辺境の狼は、虐げられた白百合を娶る ~没落令嬢と成り上がり英雄の復讐協奏曲~

辺境の狼は、虐げられた白百合を娶る ~没落令嬢と成り上がり英雄の復讐協奏曲~

last updateПоследнее обновление : 2025-08-04
От :  霜月イヅミUpdated just now
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Синопсис

溺愛

貴族

復讐

聡明で心優しいアルトマイヤー公爵令嬢セレスティナは、幸福の絶頂にいた。しかし、宰相ヴァインベルク公爵の陰謀により、一家は反逆罪の濡れ衣を着せられ、すべてを奪われてしまう。婚約者にも裏切られ、絶望の淵に突き落とされた彼女は、奴隷同然の身分で最果ての辺境へ追放されることに。 過酷な運命に翻弄され、生きる気力さえ失いかけたセレスティナを救ったのは、「辺境の狼」と恐れられる新辺境伯ライナス。無骨ながらも誠実な彼と出会ったセレスティナは、やがて家族の無念を晴らすため、復讐を決意する。 これは理不尽な権力に立ち向かう不器用な英雄と没落令嬢の、愛と復讐の物語。

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Chapter 1

第1話 すみれ色の幸福

 春の陽光がさんさんと降り注ぐ。

 アルトマイヤー公爵家の庭園は、色とりどりの花々が咲き誇り、甘い香りに満ちていた。中でもひときわ目を引くのは、アーチ状の東屋に絡みつくように咲く純白の薔薇だ。その一つ一つの花弁は、まるで磨き上げられた絹のようになめらかな光沢を放っている。

 その東屋の白い椅子に、一人の少女が腰掛けていた。

 セレスティナ・アルトマイヤー。

 この国の四大公爵家の一つ、アルトマイヤー家の令嬢である。陽光を弾いてきらめく銀糸の髪は柔らかく波打ち、背中まで豊かに流れていた。伏せられた睫毛が白い頬に影を落とし、手にした書物から顔を上げた瞬間に現れる瞳は、希少なスミレの花を溶かし込んだような美しい色をしていた。

「セレスティナ。また難しい本を読んでいるのかい」

 穏やかで深みのある声に顔を上げると、父であるアルトマイヤー公爵が優しい笑みを浮かべて立っていた。威厳のある顔立ちだが、娘に向ける眼差しはどこまでも温かい。

「お父様。これは薬草学の古い文献ですの。昔の人は、このリリア草を解熱だけでなく、痛みを和らげるためにも使っていたようですわ」

「ほう。君の知識欲にはいつも感心させられるよ。だが、たまには本を置いて、庭の景色を楽しむのもいいものだぞ。ごらん、今年も見事に咲いた」

 父が指し示した先には、青々とした葉の間に可憐な花を咲かせた薬草園が広がっていた。セレスティナが幼い頃から父と共に手入れをしてきた、彼女にとって特別な場所だ。貴族の令嬢が土いじりなどと眉をひそめる者もいたが、父は決してそれを止めなかった。むしろ、歴史や紋章学、そして薬草学に至るまで、彼女が興味を持つあらゆる知識を惜しみなく与えてくれた。

「ええ、本当に。今年のカモミールは、例年よりずっと香りが強い気がいたします」

「君が愛情を込めて育てているからだろうな」

 父は娘の隣に腰を下ろし、その銀髪を優しく撫でた。セレスティナは心地よさに目を細め、父の肩にそっと頭を預ける。この穏やかで満ち足りた時間が、彼女の世界のすべてだった。家族に愛され、婚約者にも恵まれ、未来は輝かしい光に満ちている。何の疑いもなく、そう信じていた。

「そういえば、もうすぐアランが来る頃ではないか?」

「ええ。今日は新しくできたカフェにお連れくださると」

 アランとは、セレスティナの婚約者である子爵令息の名前だ。優しく快活な青年で、セレスティナの聡明さを誰よりも理解し、尊重してくれていた。彼の名を口にするだけで、彼女の白い頬がほんのりと上気する。

「そうか。あいつも誠実な男だ。君を必ず幸せにしてくれるだろう」

「お父様…」

「君の幸せが、私の何よりの望みだよ、セレスティナ」

 父の言葉は、春の陽だまりのように温かく、セレスティナの心を幸福感で満たした。この腕の中にいる限り、自分は守られている。この先もずっと、この幸せな日々が続いていくのだと、何の疑いも抱いていなかった。

 しばらくして、庭園の小径の向こうから、軽やかな足音が聞こえてきた。

「セレスティナ! すまない、待たせたかな」

 快活な声と共に現れたのは、婚約者のアラン・ベルクシュタイン子爵令息だった。金色の髪を風に輝かせ、貴族らしい洗練された出で立ちの中にも、親しみやすさを感じさせる青年だ。彼は公爵に一礼すると、セレスティナの前に片膝をつき、その手を取った。

