All Chapters of 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。: Chapter 561 - Chapter 570

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第561話

「おい、要。俺の話を聞いてるのか?」大地は要の手から書類をひょいと取り上げた。「もう三十分もこれを見てるじゃないか。お前をここまで悩ませるなんて、一体どんな難題なんだ?」大地が書類を見ると、なんとそれは白紙だった。驚いていると、要がふと顔を上げた。その視線を追うと、ドアの前に天音が立っていた。「何だよ!こんなに遅くまで起きてると思ったら、そういうことか。なるほどな……」天音を待ってたわけか。あの何事にも動じないはずの要が、天音の一挙手一投足にこれほどまで心をかき乱されるとは、大地は思いもしなかった。結局、男は綺麗な女には勝てないってことか?大地は眉をひそめる。それにしても、天音はあまりにも無神経すぎるだろ。「おい、うちの要のことをちゃんと旦那だと思ってるのか?子供を連れて元夫に会うなんて大事なことを、要にひと言も相談しないなんてな」大地の厳しい言葉に、天音が顔をこわばらせる。要が不快そうに口を開いた。「出ていけ」大地は大きな伸びをした。「ああ、今夜は俺も十分働いた。たしかにそろそろ休まないとだな」天音の横を通る際に、大地はふと思った。この女、まさか要に何かしたんじゃないのか?今の要は、まるで何かに取り憑かれているみたいだ。大地は病室を出て、ドアをパタリと閉めた。どうやら大地は、要に全てを話してしまったようだ。天音は急に緊張し始めた。「こっちへ来ないのか?」要は白紙の書類を閉じるとテーブルに置き、静かに天音を見つめた。今の天音は白いワンピース姿だった。服を着替えたらしく、石鹸の香りと天音自身の甘い匂いが混じり合ったいい香りが、部屋中にふわりと広がっている。天音が要のそばに歩み寄ると、要はすっと腕を伸ばし、天音を懷に抱き寄せた。天音を自分の膝の上に座らせると、もう片方の手でその小さな顔を持ち上げる。目の縁は赤く、腫れ上がっていたので、泣いたのだと、すぐにわかった。「俺のこと夫だと思ってくれていないのか?」要は冷静に尋ねた。天音が首を横に振る。「夫だと思っているわ」その声は、涙で掠れていた。「じゃあ、なぜ今日のこと俺に言ってくれなかったんだ?」「私一人でなんとかできると思ったから……それに、ほら?みんな無事だったでしょ?蓮司に会う前には、ちゃんと警察にも連絡して
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第562話

天音は、要から溢れ出る冷たい空気を感じていた。力強い腕でぎゅっと抱きしめられ、要の胸を押し返そうとしていた手は無力にも彼の肩へと追いやられる。二人の体の間で圧迫されて、胸がじんわりと痛んだ。天音は苦しさに眉をひそめ、甘えるような、それでいて苦しげな声が口の端から漏れた。「あなた……痛い……痛いよ……」要を拒絶するわけではないが、声が途切れ途切れで、何だか許しを請うかのようになってしまった。要が怒っていることは分かっている。むせ返るような熱気が、二人の間の空気を甘く火照らせ、肌を赤く染めていく。ふっと体が解放されると、今度は肩にあった手が下ろされ、要の胸の中へと抱き寄せられた。そのまま顔を彼の肩にうずめる。耳元に要の熱い吐息を感じる。要は、まるで噛みつくかのように天音の首筋にキスを落とした。要の動きは止まらない。天音の目尻から涙がぽろりとこぼれ落ちた。肩を震わせながら泣いているのに、声を上げることだけは必死にこらえている。それでも、なんとか要に伝える。「会いたくて、たまらなかったの……」涙に崩れても、要の心は動かなかった。「あなた」と呼んでも、やっぱり届かなかった。だから、最後に絞り出したのは、「会いたくて、たまらなかったの……」という一言だったのだ。要は、天音の首筋に唇を寄せたまま、数秒動きを止めた。柔らかい肌の下で、天音の脈が激しく打っているのを感じる。会いたくてたまらなかった、だと?いつからそんなに嘘がうまくなったんだ?会いたくてたまらないと言いながら、子供を連れて一人で元夫に会いに行くのか。天音は要の首筋に顔をうずめ、もたれかかるように体を寄せる。涙は次から次へと溢れ、止まる気配が一切ない。要は天音の顔を上げさせると、冷え冷えとした表情で問い詰めた。「何で風間に会いに行ったんだ?」要の冷たい視線に耐えきれず、天音は思わず目を逸らしてしまった。「蓮司が母の日記を持っていたから」そう口にすると、日記の内容が頭をよぎり、悲しみで胸が締め付けられ、涙がどっと溢れ出てきた。でも、要の前で取り乱すわけにはいかない。天音はただ、そっと要の手に自分の手を重ねた。要が時折見せる、人を見定めるような目が天音は苦手だった。そういう時の要からは、冷たいオーラが放たれ、とても近寄りがたくなる。要は表情一
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第563話

