神殿の奥、火皿の揺らめきが最初に音を立てた。低く、軋むような呼吸とともに、白い煙が天へと昇っていく。その中心にいたのは、ひとりの姫。裸身を包むものは、幾筋かの金の鎖だけだった。鎖は彼女の肋骨の下で交差し、下腹部へと流れ落ち、やがて足の甲に触れる場所で結ばれていた。香は乳香。練られ、削られ、焼かれることでしか香らぬその香は、皮膚の奥にまで染み込む甘さを持つ。それが姫の肌と混ざり合い、神殿を満たしていた。まるで、彼女自身が香の炉であるかのように。「その姫は…」アミールの声が、夜の静けさに切り込んだ。「願いを叶えたくて、身体を焼いたのではありません。赦しを乞いたかったのです。声ではなく、肌で。涙ではなく、熱で」王はその言葉に、まぶたを細めた。瞳の奥に過去の色が滲んでいた。ひとりの男の肌。ふとした夜の匂い。香の中に混じる記憶は、時を超えて王の胸を締めつけた。姫は膝を折り、仰向けに倒れた。その両手は頭上に掲げられ、神へと差し出されている。手首の内側には薄い傷跡があり、それが乳香の煙をなぞるように震えていた。何かを断ち切った者の印だった。神官たちは一歩も動かず、視線だけを姫の上に落としていた。その眼差しは冷たいとも、敬意に満ちているともつかぬ。神殿において感情は排される。だが、姫の身体だけが、黙って訴え続けていた。「王よ。祈りには、声だけではなく肉体の言語もあります」アミールは香炉に指をかざした。王の前ではなく、自身の胸元に煙を引き寄せるようにして。「この姫は神に語ったのです。私はここにいる。私は罪を知っている。だからこそ、私を燃やして欲しいと」王の眉が微かに寄る。座したままなのに、足元の地面が揺れているような感覚が脳裏をかすめた。姫はやがて立ち上がる。足取りは震え、金の鎖がかすかな音を立てた。乳香の煙が立ち上るたび、彼女の肌は別のものに塗り替えられていく。まるで、自身の皮膚を祈りに変えるように。彼女は神像の前に進み出た。その顔は見えない。だがその背筋、肩の曲線、額を伏せた時の首すじの角度、それらがひとつの問いかけの形をしていた。赦される資格はあるか。罰され
Last Updated : 2025-09-01 Read more