All Chapters of 花紋の少年と魔法図書館: Chapter 61 - Chapter 70

90 Chapters

嘘の言語と真実の心

無音図書館を後にして五日後。八人は奇妙な街に到着した。その街は『偽語市』と呼ばれ、住人たちが常に嘘をつくという不思議な場所だった。「いらっしゃいませ、まずいものばかり売ってますよ」食料品店の店主が笑顔で言う。八人が戸惑っていると、店主は続けた。「本当は美味しいものばかりなんですけどね」「この街では、本当のことを言っちゃいけないんです」「なぜ?」セリアが不思議そうに問う。「『真実禁止令』があるんです」店主が小声で説明する。「街の支配者『偽語王』が定めた法律で、真実を語ると罰せられます」街を歩くと、確かにおかしな光景が広がっていた。「今日は良い天気ですね」と言いながら、土砂降りの雨を避ける人々。「この店は不味い」と言いながら、美味しそうに食事をする客たち。「会いたくなかった」と言いながら、嬉しそうに抱き合う友人たち。すべてが逆さまの世界。「これは……混乱するわね」エスティアが頭を抱える。『本音が分からなくなります』ティオの心の声も困惑している。八人が街の中央広場に着くと、そこには豪華な宮殿があった。門には「偽語王の宮殿」と書かれている。その時、宮殿から華やかな音楽が聞こえてきた。八人が近づくと、衛兵が立ちはだかる。「止まれ。君たちは通行を許可する」衛兵が言う。「え、通れるってこと?」トアが混乱する。「いや、通れないってことだな」ユウリが理解する。すると、宮殿の扉が開き、華やかな服装の男性が現れた。金色のマントを纏い、宝石で飾られた王冠をかぶっている。「ようこそ、みすぼらしい旅人たちよ」男性——偽語王フォルサスが言う。八人は立派な服を着ているので、これも嘘だと分かる。「私は偽語王フォルサス」「君た
last updateLast Updated : 2025-10-02
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逆さまの世界

真語市を後にして一週間後。八人は奇妙な現象に遭遇した。空を見上げると、雲が地面の方へ流れている。いや——違う。彼らが立っているのは、普通の大地ではなかった。「これは……」セリアが足元を確認する。彼らは今、巨大な鏡のような地面の上に立っていた。上下の感覚が曖昧になり、めまいがしてくる。「気持ち悪い……」トアがバランスを崩しかける。ユウリが彼女を支えながら、周囲を見回した。遠くに街が見えるが、その建物はすべて逆さまに建っている。塔の先端が地面に突き刺さり、土台が空に向かって伸びている。「『逆転市』だ」カイが資料を確認する。「以前から噂は聞いていたが、本当に存在したのか」「逆転市?」マリナが首を傾げる。「すべてが逆さまになっている街さ」カイが説明する。「上下、前後、善悪、真偽——あらゆる概念が反転している」『危険な場所ですね』ティオの心の声も警戒している。慎重に街へ近づくと、人々が逆さまに歩いているのが見えた。正確には、彼らの「上」が八人とは違うのだ。「こんにちは」逆さまの商人が、地面に向かって頭を下げる。つまり、八人の視点では上に向かってお辞儀をしている形だ。「こんにちは……」エスティアが戸惑いながら応じる。「珍しいね、『正立者』が来るなんて」商人が笑う。「この街では、君たちの方が逆さまだよ」確かに、街の住人から見れば八人の方が天井に立っているように見えるのだろう。「この街のルールを教えてあげよう」商人が続ける。「ここでは、『下』が『上』で、『左』が『右』」「『はい』は『いいえ』で、『美しい』は『醜い』」「『愛してる』は『憎んでる』」「ややこしいわね……」セリアが頭を抱える。「慣れれば簡単さ」商人が手を振る。「さあ、街を案内しよう」街の中心部に入ると、さらに混乱する光景が広がっていた。店では客が代金を受け取り、店主が商品を買っている。学校では生徒が先生に教え、先生が勉強している。病院では医者が患者に治療され、患者が医者を診察している。「これは……おかしい」トアが困惑する。「おかしくないよ」通りすがりの少女が言う。「これが普通なんだから」八人が広場に到着すると、そこで奇妙な裁判が行われていた。裁判官が被告席に座り、被告が裁判官席に座っている。「被告は無罪です!」
last updateLast Updated : 2025-10-03
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声なき者の街

