All Chapters of 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。: Chapter 671 - Chapter 680

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第671話

すると要は人混みをかき分け、ネクタイを外すと、大股で外へと向かって歩き出した。美優は呆然とその場に立ち尽くし、遠ざかっていく一才迷いのない要の後ろ姿を見つめていた。我に返った大地が要を追いかける。続いて暁、そして要の側近たちと言うふうに、誰もが要を追い何とか引き止めようとした。「要、俺はまだ何も言ってないじゃないか」「天音がいなくなったんだろ?子供たちも連れて行った。違うか?俺一人を残して!」大地は呆然としていた。要は回廊に立ち、遥か彼方の群衆を見下ろしている。すると裕也が要の前に立ちはだかった。「要、行ってはならん!行くとしても、就任式が終わってからにしろ!」要は冷ややかに裕也を見つめた。要の感情の読めない目は、普段から人を寄せ付けない冷たさがあったが、今は非情ささえ感じさせた。「すでに知ってたのか?」桜子はすぐに自分のシステムを起動し、天音の足取りを追う。焦りで手汗がすごかった。「隊長、何も見つかりません……天音さんはすべてを隠してしまったようです……飛行機のチケット情報も、電車の乗車記録も……全てありません」要は桜子を一瞥した。しかし、桜子は突然叫んだ。「隊長!空港へ向かう道路で信号機の異常が報告されてます。何者かにハッキングされたようです!」要は裕也に向かって一歩踏み出した。その目は底知れぬほど深く、まるで目に映るすべてのものを飲み込んでしまうブラックホールのようだった。怒りは感じられずに、ただ静かで冷たかった。裕也は一瞬、息子の中に今は亡き父の面影を見たような気がした。かつて一世を風靡した、偉大な官僚であった父の姿を。裕也は思わず一歩後ずさった。「要!行って!」玲奈は夫の体を支え、要に言った。「天音を連れ戻しに行きなさい。こんな役職辞めたっていいんだから」要は振り返り、幕僚たちを見下ろすように目を細めた。声には冷たい嘲笑が滲む。「俺は行ってもいいのか?」二秒ほどの沈黙が流れる。そして、皆の予想通り暁が最初に口を開いた。「隊長、行ってはなりません!あなたは、奥様だけのものじゃない。あなたは、もう『自分一人だけの存在』じゃないんです!あなたは我々全員の期待を背負っているんですよ。それなのに、なぜ行けると仰れるのですか?」「期待?何を期待しているんだ?富?
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第672話

突然、特殊部隊の隊員の一人が暁たちに向かって振り返り、中指を立て、「くだらない奴らめ」と吐き捨てた。「だから言ったろ、頭でっかちは信用ならないって。結局、頼りになるのは俺たちなんだよ。勉強のしすぎで頭がイカれちまったんじゃねえのか?隊長を出し抜こうなんて、思い上がりも甚だしいぜ」裕也は呆然と立ち尽くし、去っていく要の後ろ姿を見つめていた。要はすべてを投げ捨てた。しかし、裕也はふと思った。要はとっくの昔にすべてを手に入れていたかのでは、と。こんな時になっても、銃を持った特殊部隊の隊員たちを引き連れて、堂々と去っていったのだ。裕也は何かを察したのか、複雑な表情を浮かべる暁たちに向き直った。「要は君たちをもう必要としていないみたいだ。もっといい主を探すんだな」遠藤家が求めるのはもはや権力ではなく、ただひたすらに忠誠を尽くすしてくれる人々だったのだ。……黒塗りの特殊車両に前後を固められた、ストレッチ・リンカーンが猛スピードで道を駆け抜けていた。行く手を阻むものは何もない。車内では、美優が助手席で小さく体を縮こまらせていた。「続けろ」要は背もたれに寄りかかり、シャツの一番上と二番目のボタンを引きちぎるように外した。覗く肌には引っ掻き傷がちらりと見え、彼の苛立ちが窺える。美優は繰り返し続けた。「8時に、奥様の携帯が鳴り、奥様はそれを止めました。きっとアラームだったんだと……」要は大地を一瞥した。「美優さん、あなたの推測はいらないんだ。もう一度事実だけを話してくれ」大地は目を細めた。この女はどうも怪しい。何度言わせても、話の細部が食い違っている。美優はひどく慌てて、膝の上で両手を揉みしだき、全身を震わせながら続けた。「8時に奥様の携帯が鳴って、奥様がそれを止めて……『少し、お腹が空いてしまいまして。ご飯って、もうできていますか?九条さんと夏川さんも、かなり随分前に取りに行ったのにまだ戻ってこないんです』と」美優がまだ話し続けていたが、要は携帯を手に取り、通話履歴を調べた。しかし、履歴はすべて消去されていた。連絡先をスクロールし、要は英樹に電話をかけた。「おや、これはこれは。お偉いさんが俺に何のようだ?」携帯から英樹のからかうような声が聞こえてきた。「天音はどこだ?」「旦那はお前
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第673話

