All Chapters of 私は待ち続け、あなたは狂った: Chapter 21 - Chapter 30

156 Chapters

第21話

葉月と綾子は静かなカフェで向かい合って座っている。葉月はレモンウォーターだけを注文した。綾子はスプーンを置き、葉月を見つめ、しばらく沈黙した後、「葉月、あなた変わったわね」と一言つぶやいた。綾子は、以前の葉月が太陽のように明るく奔放だったことを覚えていたが、今はそうではなく、まるで何かに縛られているようだ。葉月は綾子の意味が分からないようで、続きを待っている。綾子は落ち着いた様子で、「自分では気づいていないの?」と言った。葉月は目を細め、かすかに微笑んで、「私はずっとこんな感じじゃなかったですか?」と聞き返した。綾子は肯定も否定もせず、コーヒーを一口飲んで窓の外を見た。通りの向こうに黒いベントレーが停まっているのを見て、綾子は少し笑いたくなった。口ではそう言いながら、心では違うことを考えている人がいるものだ。綾子は視線を戻すと、葉月に言った。「私が今日なぜ来たか分かる?」葉月は少し考えて、「それはあなたと卓也の間の問題ですよね」と答えた。綾子の口角がかすかに上がり、わずかに得意げな表情を浮かべた。「卓也が私を動かせるわけないでしょう」葉月の心にある考えが浮かんだが、すぐに自分で押し殺した。綾子は葉月を見つめながらゆっくりと言った。「逸平が私を呼んだの。新しい脚本があって、私は2ヶ月近く逸平を説得していたけど、なかなか投資してくれなかったの。昨日逸平から電話があって、卓也の新製品の宣伝を手伝う代わりに、私の新しいプロジェクトに投資すると言ってきたの」綾子は知っていた。逸平は頑固な人で、気に入らないプロジェクトに対してはそう簡単には投資しない。それに今回の投資額は決して小さくないのに、逸平はあっさりと承諾した。「最初はなぜ逸平が簡単に考えを変えたのか分からなかったけど、あなたが関わっていると知った時、何となく理解できたのよ」今朝、卓也が昨日の出来事をすべて綾子に話したおかげで、綾子は自分の考えが正しいと確信した。亜由美が所属する事務所が先に出した公式の声明でさえ、個人の健康上の理由で今回のプロモーションへの参加を中止せざるを得なかったと書いてあった。綾子と逸平に関しては、二人の間では個人的な付き合いはさほど多くない。逸平は子供の頃から気性が激しく、思春期に入るとさらに手が付けられなくなっ
Read more

第22話

「なんだって?」綾子の表情が目まぐるしく変わった。これは実に興味深い。「つまり、亜由美は逸平の愛人だと言うの?」葉月は静かな表情で頷いた。綾子は今の自分の気持ちをどう表現すればいいかわからない。綾子はコーヒーを一口飲んで気持ちを落ち着かせ、葉月を見つめるとその目は幾分柔らかくなっていた。「それなら離婚した方がいいわ」「私自身も離婚経験者だから言うけど、自分を犠牲にしないで、愛せる時もあれば諦める強さも必要よ。もし本当に逸平と続けられないのなら、離婚は正しい選択だわ」綾子自身の短い結婚生活は決して良いものではなく、これまでの人生の中でも唯一後悔していることだった。しかし、葉月には後悔や未練を残してほしくない。時計の針がもうすぐ18時を指す。綾子は窓の外に軽く頭を傾けた。「じゃあ、あちらには行かないの?」葉月が窓の外に視線を向けると、見慣れた車が見えた。逸平がそこにいる。葉月の心は少し重くなったが、はっきりと断った。「私は行きません。同僚と食事の約束があるんです」綾子は眉を吊り上げた。「本当に行かないの?」葉月は言った。「また今度ご飯でも行きましょう。今日は先約があるので、本当に申し訳ありません」そうは言っても、綾子には葉月が自分のことを避けているのをわかっている。無理強いはしないつもりだった。「わかったわ。じゃあ連絡待ってるわね」と綾子は返した。「コンコン」車の窓がノックされる音がすると、逸平はゆっくりと窓を下ろした。逸平は綾子には目もくれず、その視線は綾子の後ろへとすり抜けた。慣れ親しんだいつもの姿は見当たらなかった。逸平は腕を組んだ。「見ても無駄よ。葉月はあなたに会いたくないみたい」綾子が言った。逸平のその漆黒な瞳は微動だにしなかったが、周囲の空気は急に冷え込んだ。「乗れ」綾子は軽く鼻を鳴らして車に乗り込んだ。外は次第に暗くなり、点灯した街灯は車窓から瞬く間に過ぎ去り、光の残像だけが残った。逸平は黙って窓の外を見つめ、何を考えているのかわからない。綾子は逸平をチラッと見た。「私が葉月だったとしても、あなたとは離婚するわ」つまらない上に、冷たくて恩知らずなだけならまだしも、浮気までするなんて。逸平は綾子の方を振り返り、冷たい目で綾子を見た。「黙っていれば誰もお前に黙れとは
Read more

