Semua Bab 狐の記憶に触れるたび、私はあなたに恋をした: Bab 21 - Bab 30

77 Bab

第21話 屋敷の異変

 中庭は相変わらず不思議な空間だった。春の桜、夏の紫陽花、秋の紅葉、冬の椿が同時に咲き誇り、季節の境界が曖昧になっている。華に初めて案内された時は、その美しさに感嘆するばかりだったが、今は別の感慨を抱いていた。 これは、自然の摂理を超えた現象だ。 一回りしてから部屋へ戻ろうとした私は、思い立って廊下の角に身を隠し、そっと中庭を覗き見ていた。すると、池のほとりに華が姿を現した。きょろきょろと周囲を見渡した後、水面を見つめながら何かを呟いている。 私は息を殺して、その様子を観察した。華は膝をついて池に手を伸ばし、水面に指先を触れている。すると不思議なことに、彼女の周りだけ風が起こり、池の蓮の花びらが舞い上がったのだ。 しかも、それだけではなかった。 夕日を背にした華の影が、地面に映っている。その影は人間の形ではなかった。長い尻尾のような影が揺れ、まるで四本足の獣のような輪郭を描いている。狐、そう、まさに狐の影だった。 私は思わず息を呑んだ。その瞬間、華がゆっくりと振り返る。 二人の視線が交わった刹那、華の瞳が金色に光った。人間の瞳ではない、野生動物のような縦に細い瞳孔が、一瞬だけ鈴凪を射抜いたのだ。「奥様?」 華の声は相変わらず穏やかで、その瞳は既に普通の人間のものに戻っていた。まるで今の光景が幻だったかのように。「あ、あの……お疲れ様です」 私は慌てて頭を下げると、足早にその場を去った。心臓が激しく鼓動し、手のひらに汗が滲んでいる。見間違いだったのだろうか。そう思おうとしても、あの金色の瞳と狐の影を、私は確かに見た。慎吾の言葉が頭をよぎる。『この街には、人ならざる者たちが紛れ込んでいる』 自室に戻る途中、私は意識的に屋敷の様子を観察してみた。今まで何気なく見過ごしていた光景が、全く違って見える。 台所の近くを通りかかった時、中から若い女中の声が聞こえてきた。「あら、火が起きないわねぇ」 覗いてみると、台所手伝いの茶渡福子が竈の前で困っている。火打ち石を使おうとしているのだ
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第22話 曾祖母の遺品

 深夜の静寂が屋敷を包む中、私は自室のろうそくの灯りの下で、ひとり荷物の整理をしていた。理玖との夕食での微妙な空気、華の不可解な影、そして慎吾の警告。それらすべてが頭の中で渦を巻き、とても眠れる状態ではなかった。「少しでも気を紛らわせよう」 そう呟きながら、嫁入りの際に持参した荷物を改めて見直していると、奥の方から見慣れない古い木箱が出てきた。桐で作られたその箱は、時を経て飴色に変わっており、表面には細やかな彫刻が施されている。「これは……曾祖母様の遺品だったかしら」 私は記憶を辿った。確か母が「いつか役に立つかもしれない」と言って持たせてくれたものだった。当時は中身を確認する間もなく、そのまま荷物に紛れ込ませていたのだ。ほんの少しの持ち物なのに、これまで思い出さず、気づくこともなかったなんて。 木箱の留め金は古く、少し力を入れると軋んだ音を立てて開いた。中から漂うのは古い紙と樟脳の混じったような、懐かしい匂い。箱の中を見ると、色褪せた手紙の束、古い写真、そして――。「これは……」 一冊の古書が、丁寧に布に包まれて収められていたのだ。表紙は深い藍色の布で装丁され、金糸で『妖と人の契りについて』という文字が刺繍されている。「妖と人の……契り?」 震える手で古書を取り上げると、その大きさには似合わない、ずっしりとした重みが伝わってきた。これは普通の本ではない――そんな直感が私の心を掠めた。 古書を開くと、最初のページには美しい筆文字で序文が記されていた。『この書は、妖なる者と人なる者の間に結ばれし、契りについて記すものなり。世に妖は多けれど、その性質と人との関わりを正しく理解する者は稀なり。故に後の世の人々の為に、これを記し置くものなり』 私の心臓が激しく鼓動を始めた。ページをめくると、様々な妖怪の種類や特徴が詳細に記されている。狐、狸、天狗、龍——それぞれに挿絵付きで、まるで学術書のような体裁だった。 そして、ある章のタイトルが鈴凪の目に飛び込んできた。
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第23話 新たな疑問

