All Chapters of ~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中: Chapter 141 - Chapter 150

154 Chapters

~第二十二話⑦~ 朝井うさ子の宣言

「悠ちゃん、ごめんね」 うさ子は悠馬に頬ずりをする。赤い瞳から流れる涙が、悠馬の唇の奥にゆっくりと流れていった。「うさ子さん……」 悠馬のか細い声。「すぐに助けに行かなくてごめんね、ごめんね」 うさ子は悠馬に唇を重ねた。「やめて、何やってんの」 飛鳥の大声。うさ子はゆっくりと春樹たちを見回した。「最後の機会だ」 春樹たちが顔を見合わせる。「悠ちゃんにひどいことをしたことを認めよ。そうすれば何もなかったことにしてやる。悠ちゃんは心の優しい人間だ。お前たちを破滅させることなど望んではいない。お前たちが破滅すれば、自分のことのように悲しむだろう。私にはそれが分かっていた」 うさ子が悠馬の髪をやさしくなでる。頬をさする。「私には分かる。私は悠ちゃんの婚約者だからな」 うさ子の問題発言。「あなた、何言ってんの。取り消しなさい」 飛鳥が叫ぶ。「この女、頭おかしいんじゃないか? 陰キャラの婚約者だってさ」 龍が鼻で笑った。「何言ってんだ、この女」 「オレたちゃ何もしてねえ」 「痴漢やブルマを盗んだヘンタイを捕まえただけだ」 「オレたちは正義の味方なんだ」 「お前、ヘンタイのラスボスか?」 「消えろ、ババア」 「消えろ、消えろ」 鈴木たちの合唱。うさ子の瞳が血のような輝きと化した。「それがお前たちの返事か」 うさ子が悠馬を抱きしめたまま、一歩前に進み出た。「私はお前たちが憎い」 うさ子の声が重々しく響き渡った。「セレネイの先住民族の生き残りとして、ずっとムーン・ラット族の再興をめざしていた。卑劣なこともした。残忍なこともした。ずる賢いこともした。私はそういう人間だ。金星と冥王星を滅亡させ、女子ども構わず容赦なく虐殺した人間。それが私だ」 うさ子は悠馬に目を落とす。愛しくてたまらないといった純粋な瞳が悠馬に向けられる。  だが再び、うさ子の瞳が春樹たちに向けられたとき、そこには残忍な殺戮者の恐怖が漂っていた。「だが私は宇宙でただひとり、朝井悠馬を愛した人間として、卑劣で残忍でずる賢いお前たちを許さん。背後にいる人間もだ。エブリー・スタイン!」 ムーン・レーカーの司令室。ムーン・ラット・キッス抹殺を狙うエブリー・スタインはあわてて部下たちを呼んだ。「ムーン・ラット・キッスが現れた。直ちに司令室に集合せよ」 だが広
last updateLast Updated : 2025-11-22
Read more

~第二十二話⑧~ うさ子の変身

「私は卑劣で残忍でずる賢いムーン・ラット・キッスだ。女子どもも平気で虐殺してきた。何も後悔はしていない」 うさ子の瞳の輝きが増し、空地一面を真っ赤に照らし出す。空地が血の海に変わった。うさ子は悠馬を抱きしめたまま、もう一歩、前に進み出る。春樹たちは得体の知れない恐ろしさを感じ、思わず後ずさりする。「だが宇宙でただひとり、朝井悠馬だけには、それを知られたくなかった。私の正体を知られたくなかった。私は愛する人を助けるために、朝井うさ子の本当の姿をその人に見せなければならない。私はお前たちを絶対に許さない。お前たちの背後にいるエブリー・スタイン。貴様たちをひとり残らず滅ぼしてくれる」 うさ子が天を仰いだ。「第一変身」 春樹たちの前に、二m大の大きな白いウサギが出現した。白い毛に包まれた背には悠馬が座っていた。長い耳を握りしめている。  春樹たちが思わず四方に逃げ出す。犬たちも春樹の後を追う。「逃がすか。第二変身」 あたり一面が真っ赤に輝いた。空も大地もどす黒い赤に包まれ、血に覆われた異様な世界を作り出していた。  天地を揺るがすような咆哮が響き渡った。怒りと憎悪に満ちた激しい叫びだった。「ワワワワワワワーーッ」 春樹たちはその場に座り込んだ。恐怖のあまり、立ち上がることが出来なかった。  杉の木を遥かに超える巨大な姿がそこにはあった。  身長百mを超える巨大なウサギが、二本足で仁王立ちしていた。赤い瞳が春樹たちをじっと見下ろしている。口元が大きく歪み、まるで笑っているように見える。「皆殺しだ」
last updateLast Updated : 2025-11-23
Read more