共存市を後にして四日後。八人は奇妙な静寂に包まれた街へ辿り着いた。街の入り口に立った瞬間、すべての音が消えた。風の音も、鳥の声も、八人自身の足音さえも。「また無音の場所……?」セリアが口を動かすが、声は出ない。しかし、無音図書館の時とは何かが違う。あの時は魔法的な静寂だったが、今回は——『これは、自然な無音です』ティオの心の声だけが響く。『魔法ではなく、人々が自ら声を出さないのです』街に入ると、住人たちが手話やジェスチャーで会話している光景が広がっていた。しかし、彼らは無音図書館の人々とは違って、笑顔で活き活きとしている。一人の少女が八人に気づき、笑顔で手を振った。そして、手話で何かを伝えようとする。『彼女は「ようこそ」と言ってます』ティオが通訳する。少女が八人を街の中心部へと案内する。そこには広場があり、多くの人々が集まっていた。広場の中央には舞台があり、一人の青年が演技をしている。声は出さないが、身体の動き、表情、手の仕草だけで物語を語っている。観客たちは無言で拍手——手を高く掲げて、手のひらを広げたり閉じたりする独特の仕草——を送っている。「美しい……」トアが感動する。声は出ないが、唇の動きで分かる。『この街は「沈黙市」と呼ばれています』ティオの心の声が続く。『声を失った人々が集まり、作った街です』その時、広場の一角に立つ老人が八人に近づいてきた。白いローブを纏い、穏やかな表情をしている。彼が手話で自己紹介すると、ティオが通訳した。『この方はサイレントマスター・ヴォイス』『沈黙市の創設者だそうです』ヴォイスが手話で説明を始める。『この街の住人は、皆何らかの理由で声を失いました』『病気、事故、魔法の失敗——理由は様々です』『でも、私たちは絶望しませんでした』『声がなくても、言葉は伝えられると気づいたからです』確かに、街の人々は幸せそうだった。手話や表情、身体全体を使って、豊かなコミュニケーションをしている。ヴォイスが八人を特別な建物へと案内する。それは「表現の館」と呼ばれる施設だった。館内には、様々な「声なき表現」の作品が展示されていた。絵画、彫刻、舞踊の記録、そして——「これは……」エスティアが一つの作品の前で立ち止まる。それは、言葉を視覚化した芸術作品だった。文字
last updateLast Updated : 2025-10-04
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時を読む者

多様表現市を出て三日後。八人は時間の流れがおかしい場所に迷い込んだ。朝が来たかと思えば、すぐに夜になる。季節が目まぐるしく変わり、木々は一瞬で芽吹き、枯れ、また芽吹く。「これは……」セリアが困惑する。「時間が歪んでる」『魔法の影響ですね』ティオの心の声も不安げだ。八人が慎重に進むと、不思議な建物が現れた。それは巨大な時計塔だったが、時計の針がでたらめな方向を指している。ある針は逆回転し、ある針は高速で回転し、ある針は完全に停止している。「時計塔……?」トアが見上げる。塔の入り口には「時読館」と書かれたプレートがあった。扉は開いており、中から柔らかな光が漏れている。八人が中に入ると、そこは図書館のような空間だった。しかし、本棚に並んでいるのは普通の本ではない。それは「時間の書」——過去、現在、未来の出来事が記された魔法の書物だった。「これは……タイムライン?」エスティアが一冊を手に取る。本を開くと、ある人物の一生が映像として浮かび上がった。誕生から死まで、すべての瞬間が記録されている。「すべての人の時間が、ここに記録されてるの?」マリナが驚く。「その通りです」奥から声が響いた。現れたのは、砂時計のような髪飾りをつけた女性だった。年齢は不詳——若くも老いても見える、不思議な存在感。「私は『時読者』クロノア」女性が微笑む。「すべての時間を読み、記録する者です」「すべての時間を……?」ユウリが驚く。「はい」クロノアが本棚を指差す。「過去に起きたこと、現在起きていること、そして未来に起きることまで」「未来も?」セリアが目を見開く。「もちろんです」クロノアが別の本棚へ移動する。「こち
last updateLast Updated : 2025-10-05
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色彩を失った街

