こんな質問、無駄以外の何ものでもない。それでも、凌の勝手な憶測で面倒事になるのは避けたかった。「鈴香の社長よ」鈴香?凌はその名を知っていた。胸の奥で嫌な予感が芽生える。夕星は隠さず言った。「会社に来ないかと誘われたの」「見学させてもらったけど、規模は大きくないのに力はある会社だった」「だから承諾したわ」穏やかだった凌の表情が、じわじわと冷え切っていく。「認めない」夕星は一瞬ぽかんとした。この件で凌の許可を得ようとは思っていなかった。ただ伝えただけで、意見を聞くつもりなど最初からなかったのだ。「凌、私の席は雲和に譲ったから、自分の道を探すしかないでしょ」凌の唇が固く結ばれ、冷たい声が落ちる。「俺が養える」金持ちの妻が他人の下で働くなどありえない。夕星は冷えた目のまま窓の外を見た。凌が十人分の彼女を養えたとしても、だから何だというのか。二人の間の情なんて、とっくに擦り切れてなくなっている。いつ凌が離婚を言い出したっておかしくない。だから自分の足で立てるようにならなきゃならない。男なんか当てにならない。頼れるのは自分だけ。膝を叩いていた凌の指が止まる。「会社に戻ればいい」夕星は小さく笑い、真っすぐ凌を見た。「じゃあ、雲和は?」「サブディレクターの席に就けばいい」凌は淡々と言う。この配置が最善だと思ってる。「雲和が開発を担当して、お前は肩書きだけ。行きたくなければ休めばいい」その言葉に、夕星は思わず吹き出した。凌にとって、彼女が働きたいのは暇つぶしであって、香水への情熱など眼中にないらしい。「片岡さんとはもう話がついてるの」凌の提案は即座に突き返した。雲和の下になんて絶対につきたくなかった。「片岡さんは香水の知識がすごく深い人よ」「まだ二度しか会っていないけど、私の知己と呼べる人だと思う」文弥の話をする夕星の声は柔らかく、自然と敬意がにじむ。「知己」という言葉を使うあたり、彼への評価と好意の深さがよくわかる。凌の目に冷たい光が宿り、怒りがさらに募った。自分には冷ややかな態度なのに、別の男にはこんなふうに目を輝かせる。それが気に入らない。凌は彼女を腕の中へと引き寄せ、眉を吊り上げる。暗い瞳は、嵐の前の静けさのように張り詰めていた。「言っただろ。俺は反対だ
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