All Chapters of 無視され続けた妻の再婚に、後悔の涙: Chapter 401 - Chapter 410

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第401話

聖美は、呆れたように溜息をついた。「彼、メッセージの返信も遅いし、お願いしたこともすぐにはやってくれないんでしょう?それって間違いなく減点対象よ。本当にあなたのことを一番に考えてくれてるのかしら」智美は言葉に詰まった。「……でも、すごく忙しい人だから。メッセージだって、仕事中はすぐには見られないと思うし」「あなたより大事なことなんてある?」聖美は呆れたように眉をひそめる。「彼氏へのハードルが低すぎるのよ。いくらお金持ちでイケメンだからって、そこで妥協しちゃダメ。女の子はもっと自分を大切にしなきゃ。自分を一番に考えていいの」智美は反論した。「……彼は、私にはとても優しくしてくれるわ。それに愛って、お互いさまだと思うの」「やっぱり分かってないわね。男性こそ、女性より尽くすべきなの。それができないなんて論外よ!」聖美は引き続き智美を諭す。「恋愛でも結婚でも、女性が背負うリスクは男性よりずっと重いのよ。たとえば妊娠ね。産むにしても産まないにしても、体がボロボロになるのは女性だけ。就職活動だってそう。『結婚の予定は?出産は?』って、就活の面接で必ず聞かれるでしょ?既婚で子どもがいない女性なんて、それだけで敬遠されることもあるわ……男性がそんなこと聞かれる?フン、絶対ないわよね。それなのに、多くの男性は女性をナメてる。『結婚相手に高額の結納金を求めるなんて、女は強欲だ』なんて言うくせに。じゃあもし、女性が何も求めなかったらどうなると思う?妻の実家に喜んで婿入りして、家事も育児も義父母の介護も、全部引き受ける覚悟が彼らにはあるの?あるわけないじゃない」智美は静かに頷いた。「聖美さんの言ってることは分かるわ。でも今の時代、昔とは価値観も違ってきているんじゃないかな。経済力のある女性なら、男女対等でありたいはずよ。二人で一緒に家庭を築いていきたいって、そう思ってる人が多いと思う」「まさに、そこなのよ」聖美は我が意を得たりとばかりに頷く。「目覚めた女性たちの恋愛観は、もう昔とは全く違う。問題なのは、男性の大半がまだ『目覚めていない』ってこと。彼らは相変わらず、自分に都合のいい有能な相手を求めてるの。恋愛でも結婚でも、男女の求めているものが致命的にズレてるんだから。理想のパートナーなんて、そうそう見つかるわけないのよ」ひとしきり恋愛談義に花
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第402話

「黒崎さんって……何なの?まるでお姫様選びでもするつもり?」智美は呆れて目を丸くした。聖美は可笑しそうに笑う。「そうよ。海知市きっての名門、黒崎家の一人息子だもの。奥さん選びは、お姫様選びと同じよ。会長は息子の結婚相手に厳しくてね。家柄か、それとも能力か、容姿だけよくても眼中にないそうよ」智美は、礼央のチャラチャラした態度を思い出した。あんな男が結婚して落ち着くとは到底思えない。彼の妻になる不運な女性はいったい誰なのだろう、と他人事だけど、同情してしまう。「私、招待状をもらったの」聖美が言った。「友人を一人連れて来てもいいそうだから、一緒に行きましょう。会場には、黒崎の秘書である岩井さんが必ずいるはずよ。そこでじっくり話せるわ。彼は取引相手の実務能力を重視するタイプだから、こっちの実績をアピールしてうまく説得できれば、話はまとまるはずよ」「分かったわ」智美は頷いた。「ところで、ホテルはどこを取ったの?」聖美に聞かれ、智美は滞在先の住所を伝えた。「ねえ、私のところに泊まらない?」聖美が提案する。「夜も仕事の打ち合わせができるし、明日の昼間は時間がないから、その方が効率的でしょ?」「もちろん、いいわよ」智美に断る理由はなかった。今回の出張はあまり長引かせられない。仕事は早く片付けるに越したことはないのだ。聖美の車でホテルへ戻り、荷物を取りに向かった。智美がロビーに降りてくると、ちょうどスタッフと鉢合わせた。相手は大きな深紅のバラの花束を抱えており、隣室の客からだと言って差し出してくる。智美はすぐに、隣室の主――礼央のことを思い浮かべた。聖美がニヤリと笑う。「海知市に来たばかりなのに、もう追っかけができたのね。モテモテじゃない」智美は、贈り主が礼央だということを聖美に話すべきか迷った。これから二人で、黒崎不動産のビルを借りようとしているのだ。だが、あのチャラチャラした態度を思い出すと、彼が家業に真剣に取り組んでいるとは思えない。黒崎家の経営において、彼には発言権などないのかもしれない。それに、聖美は秘書の明敏と交渉すると言っていた。ならば、礼央と知り合いであることは伏せておいた方が無難だろう。智美は花を受け取らず、フロントに預けたまま背を向けた。「あれ?受け取らないの?」不思議
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第403話