 夜明け前の空が薄紫に染まる頃、私は静かに襖を開けて中庭に足を向けた。古書と曾祖母の手紙を読み終えてから、胸の奥が騒めいて眠ることなどできなかった。頭の中で様々な感情と疑念が渦巻き、整理がつかない。 四季の花が同時に咲く不思議な庭は、夜明けの光を受けて幻想的な美しさを湛えていた。春の桜と秋の紅葉、夏の向日葵と冬の椿が一つの空間に共存する光景は、やはりどこか現実離れしている。「この庭も、朝霞様の本当の姿と関係があるのかしら……」 鈴凪は小さくつぶやきながら、石灯籠の近くに腰を下ろした。手には慎吾からもらった小さなお守りと、曾祖母から受け継がれている銀の鈴を大切に握りしめている。 古書に書かれていた内容を思い返すと、今でも背筋が寒くなる。九尾の狐、契約結婚、人間の生命力を分けてもらう関係――すべてが自分の置かれた状況と重なって見える。「でも、朝霞様の優しさは偽物ではなかった」 そう口にした瞬間、私の心にほんのりと温もりが宿った。理玖が自分を見つめる眼差し、そっと頬に触れる指先の温もり、何気ない会話の中で見せる微笑み。それらすべてに嘘があったとは思えない。「たとえ契約だったとしても、朝霞様の気持ちは本物だと信じたい」 私は空を見上げた。朝の光が雲の隙間から差し込み、庭の花々を優しく照らしている。慎吾の警告についても、改めて考えてみる必要があった。朧月会という組織が妖から人を守っているのだとすれば、私は確かに『守られるべき人間』の立場にいる。けれど、果たして理玖は本当に危険な存在なのだろうか。「慎吾さんは私を心配してくれたのでしょうけれど、私には私の想いがある……」 私は胸に手を当てた。そこには、理玖への愛おしさが確かに芽生えている。契約結婚だと分かっていても、彼との時間は幸せだった。もしも妖と人との間に越えられない壁があるのだとしても、それでも今の気持ちは嘘ではない。 手紙の最後の部分、『もし愛してしまったなら、それは美しくも哀しい運命』という言葉が心に深く刺さった。それでも私に『鈴を大切にしなさい』と遺してくれた。「私は
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第24話 謎の始まり

 朝霞家での生活も三週間が過ぎ、鈴凪はようやくこの古い屋敷の静寂に慣れ始めていた。廊下に薄く響く足音の種類で使用人を判別できるようになり、どの部屋でどんな時間を過ごせば理玖と顔を合わせずに済むかも覚えた。契約結婚という名の下に結ばれた関係は、まだ互いの心の内側に踏み込むほど深くはなっていない。 午後の日差しが障子を通して柔らかく部屋を照らす中、私はまた、竹籠の中をあらためていた。 「そういえば、まだ見ていないものが……」  呟きながら包みを解くと、褪色した手紙の束を手にした。和紙に毛筆で書かれた文字は時の流れで薄くなって読めなくなっているが、その中の一通を見て私は驚いた。封筒の裏に「朝霞理玖」と記されているのがかろうじて読み取れたから。 「朝霞理玖……朝霞様のこと?」  私の胸の奥で、何かがざわめいた。なぜ曾祖母が理玖と手紙のやり取りをしていたのだろう。 曾祖母は私がまだ物心つく前に亡くなっている……。 理玖が曾祖母と関わりがあったとしても、まだ子どもであったはずなのに、こんな風に手紙のやり取りなどできるのだろうか?『この街に紛れ込んでいる人ならざる者たち』 慎吾の言葉が蘇ってくる。人ならざる者……妖であるならば、曾祖母と理玖の関わりは、私が想像しているものとは違うのかもしれない……。 『ちよさんには、いつか時雨家に何かあった時には助けてほしいと頼まれていました』  理玖はそう言ったけれど、幼い子どもにそんなことを頼んだりするだろうか? 何かを頼むのであれば、理玖の祖父や父など相応の相手に頼むのではないだろうか? なぜ、もっと早くにおかしいと思わなかったのだろう? 私は手紙を置き、古い写真に手を伸ばした。 まだ若い頃であろう曾祖母の隣
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第25話 問いかけと拒絶