「いいえ、アラン様。私も今しがた参ったところですわ」

「今日も君は、まるで咲き誇る白百合のように美しい」

 アランは芝居がかった仕草で、彼女の指先に口づけを落とす。セレスティナは頬を染めながらも、そのすみれ色の瞳に嬉しそうな光を宿した。

 彼の甘い言葉は、いつだって彼女を心地よく酔わせる。

「さあ、行こうか。街一番の菓子職人が開いた店だ。君もきっと気に入るはずだよ」

「まあ、楽しみですわ」

 アランにエスコートされ、二人は庭園を歩き始める。父は東屋から、その微笑ましい光景を満足げに見送っていた。

 小径を歩きながら、アランは楽しげに語りかける。

「昨夜の夜会でも、君の噂で持ちきりだったよ。アルトマイヤーの姫君は、その美しさだけでなく、比類なき知性をもお持ちだとね」

「お上手ばかり。わたくしなど、まだまだ学ばなければならないことばかりですのに」

「その謙虚さが、また君の魅力を引き立てるんだ。僕の目に狂いはなかった」

 アランはそう言って、悪戯っぽく笑う。セレスティナは彼の飾らない人柄が好きだった。家柄や財産ではなく、セレスティナという一人の人間を見てくれている。そう感じさせてくれる唯一の男性だった。

