All Chapters of もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!: Chapter 371 - Chapter 380

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第371話

梨花の言葉を聞いて、美咲は烈火のごとく怒り狂った。「これ以上デタラメを言うなら、優真先生に聞いてみるわ。どんな教育をしたら、離婚しても元夫につきまとう弟子が育つのかってね!」以前の梨花なら、こうした脅しを一番恐れていただろう。反撃するにも慎重に損得を考え、周囲に迷惑がかからないか、少し圧力をかけられただけで生活が脅かされるのではないかと、ビクビクしていた。だが今、梨花は恐れるどころか、鼻で笑った。「どうぞ、聞いてみてください。そうすれば、鈴木家のスキャンダルが今夜中に世間に知れ渡ることを保証しますよ」脅しなら、こっちだって負けてはいない。どっちが怖いか試してみればいい。自分たちが潔白で、少しもやましいことがないとでも思っているのだろうか。それを聞いた美咲は怒りのあまり車のシートを叩き、運転手にスピードを上げるよう命じると、激昂した声で言い放った。「そこで待っていなさい!!」梨花は、彼女がここへ向かっているとは思わなかった。十分もしないうちに、美咲は大勢のボディガードを引き連れて、彼女の家の前に立っていた。どうやら、きっちりと落とし前をつけさせるつもりのようだ。美咲は多勢に無勢をいいことに、軽蔑した目で梨花を見た。「あなたの薬が無事に発売できるかどうかまだ分からないのに、私と張り合えると思ってるの?」桃子は黒川家で誓ったのだ。何があっても梨花の薬を発売させない、と。このクソ女、自分がすべてを掌握しているとでも思っているのか。梨花は冷ややかな目を向けた。「今日は口喧嘩をしに来たんですか?」「……」美咲はカッとなって本来の目的を忘れかけていたが、ハッと思い出した。「一真はあなたのために、黒川家に盾突こうと必死なのよ。今すぐ彼に電話して、馬鹿な真似はやめさせなさい」梨花は驚いた。以前、一真とは話し合って決着がついたはずだ。もう自分のために復讐など考えないだろうと思っていたのに。だが、美咲の思い通りにはさせたくない。「彼は私の言うことなんて聞きませんよ。母親のあなたでさえ止められないのに、私に何ができるのです?」その堂々とした態度は、以前の従順な姿とは大違いだ。美咲は怒りでこめかみが痛み出した。「あなたの言うことを聞かないって?聞きすぎてるくらいよ!
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第372話

一真の声は穏やかだったが、その奥には確固たる決意が滲んでいた。この時ばかりは、綾香も珍しく彼を見直した。なかなか男らしいじゃないか。もし竜也が彼のように家と縁を切る覚悟を持てるなら、梨花のお腹の子にも父親ができるのに。梨花は綾香が何を考えているか知る由もなかったが、一真の家の揉め事に巻き込まれるのは御免だ。彼女は思わず口を挟んだ。「縁を切るなり何なり勝手にすればいいけど、私を巻き込まないで」彼女は一真を真っ直ぐに見据えた。「最初から言ってるでしょう。私のために何かしてもらう必要はないって。お母さんにもそう伝えておいて」言い終わるや否や、彼女はバタンとドアを閉めた。そこでようやく、綾香が口を開いた。「桃子の件さえなければよかったのにね」「どういうこと?」梨花は喉の渇きを覚え、キッチンカウンターへ行って水をグラスに注いだ。水を一口飲んだところで、ドアの外から激しい物音が聞こえてきたが、すぐに静まり返った。おそらくあの母子の間で何かが起きたのだろう。綾香も驚いて胸を撫で下ろし、さっきの話を続けた。「もし桃子のことがなければ、彼だってそこまで悪くないってことよ」少なくとも、家族が仇である竜也よりはマシだ。梨花はグラスの水を半分ほど飲み干し、淡々と言った。「弁護士のあなたなら、一番よく知ってるはずでしょう。この世にもしもなんて存在しないって」時間は巻き戻せない。人は起きてしまったことを背負って、前に進むしかないのだ。自ら望もうと、強いられようと、最初からやり直すチャンスなんてない。「まあ、そうね」綾香はため息をついた。「たまには理想を語ってみたかっただけよ」ピンポーン――不意にチャイムが鳴った。モニターを見なくても、誰が来たかは分かっている。だが、梨花も一真にはもっとはっきりと伝えておくべきだと感じていた。彼女はグラスを置き、ドアを開けた。そこに立っていたのは、スーツ姿の男だ。「お母さんは帰ったの?」「ああ」一真は小さく頷き、申し訳なさそうに言った。「驚かせたね。母さんにはきっぱり言っておいたから、もう二度と訪ねてくることはないはずだ」まさか母さんがこれほど分別をなくしているとは思わなかったのだ。梨花は一度目を伏せ、再び彼を見て冷
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第373話

