All Chapters of そろそろ別れてくれ〜恋焦がれるエリート社長の三年間〜: Chapter 491 - Chapter 500

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第491話

今の雨音にとって、何よりも優先すべき存在は玲だった。理由などいらない。無条件で味方になり、支える――それが親友として当然だと思っていた。しかし、その一部始終を少し遅れて目にした友也の顔は、みるみる青ざめていく。ここまであからさまに火に油を注いだ雨音を、秀一が許すはずがない。そう直感した。次の瞬間、友也は考えるより先に体を動かしていた。雨音を抱え上げ、そのまま強引に車へ押し込む。抗議の声を振り切り、ドアを閉めると、すぐにエンジンをかけた。「雨音、いい加減にしろ。あれは秀一と玲さん、二人の問題だ。外野が口を出していい話じゃない」「……外野?」車が走り出し、後部座席の窓から見えていた玲たちの姿が完全に遠ざかった瞬間、雨音の怒りは一気に噴き出した。彼女は感情のまま、友也の腕を思い切り叩く。「私は玲ちゃんを助けたかっただけだよ!あんなふうに傷つけられてるのに、親友の私が、黙って見てろって言うの?」それに、今回の秀一のやり方は、どう考えても納得できなかった。自分が間違っていると分かっていながら、同じことを繰り返したのだ。どんな事情があろうと、言い訳にはならない。雨音の目には、秀一は最初から玲と真正面から向き合い、心から尊重していたようには映らなかった。だからこそ、玲は――あれほど愛していた相手を、ここまで信じられなくなってしまったのだ。玲は、かつて弘樹との関係で深く傷ついている。ようやく立ち直りかけていたその心を、今度は秀一が、同じやり方で踏みにじった。彼は知らず知らずのうちに、玲の古い傷を、再びえぐってしまったのだった。「……でもさ」友也は痛みに顔を歪ませながら、なお食い下がる。「秀一は、最初から玲さんを傷つけるつもりなんてなかったんだ。今回、佳苗の件を黙って進めたのも……正直、俺の意見も入ってる。あの女を捕まえられたら、それをきっかけにちゃんと謝れると思って。ほら、サプライズってやつ?女の子って、そういうの好きだろ?」「……サプライズ?」雨音のこめかみが、ぴくりと跳ねた。「何言ってんの?」次の瞬間、雨音は心底うんざりした声音で吐き捨てた。「女の子が喜ぶのって、安心できるサプライズでしょ?こんな地雷原を全力疾走するような真似、誰が嬉しいわけ?友也、女の子の気持ちって、本当に分かってる?それとも、これがみんなが言う
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第492話

友也は、自分が鈍感なほうだという自覚はある。とくに恋愛に関しては、とにかく考えが足りていない――その自覚も、ちゃんとあった。けれど、好きになった相手には、いつだってまっすぐだ。駆け引きも裏を読むこともできない代わりに、嘘はつかない。それが自分の長所だと、少なくとも友也自身は信じている。だからこそ、雨音の言葉は、思っていた以上に胸に突き刺さった。自分を下げるために、わざわざ海斗の名前まで持ち出すなんて――そこまで、自分の評価は低いのか。雨音は、そんなにも海斗のほうがいいのか。そう考えた瞬間、友也の表情は一気に強張った。「前にさ、兄さんとよりを戻したいから離婚を言い出したんだろ、って俺が言ったよな。あのとき、お前は否定した……今も、否定するのか?」「ち、違うよ……今の言い方が確かに悪かったけど、本当はそういう意味じゃ――」雨音は言葉に詰まり、額に手を当てた。「友也、私たちの問題に海斗くんを巻き込まないで。さっきの話は、あくまで玲ちゃんのことが心配だからで……それに、子どものことも――」「子ども?」友也は、乾いた笑いを漏らした。その目の奥が、じわりと赤く滲む。「……そうだな。言われなきゃ忘れるところだった。お前は、俺とこころの間に息子がいるって思ってるんだもんな」友也は視線を逸らさず、続ける。「なあ、雨音。この前、家で俺が必死に説明したの、覚えてるか?お前は、俺の初めてだって話……あれ、本気で信じたか?それとも――まだ俺のこと、しょうもないクズ男って思ってるのか?」「……」話は、完全に噛み合っていなかった。雨音は、こめかみがじんと痛むのを感じながら、深く息を吐いた。本当は、自分が演技をしていることも、海斗やこころを欺くために動いていることも、いずれは友也に話すつもりだった。けれど、今の友也はあまりにも不安定だ。少し刺激すれば、感情が一気に暴走しかねない。――なら、今は黙っていよう。男が女性のために「サプライズ」を用意するなら、女性だって同じことをしていいはずだ。これ以上説明する気力も残っておらず、雨音は話を切り上げた。「……もういい。とりあえず、私を玲ちゃんの家に送り返して。藤原さんの件、あなたが関わってたことはもうわかったから。これ以上、玲ちゃんの前で藤原さんの悪口を言うつもりもない」「だめ
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第493話

