All Chapters of トップモデルの幼なじみと、ひみつの関係: Chapter 21 - Chapter 30

56 Chapters

第21話

6月の初旬、梅雨入りを控えた爽やかな夕暮れ時。私はキッチンで夕食の支度をしながら、律の帰りを待っていた。今日も撮影が長引いているらしく、昼過ぎに『遅くなる』という簡単なメッセージが届いただけだった。時計を見ると、もう20時を回っている。いつもなら心配になるところだけれど、最近の律は仕事が忙しく、遅い帰宅が続いていた。私は温め直しができるようにと、野菜たっぷりのスープを作りながら、玄関から聞こえる足音を待っていた。──ガチャリ。ついに、玄関のドアが開く音がした。「おかえりなさい……」いつものように明るく声をかけようとしたとき、異変に気がついた。いつもならすぐに「ただいま」と返事が返ってくるのに、今日は妙に静かだった。そして、何か重いものが壁にもたれかかるような音が聞こえてくる。「律?」不安になって玉ねぎを切る手を止め、玄関へと向かった。そこで見た光景に、私は血の気が引いた。「はぁ、はぁ……」律は玄関の壁に片手をつき、もう片方の手で額を押さえながら、今にも倒れそうな様子で立っている。いつものクールな表情は消え失せ、額には汗がにじんでいた。「律!大丈夫?!」私は慌てて駆け寄り、律の腕を支えた。近づいてみると、律の体から異常な熱気が伝わってくる。「寧々……ごめん、ちょっと……」律の声はいつもの張りがなく、か細く途切れがちだった。私は律の腕を、自分の肩にまわし、体重を預けさせる。お、重い……!私は、彼の細く見える身体に不釣り合いな重さに驚き、一歩を踏み出すたびに足がガクッと崩れ落ちそうになる。呼吸が浅くなり、心臓が早鐘のように鳴り響く。「り、律!しっかりして!」私は律の脇に腕を入れ、なんとか彼を支えながら、リビングのソファへと一歩一歩、歩みを進めた。一歩進むたびに、額から汗が流れ落ちる。息は切れ、腕の震えが止まらない。律を助けたい一心で、私はどうにかリビングまでたどり着き、律の身体をソファに横たわらせた。ふぅ、運べた……。安堵感から私は、床にへたりこむ。「……っう」ホッとしたのもつかの間。苦しそうに唸る律を見て、心が痛む。「ちょっと待って、今すぐ熱を測るから」私は慌てて救急箱を取りに走った。手が震えて、体温計を落としそうになる。深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから、律のもとへ戻った。「はい、これを脇に挟んで」体温
last updateLast Updated : 2025-09-25
Read more

第22話

夜が更けるまで、私は律の看病を続けた。定期的に体温を測り、額のタオルを取り替え、汗をかいた時はそっと拭いてあげた。律は時々うなされるように寝返りを打ったけれど、私の手が頬に触れると安心したように落ち着くのだった。夜中の2時頃、私がうとうとしかけたとき、律が小さく「寧々」と呼んだ。「どうしたの?お水?」私が顔を覗き込むと、律の瞳がこちらを見つめていた。熱でうるんだその瞳は、いつものクールな印象とは程遠く、まるで子供のように無邪気で、同時にどこか寂しそうだった。「寧々がいてくれて、よかった」律が弱々しく微笑む。その笑顔を見ていると、胸が温かくなるのと同時に、切ない気持ちも込み上げてきた。「当たり前でしょ。私だって、律に助けてもらったんだから」「でも……こんな情けない姿を見せて、恥ずかしい」律の頬が、先ほどよりも赤らんでいるのが分かった。「情けなくなんてないよ。人間なんだから、病気になることもあるし。それに……」私は言いかけて、口を閉じた。「普段は完璧すぎる律の、こんな無防備な姿を見ることができて嬉しい」なんて、口が裂けても言えなかった。「それに?」律が小さく首をかしげる。「それに、私がお世話できることがあって嬉しいの。いつも律に頼ってばかりだったから」私がそう答えると、律の目が少し潤んだような気がした。「寧々は……優しいな」律がそっと私の手を取った。熱を帯びた律の手は、私の手よりもずっと大きくて温かかった。「早く良くなってね」私は、律の髪をそっと撫でた。サラサラとした髪の感触が、指先から伝わってくる。律は目を細めて、気持ちよさそうに私の手に身を委ねた。そのとき、まるで子猫が甘えるように、律が私の膝に頭を載せてきた。「律?」「このままでいい……君の膝が、一番落ち着く」私の膝枕で眠る律の寝顔を見下ろしながら、私の心は複雑な気持ちでいっぱいになった。いつもクール
last updateLast Updated : 2025-09-26
Read more