そう言って、聖美は智美を振り返った。「客室が二つあるんだけど、どっちがいい?週に何度か家政婦さんが掃除に来てくれるから、どっちもきれいよ」智美は窓際の部屋を選んだ。荷物を置いて整理し、リビングに戻ると、聖美はすでにシルクのパジャマに着替えていた。ソファで寛ぎながらコーヒーを飲んでいる。リビングには心地よいアロマの香りが漂っていた。棚の上では加湿器が静かに温かなミストを噴き出している。家具やインテリアのすべてが、家主のセンスの良さを物語っていた。智美は聖美を見つめ、心が和むのを感じた。経済的に自立した、美しい独身女性――見ているだけで気分が晴れやかになる。「コーヒー飲む?」聖美が智美に気づいて微笑んだ。「最近買った輸入物のコーヒーメーカーなんだけど、美味しく淹れられるのよ」彼女は立ち上がり、手際よく智美にコーヒーを淹れてくれた。香ばしい湯気を吸い込み、一口含む。確かに美味しかった。「どう?料理は作れないけど、コーヒーを淹れる腕は一流でしょ」智美は聖美と並んでソファに座り、ふっと笑みをこぼした。「こんな優雅な独身生活、本当に羨ましいわ」聖美はカップを傾けながら優雅に答える。「くだらない結婚生活より、上質な独身生活の方がずっとマシよ。だから女性はもっと自分本位でいいの。一時の恋愛感情に流されて、男性の無料家政婦になりに行くなんて。そんなの馬鹿らしいじゃない」智美は、聖美の考え方が時代の先を行っていると感じた。もし数年前に、自分にも聖美のような強さと能力があったなら……あんな失敗した結婚生活に陥ることもなかっただろう。そのとき、聖美のスマホが鳴った。画面を見た瞬間、彼女は眉をひそめたが、結局通話ボタンを押した。「お母さん、何?」電話の向こうから、年老いた母の荒々しい声が漏れ聞こえてくる。「あんた、よくも母親の私に……!今はお金ができて羽振りがよくなったからって、苦労してあんたを育てた私を見捨てる気か!」聖美は冷ややかに言い返す。「十分尽くしてるでしょ。毎月生活費を送って、家政婦も雇って、住んでる家だって私が買ったものよ。二人の兄さんたちを見てみなさいよ。彼らが何かしてくれた?どうして彼らには文句を言わないで、私にばかり当たるの?」母親の声はさらにヒステリックになった。「金を渡せばそれで親孝行
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第404話

