朝の冷たい空気の中で、グスタフ・フォン・ベルガー元帥は、自らが築き上げてきた軍隊が、音を立てて崩れていくのを感じていた。 彼の眼前で繰り広げられているのは、もはや軍議ではなかった。それは、恐怖に駆られた者たちの、醜い責任のなすりつけ合いだった。「シラー伯爵こそが怪しい! 昨夜から部下を集め、何かを企んでおりましたぞ!」「何を言うか! 貴殿こそ、天幕の明かりを夜通しつけていたではないか! 誰ぞと密会でもしていたのか!」 将校たちの声はヒステリックに裏返り、その瞳には理性のかけらもない。一度植え付けられた不信の病毒は、彼らの精神を蝕み、正常な判断力を奪っていた。「静まれぃっ!」 ベルガーは、腹の底からの怒声を張り上げた。王国の宿将としての威厳が、かろうじてその場の喧騒を鎮める。「貴様ら、見苦しいぞ! 我らは反逆者を討つために集った王の軍だ。内輪揉めをしている場合ではない!」 だが、その叱責も、もはや空虚に響くだけだった。 追い詰められたシラー伯爵が、半狂乱の形相で叫んだ。「わ、私は裏切ってはいない! これは罠だ! 辺境の狼が、我らを仲違いさせるために仕掛けた、卑劣な罠なのだ!」 それは真実だった。だが、パニックに陥った男が叫ぶ真実ほど、信憑性を失うものはない。彼の必死の訴えは、他の貴族たちの目には、罪を逃れるための見苦しい言い訳にしか映らなかった。「ほう。罠だと知りながら、なぜ貴殿はそれほどまでに動揺しているのかな?」 一人の将校が、蛇のような冷たい声で問いかける。その言葉が、とどめの一撃となった。 ベルガーは、この混沌の中心で、静かに目を閉じた。そして、確信する。 これは、単なる混乱ではない。意図的に引き起こされた、巧妙な工作だ。あの見えざる軍師が、戦場だけでなく、人の心すらも盤上として、駒を進めている。その底知れぬ狡猾さに、彼は戦慄を禁じ得なかった。 この病毒を断ち切るには、もはや通常の手段では不可能。腐った指を断ち切るように、迅速で、そして無慈悲な外科手術が必要だった。 辺境伯の城、司令室。 セレスティナは、ザイファルトから敵陣の混乱につい
Last Updated : 2025-10-31 Read more