辺境の狼は、虐げられた白百合を娶る ~没落令嬢と成り上がり英雄の復讐協奏曲~

辺境の狼は、虐げられた白百合を娶る ~没落令嬢と成り上がり英雄の復讐協奏曲~

last updateHuling Na-update : 2025-11-29
By:  霜月イヅミOngoing
Language: Japanese
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聡明で心優しいアルトマイヤー公爵令嬢セレスティナは、幸福の絶頂にいた。しかし、宰相ヴァインベルク公爵の陰謀により、一家は反逆罪の濡れ衣を着せられ、すべてを奪われてしまう。婚約者にも裏切られ、絶望の淵に突き落とされた彼女は、奴隷同然の身分で最果ての辺境へ追放されることに。 過酷な運命に翻弄され、生きる気力さえ失いかけたセレスティナを救ったのは、「辺境の狼」と恐れられる新辺境伯ライナス。無骨ながらも誠実な彼と出会ったセレスティナは、やがて家族の無念を晴らすため、復讐を決意する。 これは理不尽な権力に立ち向かう不器用な英雄と没落令嬢の、愛と復讐の物語。

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Kabanata 1

第1話 すみれ色の幸福

 春の陽光がさんさんと降り注ぐ。

 アルトマイヤー公爵家の庭園は、色とりどりの花々が咲き誇り、甘い香りに満ちていた。中でもひときわ目を引くのは、アーチ状の東屋に絡みつくように咲く純白の薔薇だ。その一つ一つの花弁は、まるで磨き上げられた絹のようになめらかな光沢を放っている。

 その東屋の白い椅子に、一人の少女が腰掛けていた。

 セレスティナ・アルトマイヤー。

 この国の四大公爵家の一つ、アルトマイヤー家の令嬢である。陽光を弾いてきらめく銀糸の髪は柔らかく波打ち、背中まで豊かに流れていた。伏せられた睫毛が白い頬に影を落とし、手にした書物から顔を上げた瞬間に現れる瞳は、希少なスミレの花を溶かし込んだような美しい色をしていた。

「セレスティナ。また難しい本を読んでいるのかい」

 穏やかで深みのある声に顔を上げると、父であるアルトマイヤー公爵が優しい笑みを浮かべて立っていた。威厳のある顔立ちだが、娘に向ける眼差しはどこまでも温かい。

「お父様。これは薬草学の古い文献ですの。昔の人は、このリリア草を解熱だけでなく、痛みを和らげるためにも使っていたようですわ」

「ほう。君の知識欲にはいつも感心させられるよ。だが、たまには本を置いて、庭の景色を楽しむのもいいものだぞ。ごらん、今年も見事に咲いた」

 父が指し示した先には、青々とした葉の間に可憐な花を咲かせた薬草園が広がっていた。セレスティナが幼い頃から父と共に手入れをしてきた、彼女にとって特別な場所だ。貴族の令嬢が土いじりなどと眉をひそめる者もいたが、父は決してそれを止めなかった。むしろ、歴史や紋章学、そして薬草学に至るまで、彼女が興味を持つあらゆる知識を惜しみなく与えてくれた。

「ええ、本当に。今年のカモミールは、例年よりずっと香りが強い気がいたします」

「君が愛情を込めて育てているからだろうな」

 父は娘の隣に腰を下ろし、その銀髪を優しく撫でた。セレスティナは心地よさに目を細め、父の肩にそっと頭を預ける。この穏やかで満ち足りた時間が、彼女の世界のすべてだった。家族に愛され、婚約者にも恵まれ、未来は輝かしい光に満ちている。何の疑いもなく、そう信じていた。

「そういえば、もうすぐアランが来る頃ではないか?」

「ええ。今日は新しくできたカフェにお連れくださると」

 アランとは、セレスティナの婚約者である子爵令息の名前だ。優しく快活な青年で、セレスティナの聡明さを誰よりも理解し、尊重してくれていた。彼の名を口にするだけで、彼女の白い頬がほんのりと上気する。

「そうか。あいつも誠実な男だ。君を必ず幸せにしてくれるだろう」

「お父様…」

「君の幸せが、私の何よりの望みだよ、セレスティナ」

 父の言葉は、春の陽だまりのように温かく、セレスティナの心を幸福感で満たした。この腕の中にいる限り、自分は守られている。この先もずっと、この幸せな日々が続いていくのだと、何の疑いも抱いていなかった。

 しばらくして、庭園の小径の向こうから、軽やかな足音が聞こえてきた。

「セレスティナ! すまない、待たせたかな」

 快活な声と共に現れたのは、婚約者のアラン・ベルクシュタイン子爵令息だった。金色の髪を風に輝かせ、貴族らしい洗練された出で立ちの中にも、親しみやすさを感じさせる青年だ。彼は公爵に一礼すると、セレスティナの前に片膝をつき、その手を取った。

「いいえ、アラン様。私も今しがた参ったところですわ」

「今日も君は、まるで咲き誇る白百合のように美しい」

 アランは芝居がかった仕草で、彼女の指先に口づけを落とす。セレスティナは頬を染めながらも、そのすみれ色の瞳に嬉しそうな光を宿した。

 彼の甘い言葉は、いつだって彼女を心地よく酔わせる。

「さあ、行こうか。街一番の菓子職人が開いた店だ。君もきっと気に入るはずだよ」

「まあ、楽しみですわ」

 アランにエスコートされ、二人は庭園を歩き始める。父は東屋から、その微笑ましい光景を満足げに見送っていた。

 小径を歩きながら、アランは楽しげに語りかける。

「昨夜の夜会でも、君の噂で持ちきりだったよ。アルトマイヤーの姫君は、その美しさだけでなく、比類なき知性をもお持ちだとね」

「お上手ばかり。わたくしなど、まだまだ学ばなければならないことばかりですのに」

「その謙虚さが、また君の魅力を引き立てるんだ。僕の目に狂いはなかった」

 アランはそう言って、悪戯っぽく笑う。セレスティナは彼の飾らない人柄が好きだった。家柄や財産ではなく、セレスティナという一人の人間を見てくれている。そう感じさせてくれる唯一の男性だった。

「わたくし、アラン様の隣にいられるだけで、とても幸せです」

「僕もだよ、セレスティナ。君を生涯、大切にすると誓う」

 アランは立ち止まり、彼女の肩を優しく抱いた。彼の腕の中はいつも安心できて、心地よい温もりに満ちている。セレスティナはそっと目を閉じ、彼の胸に顔をうずめた。

 この腕が、この温もりが、自分を永遠に守ってくれる。

 この幸福が、失われることなどありえない。

 すみれ色の瞳に映るのは、どこまでも続く青い空と、愛する人の優しい笑顔だけ。

 やがて訪れる絶望の影も、裏切りの刃も、まだ彼女は何も知らない。ただ、与えられた幸福の光を一身に浴びて、無垢な白百合のように微笑んでいた。

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