第23話

半月にわたる案件は、あっという間に半分が過ぎていった。亜由美が葉月と喧嘩したかと思うと、すぐにタレントリストから外され、綾子と交代させられた。詳しい事情は誰も知らないが、陰ではいろいろ噂されている。結局葉月の機嫌を損ねたから亜由美が交代させられたのだろうということで、葉月に対するみんなかの敬意がより一層深まった。各種撮影に対しても、みんなより一層力を入れるようになった。誰も次の交代者になりたくはないからだ。そのため、その後数日間の撮影は非常に順調に進んだ。仕事量も徐々に減っていき、タレントの撮影については全て終了し、モデルの撮影についてもメンズの新作数着のみとなった。葉月も自らメイクをする必要がなくなり、残りは悦子たちに任せれば十分だ。この1週間は朝早くから夜遅くまで、今回の撮影に全力を注いできたため、自分のスタジオの方はまったく手が回らなかった。幸い七海が両方を往復してくれたため、スタジオで何か問題があれば、解決できることは七海が先に対処し、解決できないことや葉月の判断が必要なことだけを葉月に報告してくれた。卓也には今日事前に一声かけて、葉月は一旦自分のスタジオに戻った。さすがに放ったらかしにはできない。スタジオに帰ると、受付の女性が葉月を見るなり、驚きと喜びを隠せなかった。「葉月さん、お帰りなさい!」葉月は笑顔でうなずき、冗談っぽく「ただいま。みんながサボってないか見に来たんだよ」と言った。「サボるわけがないですよ、葉月さん。安心してください。この数日、通常通り営業して、通常通りメイクを受け付けていますから。ただ、館林さんという方が2日前に葉月さんを訪ねてきて、用事があるとのことでした。不在だと伝えると、葉月さんが戻ってきたらまた来るとおっしゃっていました」「館林さん……」葉月は少し困惑した。どの館林さんだろう。「連絡先は残してくれた?」受付の女性は首を振った。「いいえ、館林さんはとても急いでいらしたようで、すぐに去ってしまいました」葉月は考え深げにうなずいた。「わかった。また来たら教えてね」「わかりました」葉月がスタジオの中へ入ろうとしたその時、受付の女性がまた葉月に声をかけた。「葉月さん、ここにあなた宛ての宅配便が届いています。昨日の午後に届きました」葉月は視線を受付の女性が手に抱えた荷
Read more