時読館を後にして六日後。八人は不思議な現象に遭遇した。風景から色が消えていく。最初は少しずつだった。花の赤が薄くなり、空の青が白っぽくなり、木々の緑が灰色に変わっていく。「これは……」セリアが周囲を見回す。「色が消えてる」歩みを進めるほどに、世界はモノクロームになっていった。そして、ついに完全に白黒の世界に到達した。「色が……一つもない」トアが驚く。そこには街があったが、すべてが白黒だった。建物も、人々も、空も、地面も——すべてが灰色の濃淡で構成されている。「『無彩市』へようこそ」声が聞こえて振り向くと、灰色の服を着た男性が立っていた。彼の肌も髪も、すべてが白黒の諧調で表現されている。「私は案内人のグレイ」男性が淡々と言う。「ここは色を捨てた人々の街です」「色を捨てた?」ユウリが問う。「はい」グレイが街を指差す。「この街の住人は、自らの意志で色覚を放棄しました」『なぜそんなことを?』ティオの心の声が疑問を投げかける。「色は、人々を惑わすからです」グレイが説明を始める。「赤は怒りを、青は悲しみを、黄色は嫉妬を連想させる」「色があるから、人は感情に振り回される」「だから色を捨てたの?」マリナが信じられない表情をする。「そうです」グレイが頷く。「色のない世界では、すべてが平等です」「美しいも醜いもない。ただ、形だけが存在する」八人が街の中を歩くと、住人たちは確かに穏やかだった。しかし、その表情には生気がない。感情の起伏が完全に失われているようだった。「みんな……人形みたい」トアが小声で呟く。街の中央には、巨大な白黒の塔が立っている。「無彩塔」と呼ばれる建物で、この街の支配者が住んでいるという。八人が塔に近づくと、扉が自動的に開いた。中も当然すべて白黒だった。最上階に上がると、そこに一人の女性が座っていた。完璧な白黒の美しさを持つ、冷たい雰囲気の支配者。「ようこそ、色を持つ者たちよ」女性——無彩塔の主「モノクローマ」が言う。「珍しいわね。この街に色のある存在が来るなんて」確かに、八人だけが色を持っていた。白黒の世界の中で、彼らの色鮮やかな服や髪が異様に目立つ。「なぜこの街から色を奪ったの?」セリアが問う。モノクローマの表情が暗くなる。「私は……かつて色に苦しめら
last updateLast Updated : 2025-10-06
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記憶を喰らう図書館

虹彩市を後にして五日後。八人は荒涼とした砂漠の中に、ぽつんと立つ建物を見つけた。それは古めかしい図書館だった。しかし、近づくにつれて奇妙な感覚に襲われる。「あれ……私、何しに来たんだっけ?」トアが首を傾げる。「え? 旅してるんでしょ」セリアが答えるが、自分でも自信がない。『おかしいです』ティオの心の声が警告する。『記憶が……曖昧になっています』八人が立ち止まり、必死に思い出そうとする。旅の目的は……仲間の名前は……自分が誰だったか……すべてが霧の中のように曖昧だ。「この図書館が原因だ」ユウリが気づく。「近づくほど、記憶が失われていく」確かに、図書館から離れると記憶が少しずつ戻ってくる。しかし、図書館の入り口には「助けて」というメッセージが書かれていた。「誰かが中にいる」カイが決意する。「助けに行かなきゃ」「でも、記憶を失うわよ」エスティアが心配する。「なら、互いを思い出させ合えばいい」ユウリが仲間を見る。「俺たちの絆なら、記憶が消えても繋がってられる」八人が手を繋ぎ、図書館へ近づいていく。記憶が薄れていくが、手を繋いでいる感触だけは確かだ。図書館の扉を開けると、中は薄暗かった。本棚が並んでいるが、本ではなく光る球体が収められている。「これは……記憶の結晶?」セリアが一つを手に取る。球体に触れた瞬間、見知らぬ記憶が流れ込んできた。ある老人の幸せな思い出——家族との団欒、初恋の記憶、子供の頃の冒険。「この図書館は、人々の記憶を収集してる」エスティアが咎読で真実を読み取る。奥から足音が聞こえ、痩せた男性が現れた。ローブを纏い、虚ろな目をしている。「ようこそ……記憶図書館へ……」男性——「
last updateLast Updated : 2025-10-07
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感情を数値化する街