聖美はこれ以上話す気力を失った。「好きにすればいいわ。もう一度だけ家政婦を探してあげる。それでも気に入らないなら、次は本当に義姉さんを行かせるから」そう言って、一方的に電話を切った。聖美は少し憂鬱そうに智美に向き直った。「私の人生で悩みなんてほとんどないんだけど、母だけは別ね。何人も家政婦を雇ったのに、誰一人として満足しないんだから!」「要求が高すぎるの?」智美が尋ねる。聖美はうんざりした顔で言った。「うちの母はね、典型的な『自分が一番えらい』老人なのよ。せっかくいい暮らしができるのに、わざわざ波風を立てたがる。家政婦を雇って、三食作らせて、家事全般を任せても満足しない。二十四時間休みなく働かせようとして、常に監視して粗探しをして、何かにつけて怒鳴りつけるのよ。そんな扱いに耐えられる家政婦なんていないわ。何人雇っても、すぐに辞めちゃうに決まってる」智美はため息をついた。苦労してきた世代の老人の中には、考え方をする人がたまにいる。お金を払って人を雇ったからには、相手に一時も休ませたくないのだ。払った給料の分、相手をこき使わないと損をした気分になる。相手が少しでも手を休めていると「怠けている」と決めつけ、使用人のように叱りつける。こういう雇い主の下で働きたがる人間など、見つかるはずがない。その夜、悠人から智美にメッセージが届いた。【前に君が聞いてきた件、グループ内で聞いてみたんだ。大学院時代の同級生で、独身が二人いるよ】智美は興味を持ち、スマホの画面に向かって微笑んだ。【どんな人を探してるの?】悠人が短い返答だけ返してきた。【待って】智美はしばらく待ったが返信がないので、手元の仕事に戻った。三十分ほどして、ようやく悠人から長文が送られてきた。【一人目の同級生は、名門Z大の院卒で、今は大手企業の管理職。年収は一千万以上。身長は平均的。希望条件は、若くて美人であること。できれば大企業か公務員といった安定した職に就いていて、残業が少なく家庭を優先できる人。性格は優しくて思いやりがあり、実家が裕福で、親の介護などの負担がない女性を探してるそうだ】智美は苦笑して返信した。【私の友人は仕事が忙しいから、合わないと思うわ】悠人が続ける。【もう一人も院卒で、大企業の法務部勤務。年収は一千四百万超え。容姿
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第405話

聖美は、智美を促して黒崎家の宴会場へと向かった。「あとで私についてきて。岩井さんを紹介するわ。彼は公私をきっちり分ける人で、少しお堅いタイプだけど、そこがいいの。だって見掛け倒しのビジネスマンより、ずっと信頼できるわ。ああいう人とコネクションを持てるのは、私たちにとって大きなチャンスよ」智美は小さく頷いた。二人が煌びやかな宴会場に入ると、すぐに何人かの社長たちが挨拶にやってきた。聖美は海知市の実業界では名の知れた存在だ。若くして起業に成功し、しかも美しいとなれば、注目を集めないはずがない。聖美は手慣れた様子で、智美を彼らに紹介した。智美を見た瞬間、社長たちの目が輝く。無理もないのだ。聖美も相当な美人だが、智美の美しさはさらにその上を行っていた。ここ二年で、智美はすっかり洗練されていた。落ち着いた物腰と柔らかさを兼ね備え、一挙手一投足が人を惹きつける。一癖も二癖もある社長たちも、彼女の優雅な佇まいと話し方に感嘆の声を漏らした。その中の一人、恰幅のいい三好社長が目を細める。「最近の若い女性は本当に優秀だ。そのうち我々のような老いぼれは、席を譲らねばなりませんな」智美は控えめな笑みを浮かべて答えた。「三好社長、そんなことおっしゃらないでください。私たちはまだまだ未熟者です。先輩方から学ばせていただくことばかりですので」聖美は、智美が堂々と社長たちと渡り合う様子を見て、胸をなでおろした。智美は想像以上に、社交の場での立ち回りが巧みだ。考えてみれば当然かもしれない。彼女もまた、自分の足で事業を切り盛りしている女性なのだから。一通りの挨拶を終えると、聖美は智美の手を引いてさらに奥へと進んだ。「ほら、あそこにいるのが岩井さんよ」明敏の周りには、すでに何人かの経営者が取り巻いていた。しかし、近づいてきた智美に気づくと、彼はわずかに驚いたような表情を見せた。あれは……礼央が執着している女性では?心の中では疑問を抱きつつも、明敏の表情はすぐに平静なビジネススマイルに戻る。聖美が明るく声をかけた。「岩井さん、入江聖美と申します。こちらは友人の渡辺智美さんです。本日は少し、ビジネスのお話をさせていただきたいのですが……」明敏は、周囲の人間を差し置いて二人に丁寧に向き直った。「もちろんです。少しあ
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第406話

