All Chapters of 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。: Chapter 661 - Chapter 670

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第661話

大智は天音のその返答を聞くと、ホッとして胸をなでおろした。そして、またすぐに目の前のボールに集中し、得意げに笑う。「直樹くんは別にサッカーが好きじゃないけど、僕たちがB国に行くって知ったら、絶対うらやましがるよ」「そうね」天音が軽く返事をし、休憩室を出ると、すぐに美優が後を追ってきた。天音は美優を一瞥したが、特に何も言わなかった。車で庁舎を離れると、天音はまず家に一度戻った。そして美優をうまく言いくるめて、クローゼットから親子三人のパスポートなど大事なものを取り出す。その後、どうやら顔認証システムの設計案が、ついに固まったようなので、慎也の安全センターへと向かった。「会社の方が忙しくなると思うので、これからはオンラインで色々指導させてもらいますね」二階から安全センター全体を見下ろしながら、天音はそう呟いた。そこはサッカー場何十個分もの広さがあり、一万台以上のコンピューターと優秀な研究者たちが集まっていた。夢にまで見たこの場所があったおかげで、『マインスイーパ』をアップグレードし、修復することに成功したのだった。しかし、慎也は違うように受け取ったみたいだ。「隊長が就任したら、忙しくなりますものね。時間が取れないのも理解できます。加藤さん。隊長によろしくお伝えくださいね」天音は静かにうなずいた。慎也と初めて会った時、彼は自分をコネ入社だと見下していたし、要に対してもあまり敬意を払っているようには見えなかった。それが今では、こんなに丁寧な態度をとるようになっていた。天音は慎也と握手を交わす。「ここに来られないと言っても、全力を尽くさせていただきます。絶対に裏切るような真似はしませんから」「はい」天音は安全センターを出ると、今度は雲航テクノロジーへと車を走らせた。夏美を見つけると天音は、「まずはご飯でも食べましょう、話はその後で」と、夏美の腕を掴んで外へ向かった。レストランにて。夏美は天音の隣にいる美優を見て尋ねた。「そちらのお綺麗な方はどなたですか?」「隊長の広報担当者です。もうすぐテレビでも見かけるようになるはずですよ」天音は簡単に紹介した。「千葉美優さん、『美しい』に、『優しい』で美優って書くんです。すごく素敵な名前ですよね」美優はお茶を淹れる手を少し止め、天音の方をチラリと見る。夏美
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第662話

そして、就任式は要にとって、人生最も輝かしい日なのだ。ガラステーブルに太陽の光が反射し、きらきらと輝く。その光の中に、要の凛々しい顔がゆっくりと映し出された。その頃、天音はすでに食事を終え、雲航テクノロジーで用事を済ませた後、自分の会社に戻っていた。「雲航テクノロジーとの話は私が進めますので、田村さんと青木さんはうちの社員の管理、それと庁舎との協力案件についてお願いします。それと、新規の仕事は一旦保留にしましょう」その後、天音はたくさんのことを話したあと、「社員のレベルを上げることが一番大事です」と最後に付け加えた。「安全センターの松田さんのご紹介で、プログラミングのエキスパートを二人紹介してもらいました。週に一度、社員研修のためにここに来てくれます。その時は、田村さんが対応してくださいね」「分かりました」渉はためらいながら言った。「社長。遠藤隊長……何だかすごく出世したみたいですね……でも、社長は会社辞めたりしませんよね?」なぜなら、天音の言い方はまるで二度と戻らないかのように聞こえていたからだった。天音は渉の肩を叩いて言った。「そんなことありませんよ!これから会社をもっともっと大きくしなきゃいけないんですから!」その言葉で、渉はホッと胸をなでおろした。街に灯りがともる頃になっても、天音はまだ社長室にいた。そして美優も要の司令に従い、社長室のソファに座っていた。「要には、いつまで私についているように言われたのですか?」「就任式が終わるまでです」と美優が答える。その時、社長室のドアが開けられ、蓮司が入ってきた。「天音、明かりがついてたから、何か差し入れをと思って」ついさっき、天音は美しいピアノの音色を耳にしていたが、あれは蓮司がピアノを弾いていたのか。すると、ボディーガードのリーダーがずっしりとした重箱をテーブルに置いた。その瞬間、美優はハッとし、突然携帯を取り出して誰かに電話をかける。「来ました」途端に、ドアの外から二人の警察が入ってきた。「風間社長、あなたは接近禁止令に違反し、意図的に当事者に接近しましたね」天音は愕然として美優を見つめた。一日中ついてきていたのは、蓮司を待つためだったのか。天音も蓮司も驚いたが、そこで初めて思い出した。蓮司には接近禁止令が出ていて、天
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第663話

