俊彦は、険しい表情のまま部屋の入り口に立っていた。どうやら、かなり前からそこにいたらしい。先ほどまでの会話もすべて耳に入っていたのだろう。その目には、抑えきれないほど濃い殺意が宿っていた。綾の顔から、すっと血の気が引く。この瞬間、彼女は自分の結末を、はっきりと見たのだった。……一方その頃、美穂は、家で起きている異変など知る由もなかった。彼女は佳苗を波止場に送り、さらに記者を大勢集め、秀一と佳苗の写真を撮影するよう指示したあと、念入りに体を洗い、何事もなかったか顔で帰路についた。それでも、車内では終始スマホから目を離せなかった。秀一と佳苗が波止場で密着する写真がネットに流れる、その瞬間を心待ちにしていたからだ。しかし――十分、二十分……気づけば、もう一時間近くが経過している。自宅に着く寸前になっても、スマホにはなんの通知も届いてなかった。それどころか、手配した記者たちからも、一本の連絡すら入らない。美穂の脳裏に、いくつもの疑念が浮かぶ。秀一は、そもそも佳苗の元へ行かなかったのか。それとも波止場には行ったものの、何も起きず、マスコミに付け入る隙を与えなかったのか。どんな理由であれ、美穂は自分から佳苗や記者に連絡を取ることはしなかった。余計な動きをすれば、それ自体が証拠になり、俊彦の前に突きつけられかねないとわかっていたからだ。そうこうするうちに、車は藤原家の敷地へと滑り込んだ。美穂はさっと髪を整え、念のため自分の体に残る匂いを確かめる。鼻をくすぐる生臭さがないことを確認してからゆっくりと車を降りた――この家の女主人として、これまで通り、優雅に、堂々と。だが屋敷に足を踏み入れると、広々としたリビングには人影ひとつなかった。「……今日も、帰っていないのね」小さく呟いた直後、美穂は苛立ちを隠すことなく靴を脱ぎ捨てる。先ほどまで張り付いていた上品な仮面は剥がれ落ち、本性が露わになった。「まったく……紀子が亡くなってからというもの、あの人、ここを自分の家だなんて、一度も思ってないんじゃない?」世間では、美穂は親友だった紀子を押しのけて正妻の座を手に入れ、さらに子どもまで授かった「勝ち組」だと思われている。けれど、現実はまるで違った。二人はまさに仮面夫婦だった。俊彦は必要最低限の言葉しか交わさず、ひどいとき
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