まさか質問を質問で返されると思わなかった。ネクターがきょとんとしてしまうと、彼はやんわりと唇に笑みを乗せる。 「名前だよ、おまえの名前。ボク、おまえのこと、何も知らない」「えっと、ネクター。ネクター・ブラックバーンよ。今は事情があって、ネクター・エヴァレットって名乗ってるけど」 少し慌てて答えると、彼は感心したように目を細めた。 「ネクター……花の蜜で、不死の霊薬。変わってるけど、綺麗な名前だな」 綺麗だから似合ってる、とサラリと続けるその声音に、ネクターは驚いたようにまばたきをした。 自分でも変わった名前だとは思っていた。発案者は叔母のドリスで、それをそのまま採用した両親の感性にも、正直疑問がないわけではなかった。それでも、「綺麗だ」と言われたのは、初めてのことだ。ましてや、それが異性の口から出たとなると、胸の奥がくすぐったくて照れ臭い。 だけど──と、ふと思う。 彼はどうして、その名の意味を知っているのだろうか。ネクターの名前の由来は神話にあるが、それは一般常識ではない。記憶を失っている筈の彼が、なぜそんなことを知っているのか。(全部を忘れているわけじゃ、ないのね……) 多分、兵器として目覚めるより前の記憶だけが、抜け落ちているのだろう。でなければ、こうして自然に会話などできる筈もない。 そんな風に思いを巡らせていると、突然、彼の細長い指がネクターの眉間をちょんと突いた。 「難しい顔すんなよ。小皺、増えるぞ」 ──まったく、誰のせいでこうなったと思ってるのよ。 ネクターはジトリとした目で睨んでから、咳払いをひとつ。気を取り直すように問いかけた。「ねぇ、貴方の名前が分からないから……〝レックス〟って呼んでもいいかしら?」 そう言うと、彼は三白眼気味の目を丸く開いてから、嬉しそうに何度も頷いた。 ──『そうだけど、そうじゃないと思う』と、本人が言っていたくせ
Last Updated : 2025-08-27 Read more