天音の目から大粒の涙がこぼれ、要の手のひらに落ちた。要はゆっくりと手を下ろす。涙をいっぱいに溜めた天音のまん丸な黒い瞳は、まるで海に映った満月が、波に合わせて揺れているようだった。「天音、どうしたんだ?」あまりに悲しそうな天音の姿に、要の胸はぎゅっと締め付けられた。天音は華奢な肩をかすかに震わせ、うつむいた。そして、ごしごしと涙を拭うと、小さく整った顔を上げた。大切に守られてきたせいだろうか。天音の美しさには、どこかあどけなさが残っていた。それに泣き虫だから、瞳は澄んでいるだけでなく、潤んで黒く輝いている。天音にこうしてまっすぐに見つめられると、要はもう目が離せなかった。「要、昔あなたが私を好きになったのは、私が可哀想だと思ったから?母親がいないうえに、父親は不倫した……そんな私を哀れに思ったの?今、私を愛してくれてるのも、可哀想だから?」天音は自分の胸を押さえた。「元旦那に裏切られて、体も弱い私が、哀れだから?」「俺が君を可哀想に思ってるわけないだろ。君には子供もいるし、綺麗だし、それにお金もある。そんな君が可哀想なわけないじゃないか」そう言い終えたものの、要は少し後悔した。天音は会社だって持っているし、才能もある。サイバーセキュリティの分野では、天音の右に出る者はほとんどいない……それに慎也だって、天音のことを絶賛していたと和也から聞いた。自分へのごますりもあるだろうが、天音の能力に本気で感心しているのは確かだろう。天音は、自分がいなくてもちゃんと生きていける。天音に何かあるたびに、狼狽えてしまうのはむしろ自分の方だった。そんなことを考えていたら、天音が口を開いた。「じゃああなたはどうなの?隊長っていう位の高い位置にいて、それで名家出身で。それに、権力もあれば確固たる人気もある。若くして人の上に立って、将来も約束されているのに。そんなあなたを、もし私が哀れんでるなんて言ったって、誰が信じると思う?だってあなたには憐れまれるところなんてひとつもないんだから!」要は、まくし立てる天音を見ながら、話が変な方向にいっている気がしていた。なんだかおかしい。「私、蓮司と駆け落ちするなんて言った?言ってないよね?」やけにケンカ腰だ。明らかに何かがおかしい。「なんでずっと黙っ
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第664話