天音は要の首に両腕を回し、その柔らかい唇を彼の唇に重ねた。「あなたのことが心配なの」その後、天音が何度かキスをしても、要の唇はひんやりと冷たいだけだった。さっき我を失っていた時とは違って、まったく熱がない。天音の腰に置かれた手も、そのままで何も動かなかった。天音には見えていなかったが、要の冷たいな漆黒な瞳の奥では、底知れない感情が渦巻いていた。天音は要の手を取ると、自分の腰から臀部へと滑らせる。そして、甘く、ねっとりとし声で囁き誘う。「ねえ……お願い……」要は天音のお尻を支え上げると、もう片方の手で彼女の顔を包み込んだ。暗がりの中、じっとその顔を見つめる。「天音……」天音は何か隠し事をしている。それも、かなり深刻なことを。「その日記、俺にも見せてくれないか?」天音はぴくりと動きを止めた。「見せるのはちょっと……だって、母の個人的なことだから。でも、日記の中にあなたのことが書いてあったの」「なんて書いてあった?」「えっと……」天音は、言いにくそうにうつむいた。「遠藤家だったらもっと良かった、って……」要は天音を押し倒し、彼女の上に覆い被さった。「どういう意味だ?」しかし、天音はすらりとした脚を要の足の間に滑り込ませ、そっと擦り付けて彼を煽る。要は天音の足を抑えつけたが、その瞬間、天音にシャツの襟を掴まれた。不意にぐっと力を込められ、天音の上に倒れ込む。天音はキスをしようと顔を上げたが、顔が要の数ミリ手前でぴたりと止まった。天音の両足は要の足でしっかりと挟まれていて、身動きがとれなかったのだ。要は片手で自分の体を支え、もう片方の手で天音の顎を掴み、好きにはさせなかった。「話せないのか?どういう意味なのかって、聞いてるんだ」「母は、私があなたと結婚して遠藤家のお嫁さんになることを望んでいたの。そうすれば、誰も私をいじめなくなるからって」甘い空気に当てられた天音の声は、少し掠れていた。「へえ……」要は天音の顔から手を離すと、大きな手で彼女の前髪をかき分け、そのなめらかな額に優しくキスを落とした。「君のお母さんは先見の明があったんだな」「怒らないの?」「ん?」「母が、遠藤家の権力を当てにしてたってことなのよ」暗闇の中で、お互いの表情はよく見えない。もちろん天音に
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第564話