第24話

【則枝、このネックレス見たことある?】則枝からすぐに返信が来た。【ネックレスは見たことないけど、このブランドは知ってる。海外にあるハンドメイドアクセサリーの専門店で、超高級品だよ。しかも、メインコンセプトは「愛の証」や「絆の象徴」のようなアイテムらしいよ】以前、則枝の友達が結婚した時、その友達はこのブランドの婚約指輪をオーダーしたことがある。則枝から続けてまたメッセージが届いた。【誰が葉月に送ったの?こんな高級品で、しかもわざわざこのブランドを選ぶなんて、もしかしてもうすぐあなたの元夫になるダメ男じゃないでしょうね?】逸平のことを考えてみたが、葉月はありえないと思った。本当の誕生日にも何もしてくれなかったのに、今更匿名でプレゼントをするなんて意味がない。則枝はまたメッセージを送った。【じゃあ他に考えられるのは、あなたのことが気になってる人とか?】葉月は返事した。【私は既婚者だよ、私のことを気になってる人なんているわけないでしょ】仮に気になってる人がいたとしても、既婚者だと知った時点で皆きちんと身を引くだろう。となると、則枝も本当に心当たりがないようだ。ここまで来ると、葉月も一旦諦めるしかない。ただ、この高価そうなネックレスをそのまま受け取るわけにもいかず、葉月は箱ごと後ろの棚に押し込んだ。とりあえずこのままにしておこう、時間を置いてまた聞いてみればいい。送り間違いだったら、きちんと返せばいい。お昼頃、葉月の母である清原菊代(きよはら きくよ)から電話がかかってきた。「葉月、今日時間ある?」葉月は少し考えてから、「あるけど、どうしたの?」と答えた。菊代は言った。「籠原(かごはら)先生の予約を取っておいたから、今日の午後診てもらいなさい」葉月はさっき時間があると言ったことを少し後悔した。漢方医にかかるのは嫌だ。「お母さん、実は最近結構忙しくて……また今度にしようかな」菊代は葉月が逃げようとしているのを見抜き、鼻で笑って言った。「今日の14時、もう予約済みだから逃げるんじゃないわよ。今日行かなければ明日、明日行かなければ明後日、どうするかはあなた次第よ」そう言うと電話は切られ、反論する隙も与えられなかった。葉月は仕方ないと思いながらも、上着を取って立ち上がった。葉月が漢方クリニックに着いた
Read more

第25話

葉月は少し驚いたが、やはり強がって言った。「リンゴ味もいらない」逸平は怒らず、眉を少し上げ、口元に笑みを浮かべた。「じゃあイチゴ味は?」葉月は逸平を見つめ、目には信じられないという色が浮かんでいたが、葉月はやはり気性が強く、「いらない」と返事した。逸平は再び一つ差し出した。「ブルーベリー味は?」「……」葉月は諦めたかのように返事するのをやめた。葉月が最も輝いていた青春時代――その日々のどこかには、いつも静かに寄り添ってくれる逸平の姿があった。気づけば、逸平の存在はそっと葉月の心の奥に歩み寄っていた。あの頃どれほど好きだったか——逸平の心に別の誰かがいると知ったとき、その想いがそのまま痛みに変わった。籠原先生は老眼鏡を少し下げ、笑顔を崩さずに言った。「私と会わない方がむしろあなたにとっていいことだよ」「さあ、手をここに乗せて」と、診察台の脈診用の枕を指差しながら、優しい声で葉月に言った。葉月は言われた通りにした。しばらくして、籠原先生は葉月を見て、葉月の表情をじっくり観察しながら尋ねた。「最近、あまり良く眠れてないんじゃない?」葉月は頷いた。「少し睡眠不足気味です」籠原先生は納得したように、葉月の手首に乗せていた指を軽く動かし、しばらく考え込んでから言った。「さぞ心に悩み事があるんだろう?」葉月は少し驚いたが、やはり頷いた。籠原先生は薄く笑った。「若いんだから、もっと楽に、もっとシンプルに物事を考えるべきだよ。いつもストレスを心に溜め込んでいては良くない」葉月の心はどこか落ち着かなかった。夜になるたびに目を閉じれば、過去の情景が次々と脳裏に浮かんでくる。良い記憶も、悪い記憶も――どれもが葉月の眠りを遠ざけていた。打ち明ける相手もなく、口に出すこともできない。籠原先生は言った。「大きな問題はないけど、肝の気が滞っていて、心の火がちょっと強いね」籠原先生は手を引いてから葉月に言った。「自分の情緒に注意して、心のバランスを整えることだ。時間が許すなら、外に出て散歩するのが一番いい。視界が開けると、心も開けるものだ」診察室を出た後も、葉月は籠原先生が言った言葉を思い返していて、少しぼんやりしている。籠原先生の言葉は葉月の心に響いていた。葉月は思った。たぶん、そろそろ外に出てみるべきなのかもしれ
Read more