その後、二人は確かに再会した。何千回も顔を合わせ、あの新居で、彼女は何日も彼を待ち続けた。そして彼もまた、数え切れないほど彼女を裏切った。願いは叶ったはずだったのに、彼は自らの手でそれを粉々にしてしまったのだ。一真は誰のせいにもしなかった。桃子のことさえ責めなかった。責めるべきは自分だけだ。なぜもっと早く気づかなかったのか。桃子の性格が記憶の中の少女とはまるで違うことに違和感を抱いていたのに、たった一つのお守りで彼女を信じ込んでしまった。あまつさえ、桃子のためなら数え切れないほどの理由をつけ、彼女を底なしに甘やかしてきた。昨夜、このガラス瓶を見つけた時、一真は悔しさで気が狂いそうだった。梨花は目を伏せ、彼の手にある大切に保管されていたガラス瓶を見て、一瞬心が揺らいだ。覚えている。彼との再会を心待ちにしていたことも。でも……彼女はとっくに大人になっていた。両親の庇護の下、何の憂いもなく笑っていたあの頃の少女ではない。年齢を重ねた今の彼女が求めるものは、あの頃とは完全に変わってしまった。五歳過ぎに黒川家の砂利道に跪かされた時、その願いはとうに忘れた。あの時、冷たい地面に膝をつきながら彼女が考えていたのは、いつになったら黒川家から逃げ出せるのか、誰か空から舞い降りてこの地獄から救い出してくれないか、それだけだった。そして、その人は確かに現れた。けれど救いに来たのは、今目の前に立っているこの人ではない。そんなことを思い出し、梨花は少し胸が締め付けられるような思いで鼻をすすった。「覚えてるわ。母さんが折ってくれたのよね」「あなたの言葉、今でもずっと覚えてるよ」一真は真剣な眼差しで、誠実に言った。「やり直すことはできなくても、せめて友達にはなれるはずだ。普通の友達でいいから」ここ数年、一真は決して良い夫ではなかった。だが、根っからの悪人というわけでもない。綾香が言っていたように、梨花が最初から彼を完全に信頼していなかったからこそ、結婚生活が破綻しても、彼に対して深い恨みを抱かずに済んだのかもしれない。結局のところ、この結婚は彼女の当初の目的には合致していたのだ。三年間、確かに彼女は一時的に黒川家の支配から逃れ、以前よりはずっと自由でいられたのだから。梨花は
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第374話