天音は枕に顔をうずめ、声もなく涙を流した。涙は静かに枕へと染み込んでいく。洋介を殺してやりたい。天音は枕の下に手を伸ばし、要の銃がそこにあることを確認した。以前、要が直樹に銃を渡して遊ばせていた時、言っていた。要の銃には製造番号がなく、普段は弾も入っていない。危険が迫った時にだけ、弾を込めるのだと。今、洋介は要の安全を脅かしている……銃にはきっと弾が入っているはずだ。そんなことを考えていると、次の瞬間には、天音の体は要に抱きしめられていた。要のキスが天音のうなじに落とされ、その熱い吐息はさらに温度を増し、耳たぶへと移る。「ここは壁が薄いんだ。また、今度な」要は天音を寝かしつけようとした。しかし、天音は覚悟を決めて来ているのだ。簡単に眠るわけにはいかなかった。目を閉じ、寝たふりをする。しかし、要は大きな手を天音のうなじに置き、クッと力を込めた。その瞬間、天音は気を失った。要は天音にしっかりと布団をかけ、病室を出ると、大地に日記を取ってくるよう命じた。三十分後、要はソファに座り、日記をめくっていた。重要な箇所は、モールス信号で書かれていた。蓮司には解読できなかったから、これを天音に渡したのだろう。恵梨香の苦痛に満ちた部分だけでなく、最後のページにもモールス信号が使われている。そこには、要のことが記録されていた。すべては、最初から仕組まれたことだったようだ。恵梨香は、もともとトップクラスのハッカーだった。要が初めて天音に会ったのは、大学の視察のときで、そこで天音の携帯を拾ったのだ。そして、日記にはこう記されている。【へぇ、おもしろいじゃない。一体どんな偉い人が、人のスマホを拾って、部下を引き連れて道路脇で待ってるのよ?まさか天音のこと、気に入っちゃったんじゃないでしょうね?】要が二度目に天音に会ったのは、コンピュータープログラミングコンテストの後だった。天音は主催者によって要の前に連れてこられた。【あの人のパソコン、特殊部隊の機密ファイルだらけじゃない。天音が堂々とハッキングまでしたっていうのに……普通なら捕まえて取り調べるでしょ?なんでスルーなのよ?】【本当に面白い】その後、要は恵梨香と会った。恵梨香は、こんな記録を残していた。【遠藤家の息子……】恵梨
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第565話

少し離れた場所で見張っていた大地が、ブルートゥースイヤホン越しに話しかけた。「要、奥さんに甘すぎるんじゃないか?今の彼女は、まるで歩く爆弾だぞ。もし、誰かを手当たり次第に殺しでもしたら……」要はデスクに座り、大地の報告を聞きながら書類に目を通していた。その表情は冷ややかだった。洋介と翠が過去に犯した罪は、すでに時効を迎えている。ならば、天音にどうやって心に溜まった恨みを晴せというのだ?方法はない。それに、当事者である恵梨香ももうこの世にいないのだ。このことは、天音の心に一生涯重くのしかかるだろう。だって天音は、母親を守ることができなかったのだから。「監視を続けろ」淡々とした声でそう言うと、要は携帯を切った。要は立ち上がり、デスクの縁に両手をついた。そのすらりとした体躯が、深い影を落とす。彼は静かな声で言った。「しっかり見張っておけ。10時間後に確保する」「はい、隊長」……「加藤さん?」翠が心配そうに声をかけてきた。「要のことは私たちも伺っておりました。でも、こうして加藤さんがいらっしゃったということは、もう危険な状態は脱したんですね?」その言葉で天音は思い出した。要は今、世間的には昏睡状態ということになっているのだと。天音は頷いた。天音はもともと表情が硬く、憔悴しきった様子だったので、翠には本当に落ち込んでいるように見えたらしい。「玲奈さんにはお見舞いの電話を入れたけれど、ずいぶん落ち込んでたみたいで」翠は表情には出さなかったが、その漆黒の瞳には冷ややかな嘲りの色が宿っていた。さすがは恵梨香の娘ね。親子揃ってふしだらだ。要が毒を盛られたというのに、元旦那と密会するなんて。遠藤家には同情するけど、これも自業自得だ。「加藤さん。それで、どういったご用件で?」天音は銃から手を離し、英樹と恵梨香が一緒に写った写真を取り出した。「これは母と英樹さんの写真です。英樹さんが五歳の時に、木下家のお庭で撮ったものだそうです。母のこと、ご存じでしたか?」翠は、震える手でその写真を受け取った。恵梨香の顔を再び目にした翠は、ぐっと息をのんだ。指先に力がこもり、写真を引き裂いてしまいたい衝動に駆られた。「松田家と木下家は親しくしておりましたから、あなたのお母さんとも面識
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第566話