要は天音を抱きかかえながら外へ出る。ドアの外にいた特殊部隊の隊員は、要の持っていたビジネスバッグを受け取った。さっき、警察の人と一緒に出ていくべきだったと、美優ははっと気づいた。でも自分は、その場で呆然と立ち尽くしてしまった。だって信じられなかったのだ。自分が憧れ、誰もが尊敬する要が、こんなにも身を低くして、一人の女性の愛を請い、優しく語りかけているなんて。心は激しく揺れていた美優だったが、それは表には出さず、二人が寄り添って囁き合うのを見ていた。要のような人でも、恋をするとこんな風になるなんて。誰が想像できただろうか。美優が彼らの後を追い外に出て、助手席のドアを開けると、冷たい声が聞こえてきた。「下がれ」美優が顔を上げると、運転席も空だった。それでやっと状況を理解し、すぐにドアを閉める。車の向こう側で、運転手が笑みを浮かべてこちらを見ていた。「長く仕えていれば、そのうち慣れますよ」運転手は車の前を回り込むと、美優にペットボトルの水を渡した。「奥様がご機嫌ななめだと、隊長はいつもこうなんです」運転手は腕時計を見ながら言った。「たぶん、三十分は掛かりますよ」しかし、美優は明日が就任式だということを思い出した。そして、色々な準備のためにも、隊長は今ごろ公会堂にいなければならないはずなのに。でも、隊長はまだここにいる。運転手が目配せしたので、美優は彼について数歩離れた場所へ移動した。「信じられないでしょう。でも、もっと信じられないことがあるんですよ……まあ、じきに分かるでしょうけど」そして美優は、すぐにその意味を知ることになった。……車の後部座席。要は天音の腰を強く抱き寄せ、大きな手で後頭部を押さえ、深くキスをした。天音が息もできなくなるほどキスをしてから、ようやく唇を離す。そして、天音の鼻先にそっと触れると、熱く弾んだ吐息が彼女に絡みついた。天音は、はあはあと肩で息を吸った。キスで赤くなった唇が、艶かしい。しばらくしてから、顔を上げて要を見る。天音の息が整ったのを見て、要は再び身を乗り出した。天音は小さく声を上げ、抵抗するように両手で要の肩を押さえた。「まずは帰ろう、帰ってからにして!」「俺を拒むな」要が悲しげな顔で天音を見つめる。「もう我慢できないんだ」天音の心が少し揺れ動いた
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第665話

要の手を振り払うと、天音はまだぷりぷりしながら続けた。「想花は……想花はあなたのことをパパって呼んでる。一歳の子に呼び方を変えさせるなんて、難しいことなのに。それだけじゃない。あなたは十何通もの書類を出してきた……初めてあの書類を見た時ね、みんながあんなふうに『早く結婚しろ』ってあなたに言っていたからびっくりした。それで、あなたは私に『結婚しよう』って言ったでしょ?もしかして、あれも全部嘘だった?それに、想花がパパって呼ぶのも、あなたが教えたんじゃないの?」昨日の夜、要が言ったことで一つ、当たっていることがあった。想花が生まれたばかりの頃は、要が最も忙しく、そして最も輝いていた時期だった。要は瑠璃洋の防衛に成功し、その名を一躍世に知らしめた。皆を驚かせ、ありとあらゆる栄誉が、要のもとに舞い込んできたのだ。その頃の天音は産後の肥立ちが悪くて、ほとんどを家で仕事をしていた。要はよく顔を出しては、天音から進捗報告を受け、いつもごく自然に由理恵から想花を抱き上げていた。4ヶ月になった想花は、天音のことをママと呼べるようになった。そして、想花が6ヶ月ごろのある日。徹夜をしていた天音が、ボサボサの頭で書斎から出てくると突然、要が想花の両脇を支え、高い高いをしているのが目に入った。想花はよだれを飛ばしながら笑い、生えたばかりの小さな歯をかわいらしくのぞかせ、要のことを「パパ……」と呼んだのだった。その時の天音は気まずくてたまらず、慌てて駆け寄り想花を抱き取った。要の笑みをたたえた目を見て、ひたすらに謝った。想花はまだ何も分かってないので、どうか気にしないでいただきたい、と。そう言う反面、その時は不思議に思っていた。想花が会う人なんて、自分と由理恵、そして要だけなのに。先輩は全部で2回しか来ていない。しかも来た時も少し話しただけで、すぐに暁に呼ばれて行ってしまった。一体誰が想花に「パパ」と教えたのだろう。そんなことを天音が考えていると、そばにいた由理恵が冗談で言った。「こんなに懐いてパパなんて呼んでるんだから、隊長もお子さんがいないことですし、いっそのこと、想花ちゃんのお父さんになってしまわれては?」そう言われた要は特にも何も答えず、怪しげな笑みを浮かべただけだった。当時は気まずさで、穴があったら入りた
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第666話