~第二十二話⑨~ 殺戮開始

 ムーン・ラット・キッスの正体。その姿は、ただの巨大化したウサギではなかった。  長い耳は常に左右に旋回し、宙を切るすさまじい音を立てた。それは絶望の悲鳴にも聞こえた。春樹たちは、ムーン・ラット・キッスの耳の音を聞くだけで、耐えきれない恐怖に震えていた。  ムーン・ラット・キッスの目は激しくつり上がり、その怒りのすさまじさを春樹たちに知らせた。ムーン・ラット・キッスの瞳の色は流れ出る血、そのものだった。ムーン・ラット・キッスの瞳を見るとき、春樹たちは血の色が何と無気味なものかを思い知った。  大きな口の左右には、像のような長い牙が伸びていた。牙の先が鋭く光った。春樹たちには、まるで獲物を求めているように見えた。  そして四つの足には、シルバーに輝く長い爪が伸びていた。春樹たちは、この爪が、自分たちに向けられているように感じていた。  まさにウサギの姿をした魔物だった。  そして悠馬は? ムーン・ラット・キッスの頭部。ちょうど左右の耳の間の部分に、ちょこんと腰かけていた。いくらムーン・ラット・キッスが動いても、悠馬の座っている部分だけは少しも揺れなかった。悠馬は、まるで高級ソファにもたれているような安らかな思いだった。  ムーン・ラット・キッスの前方。必死で逃げ出す犬たちの姿がある。ムーン・ラット・キッスは見逃さなかった。  ゆっくりとムーン・ラット・キッスの左前足が伸びる。シルバーの爪の先端がフォレスト・キラー・ベアの背中を突き刺す。  肉を突き刺す鈍い音が、もうひとつの音声を奏でた。 キャイーン フォレスト・キラー・ベアの悲しげな鳴き声。爪が突き刺さった部分からは、ドロドロと血が流れ落ちていく。そのまま、ムーン・ラット・キッスは左前足を大きく上げた。爪に突き刺したままのフォレスト・キラー・ベアの胴体を、自分の左の牙に深く突き刺したのだ。  フォレスト・キラー・ベアの絶望の鳴き声が、オレンジの空に響き渡り、やがて消えた。夜が近い。ムーン・ラット・キッスの左の牙は真っ赤に染まっていた。  フォレスト・キラー・ベアは前後の足をバタバタと動かしていた。春樹たちに向かって、「助けてください」と哀願しているようだった。  だが春樹たちは、恐怖に震えた顔で、みじめに地面をはいつくばっていた。    ムーン・ラット・キッスが大きく口を開けた。そ
last updateLast Updated : 2025-11-24
Read more

~第二十二話⑩~ 凄まじい殺戮

「お前は悠ちゃんを苦しめた」 ムーン・ラット・キッスの叫びが大地を揺るがす。  ムーン・ラット・キッスの右前足の爪の先端が、タイガーの胴体を思いっきり突き刺す。タイガーの悲鳴の中、そのまま右前足を大きく前に振る。  タイガーの体が投げ出され、激しく地面に叩きつけられた。そのまま地面に半死半生の様子で横たわっている。  四本の足が奇妙な形に折れ曲がっている。四本とも全て骨折したのだ。タイガーが弱々しい鳴き声をあげる。  ムーン・ラット・キッスは容赦しなかった。  何度も右前足を振り下ろし、タイガーの胴体を突き刺す。血が噴水のように空高く飛ぶ。タイガーの虎の紋様はとっくに見えなくなっていた。真っ赤な犬に変わっていた。  両目が外へ飛び出ていた。  ムーン・ラット・キッスの最後の一突き。  春樹の顔面に真っ赤な塊が叩きつけられた。そのまま、春樹の足元に転がる。  春樹はハッキリ見た。  両目の部分が真っ黒な空洞になったタイガーの頭部がそこにあった。舌はねじれたまま、外に飛び出ている。切られた首の断面からは、血肉がシャワーのように流れていく。キャーーーーーーッ 春樹の泣き叫ぶ声がいつまでも続いた。  ムーン・ラット・キッスがニンマリと笑った。「村雨春樹、次は貴様の番だ。思い知るがよかろう」
last updateLast Updated : 2025-11-25
Read more