「俺に着いてきてほしくないなら、直接言ってくれればよかったのに。なんで俺を撒いたんだ?」「私言いましたよね?それも、二回」天音は英樹の手を払い、車の鍵を彼に押し付けた。そしてリュックを背負い、想花を抱きかかえる。「では、もう一度言いますね。着いてきていただかなくて結構ですから」「本当に頑固で、母親とそっくりだな。一体要が何をしたって言うんだ?要にチャンスぐらいやって、話を聞いてやったらどうなんだよ?」天音は暗い目をして、VIP搭乗口へと振り返って歩き出した。「大智、ついてきて」大智は英樹をちらりと見たが、天音の後ろをついて行くしかなかった。英樹は焦った。このまま天音を行かせるわけにはいかないのに。だって天音はあんなに体が弱いのだから。何も考えずに駆け寄って天音を引き留めたい。でも、天音を怒らせて心臓発作でも起こされたら……そう思うと、一歩が踏み出せなかった。「天音……」要のやつ、空港を封鎖させるとかできないのかよ?いったい何をしているんだ?英樹は、天音が二人の子供を連れて搭乗するのをただ見ていることしかできなかった。英樹は電話をかけた。「どこにいるんだよ?もう、行っちゃったぞ。飛行機に乗っちまった……」……要は電話をブチッと切った。こっちはまだ着いてもいないというのに。要は桜子に目をやった。「うちの妻に付いてプログラミングを学んでたよな?」「はい、教えていただいてました」と桜子は答える。「ハッキングはできるのか?」桜子は驚いて目を見開いた。天音から教わってはいたが、口止めされているのだ。しかし、桜子はうなずいた。「9時にシリコンバレーへ飛ぶ便のフライト情報に侵入して、現地の気象データを書き換えろ」「はい」桜子はすぐに作業に取り掛かった。「電話一本でフライトを欠航させればいいじゃないか」と、大地が言った。「だって、その方が早いだろ?」「そしたら天音はすぐにおかしいと気づいて、子供たちを連れてどこかへ行ってしまう。空港から離れて、姿を消されたらもう見つけられない。そうなったら、俺は永遠に天音を見つけられなくなるんだよ」要は悲しそうに言った。「ったく。加藤さんの頭の中はどうなってるんだか……」大地はため息をついた。要は視線を美優に向ける。「もう一
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第674話