 夕刻の鐘が椿京の街に響く頃、私は理玖の書斎へ向かった。曾祖母の遺品を風呂敷に包み、胸に抱えながら長い廊下を歩く。普段なら理玖との接触を避けがちな私にとって、自分から彼を訪ねるのは初めてのことだった。 書斎の前で足を止め、私は深く息を吸った。襖の向こうから聞こえる筆の音が、理玖が書斎仕事をしていることを示している。恐る恐るドアをノックする。 「朝霞様、お忙しい中失礼いたします」 「何か用ですか?」  ドア越しに聞こえる理玖の声は、いつもの通り静かで冷静だった。私はドアを開け、頭を下げる。 「お時間をいただけますでしょうか。お話ししたいことがございます」  理玖は筆を置き、私を見た。私が抱えている風呂敷包みに視線を移すと、僅かに眉を顰める。 「珍しいですね。鈴凪さんの方からこんな風に訪ねてくるとは思いませんでした」 「すみません……実は、曾祖母の遺品を整理しておりまして」  私は風呂敷を解き、手紙の束を取り出した。褪色した封筒に書かれた「朝霞理玖」の文字が、夕日に照らされて浮かび上がる。 「これを見つけたのです」  理玖の表情が一瞬にして変わった。普段の冷静さが嘘のように崩れ、まるで何か大切なものを失くしたような、遠い目をする。手紙を見つめる理玖の瞳には、私が今まで見たことのない感情が宿って見える。 「それは……」  消え入るような声で、理玖は手紙に手を伸ばしかけて、途中で止めた。 「鈴凪さんの曾祖母……ちとよは、ここを辞めた後、確かに何度か手紙のやり取りをしていました」 「辞めた後でも
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第26話 月喰いの井戸

 理玖との会話から一夜明けても、私の胸の奥のもやもやは晴れなかった。朝食も喉を通らず、華が心配そうに声をかけてきても、返事が上の空になってしまう。午後になっても部屋に籠もって縫い物をしていたが、針を持つ手に集中できない。『昔のことは知らぬが仏』 華の言葉が頭の中で繰り返される。なぜ皆、過去のことを隠そうとするのだろう。曾祖母と理玖の関係、そして自分がここにいる本当の理由。答えの見えない疑問が、私の心を締め付けていた。 気がつくと、私は屋敷を出て椿京の街を歩いていた。特に目的地があったわけではない。ただ、屋敷の中にいると息が詰まりそうで、無意識に足が外へ向かったのだ。  石畳の道を歩きながら、私は胸元の銀の鈴に手を当てた。「そういえば……」 ふと、私は足を止めた。以前、華から聞いた話を思い出す。椿京の外れにある「月喰いの井戸」昔から不思議な言い伝えのある場所だと言っていた。 特に理由があったわけではない。ただ、何かに導かれるように、私の足はその方向へ向かった。街の中心部から離れ、人通りも少なくなる。やがて、古い竹林に囲まれた小さな空き地に、石造りの古井戸が見えてきた。 月喰いの井戸は、想像していたよりも古く、風化が進んでいた。井戸の縁には苔が生え、石の表面には細かなひび割れが走っている。しかし、不思議と荒廃した印象はない。むしろ、長い時を経ても尚、何かを静かに見守り続けているような、神秘的な雰囲気を醸し出していた。 私は井戸の縁に手をかけ、そっと中を覗き込んだ。深い井戸の底は見えず、ただ暗闇が広がっている。ところが、水面がかすかに光を反射しているのが分かった。「本当に水があるのね……」 呟いた瞬間、胸の銀の鈴が微かに震えた。驚いて鈴を見ると、まるで何かに共鳴するように、小さな音を立てている。 そして、井戸の水面に変化が起きた。 最初は単なる波紋だと思った。しかし、その波紋が次第に形を成し、やがて映像のようなものが浮かび上がってきた。私は息を呑み、身を乗り出すようにして水面を見つめた。 水面に映ったのは、若い頃の曾祖母の姿だろうか。どこか私に似ている、二十代前半と思われる美しい女性。着物姿で、朝霞家の庭を歩いている。『ちよ、こちらに』 声の主は水面の外にいるが、その声は間違いなく理玖のものだった。現在の理玖よりも若々しく、温かみがある。
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第27話 慎吾の言葉