一真は呆れたように言った。「友達がついでに買ってきたケーキすら、受け取ってくれないのか?」「わかったわ」梨花は片手にガラス瓶を持ったまま、もう片方の手で紙袋を受け取った。「綾香の分も、ありがとう」彼が立ち去ると、綾香が近寄ってきて手の中のものをしげしげと眺めた。「まったく、言いたくないけど、一真の方が竜也よりよっぽど気が利くわね」拒絶されても、こうして情に訴えるなんて。カッコつけてばかりで素直じゃない竜也とは大違いだ。梨花はドアを閉め、ケーキの入った袋を彼女に渡した。「これからはただの友達でいるって言ってたわ」「ただの友達?」綾香は袋の中を覗き込み、目を輝かせて即座に前言撤回した。「あら、私の好きなティラミスとミルフィーユじゃない?ただの友達でも何でもいいわ、とりあえず認めてあげる」「……」梨花は思わず笑ってしまった。何か言おうとした矢先、綾香がショートケーキを彼女の手に押し付けた。「これはあなたの好きなやつでしょ」それは、竜也の好物だ。昔、竜也はケーキのような甘いものには一切手をつけなかった。ある時、彼女がショートケーキを食べていると、彼は嫌そうな顔をしながらも一口食べたのだ。それ以来、梨花はいつもショートケーキを選ぶようになった。そうすれば、彼と一緒に食べられるから。妊娠中とはいえ、梨花に仕事を疎かにするつもりは毛頭ない。特に新薬の発売が迫っているこの重要な時期、彼女はほぼ全ての神経を研究所に注いでいた。外来診療以外の時間は、三浦家に行く時を除いて、ずっと研究所に籠もり、自ら臨床試験を見守っていた。あの日、玄関先で美咲に言われた言葉を思い出すと、背筋が凍るような思いがした。彼女は一層気を引き締め、何かの間違いが起きないように細心の注意を払った。自分の心血を注いだ結晶を、無駄にするわけにはいかない。梨花が機器の横でデータを確認していると、弘次もやって来た。「佐藤リーダー、僕も一緒に待ちますよ」「ええ、お願い」梨花は少しも躊躇わず、笑顔で答えた。弘次は彼女がこれほど自分を信頼しているとは思わず、自分がデータをすり替えたことに全く気づいていないと確信した。彼は気を良くして椅子を引き寄せ、横に座ると探りを入れた。「佐藤リーダー、
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第375話

梨花が言い終わらないうちに、データが出た。和也と二人で目を通すと、互いの目に安堵と興奮の色が浮かんでいるのが見て取れた。薬の発売は、ほぼ確実だ。和也は爽やかに笑った。「このプロジェクトが成功すれば、君の市場価値は黒川社長に迫る勢いだ」「……」梨花は苦笑した。「まさか」足元にも及ばない。黒川家の資産は、薬を一つ開発したくらいで追いつけるような規模ではないのだ。とはいえ、自分の理想を叶えられただけで、彼女は十分に満足だ。二人が言葉を交わしていると、和也のスマホが突然鳴り出した。彼は窓際へ行って電話に出た。しばらくして戻ってくると、彼は少し申し訳なさそうに切り出した。「家でちょっとしたことがあって……悪いんだけど、力を貸してくれないか?」「何でしょうか?」梨花は即答した。「今までどれだけ助けてもらったと思ってます?私にできることなら何でもしますから、遠慮しないでください」かつて彼女がクリニックで働けるようになったのは、恩師の顔を立ててもらったとはいえ、和也が黒川家に睨まれるリスクを承知で受け入れてくれたおかげなのだ。そこで和也は事情を話した。「さっきのは親父からの電話なんだ。親父の古い友人が帰国したんだが、病状が少し重いらしくて。君に診てもらえないかって」難病と聞いて、梨花は興味をそそられた。「病名は?」「早期の肺がんだ」彼女の瞳にやる気がみなぎるのを見て、和也は補足した。「相手は少し考えが古くてね、手術するのを嫌がっているんだ。今回帰国したのも、漢方医に診てもらって、保存療法的な治療法がないか探すためらしい」梨花の患者の中にも、そう考える人は少なくない。ただ、それは運任せなところがある。運良く腕利きの漢方医に出会えれば、確かに治る可能性はある。だが運が悪く、信頼できる医師に巡り会えなければ、いたずらに時間を浪費し、病状を悪化させるだけだ。梨花は事情を理解し、水を一口飲むと尋ねた。「それなら、いつ行きますか?」「今すぐ行けるか?」和也は困ったように言った。「その人が今、うちに来てるんだ。もし良ければ、今すぐ診てもらえると助かる」こういう病気は、早いに越したことはない。梨花は手際よく白衣を脱ぎ、バッグを手に取った。「データも
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第376話

