王都は、爛熟の極みにあった。 大理石で舗装された中央広場を、着飾った貴族たちの豪奢な馬車がひっきりなしに行き交う。その窓から漏れ聞こえるのは、芸術や詩について語らう、洗練された笑い声。先の戦争の傷跡など、この都の華やかさの前では、まるで存在しないかのように見えた。 だが、その輝かしい光の裏側には、深く、そして濃い影が落ちている。 宰相ゲルハルト・ヴァインベルク公爵の執務室。そこは、王国の政治の中枢であり、同時に、あらゆる陰謀が渦巻く、巨大な蜘蛛の巣の中心でもあった。「…と、いう次第でございます。あの成り上がりの狼めは、我々の提案を一笑に付し、この私を、まるで罪人のように辺境から追い立てました。全ては、あのアルトマイヤーの小娘の差し金に違いありませぬ!」 王都でも五指に入るといわれた大商人、ダーヴィト・フォン・ゲルラッハは、その肥え太った体を震わせ、屈辱と怒りに満ちた声で報告を終えた。数週間前まで辺境で見せていた傲慢な態度は見る影もなく、今はただ、主人の叱責を恐れる犬のように、主の顔色を窺っている。 ヴァインベルクは、窓の外に広がる王都の景色に背を向けたまま、黙って彼の報告を聞いていた。その手には、高価な水晶の杯が握られている。「…そうか。ご苦労だったな、ゲルラッハ」 やがて、ヴァインベルクはゆっくりと振り返った。その顔には、完璧なまでの穏やかな笑みが浮かんでいる。だが、その瞳の奥だけが、何の光も映さず、底なしの沼のように深く、冷たく淀んでいた。「下がってよい。この度の損失は、いずれ別の形で補填してやろう。暫し、身を隠しているがいい」「は、ははっ! ありがたき幸せにございます!」 ゲルラッハは、意外なほどの寛大な処遇に、何度も頭を下げながら、足早に部屋を辞していった。 一人残された執務室で、ヴァインベルクの顔から、すっと笑みが消えた。 次の瞬間、彼が手にしていた水晶の杯が、壁に叩きつけられ、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。「……あの、虫けらどもが」 静かな部屋に、地を這うような低い声が響く。それは、彼の心の奥底から絞り出された
Last Updated : 2025-09-21 Read more