書庫の静寂を破ったのは、羊皮紙が擦れるかすかな音と、セレスティナ自身の、荒い息遣いだけだった。『古き、狼の道』 二百年の時を超えて、古びた植物学者の手記の中から浮かび上がったその言葉は、彼女の心に確かな光を灯していた。 彼女は、興奮に震える手でその手記を掴むと、部屋を飛び出した。疲労も眠気も、もはや感じない。一刻も早く、この発見を彼に伝えなければ。その一心で、彼女は夜の静まり返った城の廊下を、ライナスの執務室へと急いだ。 執務室の灯りは、まだ煌々とともっていた。彼は、まだ起きていたのだ。 セレスティナは、礼儀も忘れて、力強く扉を叩いた。「閣下! わたくしです、セレスティナです!」 中から、訝しげな、しかしすぐに扉を開けるよう促す声が聞こえる。彼女が部屋に飛び込むと、ライナスは机に向かったまま、驚いたように金色の目を彼女に向けていた。その隣には、側近のギデオンも控えている。どうやら、二人で今後の対策を協議していたらしい。「どうした。その様子は、ただ事ではなさそうだな」 ライナスの落ち着いた声が、彼女の興奮をわずかに鎮める。「道が、ありました」 セレスティナは、ぜいぜいと息を切らしながら、手にした手記と、自分が書き写した地図の写しを、彼の机の上に広げた。「二百年以上前に記された、古い植物学者の手記です。ここに、忘れられた道筋が…!」 ライナスとギデオンは、すぐさま机に広げられた資料を、真剣な眼差しで覗き込んだ。 セレスティナは、指で地図の線をなぞりながら、夢中で説明を始めた。「この手記によれば、二百年前、中央から派遣された植物学者が、辺境の希少な高山植物を調査するために、この道を使ったとあります。彼は、この道を『狼の道』と記しています。おそらくは、かつて獣や、山岳の民だけが使っていた、古くからの間道なのでしょう」「だが、二百年も前の道だ」ギデオンが、慎重な口調で言った。「今も、道として残っている保証はどこにもない。崖崩れや、川の氾濫で、とうに寸断されている可能性の方が高い」「ええ、その可能性は考えました」 セレスティナは、ギデオンの
Last Updated : 2025-09-11 Read more