玲の胸の奥が、じわりと痛んだ。それでも彼女は心を鬼にして、秀一から視線を逸らす。「秀一さん……外でも、家でも、伝えたいことは同じです。もう、別れましょう。私たちは、そもそも性格が合わなかったから」玲はもう、何度も傷ついてきた。だからこそ――これ以上何も知らないまま、突然突きつけられる事実に心を貫かれるのは、どうしても耐えられなかった。秀一は静かに目を伏せ、そして、首を横に振る。今の彼にできるのは、それだけだった。「玲……お願いだ。もう一度だけ、チャンスをくれないか?別れるなんて言わないでほしい。俺に欠点が多いことはわかってる。愛してると言いながら、結果的に君を傷つけてきたことも……でも、わざとじゃないんだ。俺は……好きな人とどう向き合えばいいのか、誰にも教わらずに生きてきたんだ」秀一の育った家庭は、いわゆる「普通」とは程遠かった。俊彦と紀子は夫婦ではあったが、秀一が八歳になる前から、口論は日常だった。二人きりになるたび、強腰の俊彦が紀子を追い詰め、泣かせている姿を、秀一は何度も見てきた。そして八歳のとき、秀一は誘拐された。紆余曲折の末、拾われた先は烏山家だった。彼らは秀一を手元に置きながら、将来藤原家に戻ったときの「見返り」を期待していた。そこにあった好意は、真心ではなく、計算と取り入りだった。十五歳で藤原家に戻ったとき、秀一を待っていたのは愛情ではない。足をすくおうとする人間ばかりで、命を狙われる日々だった。今までの三十数年間、秀一は、学んだことが多い。だがただ一つ、好きな女性と、どう向き合えばいいのかだけは学べなかった。父のようにはなりたくない。だから玲には、強く出ず、優しく、丁寧に接した。見返りを求めたくない。だからこそ、誠実であろうとし、計算高い自分の一面は、決して見せないようにしてきた。秀一はただ、自分のいちばんいい部分だけを、玲に見てほしかった。だがその結果、彼は次第に恐れるようになる。――もし、暗い部分を知られたら。もし、失望されたら。とりわけ、玲がかつて「弘樹と違って、女性には誠実」だと、そう言ってくれたことがある。その一言は、秀一の胸に深く刻まれ、同時に、恐怖を極限まで膨らませた。玲の中で、自分が弘樹と同じ存在になることだけは、どうしても耐えられなかった。もし、あれほど玲を
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第494話