その時、ジェイクが声を上げた。「風間社長、解読できましたよ!けど、これは!この日記の持ち主は、叢雲のお母さんなんですよね?内容が恐ろしすぎます!」蓮司はすぐに駆け寄り、ジェイクのノートパソコンを手に取り、ページを進めていく。そして、蓮司はふと顔をあげ、外へ向かって歩き出した。「この件は、絶対に口外するな」ダークグレーのスーツを着ている蓮司の足取りは乱れている。漆黒な瞳には危険な光が宿り、いつもの落ち着きはない。社長室を飛び出すと、ロールスロイスを飛ばして東雲グループを後にした。蓮司は、以前天音がゼロを殺そうとしていたことを思い出した。……天音の車は雲霧山の科学研究所に入った。しかし、車内にはもう翠の姿はなかった。「英樹様のお見舞いですね」入り口で白衣の医師が天音を迎えた。「うちの奥様から事情は伺っております」「ええ」天音はうなずいた。視線が落ち、腕の鞭の跡に触れたが、表情は変わらなかった。天音は医師の後について手前の建物へと入った。そして、以前来た時と同じように最上階の入院病棟へと向かう。医師が天音に病室のドアを開けてくれた。「これは、安西さんの要望でもあるんですが、英樹さんと二人きりで話したいんです」「ええ。あなたが前回いらっしゃったとき、英樹様の意識が少し戻ったんです。今でも、指が時々ぴくりと動くんですよ。もうすぐ目を覚まされるでしょう」医師はそう言って微笑むと、ドアを閉めて病室から出て行った。「これで奥様も安心できます」天音は病室のガラス窓のブラインドを下ろす。ベッドのそばに歩み寄ると、天音は冷たい目つきで英樹を見つめた。自分の異父兄。そして、母にとっての恥。天音は手を伸ばして英樹のまぶたを開け、意識が戻る兆候がないか確認した。戻る様子はないみたいだ。天音はすぐに英樹から手を離し、ビジネスバッグから携帯と拳銃を取り出しソファの上に置いた。マインスイーパシステムを使い、科学研究所のローカルネットワークに侵入して監視システムを乗っ取る。監視室の映像が0.1一秒ほど揺れ、元の映像のままフリーズした。警備員たちは、それに全く気づいていない。一方、監視カメラの映像は、天音の携帯に送られるようになっている。天音の携帯は圏外だったが、北斗ナビゲーションを起動し、自分の位置情報を基
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第567話

天音は奥の棟から手前の棟へと急いで戻った。その間に、いつでも繋がる警察への緊急通報ダイヤルに電話をかけた。最上階の病室に戻り、エレベーターに一歩踏乗った瞬間……洋介の冷たく重い視線とぶつかった。今日の天音は白いシャツにジーンズ姿。拳銃はジーンズの後ろポケットに入っている。拳銃に手をかけ、ずんずんと自分に向かってくる洋介をじっと見つめた。「加藤さん、うちの妻に呼ばれてきたと聞いたが、なぜ妻と一緒じゃないんだ?」「急に気分が悪くなったそうで、私に先に行くようおっしゃったんです」天音は平静を装ったが、額にはじっとりと冷や汗が滲む。洋介は堂々とした落ち着きを漂わせながら天音に歩み寄り、彼女の顔をじっと見つめる。「要の件、大変だったな。早く回復することを祈ってるよ」「ありがとうございます」天音は一歩下がり、エレベーターに戻った。「今日はこれで失礼します。英樹さんのお見舞いには、また日を改めて伺いますね」しかし、突然洋介によってエレベーターのドアを押さえられた。「加藤さん、妻と連絡が取れなくてね。使用人の話では、加藤さんの車に乗って出かけた、と。一体、どこで妻と別れたんだ?もし君と同じように、拉致でもされたら大変だろう?」天音は心臓が口から出そうだった「郊外で別れました」「この山のゲートは24時間常に管理されている。顔認証なしでは開かないんだ。だから、妻はこの山の中にいるはずなんだよ。加藤さん、彼女をどうしてくれたんだ?」洋介の口調は怖いぐらいにとても穏やかだった。「あなたたち夫婦に何かあっては困るだろう。そうなれば、残された子供たちも可哀想だ」「ええ」天音の脳裏には、恵梨香の日記にあったモールス信号が浮かぶ。母は、駆け落ちに失敗したわけではなかったのだ。淳によって洋介へ売り渡され、松田家と木下家を繋ぐ道具にされた。洋介が雲霧山の科学研究所を維持するために。そして、この五十年も稼働してきた研究所は、おびただしい罪を重ねていた。そこは科学研究所などではなく、臓器移植センターであり、臓器売買の拠点だったのだ。洋介は母を五年もの間、監禁し暴行を加え、英樹を産ませた。そして、翠も一緒になって、五年間、母を虐待し続けていたのだった。彼らの罪は許されるものではない。天音は、ためらわずに拳
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第568話