第23話

「やばい、マネージャーだ。寧々、隠れて」律が小声で私に指示した。私は慌てて食器を片付け、キッチンの影に身を潜めた。心臓の音が聞こえそうなほど激しく鼓動している。律がインターホンに応答するのが聞こえる。「小島さん、どうしました?」「昨日から、連絡が取れないから心配になって。律、体調不良って聞いたけど、大丈夫?」「大丈夫です。少し熱があるだけで」「鍵開けて。様子を見させて」私は息を殺して、キッチンの陰でじっとしていた。玄関のドアが開く音、そして足音が近づいてくる。「あら、意外と顔色良いじゃない」小島さんの声は、想像していたよりも若くて、でもどこか鋭い響きがあった。「大丈夫だって、言ったでしょう」律の声は、いつものクールなトーンに戻っていた。「でも念のため。あ、この匂い……お粥?律、まさかあなた、体調悪いのに料理なんてしたの?」私の心臓が止まりそうになった。お粥の匂いで、誰かがいることがバレてしまう。「それは、コンビニで買ったものです」律の嘘に、私の胸は複雑な気持ちでいっぱいになった。律が私を庇ってくれていることは嬉しかったけれど、同時に私の存在が律に嘘をつかせていることに罪悪感を感じた。「そう……でも、なんだか生活感があるわね。まさか、誰か来てるんじゃないでしょうね?女の人とか……」小島さんの声が鋭くなった。どうしよう、もし私がここにいることがバレてしまったら……。私は息を止めて、見つからないよう祈り続ける。「いえ。誰も来ていません。風邪で寝込んでいるだけです」「律、聞いて。今、あなたは一番大事な時期なのよ。新しい企画も動いているし、ファンの期待も高まっている。公にできないような関係は、すぐに清算しなさい。何かあれば、あなたのキャリアに響くんだから」小島さんの言葉は容赦なく、まるで刃物のように鋭かった。私は自分が律の足を引っ張っているような気がして、胸が苦しくなった。「ほんと、何もありません。心配いりませんから」律の声は依然として冷静だったけれど、私にはその奥に隠された緊張が感じられた。しばらく沈黙が続いたあと、小島さんのため息が聞こえた。「分かったわ。でも、何かあったら必ず連絡して。体調管理も仕事のうちよ」「承知しています」足音が遠ざかり、玄関のドアが閉まる音がした。私はその音を聞くまで、息を止めていた。
last updateLast Updated : 2025-09-27
Read more

第24話

その夜、律の熱は少し下がっていたけれど、まだ完全に回復したとは言えない状態だった。私は律のベッドサイドに座り、額に手を当てて熱を確認していた。「熱、だいぶ下がったね。良かった」私がほっとした表情を見せると、律が私の手首を掴んだ。「寧々……」律の瞳が、いつもの冷静さとは違う熱を帯びているのがわかった。それは発熱とは明らかに違う、もっと深い何かだった。「律?」私がその名前を呼んだ瞬間、律は私の腕を引き寄せ、そのまま私を抱き寄せた。そして、躊躇うことなく、私の唇に自分の唇を重ねてきた。律の唇は熱を帯びていて、でも同時に驚くほど優しかった。「んっ……」私は目を閉じて、律の温もりに身を委ねた。頭の中が真っ白になって、時間の感覚がなくなる。世界で私たち二人だけが存在しているような、そんな錯覚を覚えた。律が唇を離したとき、私たちの息は少し荒くなっていた。彼の瞳は、私を捕らえて離さない。「寧々……」律が私の名前を囁く声は、いつもよりもずっと甘く響いた。「律、まだ熱があるのに」私は顔を真っ赤にして答えたけれど、心の奥では律の行動を拒みたくなかった。彼の体温が私に伝わり、安心感を与えてくれる。「熱のせいじゃない」律は私の頬にそっと手を当てた。その手のひらは温かくて、私の心を溶かしていく。「寧々が……そばにいてくれて、良かった。本当に良かった」律の声には、深い感謝と、それ以上の何かが込められていた。彼の言葉は、まるで固く閉ざされた私の心の扉を叩くようだった。私はその瞳を見つめながら、自分の気持ちに確信を持った。これは、単なる感謝のキスではない。律の気持ちの中に、私への特別な想いがあるのだと。そして、それが私をこんなにも嬉しくさせている。「私も……律がいてくれて良かった」
last updateLast Updated : 2025-09-27
Read more