それに、まさか天音を本気で傷つける奴がいるなんて、思ってもみなかった。なぜなら、自分だったら絶対にそんなことはしないからだ。あの頃、本当に仕事が忙しかった。山積みの仕事を無理やり片付け、天音を迎えに行こうと必死だった。そんな時だった、龍一から電話があったのは。天音が蓮司のところから逃げ出し、蓮司が狂ったように白樫市を封鎖しているから、戻ってきてほしい、と。でも、戻れなかった……当時、瑠璃洋での対立は一触即発の状態だった。足元には、幾つもの遺体袋が転がっていた。自分は数万の命の運命を背負っていた……そしてついに、天音は蓮司に追い詰められ、心臓発作を起こしてしまった。自分は一度、天音を諦めてしまった。それは、自分がまだ弱かったから。だからこそ、彼は歩みを進めた。もっと早く、誰よりも早く、頂点へ辿り着こうとしたのだ。もう二度と、天音を手放したりしないように。天音は、要のキスで息もできなくなっていた。唇が離れると、要の腕の中でぐったりしながら、熱い呼吸と、激しく波打つ彼の心臓の音を感じていた。要は腕時計に目をやり、天音の小さな鼻を軽くつまんだ。「俺が企んでたって思うなら、それでもいいさ。怒ってもいいし、恨まれたって構わない。でも、もう二度と逃げ出したりしないでくれ。それに、想花も大智くんも俺に懐いてくれている。君だって……こんなに権力があって、顔も好みの男、俺以外にいると思う?」「いつ私が好きだって言ったのよ」天音はぶつぶつ言った。要は顔を近づけ、天音の眉、目、そしてツンと上を向いた鼻先と唇にキスを落とす。「好きじゃないのか?じゃあ、さっき愛してるって言ったのは、また俺をだますためだったのか?」「違う」天音が顔を上げると、その緊張した表情は、すっかり要に見透かされていた。「じゃあ、すごく好きってことでいいな?」要は笑いながら、赤くなった天音の頬を撫でた。「もう行かないと」「うん……」要は心配でならなかった。どうしようもなく心配で、思わず天音の腰を抱き寄せた。だって、もし天音が蓮司と駆け落ちするつもりじゃなかったとしたら、自分に見つかった時、あんな反応をするはずがないのだから。それはまるで、世界の終わりのような顔だった。「誓ってくれないか?」「なに?急に」天音はきょとんとし
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第667話

「あなたの人生が、これからもずっと平穏であるように祈っているわ」「うん」要は優しく微笑んだ。天音は要の腰に抱きつき、その胸に顔をうずめた。要の香りに包まれながら、ささやく。「要、あなたの就任式、テレビの前で見守っているからね。あなたを誇りに思うわ」要は天音を見下ろし、その柔らかい髪をくしゃっと撫でながら、思わず笑みをこぼす。まるで子供をあやしているみたいだな、と要は思った。……天音はそのまま車の窓から、要が率いる車列が走り去るのを見送った。車内では、助手席に座った美優と後部座席の大地が、夜ご飯は何にしようかなどと話している。天音は特に会話に入ることもなく、車のエンジンをかけた。庁舎に戻ると、子供たちとご飯を食べてからアニメを見て、お風呂に入った。想花と大智を寝かしつけた後、天音は子供たちの動きやすい服を用意し始める。クローゼットを開けると、そこに掛かっている要の白いシャツと黒いスラックスが目に入り、しばらくぼんやりと見つめていた。明日がここを出ていく絶好のチャンスなのだ。これを逃したら、もう二度とチャンスはないだろう。「就任式が終われば、京市は全て要のものになる」これはこの二日間、興奮した暁が何度も口にしていた言葉だった。暁に限らず要の側近たちは、誰もが興奮を隠せずにいた。最悪の事態も天音は想定していた。たとえ要が、自分が子供たちを連れていなくなったことに気づいても、追いかけてはこないだろう。要の側近たちが彼を行かせない。それに、裕也と玲奈も、絶対に要を行かせるはずがないのだから。それに明日の庁舎は、きっと人でごった返している。彼らが気づいた頃には、自分たちはもう飛行機に乗っているはずだろう。その夜天音は一睡もできなかった。朝の七時、ベッドから起き上がると白いシャツとジーンズに着替えた。いつも斜め掛けしているビジネスバッグは、リュックサックに変える。天音は想花を起こし、ミルクを渡して着替えをさせた。想花は眠そうにぐずりながら、パパはどこ、と探している。「今日は先にB国に行って、パパを待っていようね」想花は頷いた。要は少なくとも、自分以外の人間には、嘘をつかない。だから、想花はきっと、要から事前に「ママと先にB国へ行って待ってて」とでも言われていたのだろう。そのせいで、
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第668話