智美は困ったように苦笑した。「もう、からかわないでよ」彼女には、明敏の態度がそこまで特別なものだとは思えなかったのだ。聖美が笑う。「私があなたみたいな美貌を持ってたら、きっと自分を見失って、その顔パスを使ってキャリアの近道をしてたわ。あはは、智美、自分の影響力を過小評価しすぎよ。この会場にいる男の何割があなたを目で追ってるか、分かってる?」聖美が十点満点中八点の「可愛い美人」なら、智美は間違いなく十点を超える「絶世の美女」だ。大抵の男性は、この容姿に一目惚れしてしまうだろう。智美は何も答えなかった。自分が美女であることは、幼い頃から自覚している。でも、ただの「美しい人形」になりたいわけじゃない。もっと他の分野で、自分の能力を証明したいのだ。その頃、礼央が宴会場に入ってきた。彼はすぐに、明敏と智美が話をして別れるところを目撃した。智美も来てるのか!礼央はぱっと顔を輝かせ、急いで声をかけようとした。だが、智美は彼と目が合うなり、さっと視線を逸らして人混みに紛れてしまった。礼央はむっとして、明敏のそばに歩み寄った。苛立ち混じりに問い詰める。「さっき智美と話してたな。何を話してたんだ?」明敏は笑って答えた。「仕事の話ですよ」「俺は黒崎の御曹司だぞ。お前はただの秘書じゃないか。なんで彼女はお前とは楽しそうに話すのに、俺とは話さないんだ?」明敏はわざとらしくスマホを取り出し、画面を見せた。「仕事の話をしただけじゃありません。連絡先も交換しましたよ」「何だって!?」礼央の声が裏返る。「連絡先まで交換したのか!」あれほど追いかけ回しても教えてもらえなかったのに、明敏はあっさり手に入れたというのか。明敏は会長――礼央の父からの頼みを思い出し、狡猾な笑みを浮かべた。「ええ。どうやら智美さんは、仕事熱心な『デキる男』を評価されるようですね。若様にはそういう雰囲気が足りないから、見向きもされないのでは?」「なっ……」礼央は言葉に詰まり、悔しそうに歯噛みした。「分かったよ!なら俺だって真面目に働いて、智美を見返してやる。明日から会社に行く!」明敏は、若様を簡単にその気にさせられたことに内心満足しつつ、釘を刺す。「それでは若様、三日坊主では意味がありませんよ。継続しなければ評価されません」「うるさいな、そんなの
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第407話

千夏が偉そうな態度で突っかかると、礼央も負けじとイライラし始めた。この女、智美の半分も可愛くないくせに、態度だけは一人前だ!こんなの、気に入るわけがないだろう!「へぇ、美人?俺には見当たらないな。お!ブスが一人でブツブツ言ってるのは発見!」「誰がブスですって!」千夏が目を剥いた。すると、礼央は鼻で笑った。「フン、図星を突かれてキレる奴がブスってことだろ」千夏は怒りのあまり彼を引っぱたこうと手を振り上げたが、礼央はひらりと身をかわした。「何だよ、本当のこと言っただけじゃないか。それで暴力か?性格悪すぎだろ。こんな女と結婚する奴がいたら、末代まで祟られるレベルだな」言い終わるや否や、横から伸びてきた手に耳を引っ張られた。「このバカ息子、何てこと言うの!」朋世は彼を叱りつけると、慌てて千夏に向き直った。「千夏さん、ごめんなさいね。このバカと張り合わないでちょうだい。口は悪いけど、根はいい子なのよ」千夏はフンと鼻を鳴らした。「いい子?全然そう見えませんけど。初対面の女性に人格否定してくるなんて、育ちを疑いますわ」彼女は冷ややかに言い放つ。「立花さん、お見合いを設定していただいてありがとうございました。でももう結構です。黒崎さんは身分が高すぎて、私のような者には分不相応ですから!」そう言うと、彼女は憤然とヒールを鳴らして歩き去っていった。朋世が礼央の頭をパシンと叩く。「あんたねえ、あんなに素敵な娘さんを怒らせて。一体どんな嫁を探すつもりなの?海知市の令嬢もダメ、羽弥市の令嬢もダメ。天女でも娶るつもり?」礼央は悪びれもせずニヤニヤと笑った。「天女?いい例えだね。でも叔母さん、もう令嬢なんて紹介しないでよ。ああいう連中は気取ってるし、遊び方も派手だし。俺は将来、浮気されたくないんだよ。もういいよ、自分で嫁を見つけるから!」「あんたが見つけられるのは、あんたの財布目当ての庶民の女だけよ!そんなのがまともなわけないじゃない。いいかい、結婚は家柄が釣り合ってないとダメなのよ!」「家柄が釣り合うって?つまりお互い遊びたい放題の仮面夫婦になれってことだろ?」礼央は軽く肩をすくめる。「うちは腐るほど金持ちなんだから、嫁の実家に助けてもらう必要なんてないよ。叔母さん、もう俺のことはほっといてくれ。じゃあね!」そう言って、朋世の
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第408話