~第二十二話⑪~ ムーン・ラット・キッスの勝利の雄叫び

 ムーン・ラット・キッスの叫び。悠馬があわてて声をかける。「お願いです。人を殺すのはやめてください」 ムーン・ラット・キッスがニッコリとうなずく。「悠ちゃんは本当に心の優しい子だ。私はそんな悠ちゃんが宇宙で一番好きだ」 ムーン・ラット・キッスは悠馬に優しくささやくと、再び空地に目を向けた。  ムーン・ラット・キッスの目の前に、アダムスキー型円盤、戦闘用宇宙船ムーン・レーカーが巨大な姿を現した。「エブリー・スタイン。セレネイ王国が開発したとかという防御システム、ブラインドリバーシステムなど、とっくにこのムーン・ラット・キッスが解除した。ムーン・レーカーがどこに隠れているか? そして貴様や、ここにいる貴様の手先たちの交わした会話も全て、このムーン・ラット・キッスがキャッチした。悠ちゃんを罠にはめようとするお前たちの計画は、最初からすべて私のお見通しだったのだ。愚か者め」 巨大な戦闘型宇宙船、ムーン・レーカーを冷たく見下ろすのは、それよりも巨大なムーン・ラット・キッス。  司令室のエブリー・スタインは、自信喪失呆然自失。  その通りなのだ。透明だったはずのムーン・レーカーが空地にその姿をハッキリと現した。この事実は、ブラインドリバーシステムの敗北を意味していた。「お前たちは宇宙の誰よりも醜いキラーリたちと話をした内容を忘れたか? 私がお前たちの防御システムを解除することなど簡単だ。だが私はお前より長く生きている。解除するたびに激しくエネルギーを消費して疲労するということだ。私が防御システムを解除出来ないと云うのは、お前の根拠のない楽観主義に過ぎぬ」 エブリー・スタインはパニック状態だった。「司令室に集合。今すぐ集合」 エブリー・スタインの呼びかけも空しく、ムーン・レーカーには静寂が漂っている。  今こそ、セレネイの貴公子は見た。ドメル以下、ムーン・レーカーの乗組員も、そしてアマンまでもが、ムーン・レーカーから遠く離れ、空地の隅に立っていたこと。ムーン・レーカーを指さして何事か話しているのが見える。  そしてその中に、なぜかブレザーの制服姿のキラーリ公主の姿まで……。  つまりこの事実か示すという結論は?  ムーン・レーカーには、エブリー・スタインひとりだけしかいないという回答。  おごれる者は久しからず。  ついにエブリー・スタイン
last updateLast Updated : 2025-11-26
Read more

~第二十二話⑫~ 悠馬の母と荒川先生が到着

 ちょうどそのときだった。 荒川先生の運転する車が国道側の空地から空地に到着。 荒川先生と悠馬の母の芽衣が見た光景とは? 地面に座り込んで震えている春樹や龍、取り巻きたちのみじめな姿。 そして巨大なウサギの姿となったムーン・ラット・キッスと戦闘型宇宙船、ムーン・レーカーの姿だった。 ふたりはあわてて車から下りる。芽衣が春樹と龍に気がつく。「あのふたりは……。村雨さんのお孫さん。どうしてここに? それに悠馬は……」 そして次の瞬間、「あれはセレネイ人」 芽衣は思わず大声で叫んでいた。荒川先生は芽衣の言葉にハッとしてムーン・ラット・キッスの巨大な姿を見つめる。 みなさん。荒川先生が悠馬の母、芽衣と交わしていた会話を思い出して欲しい。 ……………………………………………………………………………………「天王星を発見したウィリアム・ハーシェルの息子でイギリスの天文学者、ジョン・ハーシェル(1792~1871)は『月の人類』の中で、ハッキリ、月に住むセレネイ人とテレバシーで語り合ったと言っている。セレネイ人は、『自分の目はどんなに遠いものでも見えるし、どんな遠いところでも音声が聞こえる。今、私にはあなたの顔がハッキリ見える。何か飲み物をすする音もハッキリ聞こえる』とテレバシーで語ったそうよ」「セレネイ人は、月からハーシェルの姿が見えた。それにハーシェルの声も……。そんなことがあり得るのでしょうか?」「研究家の間でも色々な意見があるの。アメリカの天文学者、サイモン・ニューカム(1835~1909)はこう書いているわね。『セレネイ人は、まず遠近を切り替える目で目標物を定め、次に目標物とその周辺から発せられる音声を耳でとらえるのではないか』」 ふたりは、ハーシェルが描いたというセレネイ人の絵に目をこらしていた。 絵を見ていた芽衣が思い出したように言った。「明日、家政婦に家の中を大掃除して貰う。あのウサギも外のウサギ小屋に移して貰うから」 ハーシェルが描き残した絵。 それは巨大なウサギの姿だったのである。 芽衣は空地の隅に立つ人々にも気がついていた。もちろん名前までは分からない。セレネイ王国のキラーリ公主やアマンたちである。彼らは先住民族であるムーン・ラット族に代わって月を支配した新しいセレネイ人だったのである。(それにしても悠馬は? 
last updateLast Updated : 2025-12-01
Read more

