城の医務室は、薬草を煎じる匂いと、人の発する熱気で満ちていた。 ライナスとセレスティナが、命がけの遠征から幻の薬草『月光草』を持ち帰ってから、丸一日が過ぎようとしていた。その間、セレスティナは一睡もせず、この小さな部屋に籠りきりだった。彼女のすみれ色の瞳は極度の集中で爛々と輝き、その白い指先は休むことなく薬草を刻み、乳鉢ですり潰し、そして慎重な手つきで他の薬草と調合していく。 彼女の周りでは、城の医務班や侍女のマルタ、そして町の薬師までが、固唾を飲んでその作業を見守っていた。誰もが、彼女のその鬼気迫るほどの気迫に圧倒され、声をかけることさえできない。彼女が今行っている作業が、この辺境に生きる数千の民の命運を握っていることを、誰もが理解していたからだ。「水銀の含有量が多すぎる。このままでは毒性が強すぎるわ。濾過布をもう一枚重ねて、三度、蒸留を繰り返して」「こちらのヂキタリスは、量を百分の一まで減らして。心臓への負荷が大きすぎる」 セレスティナの口から発せられる指示は、淀みなく、そして絶対的な確信に満ちていた。その知識は、もはやただの貴族令嬢の教養などという生易しいものではない。長年の研究と、膨大な文献の読解によって培われた、専門家そのものの領域にあった。 ライナスは、部屋の入り口に壁のように立ち、腕を組んでその光景をただ黙って見つめていた。彼の顔には、遠征の疲労の色が濃く刻まれている。だが、それ以上に、目の前の女性に対する畏敬と、そしてどうしようもないほどの焦燥感が渦巻いていた。 彼女は、限界を超えている。 ただでさえ、何日も眠らずに病の原因を突き止め、そしてあの過酷な山行を乗り越えてきたのだ。その細い体のどこに、これほどの力が残っているというのか。今にも、その糸がぷつりと切れて、倒れてしまうのではないか。 だが、彼は何も言えなかった。 今、彼女を止めることは、民を見殺しにすることと同義だった。そして何より、彼女自身の、人々を救いたいという気高い魂を、踏みにじる行為に他ならなかった。彼にできるのは、ただ彼女を信じ、そして彼女が倒れた時には、何をおいてもその身を受け止める覚悟を決めることだけだった。 作業は、夜を徹して続
Last Updated : 2025-10-01 Read more