とはいえ和夫は、千夏に辛い思いをさせたくない。「千夏、頼むからお父さんの言うことを聞いてくれ。羽弥市の名門御曹司である悠人くん以外は誰も気に入らないと言うなら、お父さんは海知市で別の相手を探すしかない。しかし、海知の黒崎家の御曹司も嫌だとなれば、他に誰がいるというのか?名家の跡取りなんて、それこそ引く手あまただ。どれだけの令嬢がその席を狙っていると思ってる?黒崎家を逃して、それ以上の条件の相手が簡単に見つかるはずがないだろう」千夏が悔しげに唇を噛む。「でも、あいつは酷すぎるわ!」「あれだけの家柄なんだ、多少の欠点には目を瞑るべきだろ。悪い癖なんて、結婚してから直させればいい。いいか千夏、お前は森下家の令嬢だぞ?家柄の釣り合わない格下の男と結婚するなんて、耐えられるのか?」「もちろん、そんなの無理よ!」森下家の娘として、格下との結婚などありえないことだった。智美はようやく礼央の執拗な付きまといから逃れ、宴会場を後にした。エントランスを出てすぐ、聖美も追うように出てくる。どうやら何杯か飲まされたらしく、その頬を染めている。聖美は智美に笑いかけた。「こういう社交の場って、どうしても飲まされるわよね。でも今日は目標も達成できたし、岩井さんも話をまとめてくれたから、来た甲斐はあったわ」智美は礼央と知り合いであることは伏せたまま、頷いた。「ええ、そうね。でも聖美さん、少し飲みすぎじゃない?家まで送っていくわ」夜風に当たって酔いが回ったのか、聖美は素直に頷いた。「ありがとう。二人で来てよかった。一人だといつも、隙を見せたら男たちに付け込まれないかって気が張っちゃうもの。……正直ね、こういう場には慣れてるつもりだけど、やっぱり疲れるわ。結局のところ、男社会なのよ。あいつら、セクハラの心配なんてしなくていいんだから」智美が頷いた。「女性経営者がもっと増えれば、社交場の景色だって変わるわ。そうすれば、ルールだって男たちが勝手に決めるものじゃなくなるはず」「ふふ、その通りね。いつかそんな日が来るって信じてる」帰宅後、聖美を部屋まで送り届けて休ませると、智美は身支度を整え、悠人とのビデオ通話を繋いだ。「もう羽弥市に着いたよ。明日の午後には、そっち……海知市に行けそうだ」画面の向こう、悠人がカメラを自分の部屋に向ける。
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第409話