自分たちの姿は、都市監視システムに一秒たりとも映ることはないだろう。シリコンバレーに着けば、名前を変え、今までの身分を完全に消し去ることができる。もう要に見つかることはない。そして、月日が経った頃……三年という期限がくれば、要は自分が死んだことを知るだろう。人は去り、そして忘れられる。それでも日常は続いていくのだから。……要が到着した。「やっと来たか!なぜ三人しか連れてきてないんだよ?特殊部隊の隊員は?早く空港を包囲するんだ!もう搭乗はしたんだけど、フライトは遅れてるらしい。VIPラウンジ向かった姿は見ていないから、多分ロビーにいるはずだ」英樹は焦ったように言った。しかし、英樹は要が駆けつけることができたことに、心の底から衝撃を受けていた。まさか天音のために、あれほどの地位を投げ打つなんて。十数年もの歳月をかけた計画だったのに。「俺が結婚したあの夜、なぜ平野先生を拉致したんだ?」要が不意に口を開いた。英樹は驚きに目を大きく見開いたが、要の耳元で声を潜めた。要の顔つきが、みるみる険しくなっていく。要は一行を連れてロビーの二階へと上がり、フロア全体を見下ろした。要は桜子の方を向く。「通話し続ければ追跡できるか?」「はい、隊長」と桜子は答えた。それから要は、同じことを繰り返し言わされ、すっかり参っている美優に目をやった。「一度だけチャンスをやろう。天音から君に電話をかけさせることができれば、君の過ちは不問に付してやる」過ち?その言葉が、美優の胸に重くのしかかった。美優は罪悪感でいっぱいだった。でも、どうして要にバレたのだろう。自分は、ただ天音が立ち去るのをただ見送っただけなのに。美優は携帯を取り出したが、どうしていいか分からず戸惑っていた。「俺が言う通りに、一語一句メッセージを打て」と要は言った。「母が重い病気で入院して、治療費が足りません。奥様、少し貸していただけないでしょうか」美優は驚いて固まったが、すぐに頷くと、天音にメッセージを打ち始めた。「隊長に奥様がいないことがバレました。クビにされそうです」その瞬間、携帯が鳴った。要が冷たい目つきで命じた。「電話に出ろ!出たらすぐに泣け!泣き続けろ!」美優が電話に出ると、桜子はが即座に一つの
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第675話

「この便に乗るのか?」要は天音を抱きしめ、搭乗口に向かって大股で歩き出した。「もう何もいらないんだ。これからはずっと、君のそばにいたい」天音は慌てて身をよじった。壁の時計の針が刻一刻と進むのを見て叫ぶ。「だめ、だめよ!あなたは早く就任式に行かないと!急がなきゃ!」天音は要の手を引いて外へ向かいながら、大智に大声で言った。「想花を抱っこしてあげて。行くわよ」大智はすぐに想花を抱き上げ、二人について外へ歩き出した。天音は急足で要の手を引きながらロビーを出て、あたりを見回す。しかし、外には誰もいなかった。暁も、大地も、達也も、特殊部隊の隊員すらいなかった。「どうしてあなたがここに来るまで誰も止めようとしなかったの!」天音は怒ったように言った。しかし、要は何も言わず、ただ天音を抱きしめるだけだった。天音はどうしようもなくなり、とりあえずタクシーを一台止た。ドアを開けて要を押し込む。振り返って想花を抱き上げようとした瞬間、車内に強く引きずり込まれ、要の腕の中に閉じ込められた。要にがっちりと抱きしめられ身動きが取れず、天音は小声で抵抗した。「大智、想花を抱いて車に乗って!」大智は想花を抱いて車に乗り込んだ。兄妹は黙って天音と要を見つめている。「すみません、公会堂まで急いでください」「公会堂は今、厳戒態勢が敷かれてますよ。なんでも今日はお偉いさんが来るとかで……」「そんなことはどうでもいいんです!とにかく早く出してください!」天音が叫んだその時、不意に腰を引かれ、要の胸の中に倒れ込んでしまった。天音は要の太ももをまたぐように膝立ちになり、要に腰をきつく抱きしめられた。要は天音の小さな顔を両手で包み込むと、まるで理性を失ったかのようにその唇を奪った。子供たちがそばにいるので、天音は抵抗する。「要……ちょっと……んっ……やめ……んっ……こんなこと……んん……」しかし、止まらない要はさらに天音の襟元を掴んで、そのキスを鎖骨へと落とした。瞳を深く沈ませて囁く。「天音、俺から離れるな」軽くパニック状態の天音は、要の手を押さえつけた。「わかった、もうどこにも行かないから。だから、とにかく一旦落ち着いて!」もうなすすべがなくなった天音は、顔を真っ赤に染め、仕方なく要を腕の中に抱きしめた。要は天音の胸に顔をう
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第676話