 月喰いの井戸を離れ、私はいつの間にか大通りまで戻っていた。心の中には、さっき目にした映像が何度も浮かび、混乱から抜け出せずにいた。 日が傾き始めた空を見上げる。夕刻までに屋敷へ戻らなければ、と思うのに、足取りは重く、時折立ち止まっては深いため息をつく。頭の中では、理玖の苦しげな表情が何度も蘇り、胸を締めつけた。「鈴凪さん」 聞き慣れた声に振り返ると、人混みの向こうから慎吾が歩み寄ってきた。慎吾はいつものように清潔な紺の着物に袴を身に着けており、心配そうな表情で私を見つめている。「慎吾さん……」 私は驚きで声を詰まらせた。今、最も会いたくない人の一人だった。いや、正確には会いたくもあるけれど、会ってはいけない人だった。「お顔の色が優れませんが、体調でも崩されましたか」 慎吾は数歩近づいてきた。その優しい眼差しが、私の心の傷に染みる。彼の前では、いつも素直な自分でいられた。書生時代の思い出が、走馬灯のように頭を駆け巡る。「いえ、その……少し疲れているだけです」 嘘だった。疲れているどころか、自分が何者なのかさえ分からなくなっている。ただ、それを慎吾に言うわけにはいかない。「そうですか」 慎吾は納得していない様子だ。「実は、あれからずっと気になっていたのです。君が朝霞の屋敷で、本当に幸せに過ごされているのか」 その言葉に、私は思わず身を震わせた。慎吾の鋭い洞察力は、昔から変わらない。「朝霞理玖という男について、僕たちが調べたことを話しましたね。しかし、それは氷山の一角に過ぎません」 慎吾の声に、今までにない厳しさが混じった。「慎吾さん、その話はやめてください」「いいえ、言わせてください」 慎吾は一歩踏み出した。「鈴凪さん、もし朝霞のところで辛いことがあるなら、いつでも僕たちが保護します。あなたは一人じゃない」 その言葉が、私の胸に深く刺さった。優しい、本当に優しい人だ。でも、その優しさが今は重荷に感じられる。「朧月会の仲間たちも、君のことを心配しています。我々は、妖に苦しめられる人々を守ることを使命としているのです」「妖に……苦しめられる?」 その言葉に私は顔を上げた。慎吾の表情は真剣そのものだった。「ええ。妖は人間を騙し、利用する存在です。彼らは巧妙に人の心に入り込み、気がついた時には取り返しのつかないことになっている
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第28話 夜半の告白