第26話

卓也は頭を仰け反らせてグラスの中のお酒を飲み干すと、周囲から歓声が上がった。「澤口社長、お酒がお強いですね!」卓也は飲み終えると、今度は葉月を標的にした。「ここにいる葉月さんは、今回の案件の一番の立役者です。葉月さんのスタジオのプロとしての実力は、ここ数日で皆さんも実感されたんじゃないでしょうか」そう言いながら、卓也は葉月の前にたっぷりとお酒を注ぎ、「まずは葉月さんに一杯お願いしましょう!」と威勢よく言った。葉月はお酒に弱く、あまり飲めない。卓也のように一気飲みせず、二口だけお酒を飲んでグラスを置いた。卓也はそれを見て、「ちょっと、葉月さん。みんなの顔に泥を塗らないでくださいよ。たった二口じゃみんな納得できませんよ?」と慌てて言った。すぐに誰かが便乗し、「そうですよ、葉月さん。澤口社長は全部飲み干したんですから、あなたも全部飲むべきですよ」と続けて言った。葉月は涼しい笑顔で、「私はお酒が弱いので、どうかご容赦ください」と応じた。悦子はお酒に強く、すぐに間に割って入り、自分のグラスを卓也に向けて、「澤口社長、葉月さんをいじめないでください。私が澤口社長と乾杯します!私が一気しますから、澤口社長は無理なさらずに!」そう言うと、悦子は頭を仰け反らせ、グラスのお酒をきれいに飲み干した。一滴も残さず、きれいに飲み干した。悦子が飲み干したのだから、卓也も負けん気と一気にグラスのお酒を飲み干した。このお酒は度数が高く、喉が焼けるかのように辛く、なかなかしんどい。卓也は、この若い女性たちの中にこんなに飲める子がいるとは思っていなかった。卓也はお酒を飲み終え、「どうだ?」と自慢げに言った。悦子は拍手した。「さすがです!皆さん見てください、澤口社長はハンサムで、能力もある上に、お酒までこんなに強いなんて!」悦子はこれでもかと卓也を褒めちぎった。卓也は少し得意げな表情を浮かべ、悦子の言葉に対して素直に喜んでいる様子だ。みんながお酒で酔いが回ってきた頃、誰かがゲームをしようと提案した。「いいね、じゃあ花いちもんめをやろう。このティッシュ箱を回すってのはどう?」「スマホでタイマーをセットして、誰かの所でアラームが鳴ったらその人が罰ゲームをすることにしよう」「罰ゲームはどうする?」「ルールは簡単。罰
Read more

第27話

舞は立ち上がり、ティッシュを一枚手に取った。実は舞は最初から決めていた。舞は卓也のアシスタントである小酒井に向かっていった。小酒井は顔にティッシュを貼られ、温かい息を感じ、ぼんやりとした柔らかな感触に、顔をすぐに赤らめた。小酒井は目を見開いた時、ちょうど舞と目が合い、一瞬心臓が激しく鼓動した。この場面を目撃したみんなは、次々と歓声を上げた。「わお!」葉月も笑みを浮かべていたが、黙っている。卓也は目を開け、舞が小酒井のそばに立ち、二人とも顔を赤らめているのを見て、思わず悪態をつき、笑いながら小酒井を抱き寄た。「おい、お前なぁ」とからかった。舞は席に戻ったが、顔にあった火照りはなかなか引かなかった。小酒井の方は言うまでもなく、ピュアな青年はもう今にでも燃え上がりそうだ。3ターン目で、ティッシュ箱が葉月の手に渡った時、タイマーのベルが鳴った。「葉月さん!」なぜか葉月の番になると、みんなは特に盛り上がった。葉月は、みんながお互いを見合いながら、意味深な笑みを浮かべる様子を見て、彼らが自分をからかおうとしていると悟った。葉月はグラスに入った一杯のお酒を指さし、「私は酒を飲む」と言った。明らかにみんな少しがっかりした。喉が焼けるような辛いお酒が喉を通り、葉月は眉をひそめた。この一杯でもうほぼ限界で、もう一杯飲めば確実に酔ってしまう。4ターン目、またしても葉月が罰ゲームをすることになった。再びみんな歓声を上げた。「葉月さん!」「葉月さん!」「葉月さん!」葉月は突然頭痛を感じ始めた。お酒のせいなのか、それともみんなが騒いているせいなのか、わからなかった。葉月は手に持った軽いティッシュでさえも重く感じられた。七海たちは葉月を見て、笑顔を見せながら、「葉月さん、今度は逃げられないですよ〜」と言った。葉月は苦笑いし、頷いて「わかった、命令ね」と言った。卓也は頭を働かせ、興奮して両手を叩きながら言った。「今すぐ逸平にメッセージを送ってください。内容は【逸平、あなたに会いたい】ですね」卓也は最後のセリフを面白おかしく言ったので、みんな大笑いした。「LINEを送ったらもう気にしないことです。送った理由について説明するもダメですよ。説明するとしても明日以降でお願いします」悦子と七海は顔
Read more