「天音、俺が出してやる」蓮司は天音の手を掴むと、そのまま彼女を引っ張って外へ向かった。天音の手首に、激痛が走る。蓮司の手を振りほどこうとしたが、できなかった。「離して!すぐに電源が戻っちゃう。もう一度、電源を落とさなきゃ。このまま外に出るのは危険すぎる!」天音は気づかれるのを恐れて、声をひそめて言った。「蓮司!」「部下を連れてきた。問題ない」と蓮司は答えた。蓮司が天音を連れて監視室を出た、その時だった。電源が復旧してしまった。「早く離して!電源を落とさなきゃ……」天音の言葉が終わる前に、二人はホールで警備員たちに取り囲まれてしまった。天音は、杖をついて人だかりの中に立つ、無傷の洋介を呆然と見つめた。洋介の胸を撃ったはずなのに。その時、外からパトカーと消防車のサイレンが聞こえてきた。「部長、早く逃げましょう。煙がひどいですし、もうすぐ消防も来ます。早くここから離れてください。後始末は私がしますから」洋介の隣にいた秘書が焦ったように言う。「屋上でヘリコプターが待っています」洋介は天音と蓮司に、杖を向けた。「こいつらは生かしておけん」その目は殺意に満ちていたが、すぐに激しく咳き込んで胸を押さえた。秘書はすぐに部下に洋介を支えさせ、その場から去っていく。蓮司も天音を自分の背後にかばい、じりじりと後ずさった。去っていく洋介の背中を見ている天音は、もう怒りでどうにかなりそうだった。そして、次の瞬間、警備員たちが一斉に襲いかかってきた。しかし、それと同時に蓮司のボディーガード一達がどこからともなく現れた。蓮司のボディーガードと警部員がもみくちゃになる。そんな中、蓮司も警備員に取り押さえられてしまった。天音はその隙に蓮司の手を振り払った。蓮司は天音を捕まえようと手を伸ばしたが、袖をかすめただけで届かず、逆に警備員から一発殴られてしまった。天音はエレベーターに飛び乗り、最上階を目指す。すぐ後ろからは、警備員たちが追ってくる。最上階まで来た天音だったが……そこには洋介だけでなく、他にも錚々たる顔ぶれが集まっていた。「先に行ってくれ」洋介はその重役たちを先にヘリコプターに乗せる。プロペラが勢いよく回り始めた……天音は銃を構え、再び洋介に狙いを定める。洋介は鼻で笑った。「どこで手
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第569話