 深夜の朝霞屋敷は、静寂に包まれていた。私は寝室で布団に横になっていた。天井を見つめながら、浅い眠りと覚醒の境界を彷徨っている。理玖との結婚生活が始まって一カ月余り。未だに井戸で見た映像がふとした瞬間に頭を過る。 「眠れない……」  私は諦めて身を起こし、薄い夜着に羽織を重ねて部屋を出た。廊下に足音を響かせないよう、そっと歩を進める。月光が障子を透して、廊下に淡い光の格子を落としていた。  ふと、主座の間の方から低い声が聞こえてきた。理玖の声だった。誰かと話しているのだろうかと思ったが、返事が聞こえない。  鈴凪は戸の影に身を寄せ、息を殺して耳を澄ませた。 「百合……」  その名前を聞いた瞬間、鈴凪の心臓が跳ね上がった。あの、月喰いの井戸で見た女性の名前。理玖の口調には深い愛おしさと、同じだけの痛みが込められているように感じた。 「もう限界だ。彼女にこれ以上嘘をつき続けることはできない」  理玖の声は普段の穏やかな調子とは違い、苦悩に満ちていた。酒器が畳に置かれる音が、静寂に小さく響く。  私は戸の隙間からそっと中を覗いた。月明かりが差し込む主座の間で、理玖は一人、盃を手に座っていた。その横顔は、私が知る優雅な夫の表情ではなく、まるで長い間重い荷物を背負い続けた旅人のような、深い疲労を湛えていた。 「契約だけの関係のはずだった……ちよとの約束のためだけの……」  理玖は月に向かって呟く。 「だが、彼女の笑顔を見るたび、あの日々が蘇る。彼女の手に触れるたび、君の温もりを思い出してしまう」  私の胸が締めつけられた。彼
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第29話 九尾の顕現

 部屋に戻ってから、どれほど時が経っただろうか。 窓の外で夜風が枝を揺らす音に混じって、微かに足音が聞こえてくる。理玖の歩き方だった。その足音は私の部屋の前で止まり、やがて小さく襖を叩く音がした。 「鈴凪、起きているか」 「はい……」  平静でいようと思うのに声が震えてしまう。理玖の声は先ほどの苦悩に満ちたものとは違い、どこか決意を固めたような響きがあった。そして口調はやはりこれまでのものとは違っている。 「中庭に来てくれないか。鈴凪に見せたいものがある」  私は迷った。今夜、これ以上の真実を知るのが怖かった。もう、何も聞きたくないと思っているのに、理玖の声に宿る静かな意志に、断ることができなかった。 「わかりました。すぐに参ります」  羽織を直し、私は部屋を出た。理玖は廊下で待っていた。月光に照らされたその横顔は、さっきまでとどこか違って見えた。普段の穏やかさの奥に、何か底知れない深みが宿っているように思えた。  二人は無言で中庭に向かった。朝霞屋敷の中庭は、四季の花々が同時に咲く不思議な場所。桜と梅、菊と牡丹、藤と山茶花が、季節を超えて美しく咲き誇っている。  月は中天に昇り、庭園全体を銀色の光で包んでいた。池の水面が静かに月を映し、石灯籠の影が地面に幽玄な模様を描いている。 「美しい夜だ」  理玖は中庭の中央で立ち止まった。 「こんな夜にこそ、真実を語るべきなのかもしれない」  私は理玖から少し離れた場所に立った。心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。 「朝霞様……何を見せてくださるのですか」
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第30話 理玖の過去

 理玖が屋敷へと向かいかけた時、私は思わず引き留めた。 「待ってください」  月光の下で振り返った理玖の表情は、寂しさの影を落としている。 「もう少し……百合様とのことを、教えてください」  理玖の足が止まった。その名前を口にされることを、どこか覚悟していたかのように眉をひそめている。 「聞きたいのか。辛い話になるが」  理玖の言葉に私は頷いた。 「はい。私は何も知らないまま、これから半年以上もの間、朝霞様の隣にいるのでしょうか。それでは、あまりにも……」  私の言葉は最後まで続かなかったけれど、その想いは理玖に届いていたようだった。理玖は深い溜息をついて、再び中庭の中央に戻った。池のほとりの石に腰を下ろし、月を見上げる。 「座るといい。長い話になる」  私は理玖から少し離れた場所に座った。石灯籠の影が二人の間に落ちている。 「水無月百合……私が唯一愛した人間だった」  理玖の声に、深い愛おしさと同じだけの悲しみが込められていた。 「今から百五十年以上も前のことだ。私は人間の姿で椿京の街を歩いていた。妖として生きることに疲れ、人間の世界に憧れを抱いていた頃だった」  私は何も言えずに、ただ耳を傾けていた。 「桜の季節だった。狐燈坂の九十九段を上がった神社で、巫女として勤めていた。それが百合だった」  理玖は当時のことを思い出しているのか、空を見上げてから目を閉じた。&nbs
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