「わたくし、アラン様の隣にいられるだけで、とても幸せです」

「僕もだよ、セレスティナ。君を生涯、大切にすると誓う」

 アランは立ち止まり、彼女の肩を優しく抱いた。彼の腕の中はいつも安心できて、心地よい温もりに満ちている。セレスティナはそっと目を閉じ、彼の胸に顔をうずめた。

 この腕が、この温もりが、自分を永遠に守ってくれる。

 この幸福が、失われることなどありえない。

 すみれ色の瞳に映るのは、どこまでも続く青い空と、愛する人の優しい笑顔だけ。

 やがて訪れる絶望の影も、裏切りの刃も、まだ彼女は何も知らない。ただ、与えられた幸福の光を一身に浴びて、無垢な白百合のように微笑んでいた。

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第1話 すみれ色の幸福
 春の陽光がさんさんと降り注ぐ。 アルトマイヤー公爵家の庭園は、色とりどりの花々が咲き誇り、甘い香りに満ちていた。中でもひときわ目を引くのは、アーチ状の東屋に絡みつくように咲く純白の薔薇だ。その一つ一つの花弁は、まるで磨き上げられた絹のようになめらかな光沢を放っている。 その東屋の白い椅子に、一人の少女が腰掛けていた。 セレスティナ・アルトマイヤー。 この国の四大公爵家の一つ、アルトマイヤー家の令嬢である。陽光を弾いてきらめく銀糸の髪は柔らかく波打ち、背中まで豊かに流れていた。伏せられた睫毛が白い頬に影を落とし、手にした書物から顔を上げた瞬間に現れる瞳は、希少なスミレの花を溶かし込んだような美しい色をしていた。「セレスティナ。また難しい本を読んでいるのかい」 穏やかで深みのある声に顔を上げると、父であるアルトマイヤー公爵が優しい笑みを浮かべて立っていた。威厳のある顔立ちだが、娘に向ける眼差しはどこまでも温かい。「お父様。これは薬草学の古い文献ですの。昔の人は、このリリア草を解熱だけでなく、痛みを和らげるためにも使っていたようですわ」「ほう。君の知識欲にはいつも感心させられるよ。だが、たまには本を置いて、庭の景色を楽しむのもいいものだぞ。ごらん、今年も見事に咲いた」 父が指し示した先には、青々とした葉の間に可憐な花を咲かせた薬草園が広がっていた。セレスティナが幼い頃から父と共に手入れをしてきた、彼女にとって特別な場所だ。貴族の令嬢が土いじりなどと眉をひそめる者もいたが、父は決してそれを止めなかった。むしろ、歴史や紋章学、そして薬草学に至るまで、彼女が興味を持つあらゆる知識を惜しみなく与えてくれた。「ええ、本当に。今年のカモミールは、例年よりずっと香りが強い気がいたします」「君が愛情を込めて育てているからだろうな」 父は娘の隣に腰を下ろし、その銀髪を優しく撫でた。セレスティナは心地よさに目を細め、父の肩にそっと頭を預ける。この穏やかで満ち足りた時間が、彼女の世界のすべてだった。家族に愛され、婚約者にも恵まれ、未来は輝かしい光に満ちている。何の疑いもなく、そう信じていた。「そういえば、もうすぐアランが来る頃ではないか?」「ええ。今日は新しくできたカフェにお連れくださると」 アランとは、セレスティナの婚約者である子爵令息の名前だ。優しく快活な
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第2話 偽りの断罪
 王城の回廊を満たすのは、磨き上げられた大理石の冷たい感触と、行き交う貴族たちが立てる衣擦れの音だった。セレスティナは父であるアルトマイヤー公爵の半歩後ろを歩きながら、胸に広がるかすかな不安を感じていた。数日前に届いた国王陛下からの召喚状。その文面は儀礼的であったが、父の表情にはいつになく硬質な光が宿っていた。「心配いらないよ、セレスティナ」 父は娘の不安を察したように、振り返って穏やかに微笑んだ。その声はいつもと変わらず落ち着いていたが、セレスティナのすみれ色の瞳は、父の眉間に刻まれたわずかな皺を見逃さなかった。 やがて、壮麗な彫刻が施された巨大な扉が開かれる。玉座の間。天井からはいくつもの水晶のシャンデリアが下がり、床には王国の歴史を描いた巨大な絨毯が敷き詰められている。その空間は、威厳と権力の象徴そのものだった。 上座には国王陛下が座し、その傍らには宰相であるゲルハルト・ヴァインベルク公爵が氷のような笑みを浮かべて控えている。すでに集まっていた貴族たちの視線が、アルトマイヤー公爵親子に突き刺さった。好奇、憐憫、そして悪意。様々な感情が渦巻く視線の奔流に、セレスティナは息を詰める。 父は動じることなく、国王の前に進み出て恭しく膝をついた。セレスティナもそれに倣う。「面を上げよ、アルトマイヤー公爵」 国王の声は弱々しく、玉座の間の広さに吸い込まれて消えてしまいそうだった。実質的な権力は、その隣に立つ宰相が握っていることを、ここにいる誰もが知っていた。「此度の召喚、まことに急であったな。だが、それ相応の理由がある」 言葉を発したのは、ヴァインベルク公爵だった。彼の声は蜜のように甘く滑らかでありながら、聞く者の肌を粟立たせるような冷ややかさを帯びていた。「アルトマイヤー公爵。貴殿に、隣国との内通、ひいては国家に対する反逆の疑いがかかっている」 その一言が、静まり返った玉座の間に重く響いた。 セレスティナの思考が、一瞬にして凍りつく。反逆。父が?この国で誰よりも王家への忠誠を誓い、民を愛し、正義を重んじてきた父が、そんなことをするはずがない。「…宰相閣下。何かの間違いではございませんか」 父は静かに、しかし凛とした声で応じた。その背筋は真っ直ぐに伸び、いかなる讒言にも屈しないという強い意志を示している。「間違い、かね」 ヴァインベルクは
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第3話 裏切りの口づけ
 時間の感覚はとうに失われていた。 冷たい石壁に囲まれた小さな一室。窓はなく、重い鉄の扉の上部にある小さな格子の隙間から、かろうじて蝋燭の明かりが差し込むだけだった。あの玉座の間からどうやってここに連れてこられたのか、セレスティナの記憶は曖昧だった。父の絶叫、貴族たちの冷たい視線、そして宰相の歪んだ笑み。断片的な光景が、悪夢のように頭の中を巡っては消えていく。(お父様…) 無事なのだろうか。いや、無事であるはずがない。反逆者として断罪されたのだ。それでも、セレスティナは祈ることしかできなかった。これは何かの間違いだと、きっと誰かが気づいてくれるはずだと。 その時、静寂を破って重い足音が近づいてきた。かん、と閂が外される金属音が響き、扉が軋みながら開かれる。逆光の中に立つ人影に、セレスティナは息を呑んだ。「アラン様…!」 そこにいたのは、彼女の婚約者、アラン・ベルクシュタインだった。金色の髪は薄暗がりの中でも輝きを失わず、その姿はまるで、絶望の闇に差し込んだ一筋の光のように見えた。セレスティナは思わず立ち上がろうとして、足にもつれてよろめく。「来てくださったのですね! やはり、これは間違いだったのでしょう? お父様は…」 希望に震える声で訴えかけるセレスティナに、アランは静かに首を横に振った。彼の表情は、以前の快活な光を失い、どこかよそよそしい影を帯びている。「落ち着いて聞いてほしい、セレスティナ。もう、どうにもならないんだ」「そんな…」「公爵閣下は、ヴァインベルク宰相閣下への反逆を企てていた。証拠は動かしようがない」 アランの口から紡がれたのは、信じがたい言葉だった。まるでヴァインベルク公爵の言葉を、そのままなぞるかのように。セレスティナは混乱し、彼の顔を見つめた。「あなたまで、そんなことをおっしゃるのですか。あれが偽りであることは、あなたが一番よくご存知のはずですわ。お父様がどれほどこの国を想っていたか…」「僕も信じたくはなかった」 アランは苦しげに顔を歪め、一歩彼女に近づいた。「だが、僕にはベルクシュタイン家を守る責任がある。今回の件で、ヴァインベルク宰相閣下は僕に理解を示してくださった。君との婚約を破棄し、アルトマイヤー家を糾弾する側に回るなら、と」 彼の言葉一つ一つが、鋭い氷の礫となってセレスティナの心を打ちつけた。保身。
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