王城の奥深く、国王の私室は、昼間だというのに薄暗い沈黙に支配されていた。 壁にかけられた壮麗なタペストリーも、磨き上げられた黒檀の調度品も、その主の心に宿る深い絶望の前では、色褪せたガラクタに過ぎなかった。老王は、窓辺の椅子に深く身を沈め、自らの手の甲に浮かんだ、枯れ木のような染みをただ見つめていた。 昨日の、あの玉座の間での出来事が、悪夢のように脳裏に蘇る。 宰相ヴァインベルクの、巧みで、そして毒に満ちた讒言。それに同調する貴族たちの、媚びを含んだ視線。そして、目の前に突きつけられた、辺境伯ライナスが反逆者であるという「動かぬ証拠」。 国王は、それが偽りであると、心のどこかで分かっていた。 あの密書は、あまりに都合が良すぎる。あのライナスという男が、これほど稚拙で、分かりやすい証拠を残すとは思えなかった。彼は、戦場で功を立てただけの蛮族ではない。その報告書から窺える統治の手腕は、むしろ王都のどの貴族よりも、怜悧で、理性的ですらあった。 だが、老王には、それに異を唱えるだけの力が、もはや残されていなかった。 ヴァインベルクは、この国の政治、軍事、そして経済の全てを、その蜘蛛の巣のような権力網で、完全に掌握している。彼に逆らうことは、この王国そのものを、内側から崩壊させる危険を孕んでいた。 そして何より、老王自身の心は、過去の過ちによって、深く蝕まれていたのだ。 アルトマイヤー公爵。 あの、誰よりも誠実だった忠臣を、自分は、この同じ男の讒言を信じて、見殺しにした。あの時の、公爵の最後の絶望に満ちた瞳を、忘れた日は一日たりともない。 今また、同じ過ちを繰り返すのか。 自問する声が、胸の内で虚しく響く。だが、答えはすでに出ていた。彼は、もう一度、己の魂を裏切るしかないのだ。王として、この国の安寧という大義名分のために。「陛下」 背後から、侍従長の、感情を殺した声がした。「宰相閣下が、勅命の署名を、お待ちでございます」 国王は、何も答えなかった。ただ、ゆっくりと立ち上がると、震える足で、部屋の中央に置かれた執務机へと向かった。 机の上には、一枚の上質な羊皮紙が広げら
Last Updated : 2025-10-21 Read more