梨花は若いため、患者にこうして値踏みされることには慣れており、気にしなかった。「篠原さん、まずは脈を診せていただけますか」それを聞くと、和也の両親は慌てて彼女を座らせ、使用人にお茶とお菓子を用意させた。梨花は篠原の横に座ると、すぐには何も聞かず、静かに手を伸ばして脈を取った。他の者たちも息を潜め、彼女の診断を待った。梨花が手を離すと、篠原の方から尋ねた。「どうだ?」「治せます」梨花は端的に言った。「漢方薬と鍼治療を併用します。ただ、今は往診の時間がないので、定期的に診療所に通っていただくことになりますが」往診は時間も労力もかかる仕事だ。あまり多くは引き受けたくない。特に、よく知らない相手ならなおさらだ。三浦家の依頼を即座に引き受けたのは、一つには三浦家とパイプを持ちたいという下心があったからだし、もう一つは海人の家族だからだ。警戒心もそこまで抱かずに済むし、何より真里奈に親近感を覚えたからでもある。真里奈のためなら、少しくらい手間がかかっても構わないと思っている。篠原は気にする風もなく笑った。「それは構わんよ。治るというなら、それだけでありがたいことだからな」和也の父も驚いて梨花を見た。「本当に治せるのか?確率はどのくらいだ?」和也から梨花の腕が立つとは聞いていた。だが、若い医者の腕などたかが知れていると思っていたのだ。本当は篠原を大家である優真先生の元へ連れて行くつもりだったのだが、篠原が面倒がって、優真の弟子で優秀な者はいないかと自分から言い出したのだ。優真も高齢だし、あまり無理はさせられないからと。梨花は少し考えてから答えた。「八割です」実のところ、これでも控えめに言った数字だ。だが恩師からは、患者の前では断定を避けるよう教えられていた。病を治すには患者の協力も不可欠で、医者だけでコントロールできるものではないからだ。和也の母はパンと膝を打ち、嬉しそうに言った。「和也が梨花の腕は僕よりずっと上だって、言ってたのは本当だったのね。やっぱり医学にも才能ってあるのよ」息子の和也をからかうことも忘れない。梨花は微笑むだけで多くは語らず、処方箋を書き、クリニックでの鍼治療の時間を打ち合わせてから、帰る支度をした。篠原も同時に立ち上がった。
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第377話

竜也は眉をひそめた。「好きにさせろ。あいつがそういう情に弱いのを、俺が止められるわけもない」そういう性格でなければ、昔あんなに一真に振り回されたりしなかったはずだ。考えれば考えるほど苛立ちが募る。孝宏が何か言う前に、彼は冷ややかな顔で立ち上がった。「車を出せ。桜ノ丘に行く」梨花が和也の実家を出る時、篠原が送ると申し出たが、彼女は迷わず断った。一人で帰宅すると、一真がすでに料理の入った袋を持ってドアの前に立っていた。「木村が、僕がここに住んでると聞いてね。あなたの好物をわざわざ作って持たせてくれたんだ」結婚していた三年間、鈴木家での生活において梨花を一番気にかけてくれたのは、あの家政婦の木村さんだった。梨花はその袋を見て、自分と綾香だけでは食べきれないと悟った。そこで礼儀として一応尋ねた。「ご飯は食べた?よかったら一緒にどう?」「いいのか?」一真の瞳が輝いたが、すぐには頷かず、不安げに聞き返した。梨花は一瞬、幼い頃の一真を思い出した。あの頃の彼もこうだ。どこか遠慮がちで、人の顔色をうかがうようなところがあった。梨花は唇を軽く結んだ。「ただの食事よ。ダメなことなんてないわ」「じゃあ、お言葉に甘えるよ」一真は穏やかに微笑み、彼女について家に入った。梨花が下駄箱を開けてスリッパを出そうとすると、一真がサイズの合いそうな男性用スリッパを見つけ、指差した。「これなら入りそうだ」「それはダメ」梨花はきっぱりと断った。口調が少しきつかったことに気づき、慌てて付け加えた。「それは竜也のよ。知ってるでしょう、あの人潔癖だから、自分の物を他人に触られるのを嫌がるの」そのスリッパは、買ってから竜也が一度履いただけのものだ。一真は表情をわずかに曇らせ、体の横で指を軽く握りしめたが、何も言わなかった。「確かにそうだな。じゃあ、適当なのを貸してくれ」「わかった」梨花はサイズの合うものが見つからず、使い捨てのスリッパを開封して渡した。全部、綾香が出張先のホテルから持ち帰ってきたものだ。来客時には役に立つ。一真はその辺りには無頓着で、文句も言わずに履くとダイニングへ向かった。綾香は今夜会議がなく、書類を抱えて帰宅していた。二人の方を見上げて言った。「タダ飯?
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第378話