庁舎の地下駐車場。天音が車に乗り込むと、英樹は急かした。「早くしないと。やつらが気づいて追いかけてくるぞ」後部座席のチャイルドシートに座った大智と想花は、静かにタブレットでアニメを見ていた。天音はノートパソコンを開き、『マインスイーパ』を起動させる。『マインスイーパ』が起動すると、まず庁舎全体の監視カメラの映像を切り替え、次に警備員室のゲートの制御システムを乗っ取った。駐車場ゲートが自動的に上がる。英樹は誇らしげに天音を一目見ると、すぐにアクセルを踏み込み、車を猛スピード発車させた。天音は車の窓を開け、太陽が昇る方角を見つめる。要は今、あそこにいるのだ。暖かい風が吹き込んできて、天音の長い髪が靡く。そういえば昨日、要が髪がきれいだって言ってくれたっけ。「俺も一緒にシリコンバレーに行くから」と英樹が不意に口を開いた。天音は英樹をちらりと見た。「あなたは重要参考人ですよね?出国なんてできるんですか?」「要がバックにいるから……」天音の表情が固まるのを見て、英樹はしまったという顔をした。「とにかく、出国はできるんだ」「結構です」「そんなこと言ったって、一人で子供二人も連れて、海外でどうやって生活するつもりなんだ?向こうでの生活が落ち着いたら、すぐ帰るから」天音は深呼吸して再び口をひらく。「本当に結構ですから」「一緒に行かせてくれないなら、今すぐ要に電話する」と英樹が言った。天音はしばらく黙っていたが、ふと口を開いた。「ガソリンがなくなりそうだから、次のスタンドで入れましょうか」英樹がメーターを見ると、まだ半分は残っていた。だけど、念のためだと思い入れることにした。車がガソリンスタンドに入ると、想花と大智がお腹が空いた、お菓子が食べたいと騒ぎ始めた。「ほら見ろ。荷物も食べ物も飲み物もないじゃないか。こんなんで海外に行くなんて、路頭に迷っても文句は言えないぞ」英樹は文句を言いながら車を降りる。「あなたが我慢できたって、子供たちはどうするんだ」天音は英樹を冷たく一瞥したが、特に言い返すことはしなかった。英樹がスタンドの売店に入る姿を確認すると、天音は助手席から運転席に移り、そのまま車を猛スピードで発進させた。ガソリンスタンドの店員が呆然としている。お菓子を抱えて店から出て
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第669話

