石牢の奥、闇に沈んだ小さな空間に、一人の男が静かに膝を抱えていた。乾ききった空気、石壁に染み込んだ鉄錆の匂い、遠くで雫が一滴ずつ落ちる音。それは夜の底で呼吸を失った誰かの心臓の音に似ている。その男――罪人は、目を閉じていた。手首には縄の痕があり、指先は赤く滲んでいる。紙も筆も与えられず、彼は長い夜のあいだ、ただ自分の存在がここにあるという証だけを求めていた。ゆっくりと、男は自分の右手を口元に運ぶ。かさついた唇の奥、歯で指先の皮膚を食い破る。最初の痛みはほとんど何も感じない。だが、血の味が舌に広がり、じわじわとした熱が骨の奥へ伝っていくにつれ、彼の意識はこの現実へと引き戻されていく。赤い雫が、指先から落ちて石牢の床にぽつりと落ちる。男はその血を親指でぬぐい、壁に指を押し付けた。赤い筋が、乾いた石に細く、しかしはっきりと跡を残していく。一文字、また一文字。彼はゆっくりと、血で物語を書き始める。誰にも読まれることのない、赦しを乞うような、救いのない独白。壁に滲む赤い文字たちだけが、彼を証明し、彼の渇望を受け止める。「わたしはここにいる」その一行を書くたびに、男の息は荒くなり、指先の痛みが強くなっていく。だが、それでも書くことをやめなかった。痛みが自分を現実につなぎとめ、血が流れれば流れるほど、罪を生きているという実感が骨に刻み込まれていく。語り部アミールの声が、王の耳の奥に沈んでいく。夜毎、語りは幕開けとともに王を引きずり込むが、今宵の語りには不思議な重さがあった。石牢の孤独と、流される血の熱――それはまるでアミール自身がこの世界の底で“生きるため”に己を傷つけているかのようだった。アミールの表情は、普段よりも淡い。まなざしは王に向いているようで、その奥の深い闇を見つめている。彼は「痛み」の向こう側にしか言葉を手にできないのだと、王は初めて悟りかけていた。石牢の男は、疲れたように背を壁にもたせる。血は乾きかけ、痛みが鈍くなっていく。
ปรับปรุงล่าสุด : 2025-09-08 อ่านเพิ่มเติม