6月の初旬、梅雨入りを控えた爽やかな夕暮れ時。私はキッチンで夕食の支度をしながら、律の帰りを待っていた。今日も撮影が長引いているらしく、昼過ぎに『遅くなる』という簡単なメッセージが届いただけだった。時計を見ると、もう20時を回っている。いつもなら心配になるところだけれど、最近の律は仕事が忙しく、遅い帰宅が続いていた。私は温め直しができるようにと、野菜たっぷりのスープを作りながら、玄関から聞こえる足音を待っていた。──ガチャリ。ついに、玄関のドアが開く音がした。「おかえりなさい……」いつものように明るく声をかけようとしたとき、異変に気がついた。いつもならすぐに「ただいま」と返事が返ってくるのに、今日は妙に静かだった。そして、何か重いものが壁にもたれかかるような音が聞こえてくる。「律?」不安になって玉ねぎを切る手を止め、玄関へと向かった。そこで見た光景に、私は血の気が引いた。「はぁ、はぁ……」律は玄関の壁に片手をつき、もう片方の手で額を押さえながら、今にも倒れそうな様子で立っている。いつものクールな表情は消え失せ、額には汗がにじんでいた。「律!大丈夫?!」私は慌てて駆け寄り、律の腕を支えた。近づいてみると、律の体から異常な熱気が伝わってくる。「寧々……ごめん、ちょっと……」律の声はいつもの張りがなく、か細く途切れがちだった。私は律の腕を、自分の肩にまわし、体重を預けさせる。お、重い……!私は、彼の細く見える身体に不釣り合いな重さに驚き、一歩を踏み出すたびに足がガクッと崩れ落ちそうになる。呼吸が浅くなり、心臓が早鐘のように鳴り響く。「り、律!しっかりして!」私は律の脇に腕を入れ、なんとか彼を支えながら、リビングのソファへと一歩一歩、歩みを進めた。一歩進むたびに、額から汗が流れ落ちる。息は切れ、腕の震えが止まらない。律を助けたい一心で、私はどうにかリビングまでたどり着き、律の身体をソファに横たわらせた。ふぅ、運べた……。安堵感から私は、床にへたりこむ。「……っう」ホッとしたのもつかの間。苦しそうに唸る律を見て、心が痛む。「ちょっと待って、今すぐ熱を測るから」私は慌てて救急箱を取りに走った。手が震えて、体温計を落としそうになる。深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから、律のもとへ戻った。「はい、これを脇に挟んで」体温
Last Updated : 2025-09-25 Read more