第25話

7月の午後、外の気温は30度を軽く超えていた。アスファルトが陽炎を立て、蝉の鳴き声が窓越しにも聞こえてくる。律のマンションのリビングは、エアコンが効いて涼しく、まるで外の酷暑が嘘のようだった。「なあ、寧々。『ミッション・ポッシブル』のシリーズ、まだ観たことないって本当?」律は呆れたような顔で私を見つめながら、リモコンを手にしていた。彼は白いTシャツにグレーのハーフパンツという、いつもより随分カジュアルな格好をしている。髪も無造作にかき上げられ、普段のクールで完璧な印象とは違う、リラックスした表情を浮かべていた。「うん……アクション映画って、なんだか苦手で」私は、律の隣のソファに身を沈めながら答えた。薄いピンクのノースリーブワンピースの裾を膝の上で整えながら、少し恥ずかしそうに頬を染める。「じゃあ、今日で卒業だな。俺が解説してやるから」律の唇が、微かに上がった。その笑顔を見た瞬間、私の胸がきゅんと締め付けられる。映画が始まると、律は本当に熱心に解説を始めた。主人公イアン・ハミルトンが危険なミッションに挑む場面で、彼は身を乗り出して説明する。「ここでな、実はもうすでに犯人の正体が──」「ちょっと待って!」私は慌てて、律の口を手で塞いだ。「ネタバレは絶対ダメ!せっかく観てるのに、台無しになっちゃうじゃない」「あ……ごめん」律は苦笑いを浮かべながら、私の手をそっと外す。そのとき、彼の指が私の手に触れ、温かい感触が伝わってきた。「つい興奮しちゃって。でも、寧々が楽しんでくれてるなら、黙って観てる」そう言いながら、律は無造作に自分の髪をかき上げる。その仕草があまりにも自然で、それでいて色っぽくて、私は思わず息を呑んだ。視線が、律の横顔に吸い寄せられる。端正な鼻筋、長いまつげ、そして……唇。あの夜のキスが脳裏に蘇った。「……っ!」熱に浮かされていた律
last updateLast Updated : 2025-09-28
Read more

第26話

律と二人で映画を観てから、数日後の夕方。私のスマホに、律からメッセージが届いた。『寧々、お疲れさま。突然でごめん。明日、雑誌の撮影があるんだけど、最近忙しくてまともに食事もできてないんだ。もしよかったら、何か差し入れを持ってきてくれないか?寧々が作ったものなら、きっと元気が出る』メッセージを読んだ私の心が、ふわりと軽やかになった。律が私を頼ってくれている。それだけで、なんだかとても嬉しい気持ちになる。『もちろん!何か食べたいものはある?』すぐに返信すると、律からの返事も早かった。『寧々の手料理なら何でも。いつものサンドイッチとか……あ、でも無理しなくていいからな。』最後の一文に、律らしい優しさと、ほんの少しの照れくささが滲んでいるような気がして、私は思わず頬が緩んだ。翌日の昼過ぎ、私は律の健康を気遣いながら、具だくさんのサンドイッチを作った。新鮮なレタス、トマト、ハム、チーズを丁寧に挟み込み、律好みの軽めの味付けに仕上げる。このサンドイッチを食べたら、律はどんな顔をしてくれるだろうか。『美味しい』って、言ってくれるかな?そんなことを想像するだけで、私の心は満たされていった。家を出る前、私は鏡の前に立って自分の服装をチェックする。白いブラウスに紺色のスカート、足元は歩きやすいサンダルという、清楚で控えめな格好だ。気合が入りすぎているようには見られたくないけど、でも律に会うからには少しでも可愛く見られたい。そんなふうに思う自分が、なんだか新鮮だった。それから、律がいつも愛用している青山のカフェで、彼の好きなアイスコーヒーを購入し、私は律の待つスタジオへと急いだ。撮影現場は、表参道にある有名な写真スタジオだった。夏の強い日差しの中、私は保冷バッグを大切に抱えながら歩いていく。スタジオの受付で律への差し入れだと告げると、スタッフが奥へと案内してくれた。「律くん、差し入れを持った方がいらっしゃってますよ」扉が開かれた瞬間、私の足が止まった。そこには、まるで
last updateLast Updated : 2025-09-28
Read more