~第二十二話⑬~ エブリー・スタインの悲惨な末路

 そしてムーン・ラット・キッスは、その巨大な体を、ムーン・レーカー号に向かって一歩、一歩近づいて行った。 ムーン・レーカーの司令室の窓からは、キッス女王がすぐそばまで迫ってくるのがハッキリと見えた。 エブリー・スタインは生きた心地もない。窓に顔を近づけて、必死で外のキッス女王に呼びかける。「ヒ~~~~~、やめましょう。戦いはいけません。一番愚かな行為です。わ、わ、わ、私は、へ、へ、平和主義者です。戦争反対! 宇宙はひとつ。仲よく手をつなぎましょう」 これが地球総攻撃だの、ムーン・ラット・キッス暗殺を叫んでいた同じ人間だろうか? こんなに節操がなくて果たしていいのでしょうか?「ヒエ~~~~~、何でもしますからお許しください。ぼくちゃんのサイン入りブロマイドはいかがでしようか? そ、そうだ。僕の体を、僕の全てをあなたに差し上げま~す。裸の愛を、どうか、受け止めてください」 この情けない叫びは、空地の隅にいるキラーリ公主にも無論聞こえていた。丸いコンパクト型の受信機片手に、キラーリ公主は怒りに震えている。「何と見苦しい。こんな男、私には何の関係もない。私の後継者、側近だと……。絶対に認めないから」 キラーリ公主は不機嫌な表情で、キッス女王に追い詰められるムーン・レーカーを見つめている。「弟よ、さらばだ。私には悠馬くんがいる。心配するな」 アマンの顔色が変わる。思わずキラーリ公主の耳を引っ張る。「セレネイ王国の摂政が、一体、何言ってるんですか?」「黙れ。セレネイのためにも悠馬くんが必要なのだ」「セレネイじゃなく、あなた自身が必要なんでしょう」「無礼な。私は公主だ。摂政だ。無礼を働くと軍法会議にかけるぞ」「権力ふりかざした今の言葉、ぜ~んぶ悠馬くんに聞かせますから」「ダメッ」 
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

~第二十二話⑭~ さらばエブリー・スタイン

 ムーン・ラット・キッスがゆっくりと前足を伸ばす。 エブリー・スタインは、セレネイ自慢の戦闘型宇宙船、ムーン・レーカーに向かって、巨大な前足がゆっくりと近づいてくるのを、目を見開いて迎えるだけだった。 ムーン・ラット・キッスの二本の前足が、ムーン・レーカーをがっしりと掴んだ。「ヒエ~~」 エブリー・スタインの悲鳴。司令室の窓の外。ムーン・ラットのつりあがった赤い目と大きな牙が、すぐそこにあった。 キッス女王の手の中で、ムーン・レーカーが大きく揺れる。エブリー・スタインの体が床を転げまわる。必死で司令室の柱にしがみつく。 窓の外には、キッス女王の血のように赤い瞳が広がっていた。赤い瞳が炎のように燃えている。 エブリー・スタインは柱にしがみついたまま、顔面を引きつらせている。顔は涙でベチョベチョ。もはやイケメンモードはマイナスモード。ただの見苦しいオジサンと化している。「助けて! 僕、関係ないんです。みんな姉のキラーリと悪党のアマンの命令なんです。僕、最初からあなたを攻撃することには大反対してたんです」 百%フェイクです。受信機でエブリー・スタインの叫びを聞いたキラーリ公主は、怒りを通り越して呆れ顔。アマンやドメルと顔を見合わせている。「エブリー・スタイン。ウソは許さん」 キッス女王が重々しく宣言する。「お前の言葉を、私はひとつ残らず、この耳で聞いた。お前は老いぼれの私を暗殺したくてしかたなかったのだろう」 エブリー・スタインは口をパクパク。「それはその、僕、心の中で反対してたんです。ホントです」 ムーン・ラット・キッスは、二本の前足を使い、ムーン・レーカーをグルグルと回し始める。「やめて、やめて! 怖いよ。助けて~~。姉上! アマン様! ドメルのオジサマ。助けてください。もう悪いことはしません。約束します。いい人になります」 ムーン・レーカーの司令室に、エブリー・スタインの絶叫が響き渡る。 司令室のコンピュータをはじめとする装置が火花を放ち始める。司令室のあちこちから爆音が響き渡る。 天井に亀裂が入る。強靭な圧力にも耐える筈の宇宙船の窓が、あっという間に粉々に砕け散る。 天井と床が崩落を始めた。エブリー・スタインには、もはやどうすることも出来ない。 ムーン・レーカーが、ムーン・ラット・キッスの両手から離れる。 そのままムー
last updateLast Updated : 2025-12-03
Read more