思い出の家を後にして一週間後。八人は奇妙な光景に出会った。街の入り口で、人々が機械のような装置を額に装着されていた。装置には数字が表示されている。「幸福度72%」「悲しみ度15%」「怒り度3%」すべての感情が、数値化されていた。「これは……」セリアが驚く。「『計測市』へようこそ」案内人の女性が無表情で言う。「ここでは、すべての感情が科学的に管理されています」女性の額にも装置が付いており、「幸福度58%」と表示されている。「感情を数値化?」ユウリが首を傾げる。「はい」女性が説明を始める。「人間の感情は曖昧です」「だから、正確に測定し、管理する必要があるのです」八人が街に入ると、至る所に「感情測定器」が設置されていた。人々は定期的にそれで自分の感情を測定し、記録している。「あなたの幸福度は基準値を下回っています」「治療施設へ向かってください」機械音声が一人の男性に告げる。男性は素直に従い、「幸福治療センター」と書かれた建物へ入っていく。「治療?」トアが不安そうに見つめる。街の中心部には巨大なモニターがあり、街全体の「平均感情値」が表示されていた。「本日の平均幸福度:65.3%」「本日の平均不安度:18.7%」「感情バランス:良好」「気持ち悪い……」マリナが顔をしかめる。その時、八人の前に白衣の男性が現れた。彼は「感情管理局長」の名札をつけている。「ようこそ、計測市へ」局長——名は「カルキュラス」——が機械的に微笑む。「あなたたちも、感情測定を受けてください」「断る」ユウリがきっぱりと言う。「なぜ?」カルキュラスが首を傾げる。「感情測定は、市民の義務です」「俺たちは市民じゃない」カイが反論する。「それに、感情を数値化するなんておかしい」セリアが続ける。カルキュラスの表情が険しくなる。「おかしい? 何がおかしいのですか?」「感情は脳内物質の分泌量で決まる」「それを測定し、最適化することの何が問題ですか?」『感情は、数字じゃありません』ティオの心の声が響く。「数字です」カルキュラスが断言する。「すべては測定可能です」彼が魔導書を開くと、八人の周囲に光が現れた。強制的に感情を測定しようとする魔法だった。しかし、測定器が八人の感情を読み取ろうとすると——「エラ
last updateLast Updated : 2025-10-08
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過去を編集する者

共感市を後にして四日後。八人は不思議な建物の前に立っていた。それは「過去編集所」と呼ばれる施設だった。看板には「あなたの辛い過去、消します」と書かれている。「過去を消す……?」ユウリが眉をひそめる。建物の中に入ると、待合室には多くの人々が座っていた。みんな暗い表情をしている。「いらっしゃいませ」受付の女性が機械的に微笑む。「過去編集のご予約ですか?」「いえ、見学に……」セリアが答えかける。その時、奥から悲鳴が聞こえた。「やめて! その記憶は消さないで!」八人が駆けつけると、そこでは一人の少年が施術台に縛られていた。白衣の男性が魔法の装置を少年の頭に向けている。「落ち着いてください」男性が冷静に言う。「辛い記憶を消すだけです」「でも……その記憶には、大切な人との思い出も……」「辛い部分だけを選択的に消去します」男性が装置のスイッチに手をかける。「待て!」ユウリが叫ぶ。男性が振り向く。彼は「記憶編集技師長」の名札をつけていた——名は「リライター」。「何の用ですか?」リライターが無表情で問う。「過去を消すなんて、間違ってる」ユウリが前に出る。「間違っていない」リライターが反論する。「辛い過去は、人を苦しめるだけです」「消してしまえば、楽になれます」「でも、過去は過去よ」セリアが言う。「消してしまったら、その人じゃなくなる」「構いません」リライターが装置を起動しようとする。「新しい自分になれます」その時、エスティアの咎読が真実を読み取った。「待って……この人、強制されてる」「本当は記憶を消したくないのに……」確かに、少年
last updateLast Updated : 2025-10-09
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完璧を強いる街

