向かいに座る悠人を前に、智美は息の詰まるような気まずさを感じていた。悠人も黙ったまま窓の外を眺めている。そんな二人をよそに、兄の和也が料理を注文していく。やがて、次々とテーブルに料理が運ばれてくる。真っ赤な唐辛子が浮かぶ料理ばかりで、濃厚なスパイスの香りが瞬く間に広がった。悠人の眉間に、さらに深い皺が刻まれる。喉を通せそうな料理が一品も見当たらない。彼にとって、それはまさに「災難」以外の何物でもない。重苦しい空気の中、いち早く動いたのは千夏だった。彼女はまず店員さんを呼び止め、白湯を持ってくるよう頼む。それから箸を手に取ると、赤い油にまみれた具材をつまみ、その白湯の中で優しく揺らし始めた。油がほとんど洗い流されたところで、彼女はそれを悠人の目の前にある取り皿に置く。「どうぞ。こうすれば、そんなに辛くないはずよ」目尻を下げて微笑む彼女の様子を、智美は複雑な思いで見つめていた。一目でわかる。彼女は悠人のことが好きなのだ。そして、彼のことをよく理解している。彼が辛いものを苦手だと知っているということは、きっと二人で食事をする機会も多かったのだろう。だが悠人は、彼女が取り分けた料理に手をつけようとはしなかった。千夏は少しだけ落胆した表情を見せたが、すぐに笑顔を取り繕う。「悠人くんは辛いものが苦手だもの、何か野菜料理でも追加で頼もうか」「いらない」短く答えると、悠人はテーブルで唯一辛くない冷菜──きくらげの和え物に箸を伸ばした。ちょうどその時、智美も同じ皿に箸を伸ばす。二人の箸が、まるで示し合わせたかのように空中でぴたりと重なった。互いの動きが、止まる。はっとして顔を上げると、視線が交わった。時間が、その瞬間だけ凍りついたかのようだ。智美の長いまつ毛が、微かに震える。悠人は、ただじっと彼女を見つめていた。深い海のような瞳に、言葉にならない感情が揺らめいている。先に視線を逸らし、箸を引いたのは智美だった。悠人は一瞬ためらう素振りを見せた後、何事もなかったかのようにきくらげを掴んで口へと運ぶ。その一連のやり取りを見ていた千夏は、鋭く眉をひそめた。何かがおかしい、と彼女の直感が告げている。悠人くんが極度の潔癖症なのは有名な話だ。幼い頃から、誰かが彼の食べ物に触れたり、食器に手が触れ
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