佳苗はわかっていた。今回、自分が玲を陥れ、さらに十数年前の「恩人」という立場まで失ってしまった以上、秀一から何らかの制裁を受けるのは避けられない――と。けれど、それでもどこかで甘えていた。これまで、秀一はあまりにも彼女に寛容だった。だから今回も、どれほど怒っていようと、どれほど冷酷になろうと、そこまでひどいことはしないはずだと、勝手に思い込んでいたのだ。だが、洋太と黒服の護衛たちに押さえつけられ、精神病院の中へ連れて行かれた瞬間、院内に漂う異様な空気、廊下に響く叫び声、無表情で行き交う医師や看護師の姿を目にしたとき、佳苗の世界は音を立てて崩れ落ちた。「い、嫌……嫌だ!」佳苗は必死に叫び、声を張り上げる。「確かに、ちょっと精神的に追い詰められてたし、情緒が不安定だったかもしれない。でも、私は不安障害でも統合失調症でもない!頭はおかしくないし、何も問題なんてないの!ただ……五年間も眠ってて、突然目が覚めて、知らない世界に放り出されたから怖かっただけ!不安だっただけなの!今までのことは、全部誤解よ!」そして、縋るように洋太を見上げる。「安東さん……私が反省してるって今すぐ秀一さんに伝えてきて!玲にだって謝る、土下座だってする!お願い、ここにだけは入れないで!それに、入院には両親の同意が必要でしょ?あなたたちは私と血縁関係はない。勝手に閉じ込める権利なんてないはずよ!ここにいたら……本当に、私が壊れちゃう……人生が終わってしまうのよ!」恐怖と絶望で取り乱し、佳苗は泣き叫びながら車椅子から逃れようともがいた。だが、彼女に割り当てられた病室は三人部屋だった。同室の患者は二人。一人は、人が入ってくるたびに殴りかかろうと突進してくる女性。もう一人は、他人の服を脱がせることに執着し、裸で一緒に走り回ろうとする患者だった。しかも佳苗は、今は自由に動くこともできない。――こんな環境で一緒に過ごせば、一か月も経たないうちに、心も体もズタズタにされる。佳苗は直感的に理解していた。だが、それこそが秀一の意図だった。玲を傷つけた代償を、身をもって味わわせるための、特別な「配慮」。それに、両親の署名など、今となっては意味をなさない。健吾も由紀子も、自分たちのことで精一杯で、娘の安否にまで気を回せる状況ではなかった。結局
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第495話

玲は思わず口元を歪めた。「秀一さん……どうして、真実そのものより、ああいう『演出』のほうが私にとって大事だと思ったんですか?あなたがもっと早く話してくれることより、レストランを用意してくれるほうが、私が喜ぶと思っていたんですか?」秀一は静かに首を振った。そんなはずがないことは、もちろんわかっている。だが、彼の声はひどく掠れ、強気に言い返すことなど到底できない。「玲……違うんだ。食事も、レストランも、ただの口実にすぎない。本当は……真実を話すのを、先延ばしにしたかっただけ。全部打ち明けてしまったら、嫌われるのではないかと、それが怖かった」自分が犯した間違いと、それを取り繕うような「謝罪の場」。どちらが大切かなんて、秀一は最初からわかっていた。それでも彼は、あたかもその「場」が重要であるかのように振る舞い、レストランの準備が整うまで玲に何も伝えなかった。それは無意識の逃避であり、自分の過ちが取り返しのつかないほど大きいことを、誰よりも理解していたからだ。そもそも――「植物状態の友人が男性だ」という嘘を、口にすべきではなかった。けれど彼は言ってしまった。それも、玲がいちばん彼を信じていた時に。その嘘を自分の手で壊すということは、玲からの信頼を、自ら突き放すことと同じだった。秀一には、それができなかった。怖くて、踏み出せなかった。だから男としての弱さが顔を出し、彼は逃げてしまった。くだらない理由を積み重ね、「まだ大丈夫だ」、「言わなければバレない」と、自分に言い聞かせながら行動を先延ばしにしてきた。――けれど、彼の想定は最初から崩れていた。玲は、ずっと前からすべてを知っていた。そしてずっと、彼の口からの告白を待っていたのだ。秀一は、告白を先延ばしにすれば、二人の関係が守られると信じていた。だが実際には、その一日一日の先延ばしが、静かに、確実に、二人の愛情を削っていた。玲は黙って秀一の言葉を聞いていた。「嫌われるのが怖かった」という一言に、胸の奥がわずかに痛んだのも事実だ。それでも――彼女の決意は揺らがなかった。「秀一さんはいつも自分の事情があって、考えることもたくさんありますよね。それと同じように、私にも私なりの不器用さや葛藤があるんです。私たち、二人とも幸せな子ども時代を過ごしてきたわけじゃないし、誰からも『人と
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第496話

気持ちが混乱して、先が見えなくなってしまったときは、いったん距離を置いた方がいいかもしれない。少し離れてみてこそ、二人の関係の本当の姿が、はっきり見えてくることもあるのだから。秀一の喉仏が上下し、気づけば、涙はもうこぼれ落ちる寸前まで溜まっている。それでも震える手で、彼は玲の手を握り続けた。視線も彼女から逸らすことができない。「玲……離婚して、距離を置きたいって言うのなら……その先で、気持ちが整理できたら、また、やり直すことはできるのか?」玲は唇をきゅっと結んだ。秀一の視線を受け止めたまま、長い沈黙が流れる。答えが返ってこないことに気づいた瞬間、秀一の黒い瞳から、わずかな光がすっと消えた。そして、耐えきれなくなったように、一筋の涙が落ちた。……一方その頃。友也に車の中へ押し込まれていた雨音は、ほとんど全身の力を使い果たしていた。というのも、友也が前回の「離婚騒動」で味をしめてしまったからだ。夫婦というのは、「寝れば」仲直りするもの。そんな都合のいい真理を学習した友也は、今回もまったく同じやり方で押し切ってきた。雨音は疲れ切って目尻を赤くしながら、今すぐにでも友也を平手打ちして車から蹴り出したい衝動に駆られる。実際、叩くことはできた。けれど、そのせいで友也はますます調子に乗ってしまった。蹴ろうとしたところで、脚に力が入らず、思うように動けない。結局、友也が赤い目をしたままようやく暴走を止めた頃には、雨音は腰を押さえ、罵倒する力しか残っていなかった。「友也、あなたって本当に世界一のクズ!いい?二回もこの手に乗ったからって、何もかも解決したと思わないで。あなた、今の藤原さんと同じ、問題を先延ばしにしてるだけで――っ」言い切る前に、声は遮られた。その言葉を言い放っている瞬間、友也が彼女の手首を掴み、そのまま唇を重ねてきたのだ。だが、さっきのように理性を失ったキスではない。ただ、雨音の言葉を封じるためだけのものだった。友也は秀一を「人生の先輩」として参考にしてはいるが、今、秀一と玲の間にある問題が、かなり深刻だということくらいはわかっている。だからこそ、雨音に自分たちの問題まで、あれと同列にされたくなかった。とはいえ、強引にキスをした理由の大半は、雨音に触れる感覚があまりにも心地よかったからだ。甘くて、柔
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第497話

それもそうだ。このところ友也は、自分に関することをほとんどすべて、雨音に打ち明けている。初めてのキスも、初めての体験も――そう考えれば、今や隠し事をしているのは、むしろ雨音のほうだった。友也を手のひらで転がしている、と言ってもいい。その事実に思い至った瞬間、雨音の胸に溜まっていた苛立ちは、すっと引いていった。彼女は乱れた服を整え、軽く咳払いをしてから、顔を背ける。「もういい。あなたが藤原さんをかばったところで、何の意味もないよ。それって結局、男の人の『わかったつもり』の発想でしょ。女は弱い、これは耐えられない、あれも無理だって、勝手に決めつけて……最初から、対等なパートナーとして見てないじゃない」友也は眉間に皺を寄せた。「違う、そういうことじゃ――」「はいはい、この話はもうおしまい」雨音はきっぱりと言い切る。「私たち、玲ちゃんの家を出てから結構時間経ってるし、そろそろ戻ろう。玲ちゃんと藤原さんが本気でぶつかって、どっちかが怪我でもしたら――全部、あなたのせいになるからね!」友也は、言葉を失った。どこかで、雨音が意図的に話を切り上げたような気がした。まるで、これ以上踏み込まれるのを避けているかのような――そんな違和感が胸をかすめる。だが、それが確信に変わることはない。何度か、彼女の横顔を盗み見た。すると、鋭い視線で睨み返され、それ以上追及する気力も失せてしまう。友也はエンジンをかけ、人通りのない路地を抜けて、再び玲と秀一の家へ向かった。実のところ、彼自身もまた、二人のことを心配していたのだった。だが、戻ってきて玄関を入った瞬間、思いがけない光景が目に飛び込んできた。秀一が、ひとりでリビングの隅に立っていた。いつもなら場を支配する側にいる男が、今はまるで道に迷った小学生のように、立ち尽くしている。雨音と友也が入ってきても、彼の視線は微動だにしなかった。――まずい。雨音は直感的にそう思い、急いで二階へ向かおうとする。しかし、その前に、階段の上から、玲が姿を現した。少し離れた場所から見ても、顔色はどこか疲れている。それでも、表情そのものは落ち着いていて、雨音を見つけると、玲は先にやさしく声をかけた。「雨音ちゃん……大丈夫だった?」「私は全然平気だよ」雨音は、さっきまでの出来事には触れず、玲をじっと見つめる。「玲
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第498話

一瞬、空気が凍りついたかのように静まり返った。洋太がその一言を口にした瞬間、たとえ離婚して藤原家と縁を切るつもりでいた玲でさえ、思わず言葉を失い、呆然としてしまった。――まさか美穂と綾が、こんなにも突然、俊彦に追い出されることになるなんて。しかし、その報告を聞いても、秀一と友也は、さほど驚いた様子を見せなかった。とりわけ秀一は、深く沈んだ黒い瞳に一切の感情がなく、すべてが彼の想定通りだったことははっきりと伝わってくる。美穂と綾がこの結末に至ったのは、秀一の思惑が大きく関わっていたと言っていい。以前、秀一が玲の足元に膝をつき、静かにこう告げていた――「君を傷つけた人間に、必ず代償を支払ってもらう」。その約束通りだった。佳苗が精神病院に送られた以上、裏で糸を引いていた美穂が無傷で済むはずがない。今日、秀一は記者たちへの対応を終え、記事が出回らないことを確認すると同時に、友也に指示を出し、現場で記者たちが掴んでいた音声データを整理させ、それを俊彦へ送らせた。それは、美穂が佳苗と手を組み、自分に危害を加えようとしていた事実を突きつけるものだった。同時に、十数年前、烏山家が自分に薬を使い、山奥に六年も閉じ込めた件――その悪意がいかに深いものだったかを思い知らせる意図もあった。その状況下で、なおも美穂が佳苗と結託していたとなれば、八歳のとき自分が誘拐された事件や、紀子の転落死が美穂と「まったく無関係だ」と言い切れるのか――秀一は、そう問いかけていたのだ。もっとも、音声データだけでは、俊彦が躊躇う可能性があることも、秀一は承知していた。だからこそ彼は、最後の一手として、「火種」となる人物を用意していた――口が軽く、感情の制御が利かない綾だ。ここしばらく怪我の療養で家に閉じこもっていた彼女は、鬱憤が溜まりに溜まっていたはずだ。そんな綾が、ネット上に溢れる玲への非難を目にしたら――調子に乗って、何を口走るかわからない。案の定だった。その日、再び玲に関する噂がネットを席巻すると、綾は真っ先にその情報を掴んだ。罰を受け、何日も沈み込んでいた心は、この瞬間、嘘のように晴れ渡った。綾は一日中スマホを片手に各種SNSをチェックし、タブレットでは野次馬を装って、玲を叩く書き込みを次々と投稿していった。そこへ、名家令嬢の仲間たちが見舞いに訪れ
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第499話

「というかさ、あの佳苗って人、ずいぶん都合よく動いてくれたじゃない。綾のこともすごく擁護してたし、もしかして、意外といい人?」名家令嬢たちが、口々に言う。中でも、先頭に立つ赤髪の令嬢、甲斐晴美(かい はるみ)は、綾を見つめながら、どこか探るように目を細めていた。だが当の綾は、完全にネットの世界に没頭していて、その視線の意味にまったく気づいていない。仲間たちの言葉を聞くなり、彼女は大声で笑った。「何を言ってるの?あんなどうしようもない女が、いい人なわけないでしょ?ネットで私を持ち上げて、玲が略奪女だって言ってるのは、全部お母さんの指示よ」もし美穂が、今回の件を利用して綾のイメージを立て直そうとしていなければ、佳苗がわざわざ綾の名前を持ち出すはずがない。その言葉に、晴美の目が一気に輝いた。「え?そうだったの?どうして美穂さんが佳苗なんかと繋がったりしてるの?」綾は、心底うんざりしたという顔で彼女を見た。いちいち説明しなければ理解しないその愚かさに、苛立っている様子だ。「鈍いわね。佳苗が今、好き放題できるのは、全部お母さんが裏で手を回してるからに決まってるでしょ?考えてもみなさいよ。あんな頭のおかしい女を、秀一みたいな用心深い人が、きちんと管理してないわけないじゃない。もともと佳苗は、病院に入れられて、リハビリを受けさせられてたの。でも一か月ちょっと前、あの女、私に協力して欲しいなんてメッセージを送ってきたのよ。玲を潰したいって。でも私は相手にしなかった。権力も後ろ盾もない、取るに足らない存在だったからね。ところがお母さんは違ったの。佳苗が利用できるって判断して、彼女と連絡を取って、病院の警備が緩いタイミングを狙ってこっそり連れ出したの。お母さんの計画はシンプルだった。佳苗の狙いは玲だけど、秀一は玲に本気で惚れてる。だったら玲を徹底的に叩けば、秀一も無事じゃ済まないってわけ。だから今日、佳苗にネットで好き放題言わせたの。玲の評判を完全に叩き壊して、できればお腹の子もやってしまうつもりだった」綾のイメージ回復に手伝わせたのは、どうせ嘘をばらまくなら、ついでにもっと盛ってしまっても問題ないと、美穂がそう考えたからだ。結果として、佳苗がデタラメを撒き散らしながら、同時に綾をかばっているように見えるという、ちぐはぐな状況が生
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第500話

綾が罰を受け、身体中傷だらけの時から、弘樹と連絡が取れなかった。傷もそろそろ塞がり、かさぶたになりかけているというのに、いまだに弘樹からは一切の音沙汰がない。そのせいで、このところの綾は、毎日苛立ちと不満の連続だった。けれど以前と同じで、彼女が自分を省みることはない。悪いのは全部玲だと決めつけている。妊娠してるくせに、落ち着きがなく、実の母親が亡くなった直後ですら、弘樹とベタベタしている――そんなふうに、綾は心の中で何度も玲を罵っていた。だからこそ今、玲がネットで袋叩きに遭っているこの状況は、綾にとってまさに溜飲が下がる展開だった。胸につかえていた霧が一気に晴れ、彼女は鼻歌まで口ずさみながら、弘樹に連絡を取ろうとする。――今なら、絶対につながる。綾は、そう信じていた。だが、彼女が電話をかけようとした瞬間、晴美が目を鋭く光らせ、すっと手を伸ばしてスマホを押さえた。「綾、今弘樹さんに連絡するのは、ちょっと早すぎない?」ぎこちない笑みを浮かべ、咳払いをしながら言葉を選ぶ。「もしかしたら、今は本当に忙しいかもしれないし……それに、もしこのあと玲の評判が持ち直したらどうするの?この状況に浮かれて動くのは、危険じゃない?」さらに声を落として続ける。「佳苗の動画だって、まだ出たばかりよ。秀一さんがこのまま黙ってるとも思えないし、反撃に出たら、流れが一気に変わるかもしれないでしょ?」その瞬間、綾の表情が露骨に歪んだ。彼女は乱暴に晴美の手を振り払い、鼻で笑う。「何言ってるのよ。こんな状況で玲が立ち直るなんて、あり得ないでしょ?しかも秀一が反撃って?笑わせないで。その前に、玲が流産して、秀一が発狂したってニュースが出るに決まってるのよ!」そして、ふと何かに気づいたように、綾は晴美を睨みつけた。「……そういえばさ。あんた、やっぱり変よ?私が弘樹さんに連絡しようとした途端止めに入るなんて、いったいなんのつもりなの?」目を細め、疑念を露わにする。「もしかして、私と弘樹さんの関係が悪くなるのを、内心喜んでるんじゃない?最終的に婚約が破談になるのを、待ってるとか」一気に声を荒げた。「晴美、前から思ってたけど、あんたって怪しいのよ!弘樹さんのことが好きで、私たちがうまくいってない隙に、割り込もうとしてるんじゃないの?」晴美
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