第28話

七海たちもすっかり葉月の様子をじっと見つめていた。みんな揃って逸平の反応が気になって仕方がない様子だ。逸平は今夜も会食があり、上座に座りながら、耳にタコができるほど次から次へと続くお世辞を聞いている。逸平は少しイライラしながら、体を後ろに預け、長い腕を伸ばしてテーブルの上のタバコの箱を掴み、中から1本を振り出した。タバコを口にくわえたが、火をつける前に、スマホの画面が光った。画面に表示された「妻」の文字に、逸平の表情が微かに動いた。逸平はタバコを指の間に挟み、スマホを手に取って開いた。【逸平、会いたい】と来ていた。逸平は一瞬、頭が真っ白になった。短いメッセージだが、逸平の心は大きく波うち、胸がドキドキと高鳴った。葉月は何を考えているんだ、また何か企んでいるのか?逸平の手は少し震え、指の間のタバコが床に落ちた。逸平は指をこすり合わせながら、返信した。【狂ったのか?】葉月のスマホはテーブルに伏せられており、メッセージの通知が見えず、騒がしい環境で通知音もはっきり聞こえなかった。7回目のターンで、また葉月は罰ゲームをすることになった。葉月は心の中で、今日はどうしてこんなについていないんだろうと思った。葉月は今度考えた末、お酒を飲むことを選んだ。卓也がまた逸平のことでしつこく言ってくるのが怖かったからだ。それなら、お酒を飲んだ方がましだ。酔っ払っても、逸平の前で恥をかくよりはましだ。卓也はもうどうでもよくなっていた。卓也はすでに目的を達成したので、葉月がまたお酒を一杯飲み干すのを見て、逸平にメッセージを送った。逸平はなかなか葉月から返事が来ないことに気が気でない。胸の中で激しく感情が渦巻き、落ち着きを失っている。逸平は我慢できず、また葉月にメッセージを送った。【今どこにいるんだ?】葉月から返事はないが、卓也からメッセージが届いた。卓也からのメッセージを見て、逸平はすぐに立ち上がった。さっきまで談笑していた人たちも一瞬で静まり返り、一斉に逸平の方を向いた。逸平は「申し訳ないが、急用ができたから先に失礼する」とだけ言って席を立った。残された人たちはみんな当惑していた。自分たちはどこで井上社長の機嫌を損ねてしまったのだろうか?行人は逸平が急いで立ち去るのを見て、何が起こったのかわからなかっ
Read more