そう思いながら、英樹は車の窓を開けた。すると、突然激しく点滅する信号機が目に入り、眼鏡を外す。交通システムが乗っ取られている!間違いない、天音の仕業だ!「早く行ってください!」英樹は運転手を急かした。……庁舎から、天音たちが乗った車が出たばかりの頃、美優は非常階段から出てきていた。美優は立ち止まったが、しばらくするとそのまま元来た道を戻っていく。地下駐車場からエレベーターで五階に戻る二分の間に、エレベーターは六回も開いたり閉まったりした。その時、美優は一切表情を変えずにいた。何を考えているのか、誰にも分からなかった。美優がエレベーターを降りると、向かいから大地が焦った声を出しながら、駆け寄ってきた。廊下はさらに混乱しており、特殊部隊の隊員たちがすでに捜索を始めていた。「加藤さんを見たか?」「どうかしたんですか?」「いなくなったんだ!二人の子供も一緒に!」大地は呆然としている美優に言った。「小島さんに電話してこのことを伝えろ、俺は監視カメラを確認しに行くから!」「でも、小島さんは、何があっても就任式が終わるまで事を荒立てるなと……」と、美優が大地を止める。大地は美優を冷ややかに一瞥すると、吐き捨てるように言った。「いいから言う通りにしろ。小島さんには、面倒なことになりたくなければ、すぐに要に伝えろと言え」そして大地は美優の横をすり抜け、六階へと向かった。美優は一瞬ためらったが、やはり大地の言う通りに暁に電話をかけた。六階の監視室では、「監視カメラの映像が、20分間だけ途絶えています!」と警備員が報告していた。大地は部屋の中を行ったり来たりしらがら、怒りで唇を震わせると、両手で思い切り机を叩きつけた。その音に周りの人間はびくりと肩を震わせる。「クソッ、ふざけやがって!加藤さんは要が一番忙しいこのタイミングをわざと狙って逃げ出した。なんて面倒な女なんだ!俺の面目も丸つぶれだ。何度も俺の監視下から逃げやがって……今すぐ空港、駅、それから京市に出入りする全ての交通機関に向かって、着いたらすぐに館内放送を流せ。ただ、迷子になったと言えばいいから」指示が出るや否や、特殊部隊の隊員たちはすぐに部屋を飛び出していった。大地は振り返り、美優を睨みつける。「まだ繋がらないのか?
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第670話

このまま二時間も経ってしまったら、一体どうやって天音を探すというのだろうか?まるで砂浜で針を探すようなものだ。玲奈は、椿から聞いた話を思い出した。天音の命は、あと三年しかないのだと。そんな体なのに二人の子供を連れて、外でどうやって暮らしていくというのだ?誰が天音たちの面倒を見てくれる?玲奈は顔を上げて自分の夫をじっと見つめた。昨日、要がパイプカットの手術を受けるという話をしたばかりだった。玲奈は要の望むようにさせてやれと暁に伝えていた。それなのに、裕也は自分を怒鳴りつけたのだった。結婚して三十年以上になるけど、裕也があんな風に怒ったのを初めて見た。遠藤家の血を絶やすつもりか、と言われた。もし手術で元に戻したとして、それはちゃんと機能するのか、と。裕也の言うことはあまりにも自分勝手なうえに、かなり亭主関白なことばかりで、少しも天音の気持ちを考えていなかった。夫がどんなにいい人でも、これだけは分かり合えないのだと、玲奈は気づいた。男女の間には、埋められない溝があるのだと。もし間違って妊娠したら、天音は死んでしまうというのに。もしかして裕也は、心の底で天音がいなくなることを望んでいるのではないだろうか。「やっぱり要に言いにいくわ。だって天音を放っておけないでしょ?ましてや想花ちゃんを見捨てるなんてできるわけない!」玲奈は裕也の手を振り払うと、要のほうへと歩き出した。「恵梨香には申し訳ないけれど!」裕也は玲奈の手首を掴むと、力ずくで腕の中に引き寄せる。そして、かなり厳しい口調で言った。「もっと大局を見ろ。俺ともうこんなに長い時間一緒にいるのに、まだこんな情に流されるのか?要をよく見ろ!現実を見るんだ!」玲奈が要に目をやると、大勢の人々が要を取り囲み、口々にお祝いの言葉を述べているの。「要は俺がたどり着けなかった高みにまで登り詰めた。俺がここまで来た時には、もう五十だった。だが、要はまだ若い。玲奈、これからは要の時代なんだ。たった一人の女のために、要の将来を潰すようなことをするな」その言葉に、玲奈の心は一瞬ぐらついた。しかし、脳裏に要と天音が共に過ごしてきた日々が浮かび、玲奈ははっと我に返って裕也の手を振りほどいた。「よく、『偉大な父親』と言うけれど、その言葉が何にでも当てはま
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