記憶と共に生きる相談所を後にして七日後。八人は異様な静けさに包まれた街へ足を踏み入れた。街の入り口には、大きな看板が立っている。『完璧市——ミス、禁止。欠点、排除。完全なる調和の街』「完璧市……?」ユウリが眉をひそめる。街に入った瞬間、八人は違和感を覚えた。建物の配置が完璧に整然としている。すべての窓が同じ大きさで、同じ間隔で並んでいる。道路には一粒の塵もなく、街路樹は完璧に剪定されている。「なんだか……息苦しいわね」セリアが周囲を見回す。通りを歩く人々も、不思議だった。全員が同じリズムで歩き、同じ角度でお辞儀をし、笑顔さえも同じ角度で作られている。「こんにちは」一人の住人が八人に近づいてくる。その笑顔は完璧だが、どこか機械的だ。「完璧市へようこそ。私は案内人ナンバー237です」「この街では、すべてが完璧に管理されています」「ナンバー……? 名前じゃないの?」トアが不思議そうに問う。「名前は不完全です」案内人が説明する。「発音の誤差、記憶の曖昧さが生じます」「番号なら、完璧に識別できます」『それは……』ティオの心の声も困惑している。案内人が街を案内し始める。学校では、生徒たちが完璧に整列し、一糸乱れぬ動きで授業を受けている。工場では、機械のように正確な動きで作業が進められている。公園では、子供たちさえも決められた遊び方を完璧に実行している。「自由に遊んでないのね……」マリナが悲しそうに見つめる。その時、一人の少女が転んだ。膝を擦りむき、泣きそうになっている。すると——「警告! 規則違反発生!」サイレンが鳴り響き、白い制服を着た「完璧監視官」たちが現れた。「転倒は不完全行為です」監視官が少女に近づく。「ただちに矯正施設へ」「待って!」トアが駆け寄る。「転ぶのは事故よ。誰にでもあることじゃない」「事故も不完全です」監視官が冷たく言う。「完璧な市民は、転びません」少女は涙を流しながら、監視官に連れて行かれた。「ひどい……」セリアが怒りを込める。「ひどくありません」案内人が無表情で言う。「これが完璧市の秩序です」八人が街の中心部に到着すると、そこには巨大な白い塔が立っていた。『完璧の塔』と呼ばれる建物で、街の支配者が住んでいるという。塔の前では、多くの市民が「完璧
last updateLast Updated : 2025-10-10
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夢を喰らう街

調和市を後にして五日後。 八人は霧に包まれた不思議な街に辿り着いた。 街の入り口には「夢郷市」という看板が立っている。 しかし、近づくにつれて奇妙なことに気づいた。 街の住人たちが、歩きながら眠っている。 「これは……夢遊病?」 セリアが驚く。 確かに、人々は目を閉じたまま歩き、話し、作業をしている。 店主は眠りながら商品を売り、子供たちは眠りながら遊んでいる。 「おかしいわね……」 トアが一人の女性に声をかける。 「すみません、大丈夫ですか?」 女性はゆっくりと振り向くが、目は閉じたままだ。 「ええ、大丈夫ですよ……とても良い夢を見ているの……」 女性が幸せそうに微笑む。 『夢の中にいるんですか?』 ティオの心の声が問いかける。 「ええ。『夢の主』様が、私たちに最高の夢を見せてくださるの」 女性が恍惚とした表情で答える。 「起きたいとは思わないの?」 エスティアが心配そうに問う。 「起きる? なぜ?」 女性が不思議そうに首を傾げる。 「現実より夢の方が、ずっと素晴らしいもの」 八人が街の中心部へ進むと、そこには巨大な塔が立っていた。 『夢の塔』と呼ばれる建物で、塔の周囲からは虹色の霧が立ち上っている。 「あの霧が、人々を眠らせているのね」 セリアが咎読で分析する。 「夢を見せる魔法が含まれてる」 その時、塔の最上階から声が響いた。 「ようこそ、夢郷市へ」 現れたのは、豪華な衣装に身を包んだ若い男性だった。 金色の髪に緑の瞳、優雅な立ち振る舞い。 「私は『夢の主』ドリームロード」 男性が芝居がかった仕草で自己紹介する。 「この街の住人に、永遠の幸福を与える者です」 「永遠の幸福?」 ユウリが眉をひそめる。 「そう。現実は辛いことばかりでしょう?」 ドリームロードが同情的に言う。 「貧困、病気、失恋、失敗——すべてが苦しみの連続」 「だから、私が夢の中で幸せにしてあげるのです」 彼が手を広げる。 「夢の中では、誰もが成功者。誰もが愛される。誰もが幸福」 「でも、それは偽物の幸せよ」 トアが反論する。 「偽物? いいえ」 ドリームロードが首を振る。 「夢の中の幸福も、本人が感じれば本物です」 「脳は夢と現実を区別できません」 確かに、住人たちは幸せそうだった。 夢の中で
last updateLast Updated : 2025-10-11
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