梨花は医者だが、自分のことにはめったに気を遣わない。患者には偉そうに説教するくせに、自分の生活となると、甘いもの、冷たいもの、辛いもの、脂っこいもの、美味しいものなら何でも食べる。胃腸の調子が悪くなるのも当然だ。それでも、一真はどこか腑に落ちない様子だ。「本当にただの胃もたれか?」「他になにがあるって言うの?」梨花は何食わぬ顔で言った。「大したことじゃないわよ。自分で脈も診たし、分かってるわ」「ならいいんだけど」一真は不安を拭いきれないままだった。食事を終えると、長居は無用とばかりに席を立ち、帰っていった。梨花も玄関に立ち、ユウユウユウユウに声をかけた。「ユウユウ、行くよ。下で遊ぼう」「ワン!」ユウユウはソファから飛び降り、リードをくわえて嬉しそうに梨花の元へ駆け寄ってきた。梨花がリードを繋ぐと、綾香が心配そうに言った。「私が行こうか?転んだりしたら大変だし」ユウユウは高齢だが、竜也が贅沢に育てたおかげで健康そのものだし、力も強い。「大丈夫よ」梨花は彼女が今夜も徹夜で書類を見るつもりだと知っていた。「仕事に集中してて」ユウユウは元々温厚な性格だが、彼女が妊娠してからは、まるで何かを感じ取ったかのように、散歩の時はゆっくりと彼女に寄り添って歩くようになった。仲の良い犬に会っても興奮して駆け寄ったりしないし、相手が遊びに来ても、彼女の前に立ちはだかって守ろうとする。まるで、他の犬が手加減を知らずに彼女を傷つけるのを恐れているかのようだ。梨花は片手でユウユウを連れ、無意識に地下一階のボタンを押した。エレベーターを降りて違和感に気づいたが、戻ろうとした時にはすでに扉が閉まっていた。彼女は仕方なく外へ出ることにした。外へ出たら、見慣れない黒い高級車のドアが突然開き、見覚えのある美しい手が伸びてきた。梨花が反応する間もなく、骨ばった手が彼女の手首を掴み、車内へと引きずり込んだ。孝宏が素早く車を降り、手際よく彼女の手からユウユウのリードを受け取ると、車のドアを閉めた。その連携は見事なほどスムーズだった。梨花は男の膝の上に座らされていた。その際どい体勢に耳が熱くなり、体も強張る。「なぜここに?」向かいの部屋はずっと静かだったから、もう引っ越したのだ
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第379話

