんなふうにさせてしまったのなら……本当に、申し訳ないと思う」 そのまなざしは優しすぎて、かえって痛い。「そんな、哀れむような目で私を見ないでよっ……」 声が震える。必死に取り繕おうとするけれど、感情は止まらない。「私はただ、あなたが好きなだけなの。過ちを犯してほしくないと思っただけ。私を見てほしいの。……その気持ちのどこが悪いの? なにが間違ってるって言うのよ!」  周囲の客の存在を考える余裕すらなかった。声を荒らげて訴えながらも、漣は首を横に振る。「そんなに俺を想ってくれることはありがたいよ。でも……それは愛情じゃない。相手を追い詰める気持ちは、ただの執着だ」 彼の言葉が心の奥深くに突き刺さり、息が詰まった。 ……言い返せない。心のどこかで、わかっていたからだ。 今の私を動かしているのは、漣への愛情そのものより、彼と瑞希さんを引き離さなければという焦り。奪われることへの恐怖だと。 確かに、それは愛じゃなく執着だった。 胸がぎゅうっと締め付けられるみたいに苦しい。 そんな現実から目を逸らしたくなるけれど、漣の瞳はまっすぐに私を射抜く。「今ならまだ引き返せる。君が大切にすべきものはなんなのか……よく考えて、それを守るんだ。そうしなければ、必ず後悔することになる」「……大切に、すべきもの……」 頼りない声が口を吐いて
last updateLast Updated : 2025-09-24
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【27】①

 十二月初旬。私は実習先だった聖南大附属病院の会議室にいた。 人事部から「病院スタッフによるハラスメントの件で、病院側と本人から正式に謝罪を行いたい」と連絡を受けたのだ。 新庄さんから厳しい指摘を受けていた件が問題視されていることは、漣くんからも聞いていたけれど――こうして改まって呼ばれると、胸の鼓動が早まって仕方がなかった。 会議室には、実習責任者の川原師長と人事部の担当者。そして正面には、新庄さん。 久しぶりに顔を合わせた彼女の表情は、重く、固い。今までの高圧的な態度とはまるで別人のように見えた。 病院側から謝罪の言葉が述べられたあと、新庄さんが立ち上がる。「このたびは、私の行き過ぎた発言のせいで、朝比奈さんに精神的な苦痛を与えてしまい、まことに申し訳ございませんでした」 深く頭を下げる彼女の姿に、私は動揺を隠せなかった。 ――本当に、あの新庄さん? そう思わずにはいられない。 人事担当者が続ける。 「本人も深く反省しておりますので、処分については厳重注意という形になりました。朝比奈さんにはご心配をおかけしましたが、今後も当院はハラスメントを一切許容いたしませんので、安心してください」「……承知しました。ありがとうございます」 私は小さくうなずいて頭を下げた。形式的なやり取りが終わり、ほっとしかけたそのとき。「あの……できればで結構なのですが、朝比奈さんとふたりきりでお話しさせていただけないでしょうか。自分の言葉で、直接謝罪をしたいのです」 唐突な申し出に、師長と担当者が同時に目を瞠る。「予定にない」と顔が物語っていた。 互いにアイコンタクトを交わし合ったあと、師長が私に視線を向ける。「朝比奈さんがよろしければ……どうですか?」「…………」 返事を急かされるなか、心が揺れた。 ――本当に謝罪が目的なのだろ
last updateLast Updated : 2025-09-24
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【27】②

「このたびは……本当に、申し訳ありませんでした」 新庄さんは再び立ち上がり、深々と頭を下げた。「指導の名のもとに、あなたに個人的な怒りをぶつけてしまった。傷つけてしまって……ごめんなさい」 頭を下げたままの声は震えていて、普段の彼女とはまったく違う響きがあった。心の底から反省していることが、表情や仕草から伝わってくる。「あの……もう、大丈夫です。さっき、師長たちの前でも謝罪をいただいたので」 小さくなって謝る彼女を見ていると、逆にこちらのほうが申し訳なくなってしまう。 私は立ち上がり、手を軽く上げて顔を上げるように促した。「私が謝らなければいけないことは、それだけじゃないの」 ゆっくりと顔を上げた新庄さんは、静かに首を横に振った。「漣を手に入れたくて……あなたに攻撃しないことを条件に、交際を迫った。あなたと漣が想い合っていると知ったとき、ご両親に暴露の手紙まで送った。このことも、きちんと謝りたかったの」 師長や人事担当者の前では話題にはしにくい。だから、ふたりきりで話したいと希望したのだろう。「私、あなたが羨ましかった。漣のことが好きで好きでたまらなかったのに、彼は別の女性を見ていた。……朝比奈さん、あなたのことを」 寂しげに揺れる瞳。マスカラがきれいに塗られた長いまつげが震え、やがて彼女は視線を落として言葉を続けた。「悔しかった。どうにかして取り戻したかった。だから正論を振りかざして、あなたたちの仲を裂こうとした。そうすれば、少しは漣がこちらを向いてくれるんじゃないかって……。でも、職場で孤立して、処分されそうになって、ようやく冷静になれたの。私はなにをしているんだろう、って」  新庄さんは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いたあと、記憶を辿るように瞳を細める。「
last updateLast Updated : 2025-09-25
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