しかし、こんな寂れた商店に灯油があるのだろうか。 半ば諦めつつも、ダメ元で尋ねてみようとネクターは思った。 扉を押し開けると、ラジオを流しっぱなしにしながら新聞を広げている初老の店主が、気の抜けた調子で「いらっしゃい」と呟いた。 店内は埃っぽく、蛍光灯も薄暗い。商品の棚にはほとんど何も並んでおらず、ただ時間だけがだらだらと流れているような空気が漂っていた。「すみません。灯油を売っていますか? それか、この辺りで灯油を扱っている店をご存じないでしょうか」 ネクターがそう問いかけようとした瞬間だった。 店主の横で鳴っていたラジオの音が、不意に調子を変え、軍の緊急放送へと切り替わったのだ。『飛行二輪に乗る髪の長い少女と、小柄な青年の目撃情報を求む』 ──少女は桃金髪、青年は白金髪。年齢、体格、その他の特徴が次々と読み上げられる。 ネクターは息を呑み、傍らのレックスの腕を咄嗟に掴んだ。 間違いなく自分たちのことだった。警察から軍へ情報が渡ったのだ。 新聞をのんびり眺めていた店主は、読み上げられる特徴と二人を見比べ、小さく首を傾げる。 ぱちりと視線が合った。次の瞬間、「あ」と小さく声を漏らしただけで──それだけで充分だった。 ネクターはレックスの腕を引き、反射的に店を飛び出す。 ──まずい。本当にまずいことになってしまった。 とにかく、飛行二輪を乗り捨ててでも、人気のない場所に身を隠さなくては。 ネクターはスタンドを蹴り払い、側車に飛び乗るようレックスを促すと、二人は再び宙へ舞い上がった。 *** しかし、逃げ続けられるはずもなかった。 ガス欠は時間の問題であり、やがて二輪は空を滑る力を失っていく。 紺碧の宵がすっかり落ちた頃、二人は海沿いの都市──インディゴサンドの砂浜へと不時着した。 漁村から少し北上した場所で、幸い人気はまるでない。夜の海はただ静かに、絶え間なく波を寄せては返している。 灯台の光が遠くに瞬き、星々はひときわ鮮やかに輝いて
Last Updated : 2025-10-17 Read more