第27話

「あら、どちら様?」突然、沙羅さんの視線が私に向けられた。その瞳には、明らかに警戒心が宿っている。「あ、えっと……律の友人で、差し入れを……」私が説明しようとした瞬間、沙羅さんは美しい笑顔を浮かべながら近づいてきた。しかし、その笑顔は目元までは届いていない。「律くんの知り合い?」沙羅さんの声は表面上は優しいが、どこか冷たい響きがあった。「まあ……誰でもいいけど、律くんの仕事の邪魔だけはしないでくれる?私たち、今大事な撮影中なの。律くんは集中力が大切なタイプだから、変な気を使わせないでちょうだい」その言葉は、まるで氷のように私の心を凍らせた。沙羅さんの醸し出すオーラは圧倒的で、自信に満ち溢れている。それに比べて私は……。私は、自分の服装を見下ろした。普通のブラウスとスカート。何の特徴もない、平凡な大学生の格好。沙羅さんの纏う高級ドレスとは、まるで別世界だった。「私なんて、律の隣に立つ資格なんてないんじゃないか……」胸の奥が、締め付けられるような感覚に襲われる。自分の小ささ、平凡さが、まるで拡大鏡で見せつけられているようだった。「寧々?」そのとき、律の声が聞こえた。彼が私に気づいて、こちらに歩いてくる。「ありがとう、わざわざ来てくれて」律の表情は優しかったが、仕事モードのままだった。普段の、家でリラックスしているときの律とは明らかに違う。「あ、うん……これ、サンドイッチとアイスコーヒー」私は震える手で、保冷バッグを差し出した。「律く〜ん、休憩時間はもうすぐ終わりよ。早く戻りましょう」沙羅さんが律の腕を取って、まるで私を排除するかのように彼を撮影セットへと導いていく。律は振り返って「ありがとう」と私に微笑みかけたが、もう彼の意識は仕事に向いていた。私は一人、スタジオの隅に立ち尽くしていた
last updateLast Updated : 2025-09-29
Read more

第28話

プルルルルル……。リビングに響き渡る、スマホの着信音。スマホの画面に表示された律の名前を見つめながら、私は心臓が早鐘を打つのを感じていた。着信音が響くたび、胸の奥がきゅっと締め付けられる。私の指は震え、その画面に触れることができないでいた。この数日間、私の心は律と沙羅さんの間で揺れていた。沙羅さんの投稿した、律との親密なツーショット写真が頭から離れない。あの華やかな世界で輝く二人を見て、私は自分がどれほど場違いな存在なのかを痛感していた。電話に出るべきか、それとも、このまま無視すべきか。震える指で画面に触れそうになった瞬間、着信が止まった。安堵の息を漏らしたのも束の間、すぐにまた鳴り始める。律は、私が電話に出るまで、決して諦めないだろう。もしかしたら律は、私を心配して電話をかけてきてくれたのかもしれない。意を決して、私は通話ボタンを押した。「もしもし……」「寧々!良かった……出てくれて」聞こえてきたのは、安堵に満ちた律の声だった。その声を聞いた瞬間、胸にこみ上げてくるものがあった。「……っ、律!ごめんね、私……」声が震えて、うまく言葉にならない。「どうした?声が震えてるけど、なんかあったのか?」さすがに律だった。私のわずかな変化にも気づいてくれる。「え、えっと……」言葉が出てこない。沙羅さんのことを聞いたら、律はなんて答えるだろう。もしかしたら、律は本当に彼女と付き合っているのかもしれない。そんな不安が、頭をぐるぐると駆け巡る。「寧々、落ち着いて。何があったか、話してくれる?」律の穏やかな声に背中を押されて、私はぽつりぽつりと話し始めた。「この間、律の撮影現場に行ったとき……沙羅さんに会って
last updateLast Updated : 2025-09-29
Read more

