月が高く昇った頃、東門の前に一台の馬車が滑り込んだ。布で覆われた幌が音もなく持ち上げられ、中から姿を現したのは、身を薄布で巻かれた一人の青年だった。沈黙のまま降り立つその足は、裸足。王宮の石畳に触れた瞬間、小さく身を震わせたが、それ以上の感情を見せることはなかった。侍従たちは黙々と手続きを進めた。今夜の“献上品”は計三名。年若い男娼たちは、恐怖に顔を引きつらせ、必死に取りすがるような目で周囲を見回していた。だが、中央に立つ青年だけは違った。彼は、ただ月を見上げていた。その瞳に浮かぶのは諦めか、それとも静かな炎か。判別できずに侍従の一人が眉をひそめる。「この者の名は?」「記録にありません。匿名にて届けられました」老侍従が名簿に目を落としながらつぶやいた。「またか。身元も出所も曖昧な者を献上して、何になるというのだ」「…何か、妙ですね」隣の若い侍従が囁く。彼の視線の先には、月光に濡れたような青年の肌があった。薄布の下、細身の体つきは均整が取れており、肌は白磁のように滑らかだった。香の匂いが漂ってきた。どこか馴染みのない、だが忘れがたい香り。「水盆を。香を焚け」命じられ、二人の侍女が水盆を運び込む。銀の縁が静かに揺れ、水面に月が映る。青年は促されるまま腰を下ろし、自らの手で布を解いた。何の羞じらいもなかった。指先が水に触れると、小さな波紋が幾重にも広がる。盆の縁に沈められた布を手に取り、ゆっくりとその首筋を拭う。「喋らないのか?」老侍従が問うた。青年は一瞬、視線をそちらへ向けたが、やはり口は開かない。「名を訊いても、沈黙とは…」「死を恐れていないのかもしれません」若い侍従がつぶやく。水音が、音の消えた空間に吸い込まれていく。「王の前に出される前に、この者を清めの間に通せ」命が下され、青年は立ち上がる。濡れた布が床に落ち、白布の裾が石畳を引きずった。歩くたび、わずかに残る水滴が道を作る。香炉の煙が細く立ち昇り、天井の彫刻をくぐって消える。清めの間の奥
Last Updated : 2025-08-21 Read more