椿京の中心部、表向きは商館として知られる建物の地下深くに、朧月会の本部が存在していた。厚い石壁に囲まれた秘密会議室では、数名の上層部が円卓を囲んで座っている。室内を照らすのは、妖を寄せ付けない特殊な術式が施された燭台のみ。その薄暗い光の中で、慎吾は緊張した面持ちで報告を続けていた。 「昨夜、時雨鈴凪の妖力が覚醒しました。その規模は……これまでに記録されたどの妖力をも上回るものでした」 朧月会の幹部である武森の言葉に、会議室内がざわめく。上席に座る高師小夜は、表情を変えることなく武森を見つめていた。 「具体的な状況を説明せよ」 「はい。朧月会の隠れ家から、強大な霊的エネルギーが放出されました。その影響で、椿京一帯の結界に亀裂が生じています」 武森は懐から術式で記録された報告書を取り出し、小夜の前に置いた。小夜はそれに目を通しながら、冷静に分析を続ける。 「エネルギーの性質は?」 「浄化の力です。ですが、その強さは尋常ではありません。恐らく……」 武森は一瞬言葉を詰まらせる。この先の言葉を口にすることの重大さを理解していたからだ。 「恐らく何だ」 「『鈴の娘』の再来である可能性が高いと思われます」 会議室が静寂に包まれた。『鈴の娘』――それは朧月会の古い記録に残る、伝説的な巫女の名前だった。数百年前に現れ、数多の妖を浄化したとされる存在。その力はあまりにも強大で、人と妖のバランスを根底から覆しかねないとして、朧月会は密かにその行方を追い続けていた。 「時雨鈴凪は『鈴の娘』の血筋か」 小夜の問いに、武森は頷く。 「時雨家の
Last Updated : 2025-08-28 Read more