要は翳りのある瞳を開け、天音の重そうなリュックをそっと下ろした。それから襟元を直し、大きな手で彼女の小さな顔を包み込んで、少し顔を上げるとキスを落とした。声を出せば、隠している気持ちがばれてしまいそうだったので、要は何も言わなかった。ただ、ひたすら情熱的に天音にキスをした。突然、後ろから十数台の黒い車が現れ、猛スピードでタクシーを追いかけてきた。しかし次の曲り角では、特殊部隊の隊員が乗ったパトカーが二台、後ろの黒い車の前に立ちはだかり応戦する。一触即発の事態だった。何とかタクシーは無事に、公会堂の東の入り口に到着した。天音は腕時計に目を落とし、落ち込んだ。「十時十分になっちゃった」玲奈も残念に思ったが、天音たちが無事に戻ってきたのを確認すると励ますように言った。「もう終わっちゃったことは仕方ないじゃない。要はまだ若いんだから、チャンスはいくらでもあるわ。それに、若いからって仕事ばかりじゃだめでしょ?時間があるなら、奥さんや子供と一緒に過ごさないと」玲奈は想花を抱き上げ、大智の手を引いて中へと入っていく。要は天音を休憩室に連れて行った。天音はしょんぼりした様子で要の胸に寄り添い、小声で言った。「ごめんなさい。あなたがすべてを投げ出して、私を探しに来るなんて思わなかった。それに、まさか誰もあなたを止めないなんて」要は天音の小さな顔を持ち上げてじっと見つめる。「もしこのことを予測できていたら、君は別の方法で俺から離れていくつもりだったのか?」天音は言葉に詰まらせ、ばつが悪そうに呟いた。「そんなことないわ」天音は要の額に手を当て、彼の様子を注意深く観察する。見たところ普通だ。さっきの要は、何かに取り憑かれたみたいだったのに。「天音、どうして俺から離れようとしたんだ?」要が天音を抱きしめながら、耳元で優しく尋ねた。天音は要の胸にそっと寄りかかり、両手を彼の胸に当て見上げる。自分はもうすぐ死んでしまうこと。要の腕の中で死にたくないこと。昔の自分のように、要に辛い思いをさせたくないこと。だんだん醜くなって、自分のことすらできなくなる姿を見られたくないこと。これらを、どう伝えればいいというのだろうか。天音は特に何も答えず、ただつま先立ちをして、要を見上げた。それに合わせて要も天音に高さを合わせる。二人は
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第677話

「平野先生はルールを破って君を悲しませたから、クビにした。その後は、彼女より腕のいい心臓外科の専門家が実験室を引き継いだから、もう二度と彼女に会わずに済む。いいな?」要は天音の鼻をちょんとつついた。「俺が君をどれだけ大事にしているか分かっただろ?だから、お返ししてくれてもいいんじゃないか?」天音はカルテを見ながら、おずおずと口を開く。「ここに、私のカルテは……ないの?」「なんで君のが必要なんだ?君は健康なのに」要は目に浮かぶ心配の色を隠しながら、天音の柔らかい髪をくしゃっと撫でた。「最近、心臓の調子が悪いのか?それとも、誰かに何か言われた?」「ううん」天音は笑顔を浮かべた。「どこも悪くないわ」天音は要の首に抱きつき、急に嬉しくなって、甘えるように言った。「あなた、愛してる」要がそっと天音の後頭部に手を添えると、天音は彼の胸にすり寄った。「さあ、起きてネクタイを結んでくれないか?」「え?」「君との約束は絶対に破らないから」要は少し間を置いて言った。「さっき、君が俺に頼んできたんだろ?もうすぐ俺の番なんだ」「え?どういうこと!」天音は興奮を隠せなかった。要の無事と出世を願った時、彼は「分かった」と約束していたのだった。要は優しく天音の体を起こすと、紺色のネクタイを手渡した。そして天音の両手をとって自分の首に回させ、鼻の頭をちょんとつついて言う。「俺の後ろから見ててくれ。テレビの前なんかに隠れてないでさ」「何言ってるの!10時からじゃなかったの?もう間に合わないんじゃ……」要は軽く笑い、天音の柔らかい耳たぶを指でなぞった。天音はくすぐったくて身をよじり、ネクタイをぐいっと要ごと引っ張ってしまった。要が思わず顔を屈める。「結べるか?」「やったことないけど……」天音は携帯を取り出し、ネクタイの結び方を検索し始めた。「子供の頃、制服のリボンは結んでたから。きっと、似たようなもんでしょ」動画を見ながら、それっぽく結び始めた。要は天音の頬を軽くつねりながら、彼女の嬉しそうなつぶやきに耳を傾ける。「あなた。どうして?なんでこんなことに……」そしてふと何かを思い出したのか、天音は少し困ったような顔をした。「こうなるって知ってたら、さっきは放っておいたのに……」「何だと?」要の顔が一瞬で曇
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第678話