「要、放して!あの男を殺させて!」天音は目を真っ赤に充血させながら、泣き喚いた。「要――」しかし、突然ドアのところに、痩せた後ろ姿が現れた。英樹だ。英樹は天音の手から銃を直接奪い取ると、洋介に近づいた。そして、誰も反応できないうちに、銃口を洋介の胸に押し当て、引き金を引いた。しかし響いたのは、洋介の大きな笑い声だった。「英樹よ、お前はまだ青いな」銃にはゴム製の銃弾さえ入っていなかったのだ。洋介は英樹の服を掴むと、銀色の拳銃を振り上げた。「俺は完全に負けた。すべてお前のせいでな」英樹は驚いて一歩後ずさる。しかし、弾丸はまっすぐ英樹の心臓に向かって飛んできた。そして、続けざまに、もう一発の「パンッ」という銃声が鳴り響いた。要が、数十メートル離れた場所から洋介を撃ったのだ。英樹は地面に崩れ落ち、その腕の中には、英樹をかばった翠が倒れ込んでいた。「なぜ俺を助けたんだ?」英樹は震える声で翠をきつく抱きしめる。翠の胸からは血がどんどん溢れ出していく。血に染まった手を必死に持ち上げて、英樹の頬に触れようとした。「英樹……もう一度……『お母さん』と……呼んで……」しかし、翠の手は英樹に触れることなく、力なく地面に落ちた。その瞬間、同じく地面に倒れていた洋介も息絶えたのだった。天音は要の胸に倒れ込み、彼に横抱きにされた。「やめろおーー」地面に額を擦り付け、号泣する英樹の咆哮があたりに響き渡る。木下家は、こうして崩壊した。要は天音を抱いたまま、非常階段へと向かった。その頃、蓮司は全身傷だらけだったが、なんとかエレベーターで最上階までたどり着いていた。さっきの光景に衝撃を受けた天音は、しばらく呆然としていたが、はっと我に返った。「降ろして!」しかし、その声は興奮のあまり裏返ってしまった。天音は要の胸を押しのける。でも、手首に激痛が走り、思わず眉を顰めた。要は階段の踊り場で足を止めた。踊り場のセンサーライトがチカチカと点滅し、二人の顔を照らす。要の視線は天音の血の気のない顔から、鞭の痕が残る手、そして赤く腫れた手首へと移った。要は低く、ゆっくりとした声で言った。「救急車まで抱えていくから」「大丈夫。自分で歩けるから」天音は手首の痛みにも構わず、必死に要を押しのけた。眉間に
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第570話

要の言葉を聞いて、天音の目から涙が堰を切ったように溢れ出す。天音が泣きじゃくるっている間、要はただそこに座っていた。泣き疲れて意識がぼうっとしている中、天音は抱き上げられた。墨の香りに包まれ、そのまま要の胸に顔をうずめる。「君がもし人を殺して刑務所に入ったら、想花と大智くんがどうなるか考えたことはなかったのか?」天音は要のシャツの襟を掴んだ。涙が薄いシャツ越しに要の胸を熱く濡らす。涙に濡れた瞳は澄みきっているのに、その底は見えなかった。要は天音を抱きしめ、額にキスをした。その目には悲しみの色が浮かんでいる。自分の妻、自分の愛する人の人生に自分はいなかったのだ。天音が蓮司に甘かったのは、人生の計画に蓮司の存在があったからだった。もし天音に何かあったら、蓮司が二人の子供の第一後見人になるようになっていた。自分が想花の養育権を手放すかどうかまでは、天音も考えなかったのだろう。それは仕方のない選択だったのかもしれないし、天音が思いつく唯一の方法だったのかもしれない。天音は頼れる人が誰もいないと思っていたようだ。「大智くんを養子にさせてくれ」天音は顔を上げ、要の落ち着いた瞳と視線を合わせると、静かに首を横に振った。要の失望した眼差しに気づいたのか、天音は彼の手を取って自分の頬にあてる。要の手には、まだ硝煙の匂いが残っていた。「ありがとう、木下部長を殺してくれて」「彼は人を殺し、銃で周りの人を危険に晒した。俺が彼を止めたのは、任務だからだ」要は天音の涙を拭き、その小さな顔をそっと包んだ。でも天音は知っていた。「暁さんは、松井さんは生きていた方が死ぬより価値があるって言ってた……木下部長も同じでしょ?」要は大きな手を天音の後頭部に回し、彼女の顔を包み込むようにして言った。「いつからそんなことに詳しくなったんだ?」天音は首を横に振るだけだった。要の大きな手が天音の足首まで滑り、優しく揉みながら尋ねた。「痛むか?」「転んでないから大丈夫」要は続けた。「彼らは死んだ。だから、彼らの部下たちは俺を残酷な奴だと思うだろう。そして……」「逃げる?それとも、あなたに歯向かってくる……」「ああ、俺に向かってくるだろうな」要は天音の小さな鼻を指で軽くつついた。「まあ、そいつらに大した力は
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