……家に着いたのは、もう夜遅くだった。シャワーを浴びた要は、少しだるそうにソファに寄りかかっていた。テーブルには書類が山積まれている。明日、目が覚めてB国行きの飛行機に乗っていると知ったら、天音はきっと大喜びするだろう。もしかしたら、抱きついてきてキスをせがむかもしれない。要は口の端を少し上げると、書類を手に取り目を通し始めた。そして、彼女がなぜ階下でそんなに長い時間をかけているのか不思議に思った。子供たちもいないのに……天音はソファに座っていた。裕也が、薬の入った水を一杯差し出す。その傍らには、真っ白なキャミソールドレスを着た女性が立っていた。「天音」玲奈は口を開いた途端、言葉を詰まらせ、天音の手を掴む。「あなたが良い子だってわかってるわ。だから、一度だけ私たちを助けてちょうだい」天音はその女性を見た。色白で美しく、ウェーブのかかった長い髪が肩まで流れている。その優しく可憐な様子は、自分とほとんど見分けがつかなかった。天音はぎゅっと拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、微かな痛みが走る。その痛みが、少しずつ胸を締め付けていくようだった。視線の先には、裕也の真剣な眼差しと、玲奈の悲しみに満ちた期待があった。天音はグラスを手に取り、階段を上がっていった。裕也と玲奈は明らかに安堵の息を漏らした。天音の心臓に、突き刺すような痛みが走った。胸を押さえ、ふらつく足取りで一歩ずつ階段を上る。自分に残された時間があと何年なのか、分からなかった。でも、自分は要に嘘をついていた。心臓の調子が悪い。とても、悪いのだ。この感覚は、白樫市にいた頃に発作を起こす前の症状と似ていた。要の為に、何かを残してあげたいと、心からそう思った。部屋に入り、テーブルに水を置くと、要に手を握られ、そのまま彼の腕の中に抱き寄せられた。天音は、愛情のこもった要の優しい眼差しを見つめた。「下で随分長かったじゃないか。何をしていたんだ?」要はそう言いながら、グラスに手を伸ばした。天音はその水を見つめた。底に沈殿物が残っている。要が喉を鳴らして一口飲むのを、目の縁を赤くしながら見守った。要は目元を微かに震わせると、グラスを置き、天音の小さな顎を指でつまんで尋ねた。「どうした?」天音は胸にこみ上げる切ない気持ちを必死に抑え
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