梨花は改めて、資本家という生き物の恐ろしさを思い知らされた。六百億円の借金。月々の利息だけで十二億円になる。分割払いだって?ふざけないで。一生利息だけを払い続けるハメになるじゃない。竜也は悪びれもせず頷き、真顔で言った。「これでも闇金じゃないぞ。法律で許容される範囲内だ」律儀に法律の講釈まで垂れてくる。梨花は言葉に詰まった。「いつから利息が発生するの?」男の手のひらが、彼女の腰の柔らかい肉を弄りながら、軽々と質問を投げ返してきた。「お前はいつ契約違反をするつもりだ?」「……」墓穴を掘ってしまった。梨花は深く息を吸い、なりふり構わず言った。「じゃあ、もう少し待つわ」少なくとも、新薬が発売されてまとまった金が手に入り、支払いの目処が立つまでは。竜也は余裕たっぷりに彼女を見下ろした。「で……一真とはどうなんだ?」「ただご飯を食べただけよ。綾香もいたし」契約書にも、一真と親密な接触をしてはいけないとあるだけだ。契約違反はしていない。久しぶりに素直な彼女を見て、竜也の心が動いた。彼は頭を下げ、その唇に口づけを落とした。「何を食べたんだ?」妊娠によるホルモンバランスのせいか、その軽い口づけだけで、梨花の体は抗えないほど力が抜けてしまった。「ご飯よ」梨花は彼を押し、その腕から逃れようとした。「ユウユウが待ってるから、散歩に行かなきゃ」男にしては珍しく聞き分けがよく、すんなりと彼女を離した。「じゃあ、俺も一緒に行く」「……」梨花は彼がどこからそんな余裕を持ってきたのか不思議だったが、何も言わなかった。二人は前後して車を降りた。孝宏からリードを受け取った時、彼の表情に「ようやく旦那様の春が来たか」とでも言いたげな安堵の色が見て取れた。このマンションは棟間隔が広く、環境も良く、この季節では敷地内は緑に溢れている。ユウユウの歩みがスローモーションのように遅いのを見て、竜也は眉をひそめた。「こいつ、カルシウム不足か何か?」普段彼が散歩させる時は、興奮してリードごと彼を引きずり回さんばかりの勢いなのに。「……」梨花は飼い方が悪いと責められているような気分になった。「それは……」まさか、自分が妊娠しているのを分かっていて、転ばないように
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第380話

「本当か?」「本当よ。で、食べる?」「いらない」「あっそ」 梨花は頷くと、彼が何か言うのを待たずに、マンションの入口にあるコンビニへ走っていった。しばらくして、彼女は冷たいアイスを少しずつ舐めながら、ゆっくりと戻ってきた。竜也はその場に立ち、子供のような彼女を遠くから見つめていた。その眼差しは限りなく優しい。彼女が近づくと、彼は表情を引き締め、淡々と尋ねた。「美味いか?」「美味しいわよ」「じゃあ、一口よこせ」このやり取りは、昔よくあったことだ。梨花は条件反射的に、まだ数口しか食べていないアイスを彼に差し出した。彼が頭を下げて齧り付いた瞬間、梨花は違和感を覚えた。親密すぎる。今二人の間で、こんな親密な空気は許されないはずだ。すぐに違約金を払えるようになって、刑務所から出てきたあの男が動き出せば、二人の間のこの僅かな温もりも、跡形もなく消え失せてしまう。我に返った梨花は、自分のアイスが大きくえぐり取られていることに気づいた。ごっそりと、一口で。この男は、昔と同じで意地が悪い。いつも「いらない」と言いながら、彼女が一つだけ買うと、こうして半分近く奪っていく。翌日には必ず、代わりを買ってくれるのだが。智子の邸宅へ向かう道中、孝宏と一郎は、竜也の機嫌がずいぶん良くなったのを感じていた。彼らの頭上に垂れ込めていた暗雲が、ようやく晴れ間を見せ始めたようだ。孝宏が時間を確認した。「旦那様、この時間に行っても、智子様はもうお休みでは?」竜也は淡々と言った。「寝てないさ」まだ九時だ。智子は普通の老人とは違う。明け方まで起きていることもザラだ。ドラマを見ているか、「俺様社長の溺愛」みたいなオーディオブックを聴いているかのどちらかだろう。智子はまさか彼がこんな時間に来るとは思っておらず、彼が入ってくるなり、ソファに寝そべったまま面倒くさそうに言った。「こんな夜更けに何しに来たの?暇なら、さっさと彼女の機嫌でも直しに行きなさいよ」孫嫁一人連れて帰る甲斐性もないくせに。どの面下げて会いに来たというのか。竜也は失笑した。「仲直りしたよ」アイスを大きく齧り取って、また怒らせたかもしれないが。「本当に?」智子はガバッとソファから起き上がり、テレビ
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