~第二十二話⑮~ 再び姿を現した朝井うさ子だよ~

 そして空地では、信じられない光景が広がっていた。広場を占領していたムーン・ラット・キッスの巨大な姿がいつのまにか消えていた。 この光景を見つめていた悠馬の母親の芽衣と荒川先生は顔を見合わせた。 芽衣が思い出したようにスマホを取り出す。「しまった。撮影するのを忘れていた」 悔しそうに唇を噛む。 空地の地面にも変化があった。犬たちの血肉や骨が一瞬で見えなくなっていた。 ムーン・ラット・キッス出現の証拠は、この空地からは完全に消滅したのである。少し離れたところでは、春樹や龍たちがみじめな様子で座り込んでいる。「村雨社長の息子さんね」 芽衣が笑顔を向けた。「私、朝井芽衣。あなたがたのお祖父さまには、仲よくさせて頂いているの。大変光栄に思っています。あなたがたのお父さんにもお会いしたことがあります。」 春樹の顔色が真っ青になった。悠馬の母親が天文学者であることは知っていたが、祖父の知り合いとは全く知らなかったのである。祖父が設立した「ハピー」のホームページをきちんと見ていなかった結果が訪れようとしていた。 春樹も龍は全てを悟った。うさ子の言葉を全て思い出したのである。 うさ子は、祖父や悠馬の母に春樹と龍の暴走を止めさせようとしていたのだ。 哀れな兄弟の目に、見覚えのある車が見えた。父と祖父を乗せた車が空地に入ってきたのだ。そしてその後からは、二台のパトカーと、二台のバン・パトカー。「悠くんのお母さん、荒川先生」 飛鳥が声をかけてくる。すぐにふたりの前に立つ。「悠くんはどこへ? 私、悠くんのことが心配で。元はといえば、私が村雨くんたちに嫌がらせをされたのが原因なんです」 母親と先生の前なのに、思わず「悠くん」と叫んでいた。芽衣と荒川先生は顔を見合わせ、やがて苦笑いをした。飛鳥の表情には悠馬を心配している様子が、心から表われていた。荒川先生は、思わず飛鳥に駆け寄り。両手を握っていた。「きっと大丈夫。あなたがいるんだから」 飛鳥は頬を赤らめた。「お嬢さん、悠ちゃんはここ」 聞き覚えのある声がした。 振り返ると、朝井うさ子が悠馬をお姫様抱っこして立っていた。うさ子が悠馬をそっと地面に立たせる。「遠山さん、心配させてごめんなさい。僕のために、色々とご迷惑をかけました。それにお母さんや荒川先生まで、本当にご心配かけました」 悠馬は頭を下
last updateLast Updated : 2025-12-04
Read more

~第二十二話⑯~ 悪人たちの末路

 再度、繰り返そう。 ムーン・ラット・キッスの赤い瞳は遠近を変換して、遥か彼方の惑星の光景を見ることが出来る。 ムーン・ラットの長い耳は、遥か彼方の惑星の音声を聞くことが出来る。 ムーン・ラット・キッスは、自分の耳で聞いた音声を保存できる。そしてそれをいつでも再生して編集出来る。 さらにムーン・ラット・キッスの赤い瞳は、自分の目で見た光景もそのまま保存、再生、編集することが出来る。と、云うことは……。 朝井うさ子こと、ムーン・ラット・キッスはICレコーダーとデジタルカメラを取り出した。「ここにいる卑劣なクラスメイトたちが、私の婚約者を破滅させようとしていることぐらい、私、何もかも知っていました。興信所を使って、この人面獣心のクラスメイトたちの会話や行動を音声や動画に保存していました。今、この場で、村雨くんのお父さんとお祖父さんも立ち会って確認してください。まだ彼らが言い逃れをするようなら、私、いくらでも証拠を提出します」 村雨兄弟の春樹と龍に引導が渡された瞬間だった。ふたりはガックリと地面に突っ伏した。 音声と動画が再生されている間、ふたりが顔を上げることはなかった。悪の兄弟に、ついに破滅の時が来たのである。もう二度と悠馬を苦しめることはないだろう。 
last updateLast Updated : 2025-12-05
Read more
PREV
1
...
111213141516
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status