第29話

︎︎︎︎︎︎翌日の朝、私はクローゼットの前で途方に暮れていた。「何を着ていけばいいの……」普段着では、律に恥をかかせてしまうかもしれない。でも、気合いを入れすぎても変に思われそう。結局、淡いブルーのワンピースを選んだ。シンプルだけれど、少しだけレースの装飾が入っているお気に入りの一着。私は、鏡の前でくるりと回ってみる。「これなら……大丈夫かな」***待ち合わせ場所は、都心から少し離れた住宅街の路地裏にあるカフェ。人通りも少なく、隠れ家のような雰囲気の場所だった。店内に入ると、黒い帽子を深くかぶり、マスクをつけた律の姿が見えた。完全に変装しているけれど、あの長身と雰囲気で、すぐに彼だとわかる。「ごめん、律。待った?」「いや、俺のほうが早く着きすぎただけ。それより、寧々、今日すごく可愛いね」マスク越しでも、律が微笑んでいるのがわかった。頬が熱くなる。「あ、ありがとう……」テーブルには、既にアイスコーヒーが二つ置かれていた。「寧々が来る前に、先に注文しておいた。これ、寧々が好きだろうなって思って」「律って、本当に優しいね」律の気遣いに、胸がきゅんとする。こんな些細なことでも、彼は私のことを考えてくれているんだ。「今日は、ゆっくりできそうだね」私は、周囲を見回しながら言った。「ああ、たまにはこういう場所もいいだろう」律は帽子を少し上げて、私に微笑みかける。ランチは、カフェ自慢の手作りサンドイッチとスープのセット。トマトとバジルのサンドイッチは具材がたっぷりで、野菜スープは優しい味が疲れた体に染み渡った。「美味しい」私が呟くと、律も嬉しそうに頷く。「寧々が喜んでくれてよかった」私たちは、他愛もない会話を楽しみながら食事を終えた。「今度は、映画でも見に行こうか」お会計を済ませたあと、律は私を映画に誘ってくれた。「実は俺、見たいSF映画があるんだ」「私、SF詳しくないけど……大丈夫?」「大丈夫。寧々と一緒なら、何でも楽しいから」歩いて映画館へ向かう途中、すれ違った女性グループの一人が律を見て「あの人……」と小声で話しているのが聞こえた。私の心臓がドキドキと早鐘を打つ。律も気づいたようで、さりげなく帽子を深くかぶり直す。「大丈夫?」私が小声で尋ねると、律は「慣れてるから」と苦笑いを浮かべた。映画館に着くと、律
last updateLast Updated : 2025-09-30
Read more

第30話

︎︎︎︎︎︎しかし、律の優しさに甘えてばかりではいけない。翌日、私は決意を固めていた。「あのね、律。私……アルバイトをしようと思うの」朝食の席で、私は律に告白した。「アルバイト?どうして急に?」「生活費のこともあるし、将来出版業界で働きたいから、いろんな人と接する経験を積んでおきたくて」本当は、それだけじゃない。律に頼りきりになっている自分が、時々不安になるから。彼の優しさに甘えて、自分の足で立つことを忘れてしまいそうで。「寧々が決めたことなら、俺は応援するよ。でも、無理だけはしないでくれ」律の理解のある言葉に、胸が温かくなった。それから私は、大学の近くにあるお洒落なカフェで、運良くアルバイトの面接に合格した。店長さんは親切で、未経験の私にも丁寧に仕事を教えてくれる。最初の数日は、慣れないことばかりで失敗の連続だった。「すみません、コーヒーをこぼしてしまって……」「大丈夫よ、最初はみんなそうだもの。慣れるまで、時間がかかるのは当然だから」先輩スタッフの優しい言葉に励まされながら、私は少しずつ仕事を覚えていった。夕方、疲れて帰宅すると、律がリビングで私を待っていた。「お疲れ様。大丈夫か?疲れてない?」「ありがとう。今日はちょっと失敗しちゃったけど、楽しかったよ」「それなら良かった。夕飯、作って待っていたから」律の手料理が食卓に並んでいる。仕事で疲れているはずなのに、私のことを気にかけてくれるなんて……。「ありがとう。律も忙しいのに、心配かけてごめん」「何言ってるんだ。寧々が頑張ってる姿を見てると、俺も頑張ろうって思えるよ」律の言葉に、私の心は温かくなった。***カフェでアルバイトを始めてから、二週間が過ぎた、ある日の午後のこと。いつものように私が店内でオーダーを取っていると、入口のベルが鳴った。「いらっしゃいませ……」振り
last updateLast Updated : 2025-10-01
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status