全ては検査結果が出てからにしよう。玉緒は突然、葉月たちの方に向かってくる男を見つけ、葉月に目配せしながら小声で言った。「井上さん、井上社長が……」葉月が振り向くと、確かに逸平の姿があった。また来たのか?おそらく葉月の考えが顔に露わになっていたのだろう。逸平は葉月のそばに立ち止まって、さりげなく言った。「お母さんに会いに来ただけだ」葉月は小声で呟いた。「私のお母さんよ。あなたに関係ないわ」「何だって?」逸平は聞き取れずに尋ねた。葉月は答えず、玉緒を見て言った。「じゃあ、またね」玉緒は素早く逸平を一瞥して視線をそらした。井上社長はいつも何となく恐ろしい感じがする。「はい、井上さん」葉月が病室に向かって歩き出すと、逸平は適度な距離を保って後をついていった。病室に着くまで、逸平は一言も発しなかった。菊代は二人を見るなり、やはり文句のようにいった。「また来たの?仕事は大丈夫なの?いつもこっちに来てばかりで」葉月と逸平は来ていたが、善二は昨日の朝病院を出てから一度も菊代を見舞いに来ていなかった。電話一本さえかけなかった。葉月は思わず菊代のことを不憫だと感じた。今日の逸平はどこかおかしいようだ。最初から最後まで葉月に一言も話しかけず、視線すら合わせようとしなかった。葉月は奇妙だと思ったが、同時に気楽でもあった。少なくとも逸平に対応したり、喧嘩したりするよりはマシだ。今日はマンションの下に引っ越しのトラックが停まっていた。葉月はそれを見て少し目を留めた。どうやらこのマンションのどちらかの居住者が引っ越すらしい。葉月は深く考えず、まっすぐに階段を上って家に向かった。しかし自宅の前まで来てようやく気づいた。同じ階の向かいの部屋のドアは大きく開け放たれていた。どうやら引っ越すのはそこの方らしい。向かいの田中さんは、にこにこと引越し業者のスタッフと話しながら中から出てきた。田中さんは葉月を見つけると、親しげに声をかけた。「井上さん、お帰りなさい!」葉月は軽く頷いた。「ええ、田中さん、お引っ越しされるんですか?」そう聞かれると田中さんの笑みがさらに深まり、目尻の皺が寄り集まった。「あら、そうなんですよ」「ここに心地よく住んでいたのに、どうしていきなり引っ越すんですか?」葉月の記
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