第29話

封筒が開くと、悦子はその中でも当たりを引き、なんと一人で2万円以上もゲットした。悦子は嬉しさのあまり、卓也にもう一杯お酒を勧めた。「澤口社長、太っ腹ですね!」卓也は「たいしたことないよ〜。俺と一緒に仕事をしてりゃ、こんなのは日常茶飯事さ」と返事した。その時、卓也は突然お店の入り口に向かって歩いてくる、背が高くて見覚えのある人影に気づき、たちまち緊張感が走った。「はいはい、みんな。今日はもうたくさん食べたし、たくさん飲んだし、お金ももらったし、そろそろみんな帰ろうか」この時、葉月はすでに完全に酔っ払っており、頭がくらくらして、意識がぼんやりしている。悦子もたくさん飲んだが、悦子はお酒に特に強く、顔が少し赤くなって興奮していることを除くと、特に酔った感じは見られない。お店のドアが開けられ、背が高くハンサムな男が入ってきた。スーツジャケットは無造作に腕にかけられ、白いシャツの襟元はわずかに開いている。肩幅が広く、脚が長くてウエストも細い――まさに服を着るために生まれたような体型だ。「うわ、超イケメンじゃん!」悦子は見とれてしまった。みんながその男を見つめている中、七海は男が誰かを認識すると、言った。「井上社長」悦子は尋ねた。「どこの井上社長?」七海は答えた。「葉月さんの旦那さんよ!」悦子は遅れて気づき、突然我に返った。「まじか!井上社長じゃん!生きてる井上社長だ!」七海は悦子に白い目を向けた。「死んでるわけないじゃないですか」悦子は七海をポンポンと軽く叩いた。「やめてよ、そんなこと言わないで。聞かれたら私が呪ってるって思われるじゃない」萌香も反応した。「井上社長、かっこいいわ」清美もそれに続いた。「葉月さんとすごくお似合い」舞はすかさずみんなに向かって、「みんな、葉月さんが離婚しようとしてるってこと忘れてない?」と言った。その一言でみんな夢から覚めた。悦子は、「そうそう、確かに井上社長はかっこいいけど、葉月さんと離婚するんだから、私たちは葉月さんの味方で、井上社長の外見に惑わされちゃダメよ。聞いた話だと、井上社長は他に女がたくさんいるらしいよ」と加勢した。舞は気になって尋ねた。「誰から聞いたの?」悦子は意味深な顔をした。「澤口社長の会社のPR部にいる社員から4000円で買った情報よ。ま
Read more

第30話

「葉月さんが自分で言ったんです……」「あんたたちが首を突っ込まなきゃ別れないんだ」卓也はすっかり呆れている。やがて、お店の中にいた人たちはみんな出ていき、逸平と葉月だけが残された。周りが急に静かになったのを感じ、葉月はぼんやりと目を開いた。頭はぼんやりしていたが、幾分か意識は戻り、目の前の見慣れた整った顔を見て一瞬呆然とした。「逸平……」逸平は自分のスーツジャケットを葉月に掛け、葉月の手を握り、珍しく優しい声で言った。「俺がいるよ」葉月はまばたきし、一瞬錯覚かと疑った。逸平の声は優しく穏やかで、それはあまりにも現実離れしている。「家まで送るよ」逸平は葉月を抱きかかえてお店の外へ出た。行人は社長が見知らぬ女性を抱いて近づいてくるのを見て一瞬驚いた。しかし、腕の中にいる人物が葉月だと気づくと、安堵のため息をつき、「だからか」と心の中で呟いた。逸平が車のドアを開けると、逸平は葉月を座席にゆっくりと降ろし、自分は反対側から乗り込んだ。「月霞庵(げっかあん)へ向かえ」月霞庵は逸平と葉月がかつて同棲していた別荘だったが、葉月が引っ越してからは、逸平自身もほとんど戻らなくなっていた。車は穏やかに走行しており、葉月は仰向けで逸平を見つめていた。葉月のその潤んだ瞳には困惑が満ちていた。逸平はその様子に胸が締め付けられ、薄く笑みを浮かべながら葉月の赤らんだ頬に触れた。「どうしたの?」一瞬、逸平はうっとりしてしまい、笑顔が凍りついた。この瞬間、二人は何年も前の時に戻ったようだ。葉月は口の中が乾き、喉にもかすかな痛みを感じていた。目が揺れ動き、唇がわずかに動いたが、結局ひと言も発することはなかった。ただそっと頭を逸平の肩に寄せ、静かに目を閉じた。もしこれが夢なら、もう一度貪欲にこの感覚を味わいたかった。こんな逸平はもうずっと見ていなかったから。葉月が黙っているのを見て、逸平はその安らかに眠る横顔に複雑な思いを抱き、最終的に自分の体を低くして葉月により楽な姿勢を取らせた。外は静寂な夜に包み込まれ、車内では無言の時間が二人を包み込んでいた。時間さえもこの瞬間だけはゆっくりと流れているようだ。月霞庵に着くと、南原は逸平が葉月を抱いて帰ってきたのを見て一瞬戸惑ったが、やがてそれは喜びに変わった。先ほ
Read more
PREV
123456
...
16
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status