翌朝、十一時。智美と聖美は連れ立って「KF商業センタービル」へと向かった。約束の三十分前には到着していたが、明敏の姿はまだない。聖美がコンパクトを取り出し、丁寧に口紅を直しながら言った。「賃貸契約にサインしたら、岩井さんを食事に誘いましょうよ。近くにすごくいいレストランがあるの」智美が笑う。「そうね。私は海知市のお店には詳しくないから、全部あなたに任せるわ」十一時近くになっても明敏は現れず、代わりに智美に連絡が入った。「すみません、渋滞で。あと十分で着きます。よければ先に三階を見ていただけますか?気に入っていただければ、僕が到着次第すぐに契約に入れますので。そのほうが時間の節約にもなるでしょう」智美は了解と返信し、聖美に事情を説明した。聖美も頷く。「それもそうね。先に見ておきましょう」二人はエレベーターで三階へ上がった。オフィスエリアの扉は開放されている。中に入ろうとしたその時、奥から話し声が聞こえてきた。「ここ、すごく気に入ったわ。大石マネージャー、よろしく頼むわね。賃貸の手続きは早く済むでしょ?」「もちろんでございます、立花様。ご心配なく、すぐに手配いたします」自分たちが目をつけていたオフィスを、横から掠め取られそうになっている。智美と聖美は顔を見合わせた。智美は一歩前に進み出ると、大石と呼ばれた物件管理人に声をかけた。「すみません、こちらの物件担当の方でしょうか?」大石マネージャーは智美を一瞥し、そっけない口調で答えた。「ええ、大石ですが。何か御用で?」智美は怯まず告げる。「私たちは黒崎グループの岩井室長を通して、このフロアを借りることで話がついています。決定される前に、大石マネージャーから岩井室長に確認していただけませんか?」大石マネージャーの表情が、さらに硬化した。「お嬢さん、でたらめを言わないでください。岩井室長はお忙しい方です。こんな現場の些細な案件に関わるはずがないでしょう。それに、こちらの立花紗凪(たちばな さな)様は、当社の黒崎会長の姪御さんです。黒崎傘下のビルを借りたいとおっしゃれば、鶴の一声ですべてが決まる。外部の人間であるあなたが口出しできることではありません」智美は息を呑んだ。この紗凪という人が、それほど太い後ろ盾を持っているとは。もし彼女が先に契約してしまったら
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第410話

智美と聖美は振り返り、ほっと胸を撫で下ろす。明敏はそこに紗凪がいるのを見て、訝しげに眉を寄せた。「立花様、どうしてこちらに?」紗凪はどうやら明敏に気があるらしい。先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、パッと明るい笑顔を向けた。「あら明敏さん、奇遇ね。私、陶芸工房を始めたくて、ちょうど大石マネージャーからここが空いてるって聞いたの。見てみたらすごく気に入ったから、ここに決めようと思って。工房がオープンしたら、ぜひ見に来てね」明敏は内心で舌打ちした。まさか紗凪がここを気に入るとは。だが、すでに智美たちに貸すと約束してしまっている。破るわけにはいかない。彼は少し考えてから提案した。「立花様、陶芸工房でしたら、黒崎傘下の別の物件のほうが適しているかと思います。そちらをご案内しましょうか?こちらのセンタービルは……彼女たちにお譲りするということで、いかがでしょう」紗凪の視線が鋭く智美に向いた。智美の容姿は際立っている。明敏が智美を気に入っているのではないかと疑い始め、胸の内に嫉妬が湧き上がる。「駄目よ。私はここが気に入ったの。このフロアを借りるわ。それにしても岩井室長がそこまでその女の肩を持つなんて、まさか何か特別な関係でもあるの?」明敏と智美の関係を探ろうとしている。明敏はきっぱりと答えた。「彼女とは個人的に親しいわけではありません。ただ、ビジネスとして約束を反故にするわけにはいかない、それだけです」通常、黒崎傘下の物件が契約される前には、大石マネージャーから必ず事前報告のメールが入る。それを見ていなかったため、明敏はこのビルがまだフリーだと思っていたのだ。まさか紗凪が突然現れ、割り込んでくるとは。智美を敵に回せば、それはつまり悠人を敵に回すことになる。明敏はそんな事態を望んでいなかった。だが、紗凪をどう説得する?彼は言葉を選び、続けた。「立花様、ビジネスで最も重んじられるのは誠実さです。僕は智美さんとの約束を破りたくありません。ですから、僕の顔を立てて、今回は智美さんに譲っていただけませんか?」だが、明敏が智美を庇えば庇うほど、紗凪の嫉妬は深まるばかりだった。彼女は智美を睨みつけ、不満げに声を張り上げた。「彼が庇えば、ここを借りられるとでも思ってるの?言っておくけど、私は譲らないわよ。さっさと消えな
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