天音はゆっくりと顔を上げ、裕也に視線を向ける。天音からした義父の裕也の印象はは、いつも優しくて穏やかな人だったので、自分と要の仲を邪魔しているのは、義母の玲奈だと思っていた。でも、それは間違いだったようだ。遠藤家の血筋を、一番気にしていたのは遠藤家の人間だったため、義母だけの問題であるはずがなかったのだ。「お父さん。それはどういう意味ですか?」天音は動揺を押し殺し、冷静を装って尋ねた。「あなたの代わりに子供を産む女を探す、ということだ」裕也の表情は落ち着いていて、少しも変わらない。まるで今日の天気でも話しているかのように、淡々としていた。天音は、以前椿に言われた言葉を思い出し、寂しげにうつむいた。「私に言われましても……」「子は正式な跡継ぎでなければならないから、あなたの籍に入れる必要があるんだよ」裕也の声は平坦だった。「だから、あなたの同意がいる」天音は胸を押さえた。心臓が張り裂けそうだった。天音の顔が青ざめているのを見て、裕也はなだめるように言った。「あなたがその子供を育てる必要はないし、会わなくたっていい。なんなら、いないものだと思ってもらって構わないんだ。その子が、あなたたちの生活の邪魔をすることはない。ただ、要には遠藤家に対する責任を果たしてもらう。それだけのことだから」天音の唇から血の気が引き、真っ青になっていた。お腹の前で固く握りしめられた手も、痺れている。胸が張り裂けそうだった。それでも必死にこらえて、か細い声で尋ねる。「要もそう思っているんですか?」「要は遠藤家の一人息子だ。跡継ぎを残すのは要の責任であり、義務なんだよ」裕也の声に冷たさが滲み出て、天音を見る目からは優しさが消えた。「少し考えさせていただけますか?」「あなたを嫁にもらうために、要はとてつもない代償を払ったんだ。俺たち親の気持ちを少しはわかってほしい。たった一度きりの関係で生まれる、二度と会うことのない子供だ。あなたたちの生活の邪魔をすることはないんだよ」もうすぐパイプカットの手術を受けるとまで言い張っている要に、裕也は言い勝てなかったのだ。だから天音を説得するしかなかった。子供……天音が言葉を詰まらせる。何かを言おうとしたが、声になっていなく、ただ小さく頷くだけだった。その時、裕也
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第679話

常識のない女を嫁にしたことで、みんなに笑われているのは分かっている。すらりとした立ち姿で要は、しばらくその場に立ち尽くし、天音が階下へ降りた後、他の人たちと会議室へ向かう姿を見送っていた。大地の言う通り、自分は確かに狡猾だと思う。だが、全てはもう決まっているのだ。これから何が起きても、結果は変わらないし、今日ここに来ていなかったとしても、何も変わらなかっただろう。自分のものは、自分のもの。ただそれだけなのだから。敵は弱く、時の運もこっちにあった。そして、あの時天音は離婚を決めた。さらに、タイミングよく、この話を引っ掻き回そうとする輩も現れた。天音はあんなにも自分のことを心配し、気を揉んでいた。そこで、天音を騙して連れ戻すチャンスだと思ったから、周りの思惑通りに振る舞い、奴らの茶番に付き合ってやったのだ。しかしさっきの天音は、顔面蒼白でひどく怯えているようだった。様子がおかしい。また何かあったのだろうか。そう思い要は眉をひそめたが、すぐにふっと笑った。面倒を起こさず、自分を怒らせないなんて、そんなの天音じゃない。自分はそんな天音を娶ったのだから。腹を立てさせられるのも、自業自得というものだろう。受け入れるしかないのだ。……天音は想花と大智を連れて黒い車に乗り込んだ。「若奥様、これは若様からです」と、彩子が弁当箱を差し出した。「何ですか?」天音が受け取って蓋を開けると、ふわりといい香りが鼻をくすぐる。途端に目に涙が浮かんだ。「ママ、食べたい」想花の声がすぐそばでする。天音は瞬きで涙をこらえると、フォークでおかずをひとつ刺し、想花に差し出した。それは今朝、家を出る前に由理恵と彩子に言って、こっそり厨房から持ってきてもらったものだった。どんな些細なことでも、要は必ず気づいて応えてくれる。要……なんて完璧な人なんだろう。それにひきかえ、自分は……「ママも食べて」想花がおかずを天音の口元へ運んだ。一口食べると口の中に、幸せな味が広がる。その時、携帯が鳴った。手に取ると、要からの短いメッセージが届いていた。【会いたい】外に向けた天音の目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。しかし、次の瞬間裕也の冷たい視線と目が合った。天音は慌てて俯くと、携
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第680話

「あなた、まさか最初からこんなこと考えてたの?要に結婚させて、この地位に就かせた後で、天音を利用するつもりだったわけ?」裕也は言った。「利用だなんて人聞きの悪い。天音は産めないんだ。だから、俺が代わりに産む女を用意してやる。それが何か問題か?それに、お前だって平野先生の話は一理あると言ってただろ?」「私が考えていたのは代理出産よ。でもあなたは違う。あなたは最初から要にあてがう女を探してた!」玲奈は持っていた写真の束を裕也に叩きつける。写真が床一面に散らばった。「この恥知らず!もし昔、私に子供ができなかったら、あなたは私にも同じことをしたの?」「馬鹿なことを言うな!」裕也は玲奈の言葉にカッとなり、声を荒げた。「玲奈、少しは冷静になれ!天音は、もう長くないんだ。別れが来たら、要には何の希望も残らない。それなのに要はこれから先、どうやって生きていけばいいんだ?要は今日、自分のキャリアも、遠藤家の名誉も全部捨てて、出て行ってしまった。でも、数年後は?要はもしかしたら……よく考えてみろ。お前が一番よく分かっているはずの息子が、一体何をしでかすのか?昔、菖蒲との婚約破棄に反対した時でさえ、要は何年も家に寄りつかなくなったじゃないか」玲奈がその場に立ち尽くしていると、裕也に抱きしめられた。そのまま彼の腕の中で崩れ落ちる。床に散らばった写真を掴みながら、感情をぶつけるように呻いた。「代理出産よ、代理出産をお願いするわ」「要は絶対に同意しない。それに、どうやってあいつに種を提供してもらうつもりなんだ?そんなこと、お前にだってできないだろ?な?こんな状況でどうやって代理出産を実現させるつもりだ?考えてみろ。この間、天音の指から元夫の結婚指輪が抜けなくなった時、要は内心面白くなかったはずなのに、天音が痛がると思ったから、じっと我慢して自分では指一本触れず、皮膚科の医者を呼んで外してもらったんだぞ。そんな要が、天音の採卵に同意すると思うか?そんなことは、天と地がひっくり返ってもあり得ない。それに、代理出産なんてことが世間にバレたら、要のキャリアは終わりだ。だから、相手の女はこちらで用意する。我々が認めれば、関係ができるが、認めなければ、ただの他人なんだ。玲奈、たった一度の関係だ。ただ子供が一人増
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