琴子は、今もう由紀子の顔を立てるためじゃない。自分自身の威厳を示すためだ。琴子は人の心の掴み方をよく知っている。彼女は見事に、自分の弱点を押さえたのだ。心の中で、素羽は琴子への恨みが湧いてしまう。彼女は、芳枝が体調を崩していることを知っているはずなのに。けれど、恨んでも仕方ない。芳枝の体を賭けに出すような真似、素羽にはできない。一歩前に出て、お茶を淹れる。素羽は茶碗を手に取り、差し出した。由紀子は受け取らず、「何か言いたいことはないの?」と問う。素羽は茶碗を握る手にぐっと力を込め、喉が上下する。数秒後、唇が小さく動いた。「すみません」「その謝罪は、私じゃなくて佳弥に言うべきじゃない?」由紀子はそう言った。素羽の動きが一瞬止まる。佳弥は外では傲慢さを隠しているものの、目の奥にはまだ勝ち誇った色が残っている。まるで自分の無力さを嘲笑っているようだった。自分が本当に滑稽に思える。一筋の光を追い求めて、自分から闇に落ち、しかもそのことに何の疑いも持たなかったなんて。本当に、情けない。「すみ……」言いかけたその瞬間、手の中の茶碗が誰かに奪い取られた。素羽は驚き、その手の主を見やる。司野だった。彼は素羽を自分の後ろに引き寄せ、見下ろすように二人の手を見つめる。その手は大きく、乾いていて、そして温かい。素羽のまつげが震える。「これ、お線香?」その一言で、由紀子と佳弥の顔色は一気に変わった。まるで絵の具をぶちまけたように。死を連想させる言葉を浴びて、笑顔でいられる者はいない。琴子は咳払いして、「司野……」と小声でたしなめた。司野はゆっくり言った。「家で大事な儀式があるなら、旦那の俺に伝えるべきだろう?」一言で、自分の立場と態度を明確に示す。由紀子はなおも年長者ぶって説教を続けようとした。けれど、司野は琴子とは違う。権力者の矜持があり、誰にも踏みにじらせない。そして、彼も事情を大体把握したようだった。「法律には正当防衛って言葉がある」明らかに、彼は素羽の味方だった。彼女の反撃を、きちんと認めてくれていた。司野がいることで、由紀子の因縁つけは不発に終わり、結局、腹立たしげに帰っていった。琴子は少し不満げに言った。「今、吉永家と取引があるのよ、あまり怒らせない方がよかったん
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