「則枝、私はただ井上夫人という肩書きがあるだけで、逸平にとって私は全然大事じゃないの」「葉月、本当に理解できないわ、逸平があんな駄目男になるなんて!」葉月は軽く笑った。「私にもわからないわ」「よくも笑えるわね」「だったら何、泣けばいいの?」則枝もやるせなく、ため息をついた。「どうしてあの子を助けたの?」則枝の記憶の中では、葉月がこの人について話したことは一度もなかった。「可哀想に思ったからよ、いい子なのにあんな風に壊されるなんて、あってはならないことだわ」「他人を気にかける前にまず自分を気にかけなさいよ、自分も巻き込まれるかもしれないのに」葉月はエレベーターのボタンを押した。「大丈夫、逸平がいるから、逸平が本当に私に手を出すことはないって賭けてるの。ここで騒ぎを大きくしたら、家の年長者たちに対しても、逸平は顔向けできなくなるはずだから」則枝は本当に頭にきていた。どうして逸平のようなクズ男がいて、しかもよりによって親友の身に降りかかるなんて。「もう、そんなに怒らないでよ。この通り無事でしょ?もうすぐエレベーターに乗るから、これ以上は話せないわ」エレベーターのドアが開き、葉月は電話を切った。葉月は深く息を吐いた。自分のことで則枝まで心配させてしまい、申し訳なく思っていた。葉月は袋に入ったクッキーを見下ろし、夜にちょうど食べられると思い、残りは冷蔵庫に入れて明日食べようと考えた。葉月はそうして、全く前の方を見ずにエレベーターから降りて行った。黒い革靴が視界に入ると、葉月はようやく気づいた。逸平は葉月より先に到着しており、タバコに火をつけていた。葉月が戻ってくるのを見ると、一口吸って残りを地面に投げ捨て、火を踏み消した。逸平はさっき藤華大学の校門前で一緒にいたあの子と一緒にいるはずじゃないの?どうして自分のところに来る時間があるの?葉月は逸平から視線をそらし、前へ進んで直接ドアを開けた。葉月は逸平を門前払いするつもりはなかった。逸平が望めば、自分には止められないと知っていたからだ。葉月は黙って靴箱から男性用スリッパを取り出し、逸平の前に置いてから言った。「これを履いて」逸平は男性用スリッパを見て、眉を少し吊り上げ、まるで葉月を値踏みするかのように見つめている。「誰のために準備したんだ?」
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