素羽はその声に足を止めたが、振り返りはしなかった。「役所を出た瞬間に、あなたと私の縁は切れた。他人が何をしようと、興味はないわ」言い終えると、彼女は迷いのない足取りでその場を去っていった。記者会見は生中継で行われており、終了直後から世論は新たな局面を迎えていた。素羽の名演技は見事に人々を欺き、司野のイメージは「汚名返上」を果たした。瞬く間にクズ男から良き夫へと評価が逆転したのだ。男に甘い世の中とは、こういうものだ。体裁さえ整えていれば、自ら金を払って身を清めるまでもなく、ネット上では自然と擁護の声が相次ぎ、好意的な方向へと世論が流れていく。素羽による「浄化」のおかげで、司野だけでなく瑞基の企業イメージも回復し、株価の下落もようやく止まった。車に乗り込むと、楓華がふと尋ねた。「悔しくないの?」泥を食わされたようなものなのに、それを美味しかったと言わされる――そんな胸糞の悪い話ではないか。素羽は静かに答えた。「ううん、全然」離婚できたのだから、これくらい何でもない。むしろ、自分に切り札を与えてくれた司野と美宜に、感謝したいくらいだった。彼らの「犠牲」がなければ、ここまで望み通りには運ばなかっただろう。素羽は楓華に頼み、病院まで送ってもらった。司野と離婚したことを、自分の口から芳枝に伝えたかったのだ。他人の口から聞かされて、余計な心配をかけたくはなかった。病院へ向かう途中、清人から電話がかかってきた。余計な言葉はなく、ただ一言だけだった。「おめでとう」清人の真摯な祝辞に、素羽もまた誠実に応えた。「ありがとう」清人は続けて尋ねた。「これからは、どうするつもりだ?」素羽は答えた。「まずは、しばらくおばあちゃんに付き添うわ。他のことは、それから考える」短い言葉のやり取りの中に、互いの想いはすべて込められていた。清人はそれ以上、話を引き延ばそうとはしなかった。素羽には、まだ自分自身の問題を整理する時間が必要だと分かっていたからだ。二人は簡単に別れの挨拶を交わし、電話を切った。運転していた楓華が、不意に口を開いた。「清人って、いい男だと思うけどな」その言葉の意図を察し、素羽は静かに相槌を打った。「ええ、本当にいい人よ。でも、私たちは合わないわ」